ある日少女が手に入れたのは全能の力だった。思いのままに現実を変えられる。無から有を生み出せる。あったことをなかったことにできる。そんな力を使って少女が企んだことは――?
※当小説は小説投稿サイト「カクヨム」にも同名で投稿されています。

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親友が現実改変能力に目覚めた

 夏休みの真っただ中、東堂は女子高生にあるまじきだらしない格好で自宅リビングのソファに寝っ転がっていた。汗でぴったり肌に張り付くタンクトップも、ずり下がって下着が半分以上見えている短パンも気に留めず、真夏の暑さに顔をしかめて耐えている。

 

 花の女子高生といえど学校生活に大した魅力を感じていない東堂は部活動にも所属せず、友達付き合いも最低限。両親は共働きで夜まで帰ってこないので、リビングで扇風機と風鈴をお供に一人惰眠をむさぼるのが日課となっていた。

 

「なぜ僕を残して逝った……冷房……」

 

 東堂がうめいたとおり、夏の味方である冷房は初夏のころに急逝した。フィルターの掃除さえ一度もなく東堂の生まれる前から稼働していたので、壊れるのは自明だった。壊れた当初は初夏の暑さだったため、両親も東堂も油断して今年は扇風機で乗り切れるさと慢心した結果、修理を依頼するのが遅れて肝心の盛夏に使えない現状となっている。家族そろっての面倒くさがりが招いた自業自得である。

 

「……なんだよこんな暑い日にい」

 

 東堂がうめきながら暑さをしのいでいると、呼び鈴が鳴った。

 

 けだるげに身体を起こすが、この時間帯にやってくるのは決まってセールスだ。すぐにまた寝転がって居留守を決め込む。

 

「居留守はよくない」

 

「……不法侵入はもっとよくない」

 

 が、仰向けの東堂の目の前に訪問者の顔が現れてしまっては無視もできなくなった。

 

 東堂をのぞき込むのは、向かいの家に住む幼馴染の西条。東堂と同じ高校に通う女子高生で、サラサラの長い黒髪と眠たげな半眼、均整のとれたスレンダーなモデル体型は同性の目にも魅力的に映る。

 

 だらしなく投げ出された東堂の足を無理やり折り畳み、西条はソファへ腰を下ろした。真夏日でも変わらず白く綺麗な肌が艶やかな黒髪によく映えている。

 

「東堂の家は私の家。不法侵入は成立しない」

 

「ぬけぬけと。じゃあなんでいちいち呼び鈴鳴らしたの」

 

「どうせグウタラしてるだろうから少しは動かしてあげたくて」

 

「残念でした、日中は強盗火事地震があっても動かないよ」

 

 嘘偽りない本音である。無駄に動いて汗をかくくらいなら強盗にはどうぞ何でも盗んでいってと許しを出すし、地震は家が倒壊するまで知らんぷりをする。火事だけは、さすがに暑いから外へ逃げるかもしれない。

 

 無駄に固い意志を主張する東堂の反応も慣れっこなのか、西条は短く「そう」とだけ返した。リビングに沈黙が下り、扇風機とセミの鳴き声だけが聞こえる。

 

 特に何の用件もなくお互いの家を行き来するのは二人にはよくあることだった。今回もそうなんだろうと考え、東堂は折り畳んだ両足を伸ばして西城の膝にのせる。一人よりも多少狭苦しいけれど、帰れだのなんだのと言い争うのも億劫で、ぼけーっと西城を見つめる。

 

 自分よりも十センチは高いすらっとした長身は、簡素な部屋着ワンピースを着ていても絵になっていた。感情の薄い横顔は白い肌と相まって人形めいており、汗一つかいてないから何を考えているのかも分からない――

 

「はあ!?」

 

「な、なに?」

 

 東堂はすさまじい勢いで上体を起こした。素早く西条の正面へ回って両肩をつかみ、頭からつま先まで体を観察する。戸惑う西条の声もうるさいセミの声も聞こえない。

 

「汗、かいてないじゃん!」

 

「え、えっと……」

 

「寝ろ、早く!」

 

 ソファに無理やり西条を寝かしつけ、どたばたとキッチンの冷蔵庫へ駆ける。

 

 真夏の真昼間のリビングの室温は三十度を超えており、扇風機の前でじっとしていても汗がにじみ出るほど蒸し暑い。短時間とはいえ日光の下に出てこちらへやってきた西条は少なくとも東堂より汗をかいているはずなのに、一切汗がなかった。

 

 つまり熱中症だ。

 

 治療の方法は分からないが、とにかく冷やせばいいだろう。それでダメなら救急車。

 

「待って!」

 

「なんだよ寝てろよ病人……ん?」

 

 ポリ袋に氷を詰め込み氷嚢を作る東堂の手を、横から西条がつかむ。病人が動いたので眉をひそめる東堂だが、西条の身体の様子がどうもおかしいことに気が付いた。

 

 蒸し暑い中で汗をかいていないから熱中症のはず。しかし、汗をかかないことで熱がこもっているはずの身体は熱くなく、むしろひんやりと冷たい。

 

「あれぇ?」

 

「熱中症じゃない。話を聞いて。私はこの話をしに来た」

 

 西条の顔色はいつも通り白くて分かりにくいが、唇の色や腕をつかむ力からして体調が悪いとは思えない。心配な気持ちを抑え、東堂は西条に手を引かれるがままリビングへ戻った。

 

 ソファに隣り合って座る二人。

 

 先に切り出したのは西条だった。

 

「私、現実改変能力者なの」

 

「はい?」

 

「現実改変能力者。今朝使えるようになってた。でも、こんな力どう扱えばいいのか分からなくて……」

 

「ごめん、意味わからん。まず現実改変能力者って何?」

 

「……」

 

「え、そこから? みたいな顔してるけど普通わかんないよそんな難解ワード」

 

 現実改変能力者とは、文字通り現実を恣意的に改変できる能力を持つ者のことである。念動力、テレポートなど分かりやすい能力を使うとされる超能力者がサイエンスフィクションの代表格として広く知られているのに対し、意のままに現実を書き換えるという地味な現実改変能力は知名度が低い。

 

 もちろん地味といっても能力自体は強力だ。いまいち知名度が低いのは強力過ぎてフィクションに登場させると盛り上がりに欠けることも一因だろう。

 

 などと解説を受けた東堂は得心いったように大きくうなずく。

 

「分かった。とりあえず病院行こうか」

 

「待って」

 

「タチの悪い熱中症だよ。脳みそに熱が集中して頭パーになってるんだ」

 

「違う。私の身体の周囲だけ適温になるよう現実改変してるから」

 

 西条の言葉を受け、119を入力し携帯の発信ボタンを押しかけていた手を止める。たしかにそうだとすると不可解な身体の様子にも一応の説明がつくし、なにより西条は冗談も嘘ももっと紛らわしいものを好む。明らかに胡散臭い今回のような嘘はたとえ暑さで頭がおかしくなっても避けるはずだ。

 

 とはいえ簡単に信じられるような内容でもないので、東堂は試しに壊れた冷房を指差した。

 

「じゃあクーラー動くようにして」

 

「クーラー、動くようになーれ」

 

 しーんと静寂が満ちた。冷房は動かない。

 

「……クーラー動ーけ」

 

「動いたぁ!」

 

 そして追加詠唱らしき何かの後、冷房は動いた。電源ボタンを連打してもあらゆる角度から衝撃を与えても動かないままだった物言わぬがらくたが蘇り、冷たい風を吹き始める。動くようになれ、と動け、はそれぞれ意図が違ったらしい。

 

 冷房の復活を確認するや否や東堂は風のように動いた。リビングに接する扉や窓を閉め外の暑気を締め出しにかかる。西条のところに戻ってきたときには能力についてすっかり信じ切っていた。

 

「いやぁ、すごいね現実改変! 最高!」

 

「信じるの早すぎない?」

 

「疑ってたら話のテンポが悪いでしょ。ああでも、もう少し証拠がほしいかも」

 

「分かった……雨ふーれ」

 

 西条の掛け声の通りにカンカン照りだった空が雨雲で満ち、どしゃ降りの大雨が降りだした。

 

「雪ふーれ、雹ふーれ」

 

 続いて季節外れの雪、雹が降り注ぎ、「おーしまい」の合図とともに快晴へ戻った。

 

「おー、すごい。さっき扱いに困ってるみたいなこと言ってたの嘘じゃん。めっちゃ使いこなしてるし」

 

「ううん、ダメ。実は……」

 

 快晴の空から色とりどりの包装紙に包まれた飴玉が雨あられと降り注ぐ。外から小さく悲鳴が聞こえた。

 

「心の中でちょっとでも思ったことまで、現実になっちゃう」

 

「危なっ!」

 

 たとえばふと人生が嫌になって世界終わらないかなー、隕石落ちてこないかなー、学校にテロリストでも来ないかなーなどの幼稚な妄想をすると、現実になってしまう。飴玉が降ってきた件だって、西条の連想によっては血の雨や黒い雨、槍が降ってくることもありえたわけだ。危険なんてレベルじゃない。

 

 が、危ないからこそ東堂は触りたくなってしまう。

 

「おいしいカレーライス」

 

「あっ」

 

 東堂がつぶやくとほぼ同時に、リビングのど真ん中に巨大な寸胴鍋が現れる。鍋から部屋中に広がる芳醇な香りは、西条の大好物であるカレーのものだった。

 

「ピーマン」

 

「……どうしよう、ピーマンが世界からなくなったかも」

 

「なるほど。ピーマン嫌いだもんね」

 

 単語を聞いて連想しただけでもそれだけの効果を発揮するらしい。このままではまともな生活を送ることだって難しいだろう。極端な話、人と話していて嫌悪感を抱いた瞬間にはその人の存在がなかったことになっているかもしれない。テレビやニュースで得た情報を無意識に改変するかもしれない。

 

 西条が相談したいのはこの危険な能力を制御する方法だろう。東堂は、ひとまずもっとも簡単で現実的な方法を提案する。

 

「現実改変能力は最初からなかった、ってことにすれば?」

 

「それは嫌」

 

「えらいきっぱり言うね。んー、じゃあ」

 

 能力で能力をなかったことにするのはなぜか嫌らしい。であれば、能力の発動条件を厳しくするしかない。

 

『現実改変能力の発動には、改変の内容を具体的に口述することが必要。本条件は不可逆である』

 

 東堂の提案をそのまま西条が復唱し、ここに改変が成立した。後から条件を改変できないよう念も入れているのでうっかり世界が終わってしまう心配はないだろう。

 

「はい、これで万事解決。いやークーラー直ったのは助かった」

 

 一仕事やりとげた気分でソファに身を投げ出す東堂。テレビの電源をつけ「アメの雨の件速報やってないかなー」とザッピングを始めた。

 

 西条はそんな東堂を無表情で数秒見つめると、何も言わずに東堂のソファに腰を下ろし――

 

「『虚空から麻縄が落ちてくる。縄はひとりでに動いて東堂の両腕を後ろ手に縛る』」

 

「はぇ?」

 

 現実を改変した。

 

 言葉の通りに現れた縄が蛇のようにうごめき東堂の腕を縛り上げた。目を白黒させて状況の呑み込めない東堂に、西条が馬乗りとなる。

 

「ええと、西条? これはなんのマネ?」

 

「……」

 

「ははーん、変な能力と一緒に変な趣味にも目覚めたな。だけど僕にマゾの気はないんだなー」

 

 冗談めかした東堂の追及にも応えず、西条はうつむいたまま沈黙を保っている。長い髪が表情を隠して不穏かつ不気味な雰囲気が漂う。

 

 このような西条の反応はおよそ十五年の付き合いで初めて見る。戸惑いながら表情と内心をうかがう東堂だったが、朝起きて訳の分からない能力に目覚めていたショックで一時的に錯乱している、と推測した。両腕を縛られた今、できることはただ西条が落ち着くまで付き合ってやるのみ。

 

「どうして」

 

「ん?」

 

「どうして、この能力が最初からなかったことに、改変しなかったんだと思う?」

 

 知らなーいと即答しかけたのをどうにか呑み込んだ。単に能力を捨てるのが惜しくなったとか、能力を使ってやりたいことがあったとか、理由はいくらでも思いつくが、東堂にとってはどうでもよかった。西条がそうしたくないなら、そうしなければいい。

 

 しかし今の西条はかまってちゃんオーラ全開だ。ここで無関心を示すと少なくとも一週間は拗ねるのが目に見えている。東堂はお情けで口を開いた。

 

「なんで?」

 

「私がレズだから」

 

「ごめん理解不能」

 

 現実改変能力をカミングアウトされたときよりも意味が分からなかった。東堂の頬に冷や汗が流れ、苦笑いで頬がひきつる。そして西条の表情があらわになったとたん、全身がすくむような感覚に襲われた。

 

 白い頬が桜色に染まり、細められた目には涙が浮かんでいる。東堂の目を見つめる黒い瞳の奥にはハートさえ見えるような、ピンク色の迫力をまとっている。

 

「ももももしかして、昔からやたらとスキンシップが多かったのは」

 

「あなたの身体に発情してたから」

 

「最近一緒にお風呂入らなくなったのは」

 

「裸を見るとこらえきれないと思ったから」

 

「……現実改変能力を捨てなかったのは」

 

「あなたをレズに落とせる最終手段だから」

 

「いやあああぁあぁ!!」

 

 真意を察した東堂は陸揚げされた鮮魚よろしく暴れまわる。しかし悲しいかな、体格の勝る西条にマウントをとられている状況ではどれだけ暴れようが意味はない。助けを求めても窓を閉め切っていてはご近所までは聞こえないし、聞こえたとしてもまたあの子たち遊んでるのねで済まされるだろう。極めつけに、西条は思ったことをなんでも現実にできる恐ろしい能力まで保有している。抵抗は無意味だった。

 

 それでも東堂は本能のままに暴れ続ける。必死で抵抗するその様を、西条は息を荒げながら愛おしそうに見つめていた。

 

---

 

 東堂は西条にとって、いつでも自分を助けてくれるヒーローだった。

 

 幼稚園で孤立していたときも、小学校で発育が早いのを理由にいじめられたときも、中学で男女の痴情に巻き込まれたときも、東堂に相談すればすべてうまくいった。西条にはどうしようもない難題をさっそうと解決していく飄々とした姿――そんな東堂を常に身近で見ていると、憧れが嫉妬に、嫉妬は羨望に、そういった感情が全部ないまぜで恋慕に変わるのは必然だった。たとえ世間的にはマイナーなガールズラブの形で、東堂が一切恋愛ごとに興味のないことを知っていてもあきらめきれず、もやもやしたまま高校生活を送っていた。

 

 そんな中突然目覚めた現実改変能力は渡りに船だった。これを使えば東堂を自分と同じレズにできる。やろうと思えば過去現在未来すべての時間軸を思いの通りに改変できるこの能力なら、東堂を振り向かせるのは簡単だ。

 

「あなたを私と同じにしてしまえば。そう思った」

 

「ちょっと待てーい! それ人格改変! 勝手に僕を別の僕にしたらもう西条が好きになった僕じゃないでしょ!?」

 

 西条の独白にたまらず反駁する東堂。人の人格はその人の歩んできた道の証であって、それを否定して改変するのは、自分の惚れた相手を全否定しているに等しい。

 

 西条は「その通り」と頷いた。よかった、僕の幼馴染はそこまでクレイジーではなかったと東堂は安堵するが――

 

「だから人格改変は最後の手段。私は東堂を犯す。女の子同士でも気持ちよくなれることを知ってもらって、落とす。快楽で落とす」

 

「エロ同人か! 頭の中コミケ会場か!」

 

 西条はストレートに危ない発想に至っていた。人格改変がダメなら普通に身体を落とせばいいじゃない。

 

 しかも東堂はすでに詰みだ。何の間違いか全能に近い能力を手に入れた西条に抵抗は無意味だし、仮に身体を落とされなくとも後詰で人格改変が待っている。どんなに耐えても後で全部台無しにされるのが確定しているので、精神的にも耐えるのが辛い。

 

「んひゃっ!」

 

 西条の手が、タンクトップ越しに東堂の乳房をつかんだ。ムニュムニュと優しくもみしだかれる感覚に東堂は声を漏らしながら、全力で思考をめぐらせる。

 

(まずいまずい……このままだと死ぬ! 間違いなく西条が死ぬ!)

 

 無駄に巧みな手つきで思考がとろけていくのを防ぐのは強い危機感だった。西条の思う通りにいけば確実に西条が死んでしまう。

 

 西条は一度方向性を決めると正否にかかわらずがむしゃらに突っ走る悪癖がある。そして突っ走った後の散らかった道やたどり着いた先の惨状を前に傷つき、深く落ち込むのを何度も見てきた。

 

 中学の時もそうだった。両想いなのにすれ違いがちな友だち同士の間に入って、善意で橋渡し役を買って出た。結果、何度も相談に乗っていた男の方が西条にベタぼれし、二人の仲を引き裂いてしまう。西条は数か月の拒食症の末自殺未遂に至った。

 

 今回はどうか? 妙な能力に目覚めた勢いで惚れた相手を犯し、挙句その人格を否定してまで自分のものにしようとしている今回は、正気に戻ったとき自殺未遂で済むのか?

 

 絶対に未遂では済まないだろう。前回は東堂が命がけで止めに入ったから助かったものの、今回は現実改変能力がある。西条が自分の存在を否定するようなことを口走ればアウト、止める暇もない。

 

 つまり――ここが最後の分岐点。引き返し不能地点の一歩手前。

 

 東堂は快感に身をよじりながらどうにか唇を噛みきり、痛みと血の味で正気を呼び戻した。突然の自傷に西条は目を丸くして手を止める。

 

「嫌いになるぞっ!」

 

 隙を逃さす叫ぶ東堂。

 

「僕は西条が好きだ! でもこれ以上無理やり続けようってんなら、嫌いになる! 君のことが大好きな僕はここでいなくなっちゃうぞ!」

 

 東堂が西条を大好きであると、後から改変することもできる。一度嫌われた事実をなかったことにもできる。

 

 だが、今この瞬間に東堂から嫌われるかもしれないという恐怖、そして東堂から大好きと言われた歓喜が、西条の心を揺さぶった。

 

「あ……私……」

 

 夢見心地のぼんやりした目つきの西条が頭を抱える。

 

「正気に戻ったね? じゃあさっさと縄をほどいて」

 

 言葉に従い機械的に東堂の縄をほどく西条。東堂は縄の跡がついた腕をさすった後、西条の頬をペチペチと叩いた。

 

「西条、聞こえる?」

 

「……」

 

「その能力は今すぐ捨てるべきだ。君が扱うには大きすぎる」

 

 ふるふる、と泣きそうな顔で西条が首を横に振り、想像通りの反応に東堂が苦笑を漏らす。

 

「そうだね。君は臆病で怖がりだ。強大な力をお守りに持っておきたい気持ちは分かる。だから――」

 

 数秒の逡巡。視線を泳がせてから正面へ。口を開くときにはもう迷いはない。

 

「西条がいつか、その力を捨てられるようになるまで、僕がそばにいるよ」

 

 話は終わった。

 

 そういわんばかりに東堂はふいと顔をそらし、何ごともなかったかのように西条の隣へ座った。リモコンでテレビの音量を上げ、じいっと画面を凝視する。

 

 テレビが真夏の異常気象とアメの雨について緊急特番を放送している。クーラーのファンと扇風機の風が火照った東堂たちの身体を冷ましていく。真夏の昼の二人の日常がそこにあった。ただし、いつも通りぼんやりしている西条に比べ、東堂の心に平静はない。

 

(親友が現実改変能力に目覚めた上、レズだった。クーラー修理の対価にしては、重いカミングアウトだなー)

 

 隣に座る親友を意識しないよう、雑念とテレビで気を紛らわすのに精いっぱいだ。それでもつい視線が親友の方へ行ってしまうので、目を閉じて一連の体験を白昼夢だと思い込もうとするものの、噛み切った唇の痛みは間違いなく現実のそれで、誤魔化しがききそうになかった。

 

---

 

 顔を真っ赤にしながら必死で平静を装う東堂の横顔を見ながら、西条は愛おしさと同時に安心感を覚えていた。

 

 現実改変能力は先ほど東堂の指示を受けるまで、西条の望みや妄想を無条件で現実へ変える性質があった。歴史の教科書を読みながらイフの展開を妄想すればまるっきり世界観が変わったこともあったし、アメではなく槍の雨が実際に降ったこともあった。そんな改変は最初からなかった、と何度も現実をアンドゥしてようやく東堂の下へやってきたのだ。

 

 しかし東堂の姿を見た途端、とてつもない不安感に襲われる。

 

 東堂は西条にとってのヒーローで片思いの相手。この現実が自分の勝手な現実改変の結果ではないと断言できなかったのだ。東堂は西条にとって都合のいいヒーロー、幼馴染、恋人として西条が生み出した、架空の人物ではないのかと。幼いころから一緒にいる記憶や思い出もすべて自分の作り出した幻想なんじゃないのかと。

 

 否定しきれない疑念が西条の理性を奪い、隠し続けてきた長年の思いを自暴自棄に近いかたちで吐露させた。東堂を一時的に人間として見られなくなったゆえの暴挙だった。

 

「東堂……」

 

「え、ちょ、何その目」

 

 けれど東堂は人間だった。自分に都合のいいよう動いてくれる人形ではなく、自律する人間として自分をつっぱね、これからも傍で支えてくれる約束までしてくれた。東堂への信頼度はもはやとどまるところを知らず、あふれる気持ちが一つの欲に集約される。

 

「タンマ。おかしいよね、もう日常パートに戻る流れだったよね。目が怖いってばホントに」

 

 それは性欲。身体が熱くムラムラが止まらない。

 

 手をTの字にしてタイムアウトを要求しながら後ずさる東堂。その怯え切った表情がますます西条の心をピンクで色ボケさせる。鎖骨のくぼみに垂れる汗も、タンクトップを押し上げる豊満な胸も、西条より細く華奢な手足も、チラチラ見えるへそと下着も――全部欲しい。

 

「うひゃあ!?」

 

「東堂、しょっぱい」

 

 両手を抑えつけて押し倒し、首元をなめた。刺激で身をよじるたびに乳房が揺れ、西条の下腹部に熱がこもる。

 

「バカ! 無理やりエッチしたら嫌いになるって言っただろぉ!?」

 

「安心して。今日は味見だけ。ペロペロだけならエッチじゃない」

 

「摩訶不思議な基準だなぁ! んっ……!」

 

 でも、今日はまだガマンだ。たとえ東堂の全部が欲しくても、嫌いになられるのだけは嫌だから、大好きな気持ちを自分なりに示すだけ。

 

 もちろん途中で東堂がその気になったならためらうことはないけれど。

 

「ぐぬぬ……こんなことで僕が落ちると思ったら大間違いだ。変態には絶対屈しないぞ!」

 

 顔は真っ赤、目に涙をためて気丈に西条を見上げる東堂。

 

「私は変態じゃない。東堂が大好きな淑女」

 

「君みたいな淑女がいてたまる……ひゃぁ!? そんなとこっ、ダメ……!」

 

 淑女は東堂のワキのくぼみに舌を入れた。くすぐりあいっこでじゃれ合うときはここを責めれば必ず勝てた経験が活きたかたちだ。

 

「いい加減にしろ! 僕に嫌われるのが怖くないのか!? それとも、僕に嫌われても気持ちを改変すればいいと思ってるのか!」

 

 ピタリと舌が止まる。西条が顔を上げ小さくつぶやいた。

 

「『東堂個人に対する現実改変は成立しない』『この改変は不可逆』」 

 

「えっ、自分から逃げ道つぶすの?」

 

 改変が成立し、現時点で東堂の心が西条の都合で改変されることはなくなった。戸惑う東堂に対し西条は妖艶な笑みを浮かべる。

 

「きっと東堂は、ずっと私を嫌いにならずにいてくれるって思ったから。逃げ道なんていらない」

 

 西条が強気に出られるもっとも大きな理由がこの信頼だった。困ったときにはいつだって現れて、どんな難題も解決してくれる。実際、現実改変なんて訳の分からないものを得た西条を受け入れ助けてくれた。そばにいると言ってくれた。そんな東堂なら多少変態的でも大好きな気持ちを受け取ってくれると確信しているのだ。現実改変という退路は必要ない。

 

 すがすがしく開き直った西条に対し、東堂は――

 

「し、信頼が重い……」

 

 光を失った目で諦観していた。

 

 西条の指摘はまごうことなき真実で、今更過剰なスキンシップ程度で西条を嫌いになることはありえないし、一方的に最後の一線を越えることはないだろうと信頼もしている。ただ、西条が性的な目で自分を見ていることを知ったうえでじゃれ合いを受け入れるのは精神的に辛かったので、あれやこれやと抵抗していたわけだ。

 

 しかし西条が東堂の考えを把握した今となっては、物理的な抵抗も心理的な抵抗も意味をなさない。

 

「や、やさしくしてね」

 

「もちろん」

 

 諦めた東堂は西条を受け入れた。

 

---

 

 一方的じゃれ合いは日が落ちるまで続き、東堂はどうにか貞操を守り切ったものの涎と汗まみれでしばらく動けず、逆に西条は心底満足げな笑みを浮かべ鼻歌まじりで帰って行った。

 

「くそう……なんでこんなことされたのに嫌いになれないんだよ僕のバカ……」

 

 生まれて初めての嬌声を何度も聞かれたこと、変な部位を舐められながら言葉責めされたこと、そういった経験に対する羞恥心よりも、西条が笑顔で帰って行った喜びの方が強い。面倒くさい自分の性格に深く嘆息した。

 

 最初はただの好奇心だった。人形のようにきれいで表情の変わらない西条が、笑ったらどんなにきれいだろうと構うようになった。人付き合いが苦手な性格と美貌が災いした西条の周囲はトラブル続きだったので、困りごとがなくなれば笑ってくれると考え全力で動いた。その末にやっと見せてくれた西条の笑顔が、東堂の生き方の原点だった。

 

『ありがとう』

 

 脈絡もなく告げられたお礼の言葉。初めて見た笑顔は夢のようにきれいで、けれど泡沫のようにあっけなく消えてしまった。もう一度、何度でもその笑顔を見たいから、西条のために動き、考える癖がついてしまった。

 

「あれ? よく考えればこの気持ち……いやいや、きれいなものを見たいのは誰でも同じでしょ。僕はレズじゃない」

 

 ふと、あの時の笑顔で一目ぼれしたんじゃないかと考えるが、すぐに取り消した。他人が悲しんでいるところより笑っているところを見たいと思うのは全人類共通の感性だ。それがとびきりきれいな笑顔ならなおさら。

 

「はあ、お風呂いこ」

 

 力のない小さな東堂のつぶやきは誰に聞かれるでもなく消えていく。とぼとぼと浴室へ向かう彼女の背中には、哀愁が漂っている。

 

 西日が差し込むリビング。クーラー、扇風機、テレビはつけっぱなし。首を振る扇風機の風が定期的に風鈴を鳴らしている。風変わりな夏休みの一日は、こうして幕を閉じるのだった。











テーマ:異能力ガチレズ日常、夏


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