悩んだものの、もうどうにでもなれという破れかぶれの気持ちと、巫女がわざわざ自分を呼んだことへの興味に負け、ヴァスキ将軍は結局誘いに乗ることにした。
翅神の巫女が指定した建物は、最近建てられたらしい小奇麗な船倉庫で、四、五人乗りの小さな飛翔船が何艘か収められていた。
鍵はかかっておらず、中に入った途端に翅神の巫女の一人が将軍を出迎える。
公の場に出る時の翅神の化粧はすっかり落としていて、まだあどけない顔つきの少女がそこにいた。
……一人?
常に二人でいる巫女が一人?
「よし。ちゃんと一人で来たようだな。待っていたぞ。ここは私の所有する船小屋だ、まあこっちに来て掛けろ」
声と表情から、ヴァスキ将軍は目の前の少女が巫女姉妹の姉、すなわちバラであることを見抜いた。
「お前一人か?」
「そう、私一人だ。片割れだけではおかしいか」
「いやそういう意味ではないが……私に何の用だ。まさか失脚した私を笑いに呼びつけたわけではないだろう」
「失脚すると決まったわけではない。評議会も一枚岩ではないからな」
バラは冷ややかな笑みを浮かべた。
「確かに今の評議会には自分の息を掛かった者を新たな総司令に据える動きもあるが、弱った将軍を自派の傀儡にしようとする勢力もある」
「それがお前か? 俺は誰の操り人形にもならんぞ」
「私は将軍を操ろうなどという考えはない。今の立場に残れるよう擁護してやるつもりではあるがな。暫く大人しくしていろ、国民もまだ鋏神を倒した英雄を覚えている」
そう語るバラの顔は、ほんの数分前とは変わって酷く大人びて見えた。とてもまだ十代の少女とは思えない。まさに魔性の女である。
相手が老獪な獣であるかのように、ヴァスキ将軍は慎重に尋ねた。
「……では何の用だ」
「ふん。腹芸は私のやり方ではない、単刀直入に言おう、私と組まないか」
「組んでどうする?」
「知れたこと。
バラは真顔でそういった。ヴァスキは真意を確かめるようにその青い瞳を覗き込む。
そして少々皮肉っぽく、親が子供に自明の理を教えるような口調で言った。
「……共和国軍と
「皮肉はやめろ」
バラはピシャリと言った。
「あの程度の艦隊では
「では、二柱の
「違うわ。そんな事ならわざわざ将軍を呼びつけたりせん」
「じゃあどういうことだ?
「将軍、まさかお前も双子の
先ほどとは逆に、今度諭すように言うのはバラの方だった。
「そもそも
バラの瞳が瞬くと、徐々にその瞳の色は深みを増していくように思われた。
「普通の相手ならそれでもよい。だが
話はぐるりと回って、最初の所に戻ってきた。
バラは今一度言った。
「その前にゴジラを殺す。その為には私と将軍が手を組まねばならんのだ」
「我々の兵器も奴を殺すには至らないぞ……バラ、お前はどうやって
「かつて軍の研究機関で、より強く従順な人造神獣を作る試みが行われたと聞く」
「ああ……そうだな。聞いたことがある。過去にそんな研究をしたことがあったらしい」
ヴァスキは曖昧に答えた。
それはヴァスキがまだ将軍職に就く前の話だったので、あまり詳しくは知らなかったのだ。
「多額の費用を掛けた割にはすぐに失敗して、その研究は打ち切られたはずだ」
「失敗したのは情報不足だったからだ……だが今度は成功する。人造神獣のベースには、最も研究が進んでいる神獣を使う。何よりも、それとコミュニケーションを取れる私がいる」
そう言ったバラの瞳は水底に開いた穴の如く、吸い込まれそうな妖しさを醸し出していた。
それはまるで獣のようだった。人面獣心の魔物……。
バラの仄めかした言葉は、ヴァスキ将軍を凍り付かせた。
「貴様……
「しようがあるまい。普通の
ヴァスキは信じられないと言った調子で訊ねた。
「巫女よ、それは
バラはその質問がおかしくて思わず吹き出した。
「ふはっ! そんなわけないだろう。全て私個人の意志だ。このことは
悪魔はどっちだ。
腹の中でそうこぼしながら、ヴァスキ将軍の口は違う台詞を言っていた
「……何をすればいい?」
「ありがとう、将軍」
バラの唇がゆっくりと釣り上がった。
話し合いを終えて、バラが静かに自分の宿泊する宿に戻った。
妹のレラはとっくに寝ているだろうと思ったが、部屋を開けた瞬間、俯いて何かを考えこんでいるような妹の姿が飛び込んできた。
どうやらずっと自分が帰るのを待ち構えていたようだ。
「お帰りなさい。こんな夜更けにどちらへお出かけでしたの?」
「別になんでもない。今後のことについて、少し散歩しながら考えていた」
「まあ。それは将来のことという意味ですか?」
レラはわざとらしく驚いて見せた。
……まさか自分のやろうとしていることが早くも露見したのだろうか。
バラはレラの顔を見た。
いつもの笑みが消え、詮議するようにこちらを見るその顔は、自分と瓜二つだった。
レムリア古語において“バ”は夜と始まりを意味し、“レ”は朝と終わりの意、そして多くの神獣に用いられる“ラ”は魔力や神威を意味する言葉である。
すなわちバラという名は夜の魔力、もしくは始まりの魔力という意味の名前であり、レラとは朝の魔力または終わりの魔力を意味する。
名が示すように二人の巫女は表裏一体。この世で自分を止められるとしたら、それは妹である
決して油断ならない相手だ、とバラは口を真一文字に結び、気持ちを引き締めた。
「言っておきますけど、誤魔化そうったって無駄ですよ、洗いざらい話してもらいます。私は世界一キツい性格の女ではありませんけど、その妹ではあるんですからね……」
レラはベッドに腰かけて、隣に座れとバンバンとベッドを叩く。
バラはレラの言うまま隣に座った。
「レラ、私は……」
座った途端レラは素早く腕をバラの首に回し、グッと抱き寄せて耳元で囁く。
「
「違うわ!」
バラは叫びながら思わず脱力した。
愚妹め、そう来たか。
「ねえ今、愚妹め……とかそう思ったでしょ」
レラはバラの思考を正確に言い当てた。双子ならではの観察眼である。
「でもまあ許してあげますわ、姉さん。私の方もね……言い辛いんですけど、本気の本気で驚いていますわ! 言っちゃっていいですか!? まさか姉さんに先を越されると思ってなかった!」
興奮してまくしたてるレラを見ていると、バラは頭がクラクラしてきた。
ヴァスキ将軍と薄汚れた陰謀を企てていた方がよっぽど気が楽だ。
「相手見るのすっごい楽しみですわ。全然想像がつきませんもの! あのバラの彼氏なんて!」
「だから誤解だと……」
言いかけてバラは思い直した。そして否定する代わりに質問を投げかけた。
「レラ、お前はこそ浮いた話はないのか。私と違ってお前は人好きのする性格だ。相手はいくらでもいるだろう」
「あっ……え、私? 今のところはそういったことは考えておりませんわ。もう少し落ち着いたら、ゆっくりと恋しますのでご心配なく」
「落ち着くとは具体的にいつじゃ」
「ひとまずレムリアに迫る脅威が消えたら、と言っておきましょうか」
「……今レムリアを脅かしている脅威を除けると思うか、レラ」
「その点はご安心を! 私には大いなる
「……」
レラはそう言って無邪気に笑った。
その怒りの雄叫びを聞き、触れられるほど近くに寄り、そして焼き殺されそうになってからまだ一週間と経っていない。
しかし、それでもレラは笑えるのだ。
自分は違う、とバラは思った。
自分が戦うのは
はっきりいって他人なんてどうなってもいいが、
奴は人類を見下している。踏み潰して焼き払って滅ぼせると思っている。その中には私も含まれている!
あいつは私を、この私を殺せると思っている!
なんという屈辱!
必ずや返り討ちにしてくれるわ。
しかし私と違ってレラは人間の幸福を願っている。だから私を祝福し、将来のことを夢見がちに語れるのだろう。
その為に
レラを見ていると、私もあんな風に誰かの為に笑えるのだろうかと、たまに考える時がある。
なんだか、そんな気分にさせる女なのだ。
すっかり毒気を抜かれたバラは伏目がちに言った。
「……レラ」
「なんですの」
「私もお前が選んだ相手を見てみたいな」
レラは柔らかく微笑む。
「