翅神と巫女の物語   作:ミナミミツル
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螢火なす光く神、蠅聲す荒ぶる神

 翅神(モスラ)は翅を羽ばたかせ、飛ぶというよりも泳ぐように夜空を裂いて突き進んだ。

 かつての姉の元に近づくにつれて、えも言えぬ焦燥がレラの中に芽生えていた。

 その思いは恐らく翅神(モスラ)も同様だろう。

 相手は血を分けた兄弟――それも、呉爾羅(ゴジラ)を上回るやも知れない力の持ち主とは。

 だがそれでも、夜の娘バラの始めたことを終わらせられるのは、昼の娘レラ、つまり自分だけだ。

 

 天が神獣の激突を予知したのか、俄かに暗雲が立ち込め、レムリアの空を覆っていた。

 翅神(モスラ)が雲の中に突入すると、レラはヒリヒリとバラと羽斗羅(バトラ)の気配を感じた。

 近くにいる。

 凄く近くに。

 瞬間、雲中で雷光が瞬き、翅神(モスラ)の前に恐るべき羽斗羅(バトラ)成体の姿が映し出された。

 

『懲りぬ奴!』

 バラの叫びが聞こえる様であった。

 雷光に勝るとも劣らぬスピードで羽斗羅(バトラ)翅神(モスラ)に飛び掛かり強烈な体当りを食らわせた。

 両雄が激突する衝撃で周囲の雲が吹き飛び、燃え上がる都市の人々は上空で噛み合う二柱の神の姿を目撃した。

 

 力、そして速さの差は歴然だった。

 羽斗羅(バトラ)のパワフルな動きは翅神(モスラ)を圧倒し、もう一度体当たりを食らわせた所で翅神(モスラ)は大きくバランスを崩した。

 必死になって体勢を立て直そうとしながら落下していく翅神(モスラ)に対し、さらに羽斗羅(バトラ)の無慈悲な攻撃が襲う。

 大地に叩きつけられる寸前、翅神(モスラ)は揚力を取り戻し、地面スレスレを羽ばたいて旋回するすると、そのすぐ後ろを超高熱の熱線が追った。

 空気の焦げる嫌な音を聞いた時、レラの脳裏に呉爾羅(ゴジラ)の姿が浮かんだ。

 バラとヴァスキ将軍はあの黒い悪魔の精髄を用いて羽斗羅(バトラ)を作ったと聞いていたが、まさしく羽斗羅(バトラ)は空飛ぶ呉爾羅(ゴジラ)だった。

 

 まともにぶつかっては到底勝ち目がない。

 しかしその荒っぽい動きに、レラは羽斗羅(バトラ)の弱味を見つけた気がした。

 巫女であるバラがついていながら、まるで相手は本能と感情の赴くままに動く野獣さながら。

 姉も羽斗羅(バトラ)の巨大な意思に取り込まれ、血に破壊に狂ってしまっているのか。

 ならば戦いようはある。

 レラは翅神(モスラ)の頭に立ち、静かに翅神(モスラ)の勇気を奮わせる呪い歌を歌い始めた。

 恐れることは何もない、ということを自分にも言い聞かせるように。

 レムリアの守護神、翅神(モスラ)の名に恥じぬ戦いをするのだ。

 

 背後ではまだ熱線が光を放っていたが、翅神(モスラ)は力強く羽ばたいて加速すると、羽斗羅(バトラ)から少し距離を置いた。

 破壊の力を込めた閃光が何度か翅神(モスラ)の翅先を掠めたものの、殆どは虚しく空を切る。

 羽斗羅(バトラ)が怒りの咆哮を上げた。羽斗羅(バトラ)は決して感情を抑えない。

 レラにはその苛立ちが手に取るように分かった。

 さらにその怒りを煽るように、翅神(モスラ)は腹を見せて大きく翅を広げた。翅に付いた目玉模様はまるで睨みつけるように相手を威嚇する。

 するとより一層大きく羽斗羅(バトラ)が吼えた。

 その瞬間レラの脳裏に、初めて翅神(モスラ)と共に戦いに赴いた時の記憶が蘇った――。

 

 

 その時はよく見知ったバラが隣にいた。先代の翅神(モスラ)は力強かった。

 それだけで心強い陣容だが……なお相手は強かった。

「これが蜻神(ギラス)!」

 私は思わずそう言って息を呑んだ。

 蜻神(ギラス)は尾に巨大な針を持つ古代昆虫に似た神獣であり、特筆すべきはその飛行速度。

 確認された神獣の中で最速を誇り、飛翔艦はおろか翅神(モスラ)でさえその分野では勝ち目はない。

「なんて速さ! まるで稲妻ですわ!」

 私は歌を歌うことも忘れて驚愕していた。

 蜻神(ギラス)は電光石火の速さで翅神(モスラ)の周囲を飛び回り、一瞬のスキをついて交差してはその瞬間確実にダメージを与えてくる。

 少しずつではあるがジリジリと翅神(モスラ)の体力は削られていていた。

 翅神(モスラ)の鮮やかな翅が血で染まると私は震えた。勝つ方法など見当たらないように思えた。

 しかしバラの目はじっと相手と勝利だけを見据えていた。

 その声は不安を吹き飛ばす響きがある。

「うろたえるな」

 左手に添えられたバラの右手がぎゅっと強く私の手を握る。

「ここからが面白い所だぞ」

 

 そしてそれに呼応するかのように翅神(モスラ)蜻神(ギラス)に向かって大きく翅を広げた。喰ってやると言わんばかりに。

 私たちは静かに呪い歌を唱える。

 翅神(モスラ)は翅を広げその瞬間を待つ。

 蜻神(ギラス)は苛立ち、そしてニ柱の神は再び超音速で交差した。

 両者の巨体を巻き起こす旋風がぶつかり合う瞬間、山がめくれ上がるように裂け、苦悶の声を上げる。

 巻き起こされた大気もまた、死を呼ぶバンシーの叫びのように不気味な音を立てた。

 

 触れるもの全てを引き裂く旋風と旋風が激突し――次の瞬間、流血の雨が降った。

 

 振動を伝えるべき大気が荒れ狂い、音が無意味と化した世界。

 レラは蜻神(ギラス)の鋭い尾が根元の辺りから切断され無造作に宙に放られていく光景を眺めていた。

 鋭利な刃物と化した翅神(モスラ)の翼が、すれ違いざまに蜻神(ギラス)の尾を切り裂いていたのだ。

 

 その後、最大の武器を失った蜻神(ギラス)は戦意を喪失し、何処へと逃げ去った。翅神(モスラ)とその巫女が勝利である。

「なにも全てで優る必要はない」

 逃げ去る蜻神(ギラス)の後ろ姿を眺めながらにバラはいった。

「ほんの一瞬だけ上回れば、それでよい。相手の力を利用してな」

 

 

 あの時と同じく、翅神(モスラ)は翅を広げ、その目玉で羽斗羅(バトラ)を威嚇する。

 しかし、あの時はバラがいた。今は自分一人。

 果たして同じことができるだろうか。

 自分でも呪い歌を唱える声が震えているのが分かる。

 ふうふうふう、と緊張で呼吸が荒くなり歌が途切れがちになってしまう。

 

『そう固くなるな』

「!」

 レラはハッとして思わず横を向いた。勿論誰もいないが、そこにバラがいる気がした。

 死神に等しい神と戦っている最中、幻聴を聞くのはあまりいい傾向ではない。

 しかし、声はさらに聞こえた。

『幻聴であるものか。我らは二身一体の夜と昼」

『バラはここにいませんわ。荒ぶる夜とはまさに今戦っていることろ』

『そうでもあるし、そうでないともいえる。夜は暗闇ばかりではない。昼は輝くばかりでない。夜に輝く光もあろう。昼に射す影もあろう。陽中にもまた陰あり。お前の中にもバラはいる』

『まさか』

 

 業を煮やした羽斗羅(バトラ)が急加速してこちらに向かって突っ込んでくる。

 その手で、その牙で、直接私たちを引き裂くために。

 その攻撃を翅神(モスラ)は何とか避けた。

 幻聴はさらに続ける。

 

『恐れず歌え、二神の歌を!』

 本当に隣にバラがいる気がしていた。

羽斗羅(バトラ)よ、夜に浮かぶ恐ろしき翅よ」

 いつしかレラの歌はレラ自身にも知らぬ旋律にも変わっていた。

翅神(モスラ)よ、昼にそよぐ優しき翅よ」

翅神(モスラ)羽斗羅(バトラ)双方を讃える歌である。

「同じ胎より生まれし――二神、まさに御身ら糾える縄の如し!」

 

 レラの歌を遮るように風を切り裂くような高音が響いた。

 それは羽斗羅(バトラ)の羽音と鳴き声である。

 レラの歌に反応したのだろうか。始めて見せる反応だ。焦りか、さもなくば呪い歌を嫌がっているようにも見える。

 そして空気の震えは徐々に高まり、羽音はますます強くなり、蜻神(ギラス)さえも超える速さで羽斗羅(バトラ)は疾走した。

 

 大質量の物体が音を遥かに超える速さで動いたその瞬間、大気が爆ぜ、そして羽斗羅(バトラ)は燃え立つ炎を纏っていた。

 空気との摩擦熱が羽斗羅(バトラ)の身体を燃え上がらせたのである。

 

 レラ、そして翅神(モスラ)は息を呑んだ。

 最大の死地こそ最大の勝機。動きを読み切って裏をかけば倒せる。

 だが、羽斗羅(バトラ)はどうする?

 炎の体をそのままぶつけるつもりか。それとも爪で引き裂くか。はたまた尖った牙で血を啜るか。

『違うな、私なら――』

 バラの声が聴こえた。

 

 羽斗羅(バトラ)は恐るべき速さで接近していた。

 手を伸ばせば触れられるほどに、二神の身体が近づいた刹那――燃え立つ羽斗羅(バトラ)の口部が一層輝く。

 避けられぬほどの至近距離で、黒い魔獣から受け継いだ灼熱の熱線が火を吹いた。

 

 しかし、レラはその行動を読み切っていた。

 羽斗羅(バトラ)の熱線を撃つより僅かに早く、翅神(モスラ)は邪悪を跳ね除ける聖なる鱗粉を、結界のように張り巡らせていたのだ。

 全ての破壊しつくす地獄の熱線は、発射された瞬間暴発し、羽斗羅(バトラ)自身の体を灼いた。

 

 さらに破壊のエネルギーはそれだけに留まらず、暴走する熱と閃光となって翅神(モスラ)を、そしてレムリアの空を覆い尽くした。

 







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