まるで嵐が過ぎ去った後のように、激しい戦いの痕跡を残して瓦礫となった都は静まっていた。
地に横たわった
その音と肉の焼ける嫌な臭いでレラは目覚めた。
視界に映ったのは砕かれた都市の死体。壮麗だったレムリアの都が、砕け、焼き尽くされ、栄光の残骸を晒している。
死の世界で、ただ一人自分が無事なのが不思議だった。恐らく爆発の瞬間に
だがその代償は大きく、満身創痍の
その翅を動かす度、呼吸で腹が動く度、レラには
その痛みが和らぐよう、レラは
死の世界の只中では神の栄光さえ色褪せるのだろうか。
それでも歌い終えた時は、さきほどまでよりも
『ありがとう。ここで少し休んでいて。私は辺りを見てきます』
レラは
崩れかけた道路を辿り、レラは生きている人間を探した。
遠目には生者など見つからないように思えたが、暫く進んでいくとチラホラと生きている人間の姿が現れ始めた。
避難壕に入るのが間に合ったのか意外なほど身綺麗な者もいて、彼らの姿を見て徐々に人心地が付いてくる。
勿論これからの苦労もあるだろうが、死体の山よりは生きている人の方が見ていて気が楽だ。
レラがさらに歩くと五、六人の人間が何かを遠巻きに眺めていた。
道を塞ぐように巨大な何かが横たわっている。
……
片目は爆ぜ飛び、手足の何本かも吹き飛んでいた。
さらに口部から喉にかけて深い傷が走り、顎が千切れそうになっている。
腹部が僅かに動いてはいるが、これでは死にかけ――。
――じゃあ姉さんはどこだ?
ハッとしてレラは声を張り上げて呼びかけた。
「バラッ!」
返事はない。
もう一度呼んだ。
「バラッ! バラッ! どこにいるの!?」
返答はない。
レラは
近づくにつれて肉が焦げ付くむわっとする悪臭が鼻をつく。
その臭いを無視して、
「バラッ!」
「……」
近寄ってレラがさらに呼びかけると、奇跡的にバラは目を開けた。
虚ろな目で空をしばし見つめ、何やら言葉を喋ろうとした途端、むせるように血を吐き出す。
「喋らないで下さい。傷が広がります」
『もはや助からぬことは自分でも分かる。今更傷の心配をする必要はないだろう』
言葉の代わりにバラは心の声でレラに語り掛けた。
『私……私がこれをやったのだな、本当に』
心の声を通して伝わる言葉に、レラは静かに頷いた。
「覚えていないのですか?」
バラは顔を歪ませた。
『覚えているとも。だがずっと夢を見ていた気分だった。悪夢だったかもしれぬが、心地よい夢……。こうして覚めるまではな』
「……」
しばらく二人は無言で佇んでいたが、バラは両手で顔を覆った。
『信じられぬだろうが、私はただ
「見たことのない? 私たちは一緒に
『そう、だったな……すまない、もう自分がバラなのか
「心が神に近づきすぎたんです。気をしっかり持ってください」
『いや、もうダメだ。わた、私……私たちはもはや』
そこまで言うと死んだと思われていた
弱々しく吼えると、隻眼の眼が巫女たちを見下ろす。
レラは驚き身構えた。あれほどの傷を負い、まだ動けるなんて!
『
『まだ終わりではない。例え死すとも翅神がその身を大地に横たえることは許されん。亡骸を晒せば神は神でなくなる』
バラもまた
『神送りの時だ。私も行かねば』
「神送りなんて無理に決まってる! もう
『できるさ。だが一柱で行かせるわけにはいかん。あれをあの姿にしたのは私だからな』
「やめなさい!」
『私はやめろと言われれば逆らいたくなる性分でな』
レラが語気を強めるとバラは顔を背けた。
『離れろ、レラ……歌で送ってくれとは言わない』
「待って……」
姉の体を掴もうとレラが伸ばした手は、虚しく宙を掻いた。
レラが目を見開く。
彼女が掴もうとしたのは思念を応用した幻だった。姉の実体は幻よりも一歩前にいて……。
バグンッ。
破れた喉から血をまき散らしながら
そして飛んだ。
羽ばたく度に血と臓物を振りまきながらも、それでもなお神は太陽とその向こうに向かって飛んだ。
レラの目には今にも墜ちそうな弱弱しい飛行に見えるが、見る限りそれは最後まで墜ちず彼方に飛び去った。
湧き上がる激情を抑えきれず、レラは泣きながら太陽に向かって叫んだ。
「最後まで勝手な真似して! 歌なんて歌ってあげないわよ! バラの、バラの、バラの、バカァァァァァァ!」
暁の空に巫女の声が響き渡る。
荒神は去り、レラとレムリアは破滅の夜を生き延びた
だが、神と巫女の片割れは消え、都は破壊され、そしてまだどこかに
真の脅威が。