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ここは横須賀鎮守府から歩いて1分程度の場所にある一軒屋。その寝室で、古ぼけたタヌキの目覚まし時計が鳴る。
~~~~あっさでっすあっさでっすあっさでっすヨォオォ
「ん~、やかましいなぁ~」
~~~~あっさでっすあっさでっすおっきまっショォオォ
「やかましいわボケ」
耳元で鳴り響くバリトンボイスな目覚ましを叩いて黙らせ、布団から這い上がる。洗面所に向かって洗顔と歯磨きを終わらせ、ボッサボサの髪の毛を整え、いつもの髪型にする。ポニテもええけどやっぱウチにはツインテやな。
寝室に戻り、枕元においてあるいつもの服に着替える。艦娘から引退した身やけど、この服はウチにはぴったりやからな。
ダイニングキッチンに移動し、朝食をごはんと味噌汁と昨日の作り置きである煮物、それとたくあんで済ませる。その後再び歯磨き。
完璧に準備を済ませたらガレージへと移動してシャッターを開ける。ガレージには二台の車があるが軽トラへと乗り込む。
今から向かうは魚市場。深海棲艦が発生した頃はやっていなかった。しかし、深海棲艦をある程度押し返したときに、商魂たくましい漁師達が危険を顧みずに海へと出て行った結果、今では普通に開かれている。
キーをまわしてエンジンを掛け、目的の魚市場へとアクセルを踏んだ。
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魚市場。昔は高かった魚も、今では安い相場に落ち着いている。それでも深海棲艦が現れる前のほうが安かったんやろな。
「おっちゃん、タコ」
「まいど。イカは買ってイカないの?」
「せやな、ついでに買うとくわ」
「スルーかー、毎度ありー」
「そんなもんや」
今では常連となったからか、おっちゃんが寒いオヤジギャグも言ってくれるようになった。昔は「はいよ」しか言わないくらい堅かったんやけどな。
この光景がいつもの、になるには結構時間が掛かったものだとしみじみ思っていると、なにやら騒々しい声が聞こえてきた。
「くおらあああ! またんかあああああ!!」
「待ツ奴ガドコニイルンダアア?!」
肌の色が限りなく白に近い少女が逃げ、それを年寄りのじいさんが追いかける。
少女は黒い水着の上に黒いパーカーを着ただけの、まるで海水浴に来たような少女だ。さらに、尾てい骨付近から太いしっぽみたいなものが生えており、その先端には禍々しい雰囲気をかもし出す黒いナニカ。肌の色とも合わせて人間に見えない人間のような存在。
――――簡単に言えば、人類の敵、深海棲艦レ級がそこにいた。
「……またやってるんかあいつは」
「相変わらずやかましいな」
「何をしでかしたんやろか」
「いつもどおりだろ」
よくみると、しっぽにある禍々しいナニカの口にタコがくわえられている。おそらくもって行ったのだろう。ウチが来る前からの光景らしい。
人とは思えない速度で魚市場を駆け抜けていく少女。それを同じ速度で追いかける老人。深海棲艦であるレ級はともかく、それを追う漁師のおじいさんは超元気なんやなぁ。深海棲艦の存在より高速で駆け抜けるおじいちゃんの方が信じられないのは内緒だ。
「相変わらず信じられへん光景やわ」
「そうか?」
「初めて見たときは恐怖しか覚えんかったわ。なんでこんなところにおるんやろうなってな」
「そうか?」
「……深海棲艦って分かるか?」
「人類の敵だろ?」
「じゃああそこにいるのは?」
「レッちゃんだろ?」
「……そうやな」
初めてこの魚市場でレ級を見たときは無意識に戦闘態勢に入っていた。ここに初めて来たのは引退前で艦娘やったけど、ウチだけでは対処できんわと諦めてたな。
その様子を見ていたその辺のおっちゃんが、ウチに「どうして彼女に敵意を向けるのか」と聞いてきたので、「アレは深海棲艦、ウチ等の敵や」と答えたんや。そうしたらおっちゃんに「レッちゃんが深海棲艦なのは分かった。なら、敵だという証拠はどこにある?」と言われたんよ。
改めてレ級の様子を見てみると、何かから楽しそうに逃げている様子。追っていたのはまだ白髪じゃなかったころの頃のおじいさん。おじいさんは包丁片手に追っかけてたな、今思うとおじいさんの方が圧倒的に怖いな。今よりも早かったし。
『敵ならば誰かを襲っているはずだろ? しかし、そうしていない以上は敵ではない。まぁそうカッカすんな、タコでも買ってけ』
今思えばこの出来事が常連になるきっかけになっていたりする。ちなみに今のタコのおっちゃんは2代目のタコのおっちゃんだ。
「でも割と迷惑かけとると思うんやけど」
「問題ねーよ、工藤の爺さんの健康維持も兼ねてるらしいぜ」
「初耳なんやけど」
「教えてないからな」
クックックと笑うおっちゃんを尻目に、これを鎮守府の皆に教えたらどういう反応するんやろうなと考えていた。
この光景はかれこれ15年以上続いているらしいが、コレを知っている艦娘はウチだけ。電あたりに教えると面白いやろなと想像を膨らませていると、あたりでドタドタといっていた足音が大きくなる。大方こちらにあいさつをしに来たのだろう。振り返ると予想通り、レ級の姿がそこにあった。
「オー、リュッチー、オヒッサー!」
「1日ぶりやけどな。ぜんぜんおひさやないけどな。じっちゃんは?」
「息切レ起コシテタゼ、ヤッパ年寄リハ無理シチャイカンヨ」
「無理させとんのは何処のどいつや」
「アタシヤナー」
「無理させんといてや」
「考エトクー」
レ級はそういうと、騒動の始点である工藤のじいさんのスペースへと戻ろうときびすを返す。その直後、何かを思い出したかのように振り返り、どこかから袋を取り出してしっぽでくわえていたタコをそのなかに落とす。
「コレサービス」
「いやあかんやろ」
「サービス料金5000円イタダキマース! アリガトウゴザマース!」
「随分とぽったくるな!」
「買ッテクレナイノ?」
「上目遣いやめーや!」
「買エヤゴラ」
「上から目線もやめーや!」
結局、おじいさんが復帰したことでレ級は再び逃走。
仕方がないのでおじいさんに5000円を渡そうとすると「いらんから持ってけ」といわれてしまった。そして鬼ごっこ再開。なんやホンマたのしそうやなぁ。
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自宅へ帰るとタコとイカの処理。昼の営業のためにさっさとやらんといつもの奴等が文句言うからな。
タコをさくっと仕留めてから捌き、小さいサイズに切り分けたあとに加熱処理。もう手馴れた。続いてはイカ。墨袋を傷つけないように開いて内臓を取り、ある程度のサイズに切り分ける。それらの準備が整ったらタネを仕込む。昼営業はオーソドックスに粉モノやからな。たこ焼きとお好み焼きの2つや。それぞれのタネを作ったら準備は終了。これらを保管場所に入れてから鉄板の火を起こす。
この店舗は、工作艦の明石がウチに楽に営業してもらえるように改造した鉄板屋である。カウンター席しかない小さな鉄板屋だが、ウチにはちょうどいい。奥のカウンター席は他の席と比べて広めになっている。大方、明石がウチで作業するために広くしたのだろう。
レバーを引くとただの鉄板がたこ焼き用鉄板に入れ替わる。今はこれだけだが、これだけでも営業の幅が広がる。全ての面が変わるわけではないので、お好み焼きとたこ焼きが両立できるのだ。ただし、運用には燃料が必要である。そこだけが難点っちゃ難点やな。
では鉄板も熱くなってきたところで営業を始めよう。
のれんを店の先にかけ、ついでに外の様子を見てみる。
外に置いたベンチには、明石、青葉、伊58の3人が座っていた。
「待ちましたよ龍驤さん、とりあえず奥の席は取らせていただきます」
「頼むから改修は工廠でやれや」
「では龍さん! 青葉に奥の席を取らせてください!」
「お前も自分の部屋で新聞書けや」
「燃料持ってきたよ、あと眠いので奥の席くだち」
「許可」
「「そんな!」」
「悔しかったらゴーヤのようになんか持って来るんやな」
「それでは私はこのネジを」
「ウチだと使いどころないやろが」
「それでは青葉はこの秘蔵のガサの写真を」
「いらんわ」
「あ、古鷹の写真もありますよ」
「盗撮か、あとで古鷹に言うわ」
「そんな殺生なぁ!?」
鉄板屋龍驤は今日も元気にオープンする。