――ラッキースケベ。
所謂、物語上のお約束。
年頃の男性が、女性とちょっとエッチな接触、または光景を目の当たりにするという大変幸福な事態のこと。
確かに俺は――それを想像しなかったら嘘になるが……黒鉄さんがあんな対応をするとは思わなかったんだよ……。
もっと淡白な対応だと思っていた……ていうか、黒鉄さんに裸を見られても、全然恥ずかしくないと思っていた。いや、最初はそうだった。
あ、黒鉄さん顔赤いなー、くらいしか思っていなかったよ。
だけど……、
……アレは反則だと思います。
あんな純粋な瞳で、まるで芸術品を見るような……。
『……綺麗だ』
……こふっ⁉
……い、いえ、何とも思ってないよ? 本当だよ?
そもそも、今の俺は女だが、前世は男だ。
黒鉄さんに恋をするなんてあり得ない。恋愛感情は一切無し。ゼロだ。
俺の黒鉄さんへの感情は……そうだな、尊敬かな。
作り物の空想話ではなく、黒鉄さんは現実であんなに頑張っていたんだ。
辛いときや、自分が信じれなくなりそうになっても、黒鉄さんは頑張って、頑張って、頑張ってきた。
そんな黒鉄さんに、俺は尊敬の念しか浮かばない。
だから、俺は黒鉄さんの友達になりたいと思った。団子を一緒に食べたいと思った。ご飯をご馳走しようと思った。
傷だらけの裸くらい、別に見せても良いやと思った。
だから、正直、黒鉄さんは気にしないで良いと思う。
「すいませんでしたぁあああああっ‼ 」
黒鉄さんは俺に謝っている。
足を畳んで、額を地面に擦り付けている――ようするに土下座だ。D・O・G・E・Z・Aだ。
自分でも引きそうになるが、黒鉄さんの土下座は思わず見惚れそうになるくらい綺麗だ。
……どこかで練習したのだろうか?
いや、まずは黒鉄さんを落ち着けないと。
「いや、良いですよ、そんな本気で謝らなくても。止めてくださいよ、落ち着かなくなるじゃないですか。そもそも私は全然気にしていませんし。……そりゃあ、黒鉄さんがいきなり服を脱いだのには驚きましたが、別に怒ってはいませんよ」
いや、あれは本気で驚いた。まさか服を脱ぐとは……原作でもあったが、黒鉄さんは一体どういう思考で服を脱ぐという結論に至ったのやら……。
「……沖田さん」
「ええ、ええ、良いんですよ。黒鉄さんは何も気にしなくても、あれは私にも非がありますし……あ、やっぱり少し気にしてください」
特に、無闇に女性に口説くのを止めて貰いたい。俺という精神が男の女性だったから、耐えられたが……あれはヤバい。下心無しの称賛は本気でヤバい。
……ああ、今思い出しても……。
「……こふっ⁉ 」
「沖田さん⁉ 」
俺が吐血したのを見て、黒鉄さんが心配そうに声を上げた。
「い、いえ、大丈夫です。いつもの発作です」
あれは本当に反則だ。
元男としては、そのスキルはちょっとだけ羨ましい。俺もなー、そのスキルがあったらなー。
まったく、原作でステラさんが黒鉄さんに惚れたのも、少しだけ分かる気がする。
「……本当にごめんね、僕はてっきり沖田さんが喉に団子を詰まらせたのかと、焦って……」
そ、そんな風に思われていたのか……!
「い、いくら団子好きの沖田さんと言えども! 流石に喉に団子を詰まらせたりなんかしませんよ!」
心配の方向性が間違っていませんか?
「うん、だからごめんね。許してくれとは言わない。僕も男だ。煮るなり焼くなり好きにしてくれ! 」
おー、原作と同じ台詞だ。
こういうとき、黒鉄さんが原作と似た存在だと実感する。俺と関わって、少しでも良い方向に変わってくれたら良いけど……。
まあ、それは違う時に考えよう。
取りあえずこの件は、上手い具合に落として、忘れることにしよう。
……正直、今思い出しても赤面しそうだ。
「……その心意気に免じて、黒鉄さんには団子屋を一緒に行って貰うことで、許しましょう」
「そ、そんなことで良いの? 」
「はい。別にもう怒っていませんし、このまま喧嘩していたら、いつまで経ってもご飯が食べれないでしょう? あ、勿論、お代は黒鉄さん持ちですよ」
「それくらいなら、全然構わないよ」
俺のおちゃらけた言葉に、黒鉄さんはクスリと笑う。
……良かった。大分持ち直したみたいだ。
俺は気まずい状況は苦手だ。笑い合えるのが一番だと思っている。
だから、この状況を解消出来て、良かったよ。
「さあ、準備は粗方終わっています。すぐに夕食をお持ちしますので、少し待っておいてください」
「うん、楽しみに待たせて貰うよ」
「――調理実習三年間無敗記録。家庭料理を学ぶためだけに板前さんに三日間土下座することで得た料理の極地。あなたに真の食の頂きというものを見せてあげましょう! 」
「……う、うん……」
● ● ●
「……美味しい」
黒鉄さんは小さく呟いた。
でも、分かっているさ。驚愕で言葉も出ないんだろう? 大丈夫大丈夫、ちゃんと分かっている。
「すごく美味しいよ! こんな美味しいご飯は食べたことがない! とても美味しいよ沖田さん! 」
「そうでしょう、そうでしょう! 自分でも言うのも何ですが、ここまで美味しいご飯を食べれる機会なんて、そうそうありませんよ! 沖田さん大勝利~! 」
鼻高々に俺は胸を張る。そして思い出す。
……俺がこの腕を手に入れるために一体どれだけ苦労したのかを……!
俺の家はステラさんには劣るが、それでもかなりの良家と言って良い。
そのツテで腕の良い板前さんを探して貰い、俺自ら何度も何度も頭を下げて、下積みから少しずつ学んで、ようやくここまで来たのだ!
「いや、ホントに美味しいよ。この焼き魚なんか、普通の焼き魚のように見えるのに、細部までしっかりと工夫を施されているし……。まさか、家庭料理でここまで美味しいものが食べれるなんて、ね」
「よ、良く見てますね……」
いや、そこまでがっつりと感想を述べてくれるとは思わなかった。
なんか、いつも、俺が予想していた状況と、実際の状況が食い違っている気がする。
まあ、けど、何であろうと本気で称賛してくれるのは……嬉しいものだ。
きっかけは、ロールプレイのためだけど……、こういう時、料理の修行をして良かったと思う。俺の料理で誰かが喜んでくれると……結構嬉しい。俺は意外と料理人とかも、向いているかもしれない。
「いえ、けど、私なんかまだまだですよ。私の料理の師匠なんか、やっぱり私なんかとは格が違います。仕事と趣味の違いというモノですかねぇ」
こればっかりには、沖田さん大勝利~! とは言えない。
師匠の賄いを食べている時とかに、やっぱり自分はまだまだなんだなと思い知らされる。
いや、ホントに師匠のご飯は美味しいんだよ。人間国宝なんじゃないかな……あの人。
師匠には俺も良く可愛がって貰っているし、多分、両親を除いた中では、一番なついていると思う。
「へぇ、そうなんだ。その沖田さんの師匠のご飯も食べたいものだね」
「……あー、止めといた方が良いと思いますよ」
「どうして? あ、やっぱり、その師匠も僕なんかでは及びもつかない凄い人なのかな? 」
「まあ、それもあるんですが……」
テレビで見たような偉い人達が、師匠の店に来店するのを良く見る。
けれど、それではない。
「……なんと言いますか、私が最近仲良くさせて貰っている黒鉄さんのことを良く話していたら、急に刃物を研ぎ出して『いつ、その小僧はウチに来れるんだ? 』とちょっと私でも怖いと思う目で聞いてきたんですよ……」
「……怖っ……! 」
黒鉄さんの顔が一気に青くなる。
ああ、分かるよ。俺もあの顔を見たときは、何度も見ている筈なのに、背筋の震えが止まらなかった。
……しかし、何故師匠はあれほどまでに怒っていたのだろう?
俺の友達の紹介に何かおかしい所でもあったのかな? 流石に恋人だとは思わないだろうし……。
いや、もしかしたら、俺に初めて友達が出来たことを、喜んでくれたのかもしれない。
刃物を研いでいたのも、その友達が来たときにご馳走しようという意思表示なのだろう。
……師匠、感情の表し方が不器用だからなぁ。
「やっぱり今度、師匠に黒鉄さんのことを紹介しますよ。師匠も直に黒鉄さんに会ったら、喜んでくれるかもしれません。師匠は良く、私に友達が出来ないのを憂いていましたから」
「……んん、そういうのじゃないと思うなぁ、僕は……。何て言うか、違う意味で見定められる気がする」
何を言っているのだろうか、黒鉄さんは?
……ああ、なるほど。
黒鉄さんが私の友達に相応しいのか、師匠はそれを見定めたい――黒鉄さんはそう予想している訳か。
もし、そうなのだとしたら、師匠も心配性だなぁ。黒鉄さんは今時珍しいくらいの友達甲斐のある人なのに。
ちゃんと、そういうところも説明していた筈なのになぁ。
「そういうことなら、私はもっと黒鉄さんの良いところを説明しておきましょう!援護射撃です!」
「辞めて! 多分それで会いに行ったら僕は死ぬ!」
「そ、そうですか……分かりました」
正直納得はしていないのだが、黒鉄さんがあまりに必死に否定してきたから、取りあえずやらないでおく。
黒鉄さんは、中々謙虚な人なんだな。日本人らしくて良いと思うよ、俺は。
「まあ、楽しみに待っていてください」
精一杯歓迎させて貰うからさ。
申し訳ありません。
この話の続きは、また次回に移行させて貰います。
ちょっと書く時間が足りませんでした。