翅神と巫女の物語   作:ミナミミツル

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ある研究者の証言

  以下の記録は評議会に出頭した軍部所属の研究者の語った証言の一部始終記録である。

 レッチ島で行われていた実験の詳細に関してはさらに別資料Aを参照のこと。

 

 取り調べを行ったのはレムリア内務省査問委員会の<検閲>。(以下質問者)

 証言したのはレッチ島において研究者として働いていた<検閲>。(以下回答者)

 

 

 -00:00:08

 回答者、入室。着席。酷く動揺し落ち着きがなく、しきりに室内を見渡している。

 質問者、入室。着席。

 

 00:00:00 取り調べ開始。

 質問者―まず落ち着いて欲しい。君の身の安全は査問委員会と評議会が保障する。正しき法以外の私刑・制裁など我々は決して行わないし、行わせない。

 回答者―あ、は、すみません。しかし、ヴァスキ将軍は……。

 質問者―軍にも手は出させん。それにヴァスキ将軍は評議会の意向に逆らった時点で全ての役職から解任される。何も気兼ねする必要などない……水でもどうだ?震えているぞ。

 回答者―ありがとうございます。(回答者、コップの水を半分ほど飲む)

 

 00:00:23

 質問者―君が名乗り出てくれたのは勇気ある行動だ。正直に答えてくれれば、我々もそのことは十分に考慮する。まず君の名前と所属を教えて欲しい。

 回答者―僕の名前は<検閲>。所属はレムリア軍事科学研究所、神獣生態調査室。名前の通り神獣全般の生態調査を行っていました。

 回答者―フィールドワークで分布や総数、神獣間の関係性や習性や食性を調査したり、解剖して生理的な体の機能を調べるんです。

 

 00:02:48

 質問者―君は去年の九月まではレムリア島の軍事科学研究所にいたが、翌月から異動して勤務先が変わっているね。去年の十月から今年七月までどこで働いていた?

 回答者―レッチ島の研究所です。

 質問者―どのような経緯で、君はそこに派遣されることになったんだい?

 回答者―名目上は行方不明になった翅神(モスラ)の子を捜索する為でした。

 質問者―名目上、という事は実際は違ったんだね?

 回答者―(回答者、やや答えを躊躇う様子を見せる)……はい。

 

 00:05:06

 質問者―では実際君はレッチ島で何をやっていた? 何を見たんだ?

 回答者―捜索の必要はありませんでした。翅神(モスラ)の子は最初からレッチ島にいたんです。

 質問者―最初からいた? 最初からとはいつだね?

 回答者―僕がレッチ島に赴任した時からです。

 質問者―では去年の十月から翅神(モスラ)はレッチ島にいたということだね。それではほとんど失踪直後からいたということになるが。

 回答者―そうです。翅神(モスラ)は消……消えてなんていなかったのだと思います。

 

 00:07:55

 質問者―レッチ島の研究所で何が行われていたのか教えてくれ。君はそこで何を見た?

 回答者―あそこでは、モ、翅神(モスラ)を、翅神(モスラ)が……。(回答者、考える様に天井を仰ぐ)

 質問者―落ち着いて。ゆっくりでいいんだ。

 回答者―あそこでは翅神(モスラ)を変えていた、変えていたんです。

 質問者―変えていた?

 回答者―生体改造です。より強く、より攻撃的になるように……。

 

 00:10:21

 質問者―とてもそんなことが可能とは思えない。方法は?どんな処置をしたんだね?

 回答者―投薬です。例えば経口投与……筋骨を増強させる目的で餌に<検閲>や<検閲>を混ぜたり、<検閲>などを注射しました。

 回答者―他には薬以外のものも投与しました。

 質問者―なんだね?

 回答者―(回答者、質問者から顔を背ける)……<検閲>の細胞から抽出した生理活性物質です。軍が保有していた<検閲>の細胞の大半が使われました。

 質問者―その一連の施術の効果はあったのかね?

 回答者―……(回答者、長い沈黙)。恐ろしいほどに。

 

 00:14:00

 回答者―<検閲>の細胞は投与してすぐに劇的な効果を上げました。もうアレは外見も能力も我々の知っている翅神(モスラ)と全く違う。(回答者の体が震える)

 回答者―我々は<検閲>を倒そうとして、<検閲>をもう一柱作ってしまった……あの恐ろしい姿を見れば嫌でも嫌でも……。

 質問者―この実験を指揮していたのは誰か教えて欲しい。

 回答者―ヴァスキ将軍。それと……(回答者、躊躇う)もう一人はバラです。翅神(モスラ)の巫女のバラ……。

 質問者―バラ?確かかね?

 回答者―(回答者、頷く)巫女が居なければ到底この実験はできなかった。バラがいるとアレも落ち着くんです。しかし、バラが島を離れた時は……そうじゃない。

 回答者―何度か事故が起きて、我々の中から死者も出ました。バラが、バラがいないとコントロールできないんです!翅神(モスラ)とは全然違う!

 質問者―レラはいなかったのか?

 回答者―見ていません。多分。あの、僕はどっちがどっちだかよく分かりませんけど、レラはいなかったと思います。

 

 00:17:33

 回答者―僕は怖い。二か月くらい前にレッチ島沖でアレの力を図るため別の神獣を誘い出して戦わせました。<検閲>です。(回答者の体が震える)

 質問者―二か月前?ひょっとして五月十五日から十八日の間かね?

 回答者―そう、だったと思います。確かそのくらいでした。

 質問者―その日はレッチ島沖で演習が行われたことになっている。

 回答者―表向きはそうだったのでしょう。でも実際は神獣同士の戦闘です!信じてください!

 質問者―私は君を信じるよ。それでどうなった?

 回答者―たた、戦いは一方的でした。拍子抜けするくらいすぐ終わって。確か五分かそこらだったと思います。そこであいつが<検閲>を殺しました。

 質問者―待った。<検閲>が五分で殺されたというのか?

 回答者―はい。でも問題はその後です。あいつは、倒した<検閲>を仰向けに転がすと<検閲>って、腹を、腹を食い破った……食い始めたんです。神獣を!

 回答者―(回答者、頭を抱えて俯く)口から血が滴らせたあいつの顔が忘れられない……。いつかあいつはあの力をレムリアに向ける……そう思ったから僕は逃げた。

 

 00:24:13

 回答者―最近ずっと同じ夢を見るんです……ここに来てからもずっと……。寝てる時だけじゃなくて白昼夢も。

 質問者―どんな夢だね?

 回答者―悪魔が生まれる夢。あいつが繭に包まれて……繭の中で変態する生き物は一旦ドロドロに溶けて体を再構築するんです。今でさえ酷く恐ろしいあいつが繭を作って……。

 回答者―繭の中でさらに悍ましい変化が起きる。どうしてこんなことに……。(回答者、洟をすする)あいつが出てくる。繭を破って、空飛ぶものが!空飛ぶ死が!

 質問者―落ち着きたまえ。ここは安全だ。

 回答者―安全な所なんてない!ここでも歌が聞こえる!あいつの歌だ!あいつは歌うんです!人間みたいに!そう、人間……人間にみたいだ!でも違う、全然違う!

 質問者―<検閲>君!ここはレムリア島だぞ。レッチ島じゃない。落ち着きたまえ!<検閲>君!

 

 00:27:41

 回答者―(意味不明な事を喚きだす)

 質問者―(首を振って外にこれ以上無理だと伝える)

 

 00:28:03 回答者の混乱により取り調べ中断。

 


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