ある日突然、そんな事を言い出すきりたん。その言葉の真意は…

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きりたん「東北姉妹は、二人だけで十分ですよ」

…今、この子はなんと言った?

 

実家から遠く離れた都心の中の、小さな一室

そこで、妹と共に夕餉を取っていた私は、部屋の気温が急激に下がり、凍り付くような錯覚を覚えた。

 

 

 

 

 

事の発端は、最近何かと妹の、東北きりたんに元気が無いという事からだった

元々、この子はそこまで静かで落ち着いている方ではない、お仕事の為に東北の実家から出てきた私の事を、一人で追いかけてきた程だ。

 

きりたんがこちら側にやってきて、早1年がたちそうな今日、昔は、あんなに姉様、姉様と私の後をついてきては様々な事を私に話しかけてきていたきりたんは、とてもおとなしく、そして静かに箸を動かしていた。ひょっとして、反抗期か何かなのだろうか

 

私もそんな、どこか寂しそうな表情をした妹の様子を見て、少しホームシックになっていたのだろう。

戻りたい。私と、きりたんと、イタコ姉様の三人で卓袱台を囲んで、色んな話題が飛び交って、笑顔が溢れていたあの場所に。

そうでなくても、せめて、きりたんがこちら側に来ていたばかりの、「今日は学校でこんなことがありました!」と、毎夕笑顔でその日の出来事を報告してくれていた時に。

 

何度その笑顔で、都心の疲れから癒された事か。何度、救われた事か。

 

だから、私は、食事中に箸を止め、少し、呟いたのです

 

「イタコお姉様も、こっちにくれば、また、三姉妹いっしょでいられるのに…」

 

と。

 

そこで、話は冒頭に戻る

 

 

 

 

 

それは恐らく、きりたんなりの、愛情表現なのかもしれない、二人で一緒に居たいという。

しかし…しかし……

 

「…きりたん、それは、どういう意味?」

 

私は、あふれ出る感情を抑え込んで、静かな声で妹に問う

 

「え、どういうって…そのままの意味ですが?」

 

質問の意図がわからない、というような表情で、首をかしげるきりたん。

まるで、そんなこともわからないのか、と言っているように見えた

と、思った時には、私は、ほとんど無意識に声を張っていた

 

「きりたん!!」

「っ!」

 

突然の、私の声に驚いたのか、きりたんは肩を大きく竦ませた

それでも、私の口は止まらない

 

「イタコお姉様に謝りなさい!!言っていい事と、悪い事がありますよ!!!」

 

最近、静かな食事ばかりで、私もストレスが溜まっていたのだろうか、そこまで強く言うつもりはなかったのに、つい、声を荒げてしまった

その事に気が付いて、「あっ」と声を漏らした時には、きりたんは、箸を置いていた

 

「…………事実を言って、なにが悪いんですか……」

 

ご馳走様でした、と極々小さな声で呟いたのだろう、俯いたきりたんの唇が微かに動いた後、そのまま静かに、自分の部屋へと消えて行った。

 

 

 

 

…すこし、言い過ぎた

後悔先に立たずといえど、やはり、何故先に気が付けなかったのだろう。

確かに、非はきりたんの方にあるだろう。二人だけでいい、それは、それほど私の事が好きなのだという事なのだろうが、同時に、イタコ姉様への侮辱とも取れる。

決してきりたんは、そういうつもりではないのだろうが、そのまま放っておけば、きりたんはそのうち、大事な誰かを無意識のうちに傷つけかねない。

だから、叱るのは当然……なのだが、どんな状況に置いても、叱るのに私情を持ち出す事はタブーだ

私は、きりたんのお姉さん、きりたんは、私を見て育つ。

それなのに、私は、きりたんに怒鳴る事で、自身のストレスを解消しようと無意識に試みてしまった。

 

「(…謝らなきゃ。これは、私の非だ。)」

 

きりたんが残したご飯を片付け、全ての食器を洗い終わった後、私は、きりたんの部屋のドアをノックした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

また

ずん姉様の手を、煩わせてしまった。

私の、失言のせいで

 

私は、いつもそうだ

相手を笑わせようと、軽い冗談のつもりで口から出た言葉は、すぐに皮肉へと変わる

私が、誰かを喜ばせようとすれば、全て悪い結果に終わる

 

いつも、みんなに迷惑をかけて

他人のお金と、手間と、時間を貪って、その上で恩を仇で返している

 

昔から、そうだった

 

東北の実家にいた時から、何も出来ていなかった

家事もお仕事も、全てずん姉様とたこ姉様任せ。

たまにお手伝いを任されれば、失敗ばかりで、結局姉さま方がやった方が速く、楽に片付く

 

いつしか、【万人の下位互換】というのが、私の自己評価として定着していた。

 

 

ずん姉様が、声優のお仕事で都心に行ってからは、そんな認識が強くなっていた。

たこ姉様は、私にお手伝いを任せる事すら無かった。

 

 

やり直す事すら、出来なかった

 

あの時私は、何のためにずん姉様を追いかけて、都心に出てきたのだろう?

 

……そうだ、良い学校へ行く為、と、姉様を説得したのだった

 

 

出来ているか?私はそれを実行出来ているのか?

否。

 

転校してきて、軽くいじめられて、それだけで折れた。

高い費用を払い入学し、ずん姉様と同じお部屋にお世話になり

 

それで手に入れたものは?

 

私は二週間しか持たなかったという惨めな認識だけだった

 

与えられた空間(部屋)に閉じこもり、自分だけの世界に入り浸る

 

 

私は、そんな私が嫌いだ。

ずん姉様の、金食い虫

大っ嫌いだ

 

だから 罰を与える

 

 

自分を罰してる時だけは、罪悪感が薄れる

 

私は相応の罰を受けているんだ、償ってるんだと、勘違い出来る

 

忘れられる

 

 

そんな事を思いながら、私は薄暗い自室の中で、殆んど手探りでランドセルを漁り、筆箱を探し当てる

 

ボロボロになってしまったけれど、それでも可愛らしいという印象は与えてくれる筆箱。

 

そして、それに似つかわしくない異彩を放つ、ソレを中から取り出す

 

 

カーテンの隙間から差し込む薄い月明りが、ソレに反射して視界に映る

 

 

刃は、変えたばかりだ。

 

別に、もう欠けてる訳でもないし、錆びてる訳でもない

 

 

恐らくソレは、私の身体に、すんなりと入るのだろう

 

…想像するだけで、握る手が震えてくる

 

 

 

ゆっくり、ゆっくりと、ソレが手首に近づいていく

それに比例して、呼吸が段々荒くなっていくのがわかる

 

あぁ、立っていられない…足ががくがくしてしまう

 

 

もう、あともう少しで、手首に届く

 

そう考えるだけで、思考が安定しなくなる

 

これはきっと、背徳感

 

 

治りかけの手首に、刃が触れそうになる度に、頭の中はぐちゃぐちゃに、何も考えられなくなる

 

 

ただ聞こえるのは、自分の呼吸音と、脈を測っている訳でもないのにうるさく、不安定に聞こえる心臓の音だけ。

 

緊張、不安、期待。色んな感情が頭の中をかき混ぜて、何も考えられない

 

 

 

冷たい物が、手首に触れる

 

 

それだけなのに、ゾクゾクゾクッ、と、全身に何かが駆け巡る

 

尖った部分が、手首に触れている。それだけなのに、少し痛い。

 

 

その下にはきっと、切れたらいけない何かがある

 

 

本能的にわかるそれを意識すると、全身を駆け巡る何かが強く、そして早くなった気がした。

 

もう少し、もう少しだけ、と自分に言い聞かせながら、力を籠める。

 

 

 

プツッと、何かが切れたような感じがした。

 

ビクビクと、私の意思に関係なく、身体が勝手に痙攣する。

 

 

溢れる、溢れる

 

 

後から後からあふれて、止まらない

 

 

とまらない

 

 

 

 

 

 

コン、コン

 

 

頭痛にも似た感覚で一杯になり、真っ白だった頭の中に、そんな音が響く

 

何の音だろう、と、ぼんやりと考える

 

 

「きりたん…?あの、入っても、いいかな……?」

 

 

血の気が引いた

 

扉越しに聞こえるその声の主は、ずん姉様だ

 

「だ…ぇです……っ!」

 

なんとか否定しようと口から絞り出したその声は、自分でも驚くほどにか細く、そして震えていた。

 

「きりたん…?泣いてるの……?」

 

そう言いながら、ずん姉様は、私の言葉を無視して扉を開ける

 

逆光によって見えずらいけれど、ずん姉様は、心底不安そうな、心配するような顔をしていた。いや、実際、しているのだろう、私なんかに。

 

その顔が私の手を見て、心配から驚きへ、そして焦りへと一瞬で変わる

 

「きりたんっ!!」

 

やばい、と思って急いで手を体で隠そうとするが、ずん姉様に迫られ、腕をぎゅうっと力強く掴まれてしまう

 

「腕!!みせなさいっ!!」

「い”っっ!!」

 

強引に手を引っ張られ、激痛が走る

 

ポタ、ポタと、手首から紅い液体が落ちて、床に染みを作る

 

それを数秒、いや、数十秒かもしれない、ずん姉様は、真剣な眼差しで見つめ、そして私に問いかけた

 

「…どうして、こんな事したの」

 

 

明らかに、怒っている

 

…でも、私の口から出たのは、謝罪ではなかった

 

「…離してください」

「もうしないって誓うなら、いいよ」

 

ずん姉様は、間をあけずにそう返してくる

 

「……止めないでください」

「駄目」

 

 

駄目。ダメ。だめ。

その一言が、私の中で響いて

何かが弾けたような、切れたような、そんな気がした

 

 

「………なんで…なんで、止めるんですか」

 

違う、私は、反発したいわけじゃないのに

 

「私なんか、なんの役にも立たない私なんか…いない方がいいでしょう」

 

そんなこと、ずん姉様が思ってる訳ないのに

 

「悪い事をしたっ…人が、罰を受けるのは……当然、でしょう………?」

 

口から溢れるその言葉は、まるで血のように

 

「何が出来ます?わたしが…いて……なにか…いいっ、こと……ありました…………?」

 

 

後から後から溢れて

 

 

「私はっ!!今まで!なにしました!!?姉様の居場所を借りて!!お金を奪って!!!それで何が返せました!!?」

 

 

 

とまらない

 

 

 

「私なんか!!いない方がっいいんです!!皆を不幸にしかできない!何一つ誰にも勝てない!!誰かを笑顔にできる、姉様方とは違うんです!!

東北姉妹は!二人だけで十分なんですよ!!!」

 

 

 

 

………しばらくの間、静寂が部屋を支配していた

1分なのか、10分なのか、判断が付かなかった。時間間隔が、よくわからなかった

 

私はただ、泣いていた

 

 

ずん姉様も、泣いているように見えた

 

 

 

…寒かった

 

まるで、心に刃を入れたかのように

 

 

 

でも…次に感じたのは、血が流れるような、生々しい熱さじゃなかった

 

 

ふんわりとしてて、全てを優しく包んで、許してくれる

 

お日様みたいな

 

 

 

「私……私、ね……どうして、頑張って来れたと、おもう…?」

 

首を横に振る

 

 

「だって…私の家にはっ…私がいないと、何も出来ない娘が、いるんですもの」

 

びくっ、と肩が震える

 

 

「あなたを、生かさなきゃ。私でも、救える命が、あるんだって…そう、思えたから、なんだよ……?」

 

「でも……でも………!」

 

 

ぎゅ、と、込められる力が、少しだけ増えたような、気がした

 

 

「私には、あなたが、必要なの。他の誰でもない、あなたが」

 

 

必要。

 

その言葉を聞いて、全身の力が抜けたような感覚に見舞われた

 

あぁ…ずん姉様に持たれかかったまま、立てない

 

涙が、止まらない

 

 

 

「ありがとう…きりたん、あなたが、他の誰かじゃなくて、きりたんとして、生まれてきてくれて…ありがとう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ある朝の事。

玄関に立ち、大きく深呼吸をする。

 

…清々しい朝だ

空はよく晴れ、程よく美しい雲が流れていく

 

庭先では、栽培している枝豆の葉に水滴が滴っていた。

 

そういえば、昨夜は凄い大雨だったな。と、今更ながらに思い出す

 

でも、その大雨は、空が泣いていた、というよりも、街を洗濯した、という印象が強かった。

 

 

なにせ……。

 

 

 

 

ドタドタドタ、と、とても慌ただしい足音が廊下から聞こえてきた

…なんだか、とても懐かしい。ほんの数か月前まではよく聞いていた音の筈なのに、数十年ぶりに聞いているような感覚だ。

 

しばらくして、玄関に、小さな影が現れる

 

「あ!ずん姉様!!」

「もう、遅いよきりたん、何してたの?」

「ひ、久々で、うまく髪が結べなくって………」

 

そう言って、えへへ、と微笑むきりたんを見ていると、こっちまでつられて笑ってしまう

まるで、先日の様子が嘘のようだ

 

靴を履き、ランドセルを背負いなおしたきりたんと、しばし見つめあう

 

 

「それでは、ずん姉様…行ってきます!!」

「はい、行ってらっしゃい、車には気を付けてね」

「はぁーい!」

 

若干転びそうになりながらも、元気に登校して行くきりたん

小さくなっていくランドセルを眺めながら、ふと視線を、自身の手首に降ろす

 

そこには、翡翠色をしたリストバンド。

 

先日、きりたんとお揃いで買いに行った物だ。

 

今もきりたんが、これと同じ物を付けていると思うと、なんだかとても愛おしくなり、優しく撫でる

 

 

 

どうか、この先の、きりたんの学校生活が、幸多き物になりますように




執筆中、「こんなタイトルなのに、私が登場しないのはどういう了見ですの!?」という幻聴が聞こえてきました。

その後、きりたんが学校で大切な友達(生きる意味)と出会うのは、また別のお話

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