転生者と雪の花   作:yuykimaze

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6話

 

 

「け、眷獣を植えつけただと!?」

「あ、暁君!」

 

 那月との会話を再現すれば、食堂のテーブルを蹴立てる勢いで腰を浮かし、古城は怒気を込めた声を食堂の大気に放った。慌てて唯里が嗜めるように言いテーブルを抑える。幾ら食堂が賑わってるとはいえ、唯でさえ雪菜と唯里を連れてるだけで視線がチラホラ向けられてると言うのに、古城の一際大きな声量にかなり悪目立ちし始めていた。浴びる様な視線を感じ取り、はっとした古城は決まり気の悪い顔で、渋々腰を下ろして目線で話の先を促してくる。冬真もそのリクエストに応えるように口を動かす。

 

「強引な方法だからこそ、それで彼女は魔力を喰って寿命を延ばしていたらしい。一連の事件の経緯はそんなところだって那月ちゃんが言ってた」

「そんな……それでは彼女はもう……」

 

 雪菜の青ざめた顔での呟きに、冬真も神妙な顔で頷いた。

 

「ああ、魔力の補給をしない限り――間違いなく死ぬそうだ」

「……っ」

 

 唯里が息を呑んで思わず両手を口に当てる。雪菜や古城もまた思うところはあるようでどこか心痛な面持ちだった。確かに胸糞悪い話である。ただこれはあくまで推測の域を出ない。冬真の言葉は全て那月の言葉の受け売りだ。

 

「まあ、いずれにしてもそれは本人に直接聞かなきゃならねえだろうぜ」

「せ、先輩?」

 

 ただ伝えるべき事は伝えた。なら自身がするべき事は一つ。冬真は冷静な声でゆっくりと腰をあげる。そんなトレーを持って立ち上がる冬真に、雪菜が戸惑ったような声音を放った。

 

「俺は今からちょっくら探してくるわ、その殲教師」

「えっ? で、でもこの後授業が……」

 

 流石は優等生らしく授業の事を気に掛ける唯里だが、冬真はにやりと口の端を上げた。

 

「大丈夫だ。ちゃんと補習は受けるから。どっかの誰かさんと同じ事をするまでよ」

「……俺を見るなよ」

 

 チラッと意味ありげに古城を見遣れば、睨むような視線が返ってくる。一応遅刻に欠席の常習犯という自覚はあるようで、反論の返答は返って来ない。そしてやはりというか、監視役である小柄な少女が異を唱えた。

 

「待ってください、先輩」

 

 彼女もまた優等生の身だ。恐らく釘を刺してくるのだろう。そう思ったが、意外な言葉が返ってくる。

 

「わたしも行きます」

「えっ?」

「ゆ、ゆっきー?」

 

 雪菜はポケットから徐にメモ帳を取り出して広げて見せた。

 

「あっ、それネコマたんだ!」

「あ? ねこまたん?」

「なんだそれ」

 

 熱を帯びた唯里の声につられて、古城と冬真はとあるマスコットキャラを凝視する そいつは招き猫をフカフカにしたような、2頭身の猫のマスコット。二本に分かれた尻尾が特徴で、それが名前の由来なのだろう。

 

「これ前の学校で流行ってたんだ。わたしも小さい人形持ってるし」

「へえ、随分と可愛いキャラじゃんか」

 

 冬真は見たことないが、どうやら高神の杜で流行ったキャラのようだ。

 

「ん、これって……!」

 

 ふと冬真はマスコットキャラから紙に綺麗な文字で羅列された協会名と住所の羅列に視線を移して、驚きを露にする。

 

「実は意味ないとは思ってたんですけど。予め資料は集めてました」

「ま、マジかよ……さんきゅー、姫柊。マジで助かるよ!」

「い、いえ、お役に立てたのなら良かったです」

 

 あの男の仲間が共にこの島に潜伏している可能性はある。ならそこのアジトに殴り込みに行けば自ずと彼を見つけられるはずだ。

 素直に感謝を示せば、ぎこちなく視線を泳がせる雪菜。その挙動を不思議に思いながらも、冬真は雪菜と共に食堂を後にした。

 

 

 

 

 

 

「と、止めなくてよかったのかな……?」

「……ロタリンギアか」

 

 目の前で授業を堂々とサボタージュ宣言して後輩の女の子と食堂から消えていった2人の姿に戸惑いを隠せずに古城に問いかける唯里だが、古城は反応を見せずに眉間に深い皺を寄せてしばらく考え込む。

 

「あ、暁君?」

 

 しばらく物思いに耽る古城に、堪らず唯里が声を掛ける。古城は、ああ、と考えを振り落とすようにゆっくりと頭を振る。

 

「いや、あんな単純で良いのかって思ってな」

「単純?」

「ああ、もう教会とかはとっくに警察が調べてんじゃないかと思ってな。あの法衣の格好なら目に付くはずだし」

「……確かにそうかも」

 

 思わぬ言葉に唯里は思わず深い思考に誘われていく。しかし、当てずっぽうな推理を親身に聞かれては、返って古城に焦りが生じた。

 

「あ、いや、これはあくまで俺の勘であってだな……」

「ううん。確かに暁君の言う通りかもしれない。実際これでもう7件目だって南宮先生は言ってたし、彼らの目撃情報があっても可笑しくはないよ。でもそうなるとどこに身を隠してるのかだよね」

「殲教師だから、協会意外とも考えれれるんじゃねえか? でもあの姿形だから、ロタリンギアの大使館とかロタリンギアの人がいても怪しくない場所に限られてくるかもしれないけどな」

「ロタリンギアに本社がある企業とか……かな?」

 

 唯里が怖ず怖ずと訊いてくる。

 

「そう、それ。そういうやつ」

 

 古城はどこか無責任に頷いた。それなりに筋は通っているような気がするが、何の根拠もない思い付きである。絶対間違いないかと聞かれると、自信はない。

 しかし唯里は真剣な表情で再び何かを考えこみ、

 

「でも、絃神市内にある企業の本社所在地なんて、どうやって調べればいいんだろう」

 

 真面目な顔で、古城に問いかける。

 

「いや、流石に俺にそれを聞かれてもな。人工島管理公社には、企業のデータがあるはずだけど、そんなの一般人には教えてくれないだろうし……」

 

 いや、と古城はなにかを思い出して呟く。

 

「人工島管理公社……か」

「暁君?」

「あ、ああ。ちょっと浅葱に訊いてくる」

「藍羽さん?」

 

 どうして、というニュアンスで小首を傾げてくる唯里。

 

「ああ、アイツ。管理公社でバイトしてんだよ。だからもしかしたら聞けるかもしれない」

「か、管理公社でバイト? そ、それってお店とかの?」

「いや、なんか保安部のコンピューターの保守管理ってやつをやってるらしいぞ」

「えっ、す、すごいね……」

 

 なんせたかが高校生のバイトで管理公社の保安部なんて場所に一般人が入室できるわけもないし、そのデータ管理など以ての外である。唯里は顔いっぱいに驚きを表した。

 

「取り敢えず、聞き行くか」

「あ、じゃあ、私片付けとくよ」

「ああ、悪いな」

 

 労りを込めた古城の瞳に、ニコッと愛想よく唯里は微笑む。どうやら古城が行くことに関しては疑問を覚えないようだ。古城は有り難く急ぎ足で教室に駆け込んだ。

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、まずは自宅だな」

「自宅……ですか?」

 

 校門付近で周囲を警戒しながら呟かれた冬真の呟きに、不思議そうに雪菜が見上げてくる。冬真はニヤリと笑みを返して、そっと雪菜の手れば、雪菜は一瞬驚いて体を強張らせた。ほんのりと頰を染めて慌てて顔を上げる。

 

「せ、先輩?」

「まあ、取り敢えず戻ろうぜ」

「い、いえ、でも、その……手をつなぐ必要が」

 

 今まで元気だったくせに、突然蚊の鳴くような声。急にもじもじしだした雪菜だが、冬真はそんな雪菜の心情は置き去りに再び周囲の目を確認してか、

 

「取り敢えず――飛ぶぞ」

「えっ? と、飛ぶって何を――ッ」

 

 自由落下に似た不快感と共に、一瞬にして眼下の景色が変わり、雪菜は思わず息を呑む。

 

「これは……」

 

 ふわりと懐かしいような落ち着く匂い。馴染みのある玄関。見間違えるわけない。ここは冬真の家の玄関だ。そう言えば彼は空間転移が使えるのだと雪菜は思い至るが、説明を請うリクエストを見上げる形で冬真に送った。冬真は悪戯っぽい笑みを返して応える。

 

「まあ、お前の手を握ったのは俺の空間転移が俺しか飛べないからで、一緒に行くなら俺のどっかに触れてる必要があったんだ。悪かったな」

「……あっ」

 

 いつの間にか握り返してくれていた手を離せば、雪菜から名残惜しそうな声が聞こえる。

 

「姫柊?」

「い、いえ。なんでもありません。それで、自宅に帰ってどうするんですか? これから向かう先は真逆だと思うんですけど」

「実は空間転移の魔法は距離制限に俺が行ったことない場所には飛べないんだ。今回その手帳に書いてあった場所はほとんど行ったことないからな。まあ、その付近へ飛ぶこともありだけど、なるべく戦闘に備えて魔力は温存しておきたい。それで、これよ。取り敢えず、ついてきて」

「は、はあ……」

 

 どこか釈然としながらも素直に雪菜は冬真と共に玄関から外へと出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昼休み終了直前。息を弾ませながら教室に戻ってきた古城は、浅葱の席へと駆け寄った。なぜか不機嫌さを隠そうともしなかった浅葱だが、いつになく真剣な古城の様子に気付いて渋々とを上げる。いちおう話を聞く気にはなったらしい。そして、

 

「――ロタリンギア国の企業? どうしてそんなことが知りたいわけ?」

 

 今イチ要領を得ない古城の説明を聞き終えて浅葱が怪訝そうに訊き返してくる。

 

「いや、どうして……と言われても、そんな大した用じゃないんだが」

 

 無差別魔族襲撃事件の犯人を捜している、とも言えず古城はもごもごと口ごもる。浅葱は煮え切らない態度の古城をむっつりと睨みつけ、

 

「まさか、あんた羽波さんに頼まれたとかじゃないでしょうね?」

「え?いや、まさかそんなバカな。いやいや」

「…………」

「本当に違うって。そう、夏休みの宿題の自由研究で調べてるんだよ。ロタリンギアについて」

「は?自由研究?」

 

 そんなのあったっけ、と浅葱は首を傾げた。しかしサボり魔の古城が、追加の宿題を大量に押しつけられていることも事実である。浅葱はそれ以上の追及を諦めたように、スマートフォンを取り出した。溜息混じりに起動する。

 

「仕方ないわねえ。はいはい、調べてあげるわよ」

「ああ。ありがとう、浅葱」

「だから感謝は形で示せってのよ。ロタリンギアの企業ね……ないわよ、そんなの。島内には」

 

 一流のピアニストのような指さばきで外付けキーボードを叩きつつ浅葱はあっさりと機密情報を引き出してみせた。古城は彼女の答えに当惑する。

 

「ない? 一社もか?」

「ロタリンギアの企業と取引したり、代理店契約を結んでいる会社はいくつかあるけど、働いてるのはみんな日本人。だいたいヨーロッパ系の企業が絃神島に支社を置く理由はないでしょ。魔族特区は欧州にもあるし、最近の円高でほとんど撤退しちゃったんじゃない?」

「撤退?」

 

 古城の脳裏に閃きが灯る。彼が潜伏するのに、なにも企業が活動中である必要はない。むしろそうでないほうが都合がいいはずだ。

 

「そうか 浅葱、撤退済みの会社は調べられないか? できれば閉鎖した事務所がそのまま

残ってるようなやつがいい」

「うーん、たしか過去五年以内だったら、記録が残ってたような気がしたけど……」

 

 浅葱が再びキーボードを操作する。今度は少し待たされた。情報の絞りこみに時間がかかっているらしい。

やがて画面が切り替わり、細かなデータがびっしりと画面を埋め尽くした。

 

「あったわ。スヘルデ新薬実験。二年前に研究所を閉鎖して、今は債権者の差し押さえ物件になってるみたい」

「……それだ、浅葱! どこにある?」

 

 古城が身を乗り出してスマートフォンの画面をのぞきこむ。悪気無く密着してきた距離の近さに、浅葱はかすかに頰を赤らめながら、

 

「えーと、アイルランド・ノースの第二区層B区画。企業の研究所街ね」

「わかったよ。サンキュ。あ、冬真に連絡できるか?」

「なに、あいつも宿題あんの?」

「ま、まあな……」

 

 引き攣った顔の古城に、ふうん、と浅葱はやや訝しげな顔をするも、スマートフォンを電話帳に切り替えてコールボタンをタッチする。が、

 

「……出ないわね。ってかあいつ学校には携帯持ってきてないんじゃなかったっけ」

「そ、そうか。まあ、助かったよ浅葱」

 

 古城はそう言うと、浅葱を突き放すようにいきなり背を向けた。そのまま教室を出ていこうとする彼を、浅葱は慌てて呼びとめ、

 

「ちょ、ちょっと、古城? どこ行く気?」

「急用ができた。出かけてくる!」

「はあ!? あんた、何言ってんの。午後の授業はどうするのさ!?」

「上手いこと誤魔化しといてくれ。頼む!」

 

 古城は拝み倒すようなポーズでそれだけ言い残すと、今度こそ本当に教室を出ていく。そんな古城とバッタリ遭遇するような形で羽波が登場し、何かを彼女に伝える。それに頷いた彼女は彼についていくようにして2人でその場を去って行った。浅葱はそんな一連の様子を眺めるなり椅子を蹴散らしながら立ち上がる。

 

「こ、こら……! なにそれ!? あんた、ホント殺すわよ! 馬鹿――っ!」

 

 廊下に向かって怒鳴り散らす浅葱から、とばっちりを恐れたクラスメイトたちが慌てて目を逸らす。やっぱりこうなったか、とでも言いたげな顔で生温かく成り行きを見守っている矢瀬。そしてクラス委員の築島倫は、誰にも気づかれずにそっとため息をついていた。

 

 

 

 

 

 

 常夏の熱気が揺らめく中、同幅二車線の道を2人乗りの大型二輪が疾走する。運転者は彩海学園の制服を纏う学生。1人は高校一年男子学生。もう1人は中学三年の女子中学生。ヘルメットはどちらも被っていない。本来ならば確実に道路交通法に反する違法行為であるが、それなのに周りを走る車や歩行者は気にした様子なく凡そ咎めることは微塵も匂わせない。いや、そこに二輪が走行していることすら、誰も視界に捉えていない。

 

「先輩、違法ですよ」

「バカだな。犯罪ってのはバレなきゃいんだよ」

 

 悪戯をする子供のように愉しげな少年の様子に、少女は浅いため息をこぼした。

 

「それにしても、本当にこちらが見えてないようですね。風も音もあまり感じませんし。それに、随分と運転、お上手ですね」

「まあな。練習したし、ちゃんと魔術で見えないようにそう施したからな」

 

 凡そ時速二百キロとは思えない程軽い風圧に髪を靡かせて、雪菜が少し驚いたように問いかける。

 冬真は誇らしげに返して、視線を一瞬正面から落とした。

 この大型二輪車には人の視界に映らないような術式と、風圧を軽減する術式を先端に施しているのだ。その為ほとんどがバイクの先端で弾かれている。

 

「これご自分で買ったんですか?」

 

 見るからに高そうな装甲に、雪菜が呆れたような声を投げかける。冬真はやんわりと首を振った。

 

「いや、創った。昔錬金術を少しかじってさ。その名残よ」

「れ、錬金術ですか? 霊視と言い、先輩はそれ程までに魔術に長けていたんですね……知りませんでした」

 

 どうやら連中は本当にありふれたパーソナルデータしか彼女に手渡されなかったらしい。ショックを隠せずに言う雪菜に、冬真は苦笑する。

 

「まあ、あまり使う機会がなかったからな。これから報告でもすればいいさ」

「そうですね」

 

 最も、上の者ならば確実に知っている事柄ではあるだろうが。

 

「それにしても――」

「先輩?」

「いや、なんでもない」

 

 冬真の腰には、ほっそりとした、それにも関わらず少しも骨ばったところのない腕が巻き付いていている。背中には雪菜の柔らかな二つの膨らみが押し当てられている。成長途中の、であることは間違いないが、決して僅かな、でも微かな、でもない。十四歳の少女にしては、少なくとも平均か上はあることには間違いなかった。

 だから冬真の心臓が激しいビートを刻んでいた。

 

「……先輩」

 

 そんな邪な考えを読み取ったのか、密着していた身体をやや離して、咎める様な口調が背後から飛んでくる。

 

「いや、これは俺のせいじゃないだろ」

「……どうだか」

「……しっかりつかまってろよ!」

「きゃっ」

 

 弁明は無理だと悟った冬真はアクセル全開でスピードをさらに加速させる。後ろから可愛らしい悲鳴と共に、咄嗟にぎゅっと抱き着いてくる。再び背中に柔らかいものが押し当てられ、やはり邪な妄想が膨らむ。……いや、思ってたよりも柔らかいというか……気痩せする方なのかな。

 

「ほ、本当に嫌らしい人ですね……!」

「その割には随分と密着してる気がああっ!」

 

 とんでもない力で抱きしめられた痛みから思わず悲鳴が洩れる。

 それでも運転が乱れなかったのは流石か。伊達にこっそりと練習を積んだわけではあるまい。しかし、かなり密着する姿勢を崩さない彼女の行動には、やはり疑問しか残らない冬真だった。

 

 

 

 

 

 アイランド·ノース企業の研究所が建ち並ぶ、絃神島北地区の研究所街。島内でももっとも人工島らしさを感じる未来的な街の片隅に、その研究所跡地は残されていた。ほぼ直方体に近い形の四階建てのビルである。

機密保持のためか、窓が少ない。そのため閉鎖されているという雰囲気もあまり感じない。犯罪者が拠点にするには、おあつらえ向きの環境だといえる。

 

「――あれがその製薬会社の研究所だよね」

 

 街路樹の陰から顔を出して、唯里が警戒した表情で訊いてくる。たぶん、と古城は頼りなくうなずいて、

 

「親会社が撤退して研究所は閉鎖されたらしいだけど、建物ごと差し押さえられてるって話だ

から、中の施設はそのまま残ってると思う。人工生命体の調整施設も」

「人工生命体の調整施設 条件的にはぴったりですね」

 

 唯里が真剣な表情で呟いた。

 人工生命体とは、生化学的な技術によって創造された生命体の総称だった。遺伝子レベルまで完全に人為的に設計されているのが、合成生物などとの決定的な違いであり、技術的な難易度は高いが、そのぶん設計の自由度も大きい

 原始的な人工生命体の製法は、十六世紀にはすでに確立されていたといわれている。安価な労働力を生み出すため、あるいは人類の良き友人となるようにと様々な人々の手で長く研究が続けられていた。

しかし結果的に、人工生命体が一般に広く普及することはなかった。

 それには大きくふたつの理由があるといわれている。

 

 ひとつは倫理的な問題だ。

 生命の創造は、造物主である神の領域に人間が踏みこむ行為であるとして、宗教界を中心に根強い反発があった。また、創り出された人工生命体に人権を認めるか否か、という点でも激しい論争が続いており、いまだに結論は出ていない。そしてもうひとつは、単純に製造コストの問題である。

 労働力として使うにせよ、兵士として戦場に投入するにせよ、人工生命体の製法はあまりにも繊細で、費用がかかりすぎるのだ。クローン技術などによって本物の人間を使ったほうが圧倒的に安く済ませられるのである。

 そのため人工生命体の製造は今ではほとんど行われておらず、研究する科学者もずいぶん減っているという。

しかし現在でも例外的に、人工生命体の研究が盛んな分野がある。それは人工生命体技術を応用した医薬品の開発だった。人為的に遺伝子構造を変更できる人工生命体は、新薬の臨床実験や免疫抗体の研究などに最適で、医学の進歩のためという大義名分によって、倫理的な批判もある程度は沈黙させられる。そのため大手の製薬会社のほとんどが、自社の中に人工生命体を製造、研究する施設を持っていた。

 このスヘルデ製薬の研究所も、かつてはそのような医薬品研究施設のひとつだったらしい。

 

「ここからじゃ中の様子はわからないね」

 

 そう言って唯里は、銀色の長剣を少し構えるように持ち、

 

「調べてくるから、暁君はここで待ってて」

「え? ちょっと待て、羽波。まさか一人で行く気なのか?」

「うん。そのつもりだけど」

 

 当然だろう、と言いたげな目つきで唯里が、古城を見上げてくる。

 

「なんで!?」

 

 古城は驚いて目を剥くが、唯里は呆れたように嘆息してから、困ったような顔で笑う。

 

「この前は許可したけど、暁君。眷獣以外にも吸血鬼としての能力を使えるわけじゃないんでしょ? ならやっぱり戦闘は危険だよ」

「それは……」

「雪菜ちゃんの話だと、例え負傷していてもかなり手強い相手だったみたいだし、油断は出来ないから」

 

 ぐうの音も出ない言葉に、古城は押し黙る。

 確かに彼女の言う通り、古城は吸血鬼の能力を手に入れただけの素人である。勿論、霧化や空を飛ぶなんて芸当もできる筈もない。しかし古城も譲れないものがあった。

 

「でも、心配なんだよ! 羽波のことが」

「……っ」

 

 古城がイライラと乱暴な口調で言う。唯里はきょとんと眼を丸くした。

 

「何も今回の事件は羽波一人で解決することじゃないだろ。俺は羽波に全部押し付けるような真似はしたくねーんだ。そういうのは、気に入らねえ」

 

 古城が真剣な目つきで唯里を見つめる。その勢いに気圧されて唯里が沈黙する。

 

「わ……わかったよ。じゃあ、一緒に行こっか。でも、一つだけ約束して」

「わかってる。殲教師と遭遇したらすぐに安全な場所に逃げるって。羽波の足手まといにはなりたくないからな」

「うん。お願いね」

 

 静かにほほ笑む唯里とともに、古城は建物の方へと歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 結論から言えばあのメモに書かれた西欧教会の施設には殲教師はいなかった。許可された範囲を念入りに調べてみたり、周囲の住人に聞き込みを行なったりと徹底してみたが痕跡は一切なかった。どうやら彼の潜伏場所は教会ではないらしい。それに警察官がチラホラといる様子から恐らく彼らもここをマークしていたのだろう。なら限りなくここに戻ってくる可能性も低い。

 無駄足だったな、とウンザリした様子で冬真が呟く。

 

「……どこ行ったんだよアイツ」

「すみません、先輩。私の調べ不足で無駄足になってしまって」

「いや、姫柊のせいじゃねえって」

 

 申し訳なさそうな雪菜に微笑みを返して、取り敢えず今後について思案を巡らせてみる。が、正直な話もうあてはなかった。

 ふと那月に相談しては、と微かな希望を抱いたが、生憎の冬真は授業をサボった身であり、それは間違いなく自殺行為に等しいだろう。――最も彼女はそれすら見抜いているだろうが。

 なら他にどこかないのか。冬真は頭を働かせた。

 彼が隠れやすい場所……協会は回った。ならロタリンギア関連の――

 

「――企業」

「先輩?」

 

 思いついたように冬真が言う。

 

「もしあの姿で身を隠せる場所って他にロタリンギア関連の企業とか怪しくないか?」

「私もそう思って予め調べてはみましたけど、今現在島内にはありませんでした」

「まじか……」

 

 やるせなく小さく首を振る雪菜に、どこか落胆した声を出す冬真。

 「どうしたらいい?」再び内なる声に耳を傾けた時だった。突如ポケットにしまっていた携帯端末が震えた。取り出して液晶を見れば、そこに映る名前に冬真は思わず顔を顰めた。

 

「浅葱?」

「藍羽先輩ですか?」

「あ、ああ」

 

 端末を遠慮気味に覗き込んでくる雪菜。

 冬真は頷いて。不思議そうに端末の応答ボタンをタッチした。

 

「もしもし、浅葱?」

『もしもしじゃないわよ。アンタ、また授業サボったでしょ!』

「ま、まあな」

 

 開口一番に聞こえてきたのは何故か不機嫌な彼女の声だった。

 

「ど、どうしたよ急に連絡なんてよこして。そんなこと伝えるために電話したのか?」

『あんた、今古城と一緒にいない?』

「いや、一緒じゃねえぞ」

『……そう。やっぱりそう言うことなのね……っ!』

「あ、浅葱? 古城がどうかしたのか?」

 

 冬真は嫌な予感を覚える。

 

『……授業サボって転校生と出て行ったのよあのバカは……ッ!』

 

 積もり積もった憤怒をぶつけるように、バキッと受話器越しに何かが折れる音が聞こえてくる。瞬時に冬真は宥める言葉を返した。

 

「と、取り敢えず落ち着けって。それで、2人して何処行ったんだ?」

『知らないわよそんなのっ! 夏休みの自由研究かなんか知らないけどロタリンギアが本社の企業調べろとか注文してくる癖して調べれば転校生と一緒にどっか消えるし! マジで意味わからないっ、なんなのよっ、あのバカ!!」

「……ちょっと待て。ロタリンギアが本社の企業? アイツそれ調べろって言ってきたのか?」

『……そうよ。理由は分かんないけどなんか切羽詰まった顔で訊いてきたのよ。…まったく、人口生命体の調製施設なんか自由研究の題材ににしたって今更でしょうに」

「……人口生命体の調整施設…? おい、それどこか教えてくれ!」

 

 思わず張り上げた声に、受話器越しから彼女の驚きの声が小さく洩れる。

 

『なに、あんたも那月ちゃんに自由研究出されたの?』

「あ、ああ。まあな。だからそれがどこにあるのか教えてくれ」

 

 浅葱が深く溜息をついた。

 

『なんなのよホントあんたらは……アイルランド・ノースの第二層B区画よ。二年前に研究所を閉鎖して、今は債権者の差し押さえ物件になってるらしいわ』

「……他に関連する場所ってあったりするか?」

『ないわよ。少なくとも残ってるのはそこだけ』

「そうか。分かったサンキュー」

『あっ、ちょっと待ちな――』

 

 何か彼女が言いかけてた気がしたが、冬真は通話ボタンを切り雪菜を見た。

 

「姫柊。飛ぶぞ」

「アイルランド・ノースの第二層B区画にですか?」

「そうだ。あそこなら以前マーキングしておいたから行けるはず――」

 

 冬真が飛びたい場所をイメージした直後だった。

 鈍い振動が、人工島全体を揺るがす。異様な気配に反応してお互いが振り返った。

 視界に映ったのは、遥か先に轟く巨大な稲妻。まるで最大規模の雷雲だった。

 無差別に雷の矢を周囲に放ち、もはやそれは天変地異。

 冬真も雪菜もその光景の正体に気付いた。全てそれは圧倒的に強大な、意思を持ち荒れ狂う魔力の塊。破壊の権化――

 

「――眷獣」

 

 雪菜の呟きに、冬真は猛烈に嫌な予感を感じ取った。

 

「しかも場所はアイルランド・ノースの第二層B区画だ」

「それって……」

「ああ、恐らく――古城の眷獣だ」

「……あれが第四真祖の眷獣」

 

 ここまで届く地響きに爆風、あの巨大な雷。それを引き起こした濃密な魔力の塊に、雪菜は小さく息を呑んだ。彼女が知る眷獣という次元をそれはあまりにも超えていたのだ。

 呆気にとられる雪菜をよそに、冬真は異様なまでの焦燥感に思わず舌打ちした。

 

「急ぐぞっ!」

「――は、はいっ」

 

 切羽詰まった冬真の顔に、慌てて雪菜が頷きそっと手を差し出す。

 差し出された手を握り、イメージする。そして魔力を流しかけた時。

 

「――っ!?」

 

 突然の衝撃に浮遊感。刹那、冬真の身体が後方へ吹き飛んだ。

 

「――先輩っ!?」

 

 あっけにとられた雪菜だが、事態を瞬時に理解し大声で叫ぶ。そして態勢を低くして彼を吹き飛ばした正体に穂先を向けた。が、雪菜は信じられないようなものを見た顔で、目を見開いた。

 

「そ、そんなっ……!?」

 

 静かに佇むその人影は、彩海学園高等部の制服を身に纏い眼鏡をかけ髪を三つ編みにしたなんてことない地味な容姿の少女だった。だがそれは仮初の姿。その正体を知っているからこそ、雪菜は驚愕で声が震えた。

 

「ど、そうしてあなたがここに……!?」

「お久しぶりですね、姫柊雪菜」

 

 冷静な口調でそう応える少女。雪菜は慌てて矛先を納めるが、しかし、戸惑いながらも雪菜は警戒を解かずに彼女を見つめていれば、横から砕けた口調が彼女に投げかけられる。

 

「まったく。随分と手加減してくれたみたいだけど、こんな忙しい時にあんたはいつもいきなり過ぎんだよ」

「これは失礼しましたね、冬真」

 

 先程とは違い口調は丁寧だが、堅苦しさはない。笑いを含んだような悪戯っぽい声音だ。冬真も砕けた口調で言葉を返している。

 

「それで、何の用だよ、古詠さん」

 

 冬真は真っすぐに古詠と呼ぶ少女を見つめた。

 遠くから鳴りやまぬ落雷が、冬真の焦燥感を募らせているのだ。

 それを見透かしたように少女は、寂しげな微笑を浮かべた。まるでやんちゃな弟の我儘を聞き流すかのように。

 

「ごめんなさいね、冬真。少し貴方には――大人しくしてもらいますよ」

 

 

 

 

 

 

 

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