かつての姉の元に近づくにつれて、えも言えぬ焦燥がレラの中に芽生えていた。
その思いは恐らく
相手は血を分けた兄弟――それも、
だがそれでも、夜の娘バラの始めたことを終わらせられるのは、昼の娘レラ、つまり自分だけだ。
天が神獣の激突を予知したのか、俄かに暗雲が立ち込め、レムリアの空を覆っていた。
近くにいる。
凄く近くに。
瞬間、雲中で雷光が瞬き、
『懲りぬ奴!』
バラの叫びが聞こえる様であった。
雷光に勝るとも劣らぬスピードで
両雄が激突する衝撃で周囲の雲が吹き飛び、燃え上がる都市の人々は上空で噛み合う二柱の神の姿を目撃した。
力、そして速さの差は歴然だった。
必死になって体勢を立て直そうとしながら落下していく
大地に叩きつけられる寸前、
空気の焦げる嫌な音を聞いた時、レラの脳裏に
バラとヴァスキ将軍はあの黒い悪魔の精髄を用いて
まともにぶつかっては到底勝ち目がない。
しかしその荒っぽい動きに、レラは
巫女であるバラがついていながら、まるで相手は本能と感情の赴くままに動く野獣さながら。
姉も
ならば戦いようはある。
レラは
恐れることは何もない、ということを自分にも言い聞かせるように。
レムリアの守護神、
背後ではまだ熱線が光を放っていたが、
破壊の力を込めた閃光が何度か
レラにはその苛立ちが手に取るように分かった。
さらにその怒りを煽るように、
するとより一層大きく
その瞬間レラの脳裏に、初めて
その時はよく見知ったバラが隣にいた。先代の
それだけで心強い陣容だが……なお相手は強かった。
「これが
私は思わずそう言って息を呑んだ。
確認された神獣の中で最速を誇り、飛翔艦はおろか
「なんて速さ! まるで稲妻ですわ!」
私は歌を歌うことも忘れて驚愕していた。
少しずつではあるがジリジリと
しかしバラの目はじっと相手と勝利だけを見据えていた。
その声は不安を吹き飛ばす響きがある。
「うろたえるな」
左手に添えられたバラの右手がぎゅっと強く私の手を握る。
「ここからが面白い所だぞ」
そしてそれに呼応するかのように
私たちは静かに呪い歌を唱える。
両者の巨体を巻き起こす旋風がぶつかり合う瞬間、山がめくれ上がるように裂け、苦悶の声を上げる。
巻き起こされた大気もまた、死を呼ぶバンシーの叫びのように不気味な音を立てた。
触れるもの全てを引き裂く旋風と旋風が激突し――次の瞬間、流血の雨が降った。
振動を伝えるべき大気が荒れ狂い、音が無意味と化した世界。
レラは
鋭利な刃物と化した
その後、最大の武器を失った
「なにも全てで優る必要はない」
逃げ去る
「ほんの一瞬だけ上回れば、それでよい。相手の力を利用してな」
あの時と同じく、
しかし、あの時はバラがいた。今は自分一人。
果たして同じことができるだろうか。
自分でも呪い歌を唱える声が震えているのが分かる。
ふうふうふう、と緊張で呼吸が荒くなり歌が途切れがちになってしまう。
『そう固くなるな』
「!」
レラはハッとして思わず横を向いた。勿論誰もいないが、そこにバラがいる気がした。
死神に等しい神と戦っている最中、幻聴を聞くのはあまりいい傾向ではない。
しかし、声はさらに聞こえた。
『幻聴であるものか。我らは二身一体の夜と昼」
『バラはここにいませんわ。荒ぶる夜とはまさに今戦っていることろ』
『そうでもあるし、そうでないともいえる。夜は暗闇ばかりではない。昼は輝くばかりでない。夜に輝く光もあろう。昼に射す影もあろう。陽中にもまた陰あり。お前の中にもバラはいる』
『まさか』
業を煮やした
その手で、その牙で、直接私たちを引き裂くために。
その攻撃を
幻聴はさらに続ける。
『恐れず歌え、二神の歌を!』
本当に隣にバラがいる気がしていた。
「
いつしかレラの歌はレラ自身にも知らぬ旋律にも変わっていた。
「
「同じ胎より生まれし――二神、まさに御身ら糾える縄の如し!」
レラの歌を遮るように風を切り裂くような高音が響いた。
それは
レラの歌に反応したのだろうか。始めて見せる反応だ。焦りか、さもなくば呪い歌を嫌がっているようにも見える。
そして空気の震えは徐々に高まり、羽音はますます強くなり、
大質量の物体が音を遥かに超える速さで動いたその瞬間、大気が爆ぜ、そして
空気との摩擦熱が
レラ、そして
最大の死地こそ最大の勝機。動きを読み切って裏をかけば倒せる。
だが、
炎の体をそのままぶつけるつもりか。それとも爪で引き裂くか。はたまた尖った牙で血を啜るか。
『違うな、私なら――』
バラの声が聴こえた。
手を伸ばせば触れられるほどに、二神の身体が近づいた刹那――燃え立つ
避けられぬほどの至近距離で、黒い魔獣から受け継いだ灼熱の熱線が火を吹いた。
しかし、レラはその行動を読み切っていた。
全ての破壊しつくす地獄の熱線は、発射された瞬間暴発し、
さらに破壊のエネルギーはそれだけに留まらず、暴走する熱と閃光となって