もしも言峰が召喚したアサシンがあの戦闘員だったら   作:拙作製造機

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後日談というか、まぁ蛇足になりかねない話。あの結末から十年後の冬木の様子をどうぞ。


絶対悪の残したモノ

 大きな桜の木がある趣のある洋館、間桐邸。その玄関のドアの前で通学鞄を手にしている一人の女性がいる。今年から高校生となった遠坂桜であった。と、ドアがゆっくりと開いて一人の男性が姿を見せた。

 

「あ、おはようございます」

「……ああ。朝練の呼び出しか?」

「それもありますけど、姉さんが一緒に登校した方がいいって」

「義理の兄妹だった事もあるんだからってか? 余計なお世話だ」

「いえ、あの事です」

 

 桜の言い方で慎二も悟る。要するに魔術絡みの話かと。臓硯が力を失い、雁夜が実権を握った後の間桐家は様変わりをしていた。まず、魔術の研鑚を捨て研究へとシフト。臓硯の造り上げた魔術を徹底的に解明し、後世に残す事へ注力したのだ。

 留学から帰ってきた慎二は、義理の妹の出戻りと叔父の帰還、更に自分の家柄に関わる事や今後やっていく事を伝えられてこう思ったのだ。

 

―――魔力が無くても魔術には関われるし、大きな事を出来る可能性があるのか。

 

 叔父である雁夜が自分の余命が長くない事を悟り、後の事を慎二の父ではなく彼自身へ託したのも良かったのかもしれない。臓硯と同じ過ちは繰り返すな。それが叔父から彼へ託された願いであった。こうして慎二は捻くれ過ぎる事もなく魔術の研究へ勤しんだ。彼の父は長きに渡る臓硯の支配下ですっかり腑抜けてしまっていたが、我が子の姿がゆっくりとその自我を立ち直らせていった。

 

 今や慎二は知識だけならば立派な魔術師並であり、令呪の仕組みを一部解明した事もあって時臣から一目を置かれていたのだ。

 

「あの事、ね。で、一体どれだ?」

「えっと……」

 

 先んじて歩き出す慎二とそれに少し遅れて動き出す桜。春の風流れる中、兄妹であった二人は少しだけ距離を作って歩く。それはそのままその心の距離でもある。慎二にとって桜は、一度は妹として守ってやろうとした相手。対する桜にとって慎二は、兄として慕おうと思った相手。故に高校生となった今も、その心境は複雑であった。

 

「そういえば、あの話は本当なんですか?」

「どれだよ。相変わらず話が分かり難いな、お前」

「ご、ごめんなさい。け、結婚の事です」

「……ああ、お前がまた間桐になるかもしれないってあれか」

 

 慎二の複雑そうな声に桜の頬が赤く染まる。既に魔術師としては終わりを迎えている間桐ではあるが、だからといって絶えさせるのも良くないと時臣は考えていた。そこには、優秀な成果を出している慎二と、娘を助けようとした雁夜への様々な想いがあったのだろう。

 そこで挙がったのが桜の嫁入りである。元々桜を間桐の養子に出した裏には、彼女の魔術師としての優秀さを時臣が惜しんだという事もある。それに、本人達は気付いてないが、傍目には単なる幼馴染ではない雰囲気を見せ合っているのだ。

 

「僕は正直どっちでもいい。今はあの爺の残した事を解き明かすのに夢中だしな」

「……そう、ですよね」

 

 顔を背けたままで告げる慎二の言葉に桜は少し寂しそうに目を伏せる。それを横目で見て、慎二は小さく息を吐いた。

 

「でも、ま、実験なんかやるのに苦労してるのもある。助手として来てくれるなら助かるな」

「……はい、先輩」

「ふんっ……」

 

 先輩と呼べ。それは、幼い頃の慎二が遠坂に戻った桜へ告げた命令である。お兄ちゃんと呼ばれていたのに帰って来たら他人へ戻っていた。そのため慎二をどう呼べばいいか分からなくなった桜へ、彼が先んじてそう言い放ったのだ。自分の方が年上なのだから敬意を払えと理由も含めて。

 以来、桜は慎二を先輩と呼んでいる。そこに秘められた不器用な気遣いに感謝しながら。そして二人が学校へ向かうため、道路を渡って少しした時だった。

 

「あら、桜達じゃない。まだ学校に行ってなかったのね」

「姉さん」

「何だよ、低血圧の遠坂がどうしてこんな時間に登校してるんだ?」

 

 学校へ向かう坂道。その登り口付近で二人を出迎えた形になったのは桜の姉の凛であった。自分の数少ない弱点を言われ、凛はやや赤い顔をして慎二を睨む。

 

「ちょっと! あまりそういう事を大っぴらに言うんじゃないわよっ!」

「事実だろ。で、どうしてか答えろよ」

「……あの子が来るのよ。留学生として」

「「あの子……?」」

 

 凛がどこか疲れた声で告げた内容に二人は同じような声を返す。なので凛は続けてこう告げた。ドイツからね、と。それで二人も完全に理解した。

 

「まさか、イリヤちゃんが来るんですか?」

「そ」

「留学って、向こうはそれこそ箱入りお嬢様だろ? 何で留学なんて……」

「何でも私達との学校生活に憧れがあるんですって。そうお母様が舞弥さんから聞いたそうよ」

 

 あの聖杯戦争後、しばらく日本で暮らした衛宮一家だが、今はドイツへと帰国していた。理由はイリヤの魔術教育のためである。当然アイリは難色を示したのだが、友人となった凛や慎二に負けたくないと言い張るイリヤの熱意に折れ、必ず再来日すると約束して冬木の地を去っていた。舞弥はそのために今も冬木で暮らしており、葵と時折スイーツ巡りをする仲となっていたのだ。

 

「それで今日来るって?」

「らしいわ。で、案内兼出迎えを頼まれたのよ。騒がれない内に軽くでいいから学校の事を見て回りたいらしいの。おかげでこっちはいい迷惑なんだから……」

 

 そう言うと欠伸をかみ殺しながら凛は片手を口へ当てた。まだ登校する生徒達はほとんどいないので、彼女も普段の自分を曝け出している証拠である。これが学校なら、何があろうと欠伸などせず、したとしてもどこか可愛げが出るようにしているだろう。

 

 と、そこへゆっくりと近付く黒塗りの高級車。すぐに三人はアインツベルンの物と理解した。それを裏付けるように助手席から白いメイド服らしきものを着た女性が降り、後部座席のドアを開けたのだ。

 

「久しぶりね、リン。サクラとシンジも元気そうね」

「イリヤも元気そうで何よりよ。夏休み以来?」

「そうなるわ。にしても、案内はリンと聞いてたんだけど、サクラとシンジもしてくれるのかしら?」

「冗談。僕達は付き合い切れないからな」

「部活の朝練があるんだ。ごめんね、イリヤちゃん」

「ブカツ? アサレン? ああ、クラブ活動ってやつね」

 

 母親譲りの綺麗な髪を風になびかせ、明るく笑う姿は男なら全員が、女でも半分以上は見惚れてしまう程の可憐さがある。スタイルも西洋人らしく魅惑的であり、ミスパーフェクトの異名を持つ凛が悔しがる程のバランスだった。

 

「そういう事さ。桜、行くぞ」

「あ、はい」

 

 足早に歩き出す慎二を追う様に小走りで動き出す桜を見つめ、イリヤは凛へそそくさと近寄る。

 

「ね、ホントにあの二人って恋人じゃないの?」

「今のとこは、ね。ま、付き合いが長すぎてどっか踏ん切りがつかないんでしょう」

「そんなもの?」

「そんなもの」

 

 言い合ってから笑みを向け合う二人。と、そこへメイドであるセラが口を挟んできた。

 

「恐れ入りますが凛お嬢様、そろそろ学校の方へ案内をお願い致します。この車では騒ぎになりかねませんので」

「あ、そうだったわね。ありがとうセラさん。イリヤ、行くわよ」

「ええ。セラ、送ってくれてありがとう。迎え、よろしく」

「はい、畏まりました。行ってらっしゃいませ、お嬢様」

 

 深々と一礼して送り出すセラに苦笑しながらイリヤは凛と共に坂道を登り始める。その頃、先に車で遠坂家を訪れていた衛宮夫妻は時臣と葵と会話に花を咲かせていた。

 

「結婚、ですか。もうそんな年齢になったんですね」

「ええ。まだ話として出ているだけですけど」

「それにしても、かつて養子に行った先へ今度は嫁に行けとは、中々言える事ではないと思いますが?」

「私とて行けとは言っていないよ。ただ、桜も慎二君もお互いを意識している節は見えるのだ。だからこそ、このまま間桐が、いや彼の血が絶えるのは忍びないとね」

「思い合っての結びつきなら以前とは違いますわ。切嗣もあまり時臣さんをいじめないの」

「別にいじめてるつもりはないよ。ただ、僕はてっきりウェイバー君を狙っているのかと」

「彼は年下は興味ないそうだ。いや、政略結婚に思われる相手は、かな。魔術師としての悪しき慣習を改革する側だからね、彼は」

 

 ケイネスの下で助手を務めていたウェイバーは、今や時計塔の講師の一人となっていた。その従来の魔術師とは違う考え方や着眼点をケイネスに認められ、新たな魔術や魔術師の在り方を模索する学部を創設、そのために今や忙しく動き回っているのだ。

 

 凛や慎二が高校を卒業後目指しているのはその学部である。

 

「反発も多いと聞いていますけど、大丈夫なのでしょうか?」

「そこはロードエルメロイの秘蔵っ子ですからね。古き良き魔術師として名高い名門が後ろ盾になっている以上、大きな失態を犯すまでは静観するしかないですよ」

「その辺り、やはり抜け目ないなあの二人は。それぞれ古き良き魔術師と新時代の魔術師の先頭を行くつもりなんだろう。互いを互いで認め合う事で敵が動けないようになっている」

「まったくだ。彼の影響で、私の家も科学に侵略されつつあるよ」

「そうは言うけれど、アナタだって便利になったと仰っていたじゃない」

 

 葵の指摘に時臣が言葉に詰まり、切嗣とアイリが笑った。それに気恥ずかしさを感じつつ、話題を変えるように咳払いをする時臣。そして、彼は切嗣とアイリへ視線を向ける。

 

「それで、この後は?」

「墓参りをしようと思っています」

「古き盟約を新しい形へ変えた功労者である彼の、ね」

「……そうか。なら、我々もご一緒しましょう。葵、支度をなさい」

「はい」

 

 そうやって二組の夫婦が柳洞寺へ向かおうと動き出した頃、遠いロンドンの地では話題に挙がったウェイバー・ベルベッドがソファにもたれながら疲れた顔で紅茶を飲んでいた。そんな彼をやや呆れ顔で見つめる男性の姿がある。

 

「ウェイバー、もう少し紳士らしく振舞いたまえ」

「……無理ですよ、ケイネスさん。こっちは何分庶民の出なんで」

「まったく、普段は家柄など関係ないと言っているのだ。そういうところもそうだとは思わんのかね?」

「それは……そうですね」

 

 ぐうの音も出ない正論にウェイバーは姿勢を正す。それを見てケイネスは小さく頷いた。

 

「人へ持論を納得させるには、自身を以って範とするべきだ。私だから良いと気を抜けば、それをどこで誰に見られるか分からないと思いたまえ」

「はい、先生」

「……懐かしいものだ。君にそう呼ばれるとあの頃を思い出すな」

「もうお互い冬木へ五年は行ってませんからね。そちらの最後は家族旅行、でしたっけ」

「ああ。とはいっても、仕事にかこつけてだがね。ソラウは苦笑していたよ。公私混同とは私らしくないと」

 

 もう結婚して十年近くになろうとしている愛妻の名を、ケイネスは愛おしく呼んだ。今や二児の母であり、一男一女に恵まれたケイネス達はその子達の将来も考えてウェイバーの試みを応援していた。

 

「それで、どうなのだ? 新しい魔術の方は」

「一から創り上げる事の難しさを噛み締める日々ですよ。それに、やはり出遅れ感が凄いです。科学技術の進歩は魔術の比じゃないですから。先生も、時折足を運んでますか? 電化製品の店を」

「ああ。嫌という程理解させられてしまうよ。魔術で同じ事をやろうとすると、どれだけの準備や用意がいるのかとね。あれを受け入れない限り、魔術に先はないと言った君の気持ちは分かる。現状、魔術は過去へ過去へと戻る術だ。対して科学は前へ前へと進む術。これでは勝ち目などない」

 

 あの冬木での調査はケイネスに大きな衝撃を与えていた。助手であるウェイバーは調査を楽に出来ると様々な機械を薦めてきたのである。それらを最初こそ拒否しようとしたケイネスだったが、実際に使ってみるとその機能性に言葉を失ったのだ。彼とて知っているはずだった、科学の恐ろしさは。だが、それを実物として見せられた時、そしてその進化速度を知った時、彼も危機感を覚えたのである。このままでは、魔術は科学に取って代わられるかもしれないと。

 

「でも、魔術が最先端だった頃はたしかにあったんです。錬金術も魔術の一部でした。そこから今日の科学は始まっています。科学も魔術の支流だったんです」

「それが、今や逆転しようとしている。故に、魔術師も本流を思い出さねばならない。それが君の主張だったな」

「どうしても魔術師は自分達の魔術を隠そうとします。それが絶対にダメとは言いません。だけど、科学が発展した理由はその公明さにあります。誰もが勉強出来、研究出来る。故にあれだけの速度で進歩していくんです。今日分かった事を明日には全員へ伝達している。これと同じ事がこちらに出来ますか?」

「無理だ。だからこそ、これだけの差が開いた訳だが……」

 

 そこで二人は同時に紅茶を飲んだ。少し冷めたそれは、苦みが増したように感じられる。まるで今の彼らの心境のように。

 

「ならいっそ一気に過去へ戻るしかない。だから、今自分は大聖杯の力を借りたいんです」

「どういう意味だね?」

「魔術師を召喚したいんです。それも、出来れば神話の時代の。適性がアサシンやランサーでも魔術関連の知識がある存在もいます。それらを何とか呼び出してその知識や知恵を借りる。そんな時間を、一か月いや一週間でもいい。その間、そんな存在達から教えを請えたら……どうですか? もしくは、一人だけ召喚するなら長い時間の魔力の貯蓄は必要ないかもしれない。なら、毎年は無理でも五年に一度か最低でも十年に一度は可能なはずですし」

「……やはり君の発想と着眼点は素晴らしい。きっとそんな考えを聖杯戦争へ持ち込んだ者はいないだろう。根源を目指すのではなく、そのための勉学の場とするか。ふむ、やってみる価値は十二分にあるな。早速上へ掛け合ってみよう」

「お願いします。こちらも伝手を使ってアインツベルンやエーデルフェルトに話を持ちかけてみますので」

 

 かつては殺し合うはずだった師弟。それが今や同じ事を憂い、同じ道を歩む同志となっていた。これが後に魔術革命と呼ばれる動きの第一歩となるのだが、それはまた別の話。

 

 

 

 イリヤの登場は穂群原学園にとっての大ニュースとなった。何せその立ち振る舞いは淑女然としたものであるし、凛よりも優れたプロポーションである。そこへダメ押しの外国人お嬢様とくれば男も女も話題にしないはずがなかった。

 

「凄い人だかりだったわ。あれがコーバイってもの?」

「ま、そうよ。これからはちゃんとお弁当を持参なさいな」

 

 昼休みの屋上。人があまり寄りつかないよう人払いの結界を張っての二人だけの昼食である。とはいえ、自作の弁当である凛と違い、イリヤの昼食はその立ち位置を利用して男子達に手に入れてもらった焼きそばパンとクリームパンにフルーツ牛乳といったものだが。

 

「そうするわ。さすがに毎回あれは勘弁だもの」

「それがいいわ。それで、留学の本当の目的は何?」

「ふふっ、リンはさすがね。あれじゃ誤魔化されてはくれないんだ」

「当然でしょ。ま、あれも理由の一つではあるんでしょうけど」

「えっと、アハトお爺様は諦めてないんだって。根源へ行く事を」

「……大聖杯は破壊された。聖杯戦争はもう起こせない。それなのに?」

「だから、もう一度最初からやり直すために準備したいみたい。幸いにして、マキリの魔術はシンジが頑張って解き明かしてくれてるし、その魔術使用はサクラが可能。で、トオサカにはリンがいる」

 

 その声に感情は一切なかった。それで凛は気付く。きっとこの事を切嗣とアイリは知らないだろうと。何故なら、あの二人はイリヤが魔術を習う事を嫌がった過去があるのだ。ならば、この話を知れば日本へなど来させないだろう。

 

「それ、衛宮のおじ様達はご存じなの?」

「リン、答えが分かってるのに聞くのは無意味よ」

「……お父様がマキリの前当主の次に厄介と言った理由が分かったわ。イリヤ、あんた本当に従うつもり?」

「そんな訳ないじゃない。だけど、お爺様は私に涙ながらに頼んできたの。それを無下にするのも孫としてどうかなって」

「それで一応聞きいれてあげたんだ。叶えられるか分からないけどって」

「うん、そんな感じ」

 

 そう告げてイリヤは焼きそばパンを齧る。と、その味に首をコテンと傾げ、もう一度小さく齧りついた。

 

「…………不思議な味。甘辛いのに時々酸っぱい」

「あー、紅ショウガが入ってるからよ。ほら、そのピンク色の奴」

「これ? へぇ、可愛い色ね。なのに酸っぱいなんて面白い」

 

 笑みを浮かべながら焼きそばパンを食べ続けるイリヤを見つめ、凛はどうしたものかと考える。あの第四次聖杯戦争後、御三家は繋がりを取り戻していた。アイリ、時臣、雁夜がその本来の目的であった根源へ至るというための手段であった聖杯戦争を見つめ直し、成功出来るものへ変えるためにと。

 その結果、それから数年は御三家による話し合いと研究が行われ、その役割も分担されたのだ。アインツベルンは大聖杯の修復法及び新しく施術する方法を探す。遠坂は大聖杯があった場所へのアクセスを回復する。間桐は令呪などの召喚関連魔術の解明。それらを中心に行動してきたのだ。

 

 そして、その兼ね合いで三家の子供達もよく顔を合わせた。親達が忙しい時は、舞弥が彼らの面倒を見てくれたりもしたのである。その場合はアインツベルンの城で四人揃ってのお泊り会となり、色々と騒ぎを起こしたものだ。主に凛とイリヤが慎二を相手に、ではあるが。

 

(懐かしいわね。もうあれから五年は経ったのか……)

 

 そんな日々はイリヤ達が帰国する事で終わりを迎えた。最後の夜、凛と桜はそれぞれイリヤへ贈り物をした。それは、手紙。時臣や切嗣から教えてもらいながらの拙いドイツ語で書かれたそれに、イリヤはしばらく言葉を無くした後、大粒の涙を流して笑ったのだ。その笑顔を今でも凛は鮮明に覚えている。

 

「ね、リン」

「ん?」

 

 凛が感慨に耽っていると、焼きそばパンを食べ終えたイリヤが声を掛けてきた。その声が普段のものである事で凛も本来の自分のままで応じる。

 

「今もアレってやってるの?」

「……やってるわよ。我が家の大事な収入源なんだから」

 

 アレとは冬木市のご当地ヒーローの事である。その名も、仮面ライダー。言わずと知れたアサシンの残した話を基にした存在である。元々はあのキャスター絡みの一件から生まれた他愛ない馬鹿話だった。

 

―――師父、あのアサシンが偶然やってた人助けを知っていますか? あれが子供達によってヒーロー扱いされているらしいのです。

―――そうなのか? まぁ、何も知らぬ者達ならばそう思っても仕方ないか。

―――ですが、その格好があれなものですから、今一つ保護者達から受けが悪いそうで。

―――ふむ、覆面だったからな。ん? そういえば、そのアサシンが宿敵と呼んでいた存在が似た名をしていた気がするな。

―――ああ、仮面ライダーです。

 

 その時臣と綺礼のやり取りを聞いていた雁夜がこんな事を言ったのだ。

 

―――なら、その名前でアサシンがやったような善行を人知れずやるヒーローものを作ったらどうだ?

 

 それを面白がったのが切嗣だった。彼は正義の味方としての理想像をそこに込めた。その彼が書いた設定を見て、綺礼が描いたアサシンの絵では似合わないとなり、名の通り仮面らしく変えたのだが、その髑髏を模したそれを凛と桜が怖いとダメ出し。だが、当然素人の彼らで他のものが思いつくはずもなく、ならばと髑髏に似ている他のものと雁夜が見つけたのが慎二が読んでいた昆虫図鑑のバッタであった。

 

「今なんて知名度上がって、全国区なんだから」

「ゼンコククって何?」

「……この国の人達が結構知ってるって事」

「へぇ、すごいじゃない。なら結構お金も」

「それが、今の家はその原作者ってだけなの。権利のほとんどをお父様が売却しちゃったのよ。うっかり、ね」

「…………トオサカのうっかりは直せそうにないわね」

「返す言葉がないわ。あれ程お母様がいる時じゃないと大事な契約は危ないって雁夜君が言ってくれてたのに……」

 

 大きくため息を吐く凛だが、その収入は未だに馬鹿に出来ない程の額はある。去年など映画化もされ、今や仮面ライダーは子供達のヒーローとなっていた。アサシンは、その敵役のデザインとして採用され、今もバタバタとやられている。最初にそれを見た時、綺礼は一人決意を新たにしたのだが、残念ながらそれは彼以外は知らない。

 

「カリヤ、か。もう三年になるんだっけ」

「ええ、早いものね。それでも、綺礼曰く長く生きた方らしいわ。本来ならあの時に死んでたんだって」

「……私も聞いたわ。アサシンが狂わせた聖杯戦争。そのおかげで、死なずに済んだ命が沢山あるって」

「ホント、何が幸いするか分からないわよね。だって、下手したら私は未だに桜を他人扱いしてて、イリヤとはここまで仲良くなってないんだもの」

「私だって。今みたいになれたの、お母様達がお爺様を説き伏せたからだもん。聖杯戦争はもう起きない。だからより良い血を残すために私にもちゃんとした伴侶をって」

 

 そこで昼休みの終わりが近い事を告げる音が鳴り響く。凛は立ち上がり、イリヤは首を傾げた。彼女は予鈴が分かっていないのだ。

 

「イリヤ、後五分で授業始まるから。それ、急いで食べちゃいなさい」

「え~っ!」

 

 こうしてイリヤはクリームパンを急いで食べ、見事に詰まらせかかった事を記す。

 

 そんな事が起きる一時間半程前、遠坂・衛宮両夫妻が柳洞寺の墓地へ足を踏み入れていた。すると、目的の場所の前に偉丈夫と可憐な雰囲気の少女が立っていたのだ。彼らは近付く気配に気づいたのか、そちらへ視線を揃って向ける。

 

「おや、師父達ではないですか。それに、衛宮夫妻も……」

「綺礼、君も来ていたのか」

「やあ、久しぶりだね」

 

 柳洞寺の間桐家の墓前。そこに綺礼と娘のカレンの姿があった。一度は手元から離した綺礼であったが、何が悪行と取られるか分からないと思い、再び彼女を呼び戻したのである。今や、言峰教会の看板娘的な存在となり、璃正の事を御爺様と呼んで可愛がられていた。

 

「こんにちは、時臣おじ様に葵おば様。それとお久しぶりです。切嗣さん、アイリさん。家の綺礼がお世話になっております」

「カレン、いい加減にその言い方を止めないか。それでは夫のようだと何度言ったら」

「母さんの代わりですので当然です。貴方は御爺様曰く愛に飢えた人なのですから、主のような深い愛で包まないといけません」

「あ、相変わらずね、カレンちゃん」

「本当に……」

 

 少し苦い顔で笑う葵に同意するようにアイリも頷く。親子と言うより歳の離れた夫婦がピッタリきそうな二人なのだ。それがここ数年前から親離れを始めた娘を持つ二人の父親には若干羨ましくもあった。

 

「お前の言いたい事は分かった。だがカレン、ここは墓前だ。あまり騒ぐのも良くないし、師父達も間桐氏へ挨拶をしに来たのだからそれで終わりだ」

「……分かりました」

 

 渋々といった感じで綺礼の近くへ移動するカレン。その様子に微笑みを浮かべつつ、四人は墓前へと立った。そして静かに手を合わせると目を閉じる。雁夜が息を引き取ったのは、桜の中学への入学式を見届けた次の日だった。老衰、と診断される結果に誰もが息を呑んだ。それだけ彼の体は疲れ果てていたのだ。無理な刻印虫の侵食にバーサーカーへの魔力供給。それらは短期間とはいえ、確実に雁夜の寿命を短くしていた。

 

「……桜にとって、君はもう一人の父だった。凛にとっては、兄のようなものだったかもしれない。私にとっては、最後には友人の一人となっていたよ。本当に、こうなって残念だ」

「アナタ……」

「僕はそこまで関わった事はなかったが、彼は魔術師らしくない男だった。だからこそ、己が身を犠牲にしてまでも桜ちゃんを助けようとしたんだろう。正直尊敬に値するよ、その在り方は」

「そうね。私にも親切で優しい人だった。切嗣がいなければ夫にしてもいいと思ったかも」

「雁夜君が聞いたら苦笑いで遠慮すると思いますけどね。衛宮さんを敵に回したくなって」

「僕こそ敵に回さなくて良かったよ。情に厚い人間程、何をするか分からないからね」

 

 どこか和やかな、だけどしんみりとした空気が流れる。長くはなかったが濃密な関わりを持ったのだ。雁夜はそれこそ御三家の中で一番聖杯戦争を嫌った。もう二度と起きないようにとの想いで動いていたのだ。それを時臣もアイリも肌で感じていた。桜が臓硯に狙われたのも、元はといえば聖杯戦争があったためなのだから。

 

「ん? すまない。電話だ」

「おや、こっちもか」

 

 時臣と切嗣の携帯が震える。その相手はケイネスとウェイバーだった。そして告げられる内容で二人は思わず互いへ視線を向けた。直感で感じ取ったのだ。これを相手も話されていると。

 

「……もしかして、そちらの相手はロードエルメロイ?」

「そういうそちらは、ウェイバー君かな?」

 

 そして二人は微かに笑みを浮かべるや、すぐに詳しい話をまた後日にと告げて通話を終えた。

 

「こういう形なら、彼も許してくれるでしょうか?」

「さて、死者の気持ちは分からんよ。ただ……」

「ただ?」

「あの子達がそれを望むのなら、彼も反対はしないだろう」

「……違いない」

 

 澄み渡る青空の下、二人の男が笑みを浮かべる。彼らの子はもう十五を超えている。時代が時代ならば立派な大人扱いだ。なら、自分達の人生に大きく関わる事ぐらい決めさせてやるべきかと、そう思って。

 

 そんな事は知らないまま、凛達は下校時刻となって生徒達が続々と帰宅や部活へと動き出す中、校庭を歩いていた。

 

「サクラとシンジはブカツなの?」

「そうよ。ちなみに顧問はあの藤村大河先生」

「……タイガって、あの別宅横の?」

 

 イリヤの問いに無言で頷く凛。別宅とは、切嗣が用意していた日本家屋の事で、今は舞弥が暮らしている場所である。そのお隣さんが藤村家であり、またの名を藤村組である。大河はそこの組長の孫娘であった。イリヤも幼い頃に何度か遊んでもらった事のある相手である。

 

「先生になったとは聞いてたけど、ここだったのね」

「そ。あたしもここで再会した時は驚いたわ。もっと驚いたのは、向こうがあたしの事を覚えてた事だったけど」

 

 イリヤと違い、凛はそれこそ数える程しか大河に会っていない。にも関わらず、彼女はしっかりと名前まで憶えていたのだ。

 

―――凛ちゃんだぁ。大きくなったねぇ。覚えてるかな? ほら、何回か一緒に遊んだ大河お姉ちゃんだよ。

―――え、ええ。覚えています。お久しぶりです、大河さん。

―――む~っ、他人行儀すぎるよぉ。ま、いっか。公私のけじめって事でね。何かあったらいつでも相談に乗るからね!

 

 ちなみに同じ事を桜と慎二も経験するのだが、それを知った時三人して笑ったのだ。それが、久しぶりの三人揃っての思い出となった。

 

「おーい、遠坂~っ」

「ん?」

 

 そんな時聞こえてきた声に凛とイリヤが振り向く。そこには短髪の少年がいた。その顔を見て凛が呆れ気味に息を吐いた。

 

「士郎君じゃない。何かご用?」

「いや、一成が遠坂がアインツベルンさんへ変な事教えないか注意してくれって」

「あら、人聞きの悪い。第一、どうして変な事を教えると思うの?」

「遠坂だからだろ?」

「わぁ、私には納得しか出来ない返しね」

「イリヤ? どういう意味かしら?」

 

 士郎と呼ばれた少年にイリヤは楽しげに笑い、そんな彼女に凛はとてもイイ笑顔を向ける。

 

「とりあえず、あまり一成と揉めるなよ遠坂。間に入る俺が大変なんだ」

「それが副会長の務めでしょ。じゃあね、手入れ屋さん」

「ちょっと待ってよリン。待ってってばぁ」

 

 言い終わるや歩き出す凛を追い駆けるようにイリヤも足早に動き出す。その背を見送りながら、士郎は頬を掻いて苦笑した。

 実は、彼と凛の付き合いは高校入学と同時だった。まず彼は同じクラスの柳洞一成と仲良くなり、部活として選んだ弓道部で慎二と関るようになった。そこから凛との関わりを持ったのは、ある意味で必然だったのかもしれない。彼女は一成と同じ中学出身であり、慎二の幼馴染でもあった。

 

―――ごめんなさい。慎二はいる?

―――遠坂さんか。慎二ならもう帰ったぞ。

―――……そう。で、貴方は何を?

―――ああ、これ? 手入れだよ。俺、射が下手でさ。だからせめてこういうのだけでも上達しようと思って練習中なんだ。

 

 それが彼らの初めての会話。それから凛はちょくちょく弓道部へ顔を出す事が増えた。士郎と同じ新入部員の美綴綾子と親しくなったからである。それを当時の士郎は気付かず、自分へ興味を持ったからではと勘違い。ならばと射を磨く事も力を入れ、一年の終わりには上位の腕前となっていたのだ。まぁ、その辺りで彼も凛の目的が自分ではないと気付いてもいたが。

 

「……俺には高嶺の花過ぎるかな」

 

 そう呟いて彼は弓道場へと歩き出す。だが、きっとその呟きを綾子が聞いていればこう言っただろう。なら自分ではどうだ、と。本来なら衛宮士郎となるはずだった彼は、何の因果か結局女難の相は消えなかったのである。射を急激な勢いで伸ばした彼に一目置く事になって意識し出した綾子と、自分の適性を見つめて相手に勝てそうな点を伸ばそうとする彼に感心し射まで上達してみせた事で意識し出している凛という、本来よりも厄介な状況で。

 

 これもまた、絶対悪が残したモノ。世界中がではないが、平和な世界がここにある。縁は形を変えて繋がり、その織り成す姿を作り出す。運命は変わっても宿命は変わらない。ただし、結末までとはいかないが……。

 

―――イーッ!

―――出たなショッカー!

 

 絶対悪と人類の自由を守る者。それが導いた一つの未来がここにある。




という事での蛇足的後日談でした。ライダーも戦闘員も、元は同じ組織から生まれたもの。だけど、その在り方は正反対。聖杯戦争も同じです。その在り方を決めるのは存在ではなく力の使い方。きっと、この世界では平和的な使われ方をするでしょう。……そうじゃなくなった場合、ライダーとして雁夜が現れてくれるかもしれませんね(苦笑
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