翅神と巫女の物語   作:ミナミミツル

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ストナー計画

 まさか。まさか。まさか――。

 朝出発し、昼のあいだ移動し、日が落ちる頃、エズラの言う通りレラは呉爾羅(ゴジラ)の塒を発見していた。

 慎重に思念による知覚力の糸を伸ばすと、戦場で何度も感じた呉爾羅(ゴジラ)の波長を感じる。

 しかし今は戦略的に重要な情報を得た喜びではなく、自らを恥じる心でいっぱいだった。

 戒めていたつもりだが……人を上から見ることに慣れ過ぎていた。

 自分も一人の人間に過ぎないのにいつの間にか他人を見下ろしていた。

「あなたの言った通りでした。疑って申し訳ありません」

 とレラが頭を下げても、エズラは誇らない。逆に驚いた様子で「そんなのはええです」といい、レラ様の役に立ったならこっちも嬉しいと微笑した。

 初対面の印象ではエズラの中に怪物を見たが、それとはまるで違う少年のような笑みである。

 

 ――果たして怪物はどちらだったのだろう。

 あの時私が見たのは彼だろうか。

 それとも彼を通して自分を見たのだろうか。

 そこまで思いを巡らすとレラは思考を打ち切った。

 呉爾羅(ゴジラ)を見つけたのだ。自己嫌悪している暇も恥じ入っている暇もない。

 すぐにレムリアの首脳部に連絡を入れると、十日とたたずレラはレムリア本島に呼ばれた。

 

 

 遅々として復興の進まない都市の残骸を後にして、レラは仮の首都機能が置かれている郊外の建物に向かった。

 するとすぐに「おお、あなたがレラですね!」と子供のようにはしゃぐ男が出迎えた。

「レラ様! 一目で分かりましたよ! お姉さんにそっくりだ。初めまして、私はラザブ。神獣――特に呉爾羅(ゴジラ)の生態研究が専門の者です」

 ラザブが興奮気味レラに近づこうとすると、さらにその背後にいた大男はがっしりとラザブの肩を掴んで勢いを止めた。

「レラ様にはゆっくりと近づけ。ゆっくりとだ」

「分かってるよ」と言いラザブは肩を竦めた。

「会えて光栄です。レラ様」と居住まいを正して一礼した後、ラザブは小声で付け加えた。

「いつもこの調子だ。私は見張られててね」

 

 どういうことだろう?

 と、レラは疑問符を浮かべたが、ラザブはお喋りなタチの人間らしく、会議室までの道すがら何も言わずとも自らの置かれた状況を説明しはじめた。

「実は私はヴァスキ将軍に呼ばれてレッチ島にいた。ぶっちゃけて言うとアレを造った人間だ。いや、造った人間の一人というべきだな、うん」

「なっ!?」

 アレが何を指すかは言うまでもない。

 さらにラザブは続ける。

「あの日も研究所にいたんだが、運よく助かってね、評議会は私をどうするか迷ったみたいだが、まだ生かすことにしたらしい。もしかしたら表向きはもう死人になってるかも知れないが」

「つまりあなたには利用価値があったんですね?」

 驚きは少ない。

 今の評議会はもうなりふり構っていない。使えるものなら何でも利用する。

 姉はその死すら国威発揚の為に利用された。

 有益だと判断すれば涜神の科学者だって使うだろう。

「まあそういうことさ。貴方には負けるかもしれないが、私は科学者の中で一番呉爾羅(ゴジラ)に詳しいとされている。だから悪魔を作った大戦犯のマッドサイエンティストでも殺すのはまだ早いってね。死ぬなら呉爾羅(ゴジラ)を殺す方法を考えてから死ねと言われたよ。皮肉にも奴が私の命を繋いでいるというわけだ」

「それは……お気の毒に」

 レラは絞り出すように言った。

 最高の科学者に謙遜されると、自分より無学同然のヤエン族の方が呉爾羅(ゴジラ)を知っていた事実が棘のように心に刺さる。

 その微妙な話しぶりが同情したように見えたのだろう。ラザブは話題を変えて明るく言った。

「物事にはいい面もある。もう出世とは無縁だ! だから誰にも憚ることなく実直な意見を出せるのさ!」

 ラザブは大きなドアに手をかけると開ける前に、こちらに振り返った。

 先ほどまでと打って変わって、もう笑ってはいなかった。

「バラ様とやった研究は取り返しのつかない結果になってしまった。吊るされるのは覚悟してるがその前に少しでも有益なことをしたい。どうか一緒に戦ってくれ、翅神(モスラ)の巫女」

「勿論そのつもりですわ」

 

 

 案内された部屋にはお決まりの面々が集まっていた。

 実質的にレムリアを支配している評議会の有力者グループ。軍の高官たち。マッドサイエンティスト。神懸かりの巫女。

 ざっと室内を見渡して、悪いことを企むにはおあつらえ向きですわ、と内心自嘲する。

 挨拶もそこそこに、ラザブが口火を切った。

「さて、知っての通り呉爾羅(ゴジラ)の居場所が特定できた。ここまではいいニュースだが、無人調査艇が持ち帰った記録は、私の想定していた最悪のシナリオを裏付けている」

 評議員の一人が言った。

「どういうことかね?」

「写真を見る限り、バース島の戦いで我々が奴につけた傷はすでに治癒しています。他にも奴を刺激しないように安全圏から可能な限りのバイタルデータを集めましたが、呼吸、脈拍、放射線量どれも一定して安定している。つまり、我らが宿敵がここしばらくじっとしているのは、瀕死で寝ているわけじゃない。さらに成長し力を蓄えているからだ」

 会議室が一瞬ざわついた。

 たたき上げの武人を思わせる老将軍が重々しく口を開く。

「前回ですら奴は想定を超える強さだった。まだ上があるってか」

「はっきり言ってそういうことですね」

「ガリー将軍、軍の再編の進捗は?」

「再編自体は終わっとります。しかし総力を結集したバース島の戦いと先の首府防衛戦で往時の約半数の戦力を失っている。奴を仕留めろという命令は聞きたくないですな、議員」

「未だ二十万の将兵が健在だというのになんという弱気な言葉だ! 将軍は軍人の本分を忘れたか!?」

 へっ、とガリー将軍は一笑すると、少々訛りのあるお国言葉で答えた。

「オイラを脅しても無駄だぜ、議員先生。できねえものはできねえって言わしてもらう。バース島の戦いで突き付けられた最大の戦訓はな、オイラたちはヤツを殺せる武器を持ってないってことだ。である以上は何人兵が残ってようが、先生たちがいくら偉かろうが無理だ」

「ガリー将軍言葉が過ぎるぞ!」

「将軍は自ら軍は張子の虎だというのか! 無用の長物だと言ってるのと同義ではないか!」」

「そこまでは言ってねえさ。市民が逃げるまでの時間稼ぎくらいならやってやらぁ。ただ殺すとなると、超画期的な新兵器が要る。そんなもんを今から開発して奴が目覚める前に完成させるってのは楽観的すぎらぁな。学者の口ぶりじゃすぐにでも起きる感じなんだろ?」

 ラザブは頷いた。

「いつ目覚めてもおかしくはない、と思っていただきたい」

「ほれな。巫女さんは呉爾羅(ゴジラ)を倒せそうな手があるか?」

「ありません」

「っちゅうワケだ。現状を鑑みて先生方にはかつてない大規模な国民の集団避難の検討をして欲しい」

「ガリー将軍それは……」

 評議員は生唾を呑み込んだ。

 これまでの将軍の口ぶりでは、レムリア軍は呉爾羅(ゴジラ)に対し無力だと認めているのと同じだ。

 その上でかつてない大規模な市民の集団避難だと? それはバース島周辺域に続く国土の放棄ではないか……なんということだ。

「それは……貴官の職務を超えた具申だ」

「バカな! 首府の防衛ラインすら破壊された今、どこにも逃げ場などないぞ! 島を捨てて未開の大陸まで後退する気か!」

「しかし必要とあればそうするべきでは?」

「話にならん!」

「しかし、今の状態では」

 ガヤガヤと話し合いが混乱をし始めると、ラザブは俯いてしばし黙っていたが、やがて声を張り上げた。

「私に一つ呉爾羅(ゴジラ)を倒す計画がある」

 

 

「倒すだと? それは無理だとガリー将軍が言っているだろ」

「まあ聞いてください。ここにバース島の戦いの記録がある」

 ラザブが手元のコンソールを操作すると、皆が座っている円卓の中心に呉爾羅(ゴジラ)と戦う空中艦隊の立体映像が現れた。

「ここを見てください」

 ラザブは戦場の一角にあった一隻の飛翔艦を指す。その飛翔艦は激しい損傷を受け航行不能となったのだろう。最後にせめて一矢をと呉爾羅(ゴジラ)に対し体当たりを敢行していた。

「この艦の命がけの攻撃は呉爾羅(ゴジラ)の表皮を貫き出血させています。しかもこの後呉爾羅(ゴジラ)は当たった箇所を気にする様子を何度も見せている」

「レムリア共和国軍に相応しいあっぱれな最期だがそれがどうした? その程度のダメージを与えたことは過去に何度もあったぜ」

「いえ、将軍。成長前の呉爾羅(ゴジラ)ならいざ知らず、バース島の戦いで最も奴を傷つけたのはこの一撃だ。私の案とはこれの規模を拡大したものです」

「拡大?」

「はい。呉爾羅(ゴジラ)に体当たりしたのは打撃艦ドゥルーガー。砲撃に特化した駆逐艦の一種です。ドゥルーガーは全長86メートル、重量は4000トン少々、激突時の速度は推測で時速300キロほど。軍艦としては大きい方ではなかったし、速度も出ていなかった。これでは傷つけるのが精いっぱい……」

 ラザブは少し間を置いた。

「しかしその気ならこの条件を大きく上方修正できる……」

 艦隊の映像が消え、次に円卓の前に映し出されたのは、この場にいる誰もが知る戦艦だった。

「我々の手札の中で最も巨大な飛翔艦、レムリア艦隊旗艦、大海の君主(ロード・オブ・オーシャン)号。全長230メートル、重量はドゥルーガーのおよそ十倍、4万トン。これを呉爾羅(ゴジラ)ぶつける」

 ラザブの提案は評議員、軍人の区別なくその場にいた人間の度肝を抜いた。ガリー将軍でさえ瞠目し映像を見つめる。

「バカな! 旗艦を石ころのように使い捨てにはできん!」

「私は大真面目だ。概算だが高度8千メートルから自由落下させるだけで衝突時は音速を超える。エンジン全開で突っ込ませれば空気抵抗を差し引いても音速の3倍は下るまい。それだけの速度で4万トンの物体が衝突したら呉爾羅(ゴジラ)とて死ぬ、と私は確信してる」

 

 全員の脳裏にラザブが今言った光景が濃厚に映し出された。

 翡翠海の大剣と称される巨大戦艦が呉爾羅(ゴジラ)を大鉈のように切り裂くのだ。

 これなら呉爾羅(ゴジラ)を倒せるのでは?

 そのような期待に参加者たちはにわかに活気づいた。

「待って下さい。大海の君主(ロード・オブ・オーシャン)号はそれだけの速度を想定していません。衝突前に空中分解の恐れがあります」

「当然改修はするだろう。人を乗せて突っ込ませるわけにもいかん」

「一発勝負では不安だなあ、保険をかけておきたい。いっそのこと建造中の大海の君主(ロード・オブ・オーシャン)級2番艦も一緒に落としては?」

「いや呉爾羅(ゴジラ)を足止めするには艦隊の指揮を執る艦は絶対に必要だと考えます。そちらは新たな旗艦になってもらわないと」

「……静粛に」

 今まで発言を控えていたチャンドラ議長が口を開く。

「今日はただの懇談だ。正式な会議ではない。だが私としてはひとまず両案並行して進めておきたい。ガリー将軍、ラザブ博士」

「はい」

「早急に先の案が可能なのかどうか検討し、可能であるなら細部を詰めた計画を作っておいて欲しい」

「お任せください」

「次に近日中に大陸への集団避難、及びその支援についての法案を議会に提出したい。この法案の成立は非常な難航が予想される。今後も各議員の協力をよろしく願い申し上げる」

 室内がややざわついた。

 議長の言葉は国土のさらなる喪失の可能性が現実味を帯びてきたことを意味する。

「そうだ、レラ殿にも聞いておこう。翅神(モスラ)の様子はどうか?」

「今は落ち着いています。呉爾羅(ゴジラ)が現れれば、翅神(モスラ)も立つでしょう」

「けっこう。おそらく次の戦いが共和国の存亡を左右するだろう。願わくば神の加護を賜りたい」

 レラは頷き、レムリアの民の為に短く祈りの言葉を発した。

 

 

 それからほどなくして、投石(ストナー)計画と呼ばれるプロジェクトが動き出した。

 計画の大枠はラザブ博士が語ったものである。

 共和国軍及び翅神(モスラ)呉爾羅(ゴジラ)を足止めしている間に、予め高度8000メートル上空に配置していた大海の君主(ロード・オブ・オーシャン)号を落下させ呉爾羅(ゴジラ)へとぶつける。

 その際は垂直ではなくやや角度をつけて斜めにぶつかる方がよい、とラザブは語った。

 垂直では目標は点にすぎないが、斜めなら少しは的が大きくなるし、誘導もしやすいからである。

「さらにできるなら呉爾羅(ゴジラ)の前面……、腹側の方へぶつけたい」というのがラザブの主張だった。

 呉爾羅(ゴジラ)の背には硬質の背びれが存在し、これがダメージを軽減してしまうことを懸念したのだ。また一般に腹は背よりも柔らかく、臓器を傷つけやすい。

 しかし、ガリー将軍は難色を示した。

 もっともありえそうな失敗は落下中の大海の君主(ロード・オブ・オーシャン)号が呉爾羅(ゴジラ)に察知させ撃墜されることである。

 呉爾羅(ゴジラ)の前方から落とすのは危険だった。

「万が一にも失敗は許されない。まず当てる事を第一に考えて作戦を立てたい」

「煙幕弾か何かで呉爾羅(ゴジラ)の視界を遮ることはできるだろう? 狙うなら腹部だ」

「お偉い先生は簡単に言うね」

 とガリー将軍は皮肉を込めて言う。

「勿論煙幕は使うことになるだろうよ。だが落下開始から衝突までの間、呉爾羅(ゴジラ)の向きをコントロールするのなんて不可能だ。その場で留めておくのだって怪しい」

「近くに何か注目すべきものがあれば、呉爾羅(ゴジラ)はそちらを向くかも?」

「注目するモンだと? 例えばそりゃなんだ?」

「……翅神(モスラ)、或いは新旗艦」

「それを囮に使えって? 面白い冗談だな、青びょうたん。次言ったら殺すけどな」

「将軍、私は本気だ。全ては奴を倒すため……」

「知ってるよ、だからまだ殺さねえんだ」

 ガリー将軍はくっくっくと笑った。

「アンタのいうことも分かるが、そう簡単に人を囮にはできない。翅神(モスラ)だろうと戦艦だろうと、今の呉爾羅(ゴジラ)の正面に立つことは死ねと言ってるのと同じだ」

「……分かった。私も呉爾羅(ゴジラ)の生命力について少し悲観的になりすぎていたのかもしれない。確かに当てるのがまず第一だ。ついで決戦場所の選定だが……」

 

 

 打ち合わせは連日続いた。

 運命の日を目前にレムリア共和国には奇妙な静けさが漂っていた。

 これから起こる戦いを予見し、不安に捕らわれないものはいない。

 しかし学者は計算し、軍人は戦略を練り、政治家はどのような形にせよ国民を守る方法を模索する……つまり仕事に没頭することでその不安から逃れようとした。

 そしてその日はやってきた。

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