世界最古にして最大の国家『シンジュク王国』
建国されるよりも昔、新歴の始まるより前のこと、
人々は荒ぶる竜の餌に過ぎなかった

これは、幼き日の初代女王とシンジュクのシンボルでもある神竜の物語――――

1 / 1
王国歴第一章~神竜と女王~

 輪廻という概念がある。

 死んだら、別の人間に生まれ変わったりするアレだ。

 しかし、必ず人間に生まれ変わるとは限らない。毛虫だったり、イルカだったりする可能性もある。

 ついでに言えば、現世に生まれ変われるとも限らない。天国や地獄に生まれ直すこともあるわけだ。

 そういう概念を仏教の本で習ったことはある。

 

 だが、まさかドラゴン(・・・・)に生まれ変わるとは思わなかった。

 

 

 此処は何処か見覚えのある町。新宿の歌舞伎町。

 シングルマザーの母に育てられた懐かしい町だった。

 ただ、一つ私の知っている新宿と違うところは、あらゆる建物が破壊されて、周囲には人の姿は無く、

 代わりに大小様々なドラゴン達が跋扈していると言うことだった。

 

 目の前にはアリクイのように細長い舌をアパレルショップの中に伸ばしている竜がいる。

 暫く見ていると、舌を引き抜いて口に戻した。その舌には人間が巻き付けられていた。

 

(ああ、竜は人間を喰うのか)

 

 何となく私はそれを理解した。

 私が生粋のドラゴンなら抵抗なくそれを受け入れられたのだろう。

 だが、その時は未だ自分が人間であることを捨てられなかった私は、そのドラゴンに怒りをぶつけた。

 

 具体的に言えば、口から光るものを吐き出していた。

 その光に触れた瞬間、相手の竜は光に触れた部分が結晶化して絶命した。

 結晶化していなかった部分は、次第に浸食する結晶に呑まれて、遂には竜の像ができあがっていた。

 

 私は無性に腹が減り、気が付けばそれを平らげていた。

 この時私は己の生態を理解した。

 

 

 私は定期的に竜を捕食していくこととなった。

 私に逆らい攻撃してくる竜はいなかった。

 彼らは皆私に捕食される側だった。

 私と彼らの戦力差は、彼らと人間の戦力差に等しかった。

 次第に彼らは私の姿を見るだけで逃げていくことになった。

 

 歌舞伎町は、私の支配地になった。

 

 

 私は母が勤めていたスナックの付近をねぐらとした。

 この世界で私に似た竜は見たことが無い。

 それは竜の姿形が遺伝によらず完全にランダムか、私に親がいない可能性を示唆していた。

 

 私は、人間であった頃の母を、唯一の母とすることが出来たことに安堵した。

 

 

 それから、私は時折縄張りに迷い込んでくる運の無い竜達を捕食しては、眠りに就いた。

 時折食べ物が入ってこないこともある。

 しかし、どうしても空腹が満たされないということは無かった。

 竜にとって、少なくとも私という種にとっては、捕食は生存原理では無く、意味の無い本能欲求だった。

 私の場合と同じであれば、竜達は人を食べる為に人を食べていた。

 

 そこにどういう理由や目的があったのか、どうしてこの世界に竜が跋扈したのか、そもそも竜とは何なのかという疑問は私には無意味だった。

 私が竜を食べる事に目的を考えないのと同じだろう。

 

 それから、数えるのも面倒なくらい梅雨の時期がやってきては、雪の降る季節がやってきた。

 

 

 ある年の初め、私の元に人間の少女がやってきた。

 人間であったことを記憶する必要性を感じなくなってきていた頃だった。

 

 少女はおっかなびっくりしながら近づいて私を眺めていたが、私はそれを放っておいた。

 …どうやら、私には人間を喰らう欲求が無いらしい。

 寧ろこの身は竜を喰うように作られているようだった。

 少なくとも私がこの身体になったときには、竜を食べたいと思うことに抵抗がなかった。

 

 少女が暫く私の周りをうろうろしていた後、少女の母親らしき女性が物陰から走ってきては少女を抱きしめると直ぐに逃げ去っていった。

 強制的に避難させられていく母親とは髪の色が違う少女は私に手を振っていた。

 その母親は私の妹に似ていたような気もするし、違う気もする。

 そもそも、妹の顔も母の顔も思い出せなくなってきている。

 機械的に竜を見つけては喰らい、寝るだけの生命体が私だ。

 人間であった頃の過去など、私の定義には不要になってきていた頃だった。

 

 

 

 それから暫くして、少女はまた何度かやってきた。

 やってくるたびに馴れ馴れしくなってきたが、特に不快感は無かった。

 少女は私で遊んでいるのか、私と遊びたいのかは解らなかった。

 そもそも遊びの概念が解らなくなってきていた。

 私には不要なものだったからだ。

 

 少女が何度やってきた時だったかは忘れたが、私の中に無くしていた気まぐれが動いた。

 少女を背中に乗せると、翼を広げ天に飛翔した。

 東京の全貌が見えた。思った以上に荒廃が進んでいた。

 寧ろ、私が居たところが一番都市として現存していた。

 私はこの日初めて歌舞伎町を離れ、近くの山に舞い降りた。

 そこで果実のなった樹を咥えて根元から引き抜くと、再び歌舞伎町に舞い戻った。

 

 私は、それを寝床近くに植えた。

 ついでに果実を少女が持てる分だけ持たせて帰させた。

 竜の血肉を食わせても良かったが、それでは彼女が()になってしまう可能性がある。

 実際、そういう例をこの目で見たことがある。

 だから無害そうな果実を彼女の餌として与えた。

 

 

 少女が遊びに来ると、昏くなる前に自分で帰るが、時折母親が迎えに来たことがある。

 母親は最初は私を怖がっていたが、次第に少女同様私を怖がらなくなった。

 私が日本語を解していると理解しては居ないと思うが、二人は私に良く話しかけた。

 

 純白の聖竜が降臨してから、少なくとも歌舞伎町周辺では人間達が暮らせるようになった。

 聖竜の前に出歩くことは恐ろしくて出来ないが、聖竜の目が届かない範囲で結構人間はたくましく生存していると言うこと。

 歌舞伎町の人間達は幾つかのグループに分れていて、生存競争と権益のために険悪であるということ。

 聖竜のおかげで歌舞伎町でなら人間は生きていけるということ。

 

 それを聞いた私は、長らく使っていない人間の言葉を今でも上手く発声できるのなら、やめてくれと言いたかった。

 別に私は神聖な生き方をしてきたつもりもないし、神聖なのは人間の視点からだと言いたかった。

 代わりに私は不服そうに唸った。

 

 私の唸り声に怯えはしたものの、敵意は無いと解ったのか少女と母親は暫くして顔を合わせて笑った。

 母親の笑い方は、やはり何処かで見た誰かに似ていた気がした。

 確かその日は私の領地に増やした樹木から幾つかの種類の果実を授けたことを覚えている。

 

 

 ある日、少女達と共に違う人間達がやってきた。

 二人以外は男達ばかりだった。

 男達は見るからに私に怯えていたのが解ったが、何処か偉そうだった。

 

 

 男達は自分達の守護者となるように要求してきた。

 私はそれを断った。

 と言っても無視をしただけだった。

 それで否定の意が伝わると思っていたが、それなりに面識のある二人にしか解らなかったのだろう。

 

 男は己に従えと言った。まずは敵対するグループを制圧して歌舞伎町を統一するのに力を貸すようにと言葉を続けた。

 そして何れは他の竜を駆逐して歌舞伎町だけで無く新宿一帯を解放していきたいと言った。

 それは人間の都合でしか無かった。

 

 私は今度こそ、否定の意が伝わるように唸った。

 

 

 男達は腰を抜かすものも多かった。

 しかし、リーダーらしき男は何とか体裁は保っていた。

 

 そして話が違う。もっと従順なのでは無かったのかと親子に吠え始めた。

 そして、その後私に生け贄が欲しければこの親子をやると言った。

 

 私は牙を見せるようにしながら先程より低い声で唸った。

 

 

 

 リーダーの男は遂に過呼吸になって倒れ込んだ。

 私の息が臭かった訳では無いだろう。何せ鉱物しか食べていない。

 単純に恐怖に耐えきれなくなっただけだった。

 

 面子を潰されたせいか、その男は過呼吸から立ち直ると部下から拳銃を奪って少女へと向けた。

 母親が咄嗟に庇ったせいか少女は無事だった。

 代わりに母親の頭部からは血が流れていた。

 最早動くことが無いのは明白だった。

 

 

 私はリーダーを含めた男達の大部分を結晶へと変えた。

 そして踏み潰した。

 食する価値も感じなかった。

 

 

 

 

 それから季節が一回巡ってもいない頃だった。

 今度は他のグループのリーダーだという男が取り巻きを連れてやってきた。

 以前やってきたグループがリーダーを失って弱体化したので、代わりに支配するために後ろ盾になれという話だった。

 何故、前の男が駄目で自分なら大丈夫だと思えたのか疑問だった。

 私は人間という種に対して限界のようなものを感じた。

 

 

 私は眠りに就くことにした。

 長く長い眠りだった。

 眠りながらも時々意識が浮上し、寒くなったり暑くなったりしたのは感じていた。

 

 

 私の眠りを妨げるように色んな人間がやってきているのが解った。

 五月蠅いのでそっとして欲しかった。

 私を神と崇める団体や、寝てばかりで竜を狩らなくなった事を抗議する団体がいた。

 それらの中に少女の声が聞こえなかった事は寂しいような、ホッとしたような気分だった。

 

 

 私が目覚めたとき、私の周囲には人の集落が出来ていた。

 私が最初に植えた樹木は枯れていたが、代わりにその種から植えたのであろう果樹が多くあった。

 

 

 このタイミングで私が目覚めたのは偶然だったのか必然だったのか解らない。

 

 

 

 

 竜達の集団が歌舞伎町に飛来した。

 眠ってばかりの私を畏れるのを止めたのだろう。

 人々が私に密集して生きなければいけない理由の一つでもあった。

 最早一丁目以外は竜達に再侵略されていた。

 

 飛来してきた内の一体が口から燃える塩の塊を幾つか吐いた。

 それなりの人間達が負傷していた。砕けて飛び散った塩による被害も多かった。

 木々は焼け、人々は苦悶の声を上げていた。

 その中に、かつて少女だった女性がいた。

 

 

 私は寝起きの身体を揺すりながらゆっくりと近寄ると、彼女の前へと辿り着いた。

 そして、己の胸を爪で裂き、心臓を抜き取ると結晶化させて彼女の上で砕いた。

 その粉は全て彼女の口に吸い込まれた。

 目が覚めたときには彼女は己の無事を知るだろう。

 

 だが、どうして私がそうしたか私にも解らなかった。

 

 

 

 しかし、これで良かった。

 後は尾の先から消えていくこの身が完全に消滅するまでに、できる限りの竜を滅ぼし尽くす。

 それが私の命題であった――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 新歴1203年。

 此処は世界最大の都市シンジュク王国。

 

 嘗て神竜が座したとされる地に建国された現存する世界最古の王国である。

 初代の王は女性であったとされている。

 世界各地に残る竜の結晶を砕き身に宿せば、強大な力と竜の血に流れる細胞浸食への抵抗を持つことが出来るのは周知されていることだが、初代女王は神竜に愛された存在であり、神竜自身の結晶を与えられたと伝えられている。







没ネタ
竜(ドラゴン)
実は人間が生み出した生物兵器
ドラゴンの形を取っただけのバイオハザード

神竜
対ドラゴン用ドラゴン
試作的に一体だけ作られた最強のアンチドラゴン
ドラゴンにしてドラゴンとは別物
東京都出身の人間のとある青年を元にしたドラゴンを更に材料にして組み上げられた。
完成したのは一体だけ。それ以外は作られる前に研究所ごと竜に襲撃されて消えた。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。