翅神と巫女の物語   作:ミナミミツル

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オペレーション・ストナー

 活動を再開した呉爾羅(ゴジラ)はどこへ向かうのか? 

 その問いに対してレラはレムリア本島でしょうと答えた。(それはエズラの意見でもある)

 ラザブもまた同意し、さらにこう付け加えた。

呉爾羅(ゴジラ)を始めとする巨大な神々はとても賢い。どうすれば私たちに最大の打撃を加えられるか知っている」

 百の島々を掌握していると豪語している共和国だが、国の核たる本島がなければ今の勢力を維持するのは難しい。

 よってストナー計画が動き出したのと同時に都市の再復興は中断され、対呉爾羅(ゴジラ)の陣地構築に取って代わられた。

 まずここで宿敵を仕留めなければ未来はない、という決意がにじむ決断である

 

 そしてその予想通り待ち構える人類を叩き潰すべく呉爾羅(ゴジラ)はレムリア本島へ向けて動き出した。

 人間たちはあえてその動きを邪魔せず、じっと息を潜めて呉爾羅(ゴジラ)の動きを注視していた。

 海中を移動中も、大波を起こして上陸する際も、悠々と海岸と闊歩しても、なおレムリア軍は動かない。

 内陸深く引き込まねば、逃げられる恐れがあった。

 

 一歩歩く度に落雷のような轟音を立てて、黒い巨神は無人の大地のし歩く。

 想像できるだろうか。

 体高100メートルを超え火を吹く怪物が、怒気を宿した目で人間たちを探す姿を?

 それは動き回る火山が人間に敵意を向けているのに等しい。

 レムリア軍の名もないある一兵卒は、呉爾羅(ゴジラ)が歩く映像を見ていただけで体を震わせた。

 燃え盛るマグマを吐き出す火山を押しとどめ、さらにそれを殺すことなどできるのか?

 そんなことが人間に可能なのだろうか?

 推定6万トンに及ぶ体重を支える両の足は、どれだけの脚力を秘めている?

 それを抑え込むことなどできるのか。

 気まぐれに揺れる尾は、時折コンクリートでできた建物を灰のように払いのけている。

 本気でそれを振るった一撃ならば、戦艦さえ耐えきれないのではないか。

 将校たちは知恵を絞って鉄槌を下す作戦を立てた。

 しかし全て上手くいったとして、本当にそれが通じるのだろうか。爆薬も砲撃もものともしない相手に……。

 

 不安を感じているのはその一兵卒だけではなかった。

 むしろこの戦いに関わっている全ての者が不安を感じていたと言ってよい。

 その不穏な気配を察知したのだろうか。

 ガリー将軍は通信を開くと、今から始まる戦いに参加する全部隊、全将兵に向かって呼びかけた。

「栄えあるレムリア共和国軍の諸君――」

 ノイズ混じりに老将の声が響く。

「これより我らは神へと挑む。それは荒れ狂う自然に挑戦するようなものだ。地震を抑えつけ、津波を押し返し、ハリケーンを吹き飛ばしてやる――無謀に聞こえるかもしれない。だが俺は可能だと信じている」

 静かな口調で始まったガリー将軍の言葉は、徐々に力強いものへと変化していく。

「これまでのレムリアの民の歩みは奇跡の連続だった! 不漁凶作に始まり自然の猛威――天変地異や疫病、さらに巨大な神々に踏み潰され幾度も滅亡の危機に陥った! だが、我々は今こうしてここにいる。不可能を乗り越えたのはこれが最初ではない! また最後でもない! 今日、歴史にもう一つ奇跡を加えよう」

 ガリー将軍はそこで一呼吸置いた。

 そして吼えるように叫ぶ。

「偉大なる翅神(モスラ)よ! 共和国に祝福を! 戦士たちよ! レムリアの為に!」

「レムリアの為に!」

 己を奮い立たせながら、人間たちは呉爾羅(ゴジラ)ではない神に、自らの守護神に祈った。

 勝たせてくれ、と。

 

 

「作戦司令部へ呉爾羅(ゴジラ)、交戦領域に侵入を確認」

「了解」

投石(ストナー)を加速させろ」

「了解。ストナー加速開始」

 はるか上空で巨大な飛翔戦艦のエンジンが唸りだした。

 ただしこれがそのまま呉爾羅(ゴジラ)へ向かっていくのではない。

 現在ストナーと呼ばれるかつての艦隊旗艦、大海の君主(ロード・オブ・オーシャン)号は上空8000メートルの場所にいるが、このまま直接呉爾羅(ゴジラ)へ突っ込んだ場合は加速距離が足りず、十分な速度を得る前に地上に到達してしまう。

 それゆえにストナーは上空でぐるりと大きく旋回して加速した後、降下を開始するのだ。

 起動開始から、呉爾羅(ゴジラ)衝突まで予定時間は10分40秒。

 その間、翅神(モスラ)と共和国軍はここで呉爾羅(ゴジラ)の動きを封じるのだ。

 

 もっと進め。

 呉爾羅(ゴジラ)の映像を食い入るように見ながら、ガリー将軍はそう念じた。

「どうした、化け物。俺たちはここにいるぞ。進め。殺すんだろうが?」

 しかしレムリア軍が交戦領域と定めた地点に入ると、呉爾羅(ゴジラ)は歩みを止め、炎を宿した目で周囲を睨め付ける。

 そして前触れもなく呉爾羅(ゴジラ)の背びれが青白く発光した。

 次の瞬間、呉爾羅(ゴジラ)の口中から吐き出された放射熱線は、大地を舐めるように薙ぎ払った。

 灼熱の炎が通り過ぎると地面に巨大な壕が次々と現れた。

 工兵隊の築いた対呉爾羅(ゴジラ)の罠……それが白日の下へと晒されていく。

 神獣と呼ばれるものは決して巨大なだけの獣ではない。彼らは賢く、場合によっては人間を上回る知能を持っているとされる。

 呉爾羅(ゴジラ)にとって落とし穴による封じ込め作戦は既にバース島の戦いで経験済み。同じ手は通じなかった。

 

「野郎、こっちの動きに気づきやがったか!」

 ガリー将軍は舌を打つとすぐさま全艦隊に号令を発した。

「小細工はなしだ! 偽装解除! 全艦浮上開始、迎撃態勢を取れ!」

「了解、本艦も浮上します」

「地上部隊展開完了しました。防御スクリーンを起動させます。スクリーンによる封じ込め範囲は予定通り半径1000メートル」

 将軍のかけ声とともに一斉にレムリア軍は動き出した。

 地上部隊は戦艦の防御システムにも使用されるエネルギーの力場を形成し呉爾羅(ゴジラ)を封じ込める結界を形成。

 そして花形たる空軍の飛翔艦は小さいものも大きいものも……戦艦も、巡洋艦も、駆逐艦も、打撃艦も、およそ戦闘艦の類は全て一斉に飛び立った。

 翼を持つ船が大空を埋め尽くす。それは勇壮だが、狂気の瞬間だった。

 もはや予備戦力はない。

 この戦場にいるのが掛け値なしに空軍の全戦力である。

 すなわち貧者から貴族までこの瞬間あらゆる民間人は完全に無防備となった。

 しかし、この11分弱の時間はそれだけの価値があるとレムリア人は思っていた。

 一瞬遅れて一際大きな戦艦が空に浮かび上がる。

 先行する同型艦から受け継いだのは、刃に例えられる鋭い船体と全長230メートルの堂々たる偉容。

 レムリア艦隊の新たな旗艦。天空を支配する神の剣。

 その名も青空の女王(クイーン・オブ・ブルースカイ)号である。

 

 地上が陰らせるほどの飛翔艦の群が、たった一体の生物を包囲すると同時に、一斉に雷の雨を降らせた。

 天を引き裂くような猛攻。空気が焼け焦げ、つんざめく轟音は千里先まで響きわたる。

 これだけの力があればそれだけで勝てるのではないか?

 レムリア軍の中でも楽天的な者がそう思った瞬間、黒い巨龍は雄弁にそれを否定した。

 呉爾羅(ゴジラ)の口から放たれた青い放射熱線は、その射線上にいた飛翔艦を羽虫のように打ち落としたのだ。

 囂々と火を噴きながら次々と戦闘艦が焼け落ちていく。

 片目を瞑り眉間に皺を寄せガリー将軍はオペレーターに尋ねた。

「被害は!?」

「駆逐艦アリク――」

「戦艦だけでいい!」

「ハラー、及びハラー2、撃沈! バナースパティ中破、航行不能」

「たった一撃で戦艦3隻か……」

 歴戦の将軍も気がつけば震えていた。

 呉爾羅(ゴジラ)の一撃は戦艦を貫通して後方の戦艦にダメージを与えている。

それは最も防御を固めた艦の装甲も防御スクリーンももはや呉爾羅(ゴジラ)の前では用を為さないことを意味していた。

「……怯むなよ、攻撃し続けろ! 背を向けた瞬間食いちぎられるぞ! 殺せなくていい! 気を紛らわせるだけでいい! あとたった9分奴がストナーに気づかなかったらそれで勝ちだ!」

 その9分がどれだけ長いかを理解している老将は思わず苛立ちを守護神とその巫女にぶつけ、叫んだ。

「レラは何をしてやがる! 翅神(モスラ)はまだか!」

 

 

 ガリー将軍とレムリア軍が悪戦苦闘している頃、レラは必死で翅神(モスラ)を説得していた。

 優れた知覚力を持つ翅神(モスラ)は戦うことなく呉爾羅(ゴジラ)の力を見抜き、矛を交えることを拒否していたのだ。

 巫女が飛んでと願っても、哀れな奴隷のために戦ってくれと祈っても、神はそれを拒絶した。

 

 それも無理はない。と説得を続けるレラは思った。

 今の翅神(モスラ)はまだ子供に過ぎず無理矢理変異した兄弟と戦わせた時には一度死にかけているのだ。

 しかし、レラとしても今回ばかりは簡単に翅神(モスラ)に従うわけにはいかない。すでにレムリアは負けたら破滅するほどの賭金をテーブルの上に差し出し、その賭金は砂時計の砂が落ちるように時間とともにサラサラと溶け始めている。

 

 お願い。ほんの少しだけ力を貸して。お願い。

 レラはそれだけを願い、翅神(モスラ)を宥め勇気を奮い起こす呪歌を歌いながら、さらに深く翅神(モスラ)の精神との繋がりを求めた。

 それは神の精神に近づく危険な方法だった。

 かつて姉が同じことを行った際は神の精神に飲み込まれ、自分がバラなのか羽斗羅(バトラ)なのか、区別がつかなくなっていた。

 しかし今はそうせざる得なかった。

 一滴の滴が巨大な波に飲み込まれるように、レラの精神は翅神(モスラ)の精神に飛び込んだ。

 

 レラは目を瞬くと、目の前に自分の姿が見えた。

 それは米粒のような小さな存在だった。牙も爪も空を飛ぶための翅すらないか弱い生物が目の前で何かを語りかけている。

 とたんに感じる悪寒。

 ほんの数キロ離れた場所に巨大な力が、世界を焼き尽くす巨大な獣がいる。

 最も賢明なのはさっさとこの場から離れることだ。

 荒ぶる炎の獣の怒りも、いつか自然に消えるだろう。

 しかし目の前にいる自分(レラ)は必死になって逃げることを考え直し、炎の獣と戦うように言っている。

 次々と自分(レラ)の考えが流れ込んでくる。少し戦えば天から刃が降ってきて獣を殺すのだという。

 ――気の進まない提案だ。

 だが、そうせねばならない気もしてくる。

 いつの間にか自分(レラ)が私の体をよじ登りいつもの定位置についていた。

 ――しようがない。

 しぶしぶながら、翅神(モスラ)呉爾羅(ゴジラ)と戦うことに同意し戦場へ向かった。

 

「やっと来たか!」

 翅神(モスラ)が戦場に現れたことは、ガリー将軍はこの戦いの中で聞いた唯一の良い報告だった。

 既に半数近くの戦力がたたき落とされている。ストナーの着弾まであと6分と20秒。決して早い到着ではないが、まだ手遅れではない。

「ここが踏ん張りどころだぞ! 砲撃手ども、よく狙え!」

 呉爾羅(ゴジラ)の注意が遠方から現れた翅神(モスラ)に向いた瞬間、青空の女王(クイーン・オブ・ブルースカイ)号の全砲門が一斉に火を噴いた。

 並の神獣ならば一瞬で倒れてもおかしくない熱戦砲の雨が、呉爾羅(ゴジラ)の無防備な背中にたたき込まれる。

 着弾の瞬間巨大な爆発が起き、呉爾羅(ゴジラ)は一瞬つんのめった。

 倒れてくれればそれだけで1分は稼げる……!

 ガリー将軍は息を呑んだが、そうはならなかった。

 極太の両足はしっかりと大地を踏みしめると、巨龍は苛立たしげに視線を青空の女王(クイーン・オブ・ブルースカイ)号に向ける。

 刹那、呉爾羅(ゴジラ)の背に稲妻が走りその0.2秒後、破壊的な一撃を口中から吐き出した。

 その光は青空の女王(クイーン・オブ・ブルースカイ)号の作り出した防御スクリーンを軽々と引き裂き、何層にも重ねた装甲を飴のように溶かす。

 8つあるエンジンの半分が吹っ飛び、さらに各ブロックで連鎖的に爆発が起きると船体自体に深刻な歪みが生じる。

 船が軋む音は青空の女王が悲鳴を上げているが如くだった。

「くそ! 状況は!」

 まだ生きていることに感謝するべきだったかも知れないが、そうする代わりにガリー将軍は部下に船の状況を聞いた。

「防御スクリーン出力大幅低下、現在15%!」

「一番から四番までのエンジンが損傷、さらに第五機関室に火災が起きています!」

「出力低下により高度維持で手一杯です! 攻撃に回すエネルギーが足りません! まだ浮かんでいるのが不思議だ! クソッ」

 

 ただの一撃で、呉爾羅(ゴジラ)青空の女王(クイーン・オブ・ブルースカイ)号から戦闘能力を奪い去った。

 それだけではない。

 その一撃は元々戦いに乗り気ではなかった翅神(モスラ)の戦意まで消し飛ばしていた。

 翅神(モスラ)の発する鱗粉は他の神獣の発する炎を拡散・反射する作用がある。しかし、あれを防ぐのは無理だと感じた翅神(モスラ)は、もう呉爾羅(ゴジラ)遠巻きに眺めるのが精一杯だった。

 ストナー着弾まで残り5分。

 ガリー将軍は傷ついた船の中で無念に歯を軋ませ、翅神(モスラ)の頭上ではレラが青ざめていた。

 もう、あれを押しとどめておくなどとても無理だ。

 

「ガ、ガリー将軍……」

 沈みかけた艦を立て直そうとあらゆる努力が為される中で恐る恐る観測手の一人が報告した。

「なんだ?」

「な、なにかが物凄いスピードで近づいてきます」

「……! ストナーか!? 予定よりも早く!」

「違います。ストナーではありません!」

「はっきり言え! じゃあなんだってんだ!」

「大きさが約120メートル……これは、これは、神獣です!」

「なんだと……」

「映像来ました! サブモニターに映します!」

 

 絶望がレムリア軍を支配し、今まさに呉爾羅(ゴジラ)が勝利の雄叫びを上げんとした時、遠く天の彼方からその存在は現れた。

 それはガリー将軍が、その他の全ての人間が始めて見る神獣だった。

 オペレーターは命じられる前にデータベースに照合したが、適合するものない。

 

 翼を持ち空を飛んでいるが、翼神(ラドン)とも蜻神(ギラス)とも全く違う。

 強いて言うならそれの全体のフォルムは呉爾羅(ゴジラ)に似ていなくもなかった。特に皮膚の質感や、ハ虫類ともホ乳類ともつかない顔などは呉爾羅(ゴジラ)に似ている。

 だが、呉爾羅(ゴジラ)のものより足も腰もほっそりとしていて、とりわけ違うのは腕だ。全体に対して呉爾羅(ゴジラ)のものより長く、発達している。その点で言えばそれに最も近い形の生物は霊長類……ヒトだろうか。

 だがそれの背には呉爾羅(ゴジラ)にも霊長類にもない昆虫のような翅を持っていた。

 

 奇妙な混合種としか言えない謎の巨神

 その場にいたもの全てにとってそれは未知の存在だった。

 正体不明の怪物の出現にレムリア軍は絶句するばかり。呉爾羅(ゴジラ)さえもが怪訝な目で新たな乱入者を見た。

 すると、未知の怪物は海のような青い瞳で、呉爾羅(ゴジラ)を睨み返した。

 それはゆっくりと地上に降りると、スズムシのように翅と翅をこすり合わせて強烈な高音を発し、さらに呉爾羅(ゴジラ)を威嚇する。

 

「――まさか」

 最初にその正体に気が付いたのは翅神の巫女だった。

 レラは呉爾羅(ゴジラ)を睨むその青い瞳に見覚えがあったのだ。

 恐れおののきながらレラはその名を呟く。

「……バラ?」

 

 ストナー着弾まで残り5分。

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