お腹の空いた亜利沙に迫りくる影、その正体とは!?
奈緒はツッコミ役。

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みななおありさ成分補給用SS。

「お腹が空きました……」

 シアターの廊下を歩いていると、唐突に亜利沙がお腹を押さえた。

「なんや亜利沙、朝食べてこんかったん?」

「うう、遅刻しそうだったんですよぉ……」

「……さよかー」

 遅刻に関してはあんまり人の事を言える身でもないので追及はほどほどにしておこう。

「まあそろそろ昼になるしなー。美奈子が何か作っとるんとちゃう?」

「うっ、美奈子ちゃんですか……」

 ん? アイドルオ……もとい、アイドル大好き亜利沙が怯むとは珍しい。

「なんや、美奈子の飯嫌いなん?」

「そそそ、そんな訳ないです!! ただ、ちょっと……」

「ちょっと?」

 気まずそうな顔で亜利沙が理由を話そうとしたその時。遠くから、中華の匂いが漂ってきた。……いや、漂ってきたっていうか、これ近づいて来てるな!?

「わっほーい!! お腹が空いたと言う声を聞きましたよー!!」

「うわああああ美奈子ちゃん!?」

「やっぱり美奈子か。おつかれー」

 中華なべとお玉を持ったままの美奈子がやって来た。なべの中身は……麻婆豆腐かな。いつも思うけど、これだけの量を作るのはかなりの重労働だと思う。そう考えると、あの美奈子の細い腕に一体どれだけの力があるのか。シアターで怒らせてはいけない人ランキング上位入賞者(私調べ)は伊達じゃないなー。

「亜利沙ちゃんお腹空いてるんだよね? 空いてるよね! よし食べましょう! わっほーい!」

「あ、あのー、亜利沙ちょっと急用を思い出したような思い出さないような……」

「亜利沙、堪忍しーや。別に嫌いな訳ではないんやろ?」

 後ずさりを始めた亜利沙の首根っこを掴む。

「わ、わかりました……でも、一緒に来てくれますよね、奈緒ちゃん?」

 そんな生まれたての子犬みたいな顔してからに。しゃーないなぁ……

「もちろんや、見捨てへんでー亜利沙ー」

「あ、ありがとうございます! よろしくお願いします!」

 ……しかし。何が不満なんや? 美奈子の作る料理はどれもこれも美味しいし、亜利沙なら

『アイドルちゃん手作りの料理を食べられるなんて……! 亜利沙幸せですぅ!!」

 とか言いそうやけどなぁ。

 ま、私もそろそろお腹空いてきたし、食べる気満々やから別にええんやけど。

 

「今日は天津飯に麻婆豆腐をかけてみたよ!! こっちは青菜と牛肉の炒め物!! 声聞こえてから作ったからあんまり品数ないけど……」

「相変わらずどーやったらそんなに早く作れるんや……まあええけど」

 そしてこの量。炒め物の方は大皿に山のように盛られてるし、天津飯は山、麻婆豆腐は海。……流石にこれは、一人分じゃないな? いつもの一人分はこれよりだいぶ少ないし。

「あうあうあう……」

 そして固まってる亜利沙。

「まあまあ、固まってないで! 遠慮なく好きなだけ食べていいんだよ! おかわりもいいよ!!」

「で、でわ、いただきます……」

 やっぱり亜利沙の様子がおかしい。でもなんやかんやでレンゲ手に取って天津飯の山崩してるし、麻婆豆腐も取ってるし、どういうことやろ……?

「まあええか。私も食べよ」

「奈緒ちゃんもたっぷり召し上がれー!!」

 まだ熱々の麻婆豆腐を頬張る。まずひき肉、次に豆腐、そして追いかけるように各種香辛料の香り、辛味が口に広がる。流石美奈子、今日も安定して抜群に美味しい。

「流石美奈子、今日も美味しいなー」

「ありがとう奈緒ちゃん! 亜利沙ちゃんは、どう?」

 ふと同じように天津飯と麻婆豆腐を食べてた亜利沙に目を向けると。

 亜利沙は、レンゲを手に持ったまま俯いて、肩を震わせていた。

「ど、どうしたんや亜利沙!? もしかして中華があんまり得意じゃなかったり……」

 気分が悪くなったのかと思って、慌てて背中をさする。亜利沙の震えは収まらない。ど、どうしたもんか……!

「……さ」

「さ?」

「最高ですぅー!!」

 ……ん?

「アイドルちゃんの! いや! 美奈子ちゃんの手料理! 幸せですぅ!! とっても美味しいですぅ!!」

「わっほーい!! ありがとう亜利沙ちゃん!! おかわり沢山あるからね! どんどん召し上がれ!」

「もちろんです!!」

 さっきまでの態度が嘘のように、猛烈な勢いで料理を食べ始める亜利沙、最高に楽しそうな笑顔でそれを見つめる美奈子。

「……なんや、何が起きとるんや……!?」

 あんなに食べることを躊躇してたのに。今や『食べることそれ自体が幸せなんですぅ!』とでも言うかのように猛烈にかき込んでる。

「ムフフ、美奈子ちゃんの料理はいつも美味し……げほげほっ!!」

 あ、むせた。

「辛いもんそない一気に食べるから……はい水」

「あ、ありがとうございます……。うう、美味し過ぎてつい……」

「嬉しいなあ、亜利沙ちゃんはいつも幸せそうに食べてくれるから、作り甲斐があるよ!」

 そういう美奈子も幸せそう。美奈子は食べてる人見るの好きやからなぁ。あんまりじっと見られるから食べづらいねんけど。

「しっかし、そんなに好きなんやったら、なんでさっきまで食べるの躊躇っとったん?」

 素朴な疑問。明らかに態度変わり過ぎやもんな。

「え、えーと、それには深ーい事情がありまして……」

「深い事情?」

 もう少し詳しく話を聞こうとしたその時。

「んー、いい匂い……美奈子ちゃんの料理かな?」

 がちゃり。これから起こる悲劇を暗示するかのように重い音を響かせて、部屋のドアが開く。……いつもこんなに重々しい音せーへんけどな?

「あ、琴葉ちゃん! 亜利沙ちゃんがお腹空かせてたから、軽く作ってみたんだ。琴葉ちゃんも食べる?」

「あ、ああああ……!」

 これで軽くか美奈子。いや美奈子ならこれくらいは軽いな。そしてまた震えだす亜利沙。亜利沙は見てて飽きんなー。

「この後ダンスレッスンだから、終わったらいただくね。……ところで、亜利沙?」

「は、はいっ!」

 笑顔の琴葉、凍り付く亜利沙。……私知ってる、この琴葉は怒ってる時の琴葉。シアターで怒らせてはいけない人ランキング第一位。偉い人は言いました、『琴葉の困惑する表情が可愛かったので色々遊んでたら後で正座させられた』と。ほんまプロデューサーさんは何をやっとるんだか。……話が逸れたな。

「私、この間言ったよね? レッスン前に食べ過ぎないように、って」

「は、はいぃ、確かに言われました……」

 いい笑顔のまま静かに亜利沙の前に着席。これは長くなるやつや……!

「私もね、レッスン前に食事しちゃダメ、なんて事を言うつもりはないの。適切な食事は必要だもの。でも、亜利沙? この量って、適切かな?」

「あうう……!」

 あ、青菜と牛肉の炒め物美味しい。青菜のしゃきしゃきした歯ごたえがきちんと残ってて、牛肉と一緒に食べると口の中が楽しい。

「あ、あのね琴葉ちゃん、この量は私が出した分量だから、あんまり亜利沙ちゃんを責めないであげて……?」

 天津飯の卵も、半熟より火が入ってるけど固くはない、本当にいい塩梅に仕上げてる。美味しい。

「確かに、美奈子ちゃんの作る量って多めだけど、事情を話せば美奈子ちゃんも分かってくれるはずだよね? 出て来た量を全部食べる勢いで、っていうのは、ちょっとレッスン前としてはどうかなって思うの」

「はい、琴葉ちゃんのおっしゃる通りですぅ……」

 あらあら、さっきまでの元気がすっかり鳴りを潜めてもうた。いやー琴葉はすごいな。

「……ところで、奈緒ちゃん?」

「ん? なんや琴葉?」

 さっきまで亜利沙に向けていた笑顔が私に向く。もぐもぐ。

「私の記憶が確かなら……確か奈緒ちゃん、亜利沙と一緒のレッスンだったよね?」

 もぐもぐもぐもぐ……あっ。

「あっ」

 そうやんか、なんで私は亜利沙と一緒に歩いとったんや! 今日は一日亜利沙とデュエットする曲のレッスンやん!

「奈緒ちゃん、そんなにたくさん食べて、この後のダンスレッスン、平気?」

 琴葉の笑顔。純粋にこの後のレッスンの心配をしてくれてるってのはわかる。わかるけど、この笑顔向けられるのなかなか辛いな。なまじ自分が考え無しにぱくぱく食べてただけに。

「た、多分平気やと思うよ……? いつもこれくらい食べてたし? うん、きっと平気やで」

「そうなんだ。じゃあ平気かな。でも、私みんなのことが心配なの。何かあってからでは遅いし、それに……」

 あ、アカン! これは長くなるやつ! 誰か助けてー!?

 

 結局それから三十分。

 

「……確かに昴ちゃんの言いたいこともわかるわ、野球は昴ちゃんのアイドルとしての個性でもあるし。でも屋内で野球をする必要なんてどこにもないと思うの。それから……」

 だんだん愚痴になってきたなこれ。美奈子も『カロリーを呼ぶ声がする!」ってどっか行ってもうたし。まあ琴葉割と抱え込みがちやし、たまにはこれくらい喋らせたった方がええかもな。しかしそろそろレッスンルームに行かなあかん頃合いやけど……?

「……おっ」

 がちゃりと。今度は軽やかにドアが開く。そうやでこんな感じでいつもならドア開くねんって。

「……なるほどねー」

 軽やかに開けた張本人である所の恵美(シャレとちゃうで)、口に人差し指を立ててあてる、あのモーションを取りつつゆっくりとそして軽やかに琴葉の後ろへ回り込む。そして、

「琴葉確保ー!」

「ひゃあああっ!?」

 後ろから抱き着いた。おおう、大胆。

「ちょ、ちょっと恵美!? いきなり何を……」

「琴葉ー、お説教に夢中になってないでさー、アタシとエレナにも構ってよー。ずっと待ってるのにさぁ?」

「えっ……い、今何時!?」

「もう13時になったで……」

 レッスンは13時から。私は多少は遅れても気にせーへんけど、琴葉は……

「た、大変! もうレッスンの時間じゃない!! ……ごめんなさい奈緒ちゃん、亜利沙。私もう行くわね」

 がたがたと椅子を揺らして慌てて恵美と部屋を出ていく。見送る私と亜利沙。

「……なあ亜利沙」

「何でしょう……」

「レッスンの時間やけど、始めるかー?」

「……ありさは、しばらく休みたいです……」

「私も同感や……」

 13時過ぎの劇場で、二人だらりと机にもたれ、解放感に浸る。

「でも」

「でも?」

「笑顔で起こる琴葉ちゃんも、カワイイですぅ……!」

「……亜利沙はブレんなぁ」



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