ひねくれた魔術師共と禁忌教典。   作:鈴ー風

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いつも見てくれている人はお久しぶり、初めましての人は初めまして、どうも鈴ー風です。
最後に投稿していたのがもう一年近く前で、現在進行形で重度のスランプでして……リハビリがてらにこの小説を投稿します。なので、更新頻度はあまりよくないと思いますが、良かったらお付き合いくださいませ。

今回はお馴染み「俺ガイル」と今ノリに乗っている「ロクでなし魔術講師と禁忌教典(アカシックレコード)」のクロスでございます。前々から書きたかった作品ではあったので、少しでも楽しんでいただければ幸いです。
それではどうぞ!


プロローグ

 

 何を、間違えてしまったんだろう。

 

『貴方のやり方、嫌いだわ』

 

 どこで、間違えてしまったんだろう。

 

『もっと、人の気持ち考えてよ!』

 

 ……いや、本当は分かっているんだ。何を間違えたわけでも、どこで間違えたわけでも無いことは。

 初めから(・・・・)間違っていたことくらい(・・・・・・・・・・・)

 勝手に期待されて、勝手に失望されて、拒絶されて…そんなのにはもう慣れた筈だった。

 

『貴方のやり方、嫌いだわ』

『もっと、人の気持ち考えてよ!』

 

 ……慣れた、筈だった。俺は、存外あの空間が気に入っていたらしい。あいつらから…雪ノ下と由比ヶ浜から言われた言葉が何度も反響して、頭にこびりついて離れない。今までならヘラヘラ笑って、目を腐らせてのらりくらりとかわしていれば無視できた問題。鈍い痛みを、笑って誤魔化せた問題。……でも、今回ばかりは駄目そうだ。

 奉仕部(あそこ)に行くのが怖い。あいつらから否定されるのが、また拒絶されるのが、堪らなく怖い。……弱くなったな、俺も。いや、元からか。

 修学旅行後、学校に行くことを止め、家に引きこもってみる。両親が対して気にしないのは分かっていた。小町が心配そうにしているのだけが心苦しい。しかし、家にいてもいつまた誰かが来るとも限らない。平塚先生とかなら来そうだな、面倒見いいし。本当に何で結婚できないんだろ、誰か貰ってあげてよ……戸塚とか来てくれるかな…来てくれたら嬉しいな。材木座?…知らない人ですね。

 兎に角、今は誰とも関わりたくない。だから、俺は─────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……外に出なくなって、三日くらいか。平塚先生は案の定来た。俺は部屋から出なかったが、相変わらずいつものように愚痴混じりに勝手に話しかけてきた。

 

「……比企谷。私達は、待っているからな」

 

 最後にそう言った平塚先生。私達、とは誰のことを指していたのか。いつもなら心に響いていた先生の言葉だが、今回ばかりはどうにも響いてくれそうにない。

 戸塚と、それに材木座も来た。相変わらず材木座はうるさいだけだったけど。

 

「八幡、僕達は待ってるからね」

「八幡よ!早く学校に来るのだ!お前がいなくては、我は…我は……」

 

 ……材木座、お前は本当にぶれないな。

 そういや、川…川……なんとかさんも来たっけな。ずーっと無言だったから、いつの間にか帰ったかと思った。

 

「比企谷…その、待ってる、から…」

 

 ……そんなに接点無かった筈なんだがな。来てくれるのは嬉しいんだが。

 

 ──だが、一番会いたくなくて、でも一番会いたい筈の、聞きたくなくて、一番聞きたかった筈の声は……結局、いつまで経っても来ることは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何やってんだろうな、俺は……」

 

 そろそろ登校拒否から二週間。もう日も暮れた時間に、ふらふらと歩き着いた先の公園で一人ごちる。殆ど日課になりつつあるこの放浪も、もう夏から秋へと変わりつつある今は、夜風さえ少し肌寒い。

 結局、俺は怖いんだ。今も昔も。人と関わって、変な気を持って、持たれて。勝手に失望したり、されたり。……そんなのには、もう疲れた。始めっから、底辺の俺が人と関わること自体が間違ってたんだ。今までだって一人だったじゃないか。だから…元に戻るだけだ。

 

「……?」

 

 感傷に浸るのを止め、一度家に帰ろうと思ったが、視界の端に妙なものが写った。ぱっと見は何の変哲もない公園だが、その中の一部、木々の辺りが歪んで見えた(・・・・・・)。まるで、ファンタジーによくある「異次元の穴(ワーム・ホール)」のように。同時に、俺の本能が激しく警鐘を鳴らす。やめろ、見るな、近づくな、と。

 

「……は、んなわけねえわな」

 

 脳裏に浮かんだ仮説を、本能が打ち鳴らす警鐘を自ら笑い飛ばす。いくら心身磨耗状態だからといっても、流石にファンタジーなぞあり得ない。ここは現実で、ファンタジーは二次元なのだから。厨二は卒業した筈だろ、八幡。

 

「………」

 

 だが、そう考える心とは裏腹に、俺の足はその『異常』に向かっている。自分でも理由は分からない。一種の自虐だったのかも知れない。馬鹿な奴だと自分を貶めたかったのかも知れない。ただ、何かに引かれるように、そこに向かい。

 

 意識は、そこで途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……は」

 

 暗い緑。目が覚めた時、真っ先に見えたのはそれだった。辺りは見慣れない森の中、俺はその草むらに倒れ込んでいたようだ。…少なくとも、そこはさっきまでいた公園では無かった。

 

「…マジで、ファンタジーかよ……」

 

 一瞬で見たことの無い森の中に移動した……そんなもん、ファンタジーくらいでしかあり得ない。何てこった……

 一応、ポケットのスマホを取り出す。しかし、電波は入らず、マップ機能すら動かない。……どうやら、ここは地球ですらないらしい。

 

「……どうすっかな…」

 

 いくら超常現象だからといって、本来なら、探索するなり思考するなり、頭や体を働かせるものなのだろう。ただ、俺の頭は、この非科学的な状況においても、まともに動こうとしなかった。

 

(……何か、全部が面倒だ)

 

 無気力、無関心。そんな言葉が適当だろうか。考えることも、散策することも、更に言えばこの状態に怒ることも呆れることも悲しむことさえ、どうでもよかった。そうして俺は、その場から動くこともなく目を閉じた。どうせ、元の世界に帰ったって何もない。小町にこれ以上心配をかけてしまうことだけが気がかりだ。

 

「いっそこのまま……」

 

 ここに居ようか、そう考えようとした思考を、本能が断ち切った。

 

「…何だ、この気配」

 

 眠ろうとさえしていた頭が急速に覚醒していく。先の見えない暗闇の中に、一、二……五、か?結構な数の気配を感じた。それも、野良犬とかの「ただそこにいる気配」じゃない。何か、とてつもなく嫌な気配……

 「獣の気配」を感じ取った。

 

「……ッ!!」

 

 嫌な予感がした直後、俺は殆ど無意識にその場から飛び退いた。そして、頭から滑り込む形で地面に突っ伏すと、背後から嫌な音が響いた。何というか……何かを貪るような、へし折ったような音が。

 

「…何、だよ……こいつら……」

 

 振り返った先にいたのは、さっきまで俺がいた木に大きな牙を突き立てた、「黒い何か」。

 ……否、「黒い獣の群れ」だった。

 

「グルルルァァ……」

 

 やばい。やばいやばいヤばいヤバいヤバいヤバイヤバイヤバイッ!!

 

「ガアアァァァッ!!」

 

 本能的にヤバいと感じ取った俺の足は、考えるよりも早く行動を起こしていた。俺の意識は、それに抗うこと無く同調した。即ち、この黒い獣のような何かからの逃げである。背後の禍々しい気配と響く複数の叫びを極力意識から追い出すかのように、とにかく走り続けた。

 

(何だ……何なんだ、これは!?)

 

 地獄の追走劇が、幕を開けた。

 

 

 

 

 

「はっ…はっ…はぁっ……!」

 

 足が軋む。喉は鉄の味がする。全身が、脳が、悲鳴を上げている。黒い獣みたいなやつから全力で逃げるために全ての神経を費やす。それでも、あの禍々しい気配は消えない。威圧感が、敵意が、殺意が、背後から消えることはない。

 

「がっ!」

 

 気が散漫になりかけた一瞬で草に足をとられ、前に倒れる。全力で走っていたこともあって、その勢いのまま何度か転がり、樹木に体を打ちつけた。

 

「…が…痛ぇ……」

 

 結構な勢いでこけたため、全身を打撲し、皮膚が所々擦り傷になってしまったようだ。樹木に打ち付けられた背中が熱い。酸欠気味で走ったことも災いしてか、意識が朦朧としてくる。

 ……ここで、終わりなのか。名前も知らない場所で、誰にも知られずひっそりと死ぬ。それは、さぞ日陰者にはお似合いの末路だろう。まるで俺のための特注コースじゃないか。

 獣の臭いが近づいてくる。朦朧とぼやけた視界と意識の中で、むしろより過敏になった嗅覚がその存在を嫌というほど認識させてくる。もう追い付かれたのか。多分、後数分もしない内に、俺はこいつらに食い殺されるだろう。随分短い人生だったなぁ……

 

「…くっだ、らねえ……何なんだよ……」

 

 心は既に諦めを会得済、死というものを強く感じたからか走馬灯のように今までの記憶が浮かんでくる。…や、そんなに多くはないけどね?記憶。思い出したくもない中学以前の俺。黒歴史を増産しまくってたなぁ。高校……そういや事故でいきなり躓いたっけか、懐かしい。サブレ元気かな?無理矢理ボランティアに行かされたこともあったっけ…あん時は小学生相手に無茶したっけな。それから川…何とかさんの弟から依頼を受けたり、文化祭で無茶したり、修学旅行で……

 ……はは、おかしいな。いろいろ思い出せるのに、そのどれもに、思い出したくない「あいつら」が出てくる。諦めたはずなのに、受け止めたはずなのに。やっぱり、俺の心はどこかでずっと求めていたんだ。

 「そのままの俺を認めてくれる」存在を。それに一番近かった、「雪ノ下と由比ヶ浜(あいつら)」を。

 

「グルルウゥゥ……」

 

 ……だが、もう遅い。遅かったんだ。俺の周りは、あの黒い獣じみた奴等に囲まれている。もう抵抗は無意味。万に一つも生還できる可能性、0。あいつらに会うことは、もう二度と叶わないのだから。

 

「グルルアァァッ!!」

 

 唸り声をあげながら、獣共は一斉に俺に飛びかかる。それは、一瞬のようで永遠にも長い時間がもたらす、死への宣告である。だから、俺は目を閉じる。そうすることで、少しでも恐怖を薄めることができるかも知れないと思ったから。辞世の句は…必要ないか。遺言は…そうだな。先に逝くわ、すまん小町。一応、親父とお袋も。こんなもんだろ、届かない遺言だけど。

 …それと、由比ヶ浜。雪ノ下。もし、来世でも会えたなら、今度こそ、俺と────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「《荒れ狂う風よ》!!」

 

 突然。本当に唐突に、凄まじい旋風が吹き荒れた。何も聞こえない中で思わず目を開くと、映ったのは、風に運ばれて上空へ飛んでいく獣共と、風越しに見える、人影のようなものだった。

 

「君!大丈夫か?」

 

 風が止み、上空から重力に従い、地面に叩きつけられた獣共は短い悲鳴を上げ、霧のように霧散した。そして、男の声がした。目を上げると、さっきの風越しに見えた人なのか、いかつい顔の男性が立っていた。俺よりも大分年上に見えるその男性は、俺の側へ駆け寄ると、俺の肩を掴んで軽く揺さぶってきた。

 

「見たところ大丈夫そうだが……怪我はしてないか?」

「え……あ、は、はい……」

 

 何もかもが唐突すぎて、そう返事を返すので精一杯だった。

 

「そうか……良かった。影狼(シャドウ・ハウンド)と対峙して無事でいられたのは運がいい。間に合って良かったよ」

 

 心底安心した様子で、俺に笑いかけてくるその男性に、俺は顔を向けることができなかった。今の俺が受けるには…その笑顔は、眩しすぎた。

 

「…と、無事というわけではないな。怪我をしている」

「……別に、平気ですよ。このくらい」

 

 指摘されて、足を怪我していたことを思い出した。確かに痛むが、歩けないほどじゃない。そう思い、男性の言葉を突っぱねる。……とにかく、少しでも早くこの場を離れたかった。

 

「平気なわけないだろう。とにかく、手当てを───」

「いいって言ってんだよ。……もうほっといてくれよ、こんな俺なんて」

 

 我ながら最低だな。恩に礼を言うどころか、仇で返す態度。……全く、本当に嫌になる。木を柱がわりにして何とか立ち上がる。そのまま、歩いてこの場を離れ───

 

「─────ッ!?」

 

 激痛。突然、足に激痛が走り、思わずその場に倒れてしまった。再び意識が朦朧としかけ、声すら出てこない。すると、急に体が地面を離れ、空中に浮かんだ。それがあの男に持ち上げられたのだと理解するのに、それほど時間はいらなかった。

 

「何、を……」

「だから言っただろう……すまんな。あまりに強情なんで、こちらも強引にいかせてもらうことにした。悪く思うなよ、少年」

 

 そのまま高笑いしながら、男は歩き出す。歩幅に合わせて小刻みに揺れる体が、妙に心地好い。

 

「……何で、俺なんかに、構うんですか…」

 

 この時の俺は自棄になっていたのだろう。このまま放置されれば、俺は確実に死ぬだろうから。この期に及んで、もう人と関わりたくなかった。そんな理屈よりも、何故か、それが知りたかった。見ず知らずの俺に、死んだ目の俺に、ひねくれたこんな俺に、何で構うのか。薄れゆく意識の中で、それが知りたかったからこその問いかけであった。どんな目的があるのか、どんな打算があるのか……

 そして、最後に帰って来た答えは、俺の考えうる答え、その全てとは違う答えであった。

 

 

「知るか。そこで死にかけてたから助けた。理由なんて、そんなものだろ」

 

 

 最高にぶっきらぼうに、最高にひねくれた答えを最後に、俺は意識を落とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 夢を、見た。遠い昔の記憶。

 そこは公園で、その中で、小町が泣いていた。俺は小町を抱き締めて、何も言わずに頭を撫でている。少し気恥ずかしいのか、夢の中の俺は顔が赤い。

 

 ……ああ、そうだ。これは小町が家出した時の夢だ。両親が仕事続きで寂しさから家出した小町を、俺が迎えに行った時のことだ。

 

『俺がいるから、小町。俺は、ずっとお前のそばにいてやるから』

 

 ……この日、だったな。

 俺が、初めて誰かに必要とされたのは。

 

 ──────

 ────

 ──

 

 

「……ん」

 

 暖かい感覚に、意識が浮上していく。ゆっくりと体を起こすと、まるで見計らったかのようなタイミングで部屋の扉が開かれた。……部屋?

 

「お、目が覚めたか」

「あんたは……それに、ここは…」

 

 扉を開けて現れたのは、俺を獣から助けてくれた男だった。ふと周りを見ると、そこそこ広い部屋のベッドに、俺は寝ていたらしい。部屋中に散乱する本が、この部屋の生活感を(かも)し出している。俺が部屋を見ていることに気づくと、男は少し気まずそうに頭を掻いた。

 

「あー、すまんな。散らかってて。ここは俺の仕事部屋なんだよ。流石に夜中に客間で寝かすわけにもいかなかったんでな。まあ勘弁してくれ」

 

 そう言いながら、男は手近な椅子を手に取り、そこに腰かけた。

 

「…さて、もう傷は大丈夫そうだな」

「え?……あ」

 

 すっかり忘れていたが、シーツを捲って足を確認する。包帯でぐるぐる巻きになってはいるものの、あの時のような痛みは感じない。多少痺れがある程度だ。

 

「治癒魔術は久しぶりに使ったが、上手くいって良かったよ」

「……魔術?」

 

 何だろう、何か聞きなれないことを聞いた気がする。

 

「どうした?まさか魔術を知らないわけでもないだろうに」

 

 そう言って豪快に笑う男。しかし、一向に笑わない俺を見て、その笑いが徐々に収まっていく。

 

「……まさか、本当に知らないのか?魔術を」

「まあ……はい」

 

 俺の答えを聞いて、今度は唖然とした顔をする男。顎に手を当てて考え事をし始めると、疑惑の目をもって俺に問い掛けてきた。

 

「そういえば、あんな時間に《魔の森》にいたのもよく考えればおかしい……少年、すまないが、もし良ければ話してくれないか?何故、あんな時間にあの場所にいたのか。それに……嫌でなければ、君自身のことを」

「……それは、別にいいんすけど。多分信じられないと思いますよ」

 

 前置きをした上で、俺はその男に話し始めた。

 俺の過去を。俺が別の世界から来たであろう、異世界人だということを────

 

 

 

「……そんなことが」

「……まあ、信じるかどうかは勝手ですけど」

「いや、未完成とはいえ過去に空間や次元の移動魔術の論文を見たことがある。それに、この状況で君が嘘をつく理由もないことだしな。にわかには信じられないだろうが、信じよう」

 

 釈然としない顔の男を尻目に、俺は手足の調子を確認していた。多少痺れがあるが、あの時のように激痛がしたりはしない。まあ動けないほどじゃないだろう。ベッドからゆっくりと足を下ろし、ゆっくりと立ち上がる。……歩く分には問題無さそうだ。

 

「助けてくれたことは礼を言います。でも、迷惑をかけるわけにもいきませんし、ここを出ます。短い間でしたけど、お世話になりました」

「……出ていくのはいいが、どこへ行く気だ?」

「…………」

「君の話が本当なら、ここは本来君の住んでいた世界ではない、ということになる。帰る場所がない見知らぬ土地で、一体どこへ行くと言うんだ?」

 

 男の声は、心配するような、そして(いさ)めるような声でもあった。その言葉の端々から、この人の優しさを感じられる。だからこそ、辛かった。

 

「……俺のことは放っておいて下さい。俺はあなたに優しくされるような人間じゃない」

「それは無理な相談だな、もう関わっている。目の前でふらりとどこかへ消えようとしている人間を見過ごせるほど、肝が据わってないんでな。……というかそんなことしたらフィリアナに殺される」

 

 ……後半の方が本音な気がしてきた。それはもう、凄い怯えようだったから。というか誰、フィリアナ。

 

「まあ、それはいいとして、だ。君を見てるとな、放っておけない気がするんだよ。昔の俺に似ててな」

「昔のあんたに……?」

「ああ、誰とも関わろうとしないで、何でも一人でできる気になって。誰からも理解されないで、一人ぼっちでやさぐれてた頃の、どうしようもない昔の俺にな」

 

 その言葉に、心臓を鷲掴みにされた気分だった。まるで、俺の心を見ているかのような、俺の心を代弁したかのような、そんなことを言われたのだから。

 

「色々あったが、結局は自分がまだまだガキでちっぽけな存在だって気付かされた。お前も、きっと色々あったんだろうよ」

「……いや、俺は」

「見りゃあ分かる。言ったろ?似てるってよ。だから何か放っとけないんだよな。俺は周りやフィリアナのお陰で何とかなったけどよ、そうじゃなけりゃ、今頃どうなってたか……今のお前は、そんな危うさがあるんだよ。だからよ」

 

 男は椅子から立ち上がり、俺の前まで来て。

 

 俺の頭に、手を載せた。

 

「どうせ行く場所も無いんだ、ここにいるってのはどうだ?」

「は…?いや、迷惑かかるし…それにあんたの家族にだって」

「フィリアナは大丈夫だろ。何だかんだ世話好きなところあるしな。娘二人は……まあ何とかなるだろ」

 

 いや駄目だろ。娘がいるのにどこの馬の骨とも分からん男と一つ屋根の下とか。

 

「ま、ここが無理でも住む場所くらい何とかしてやるよ。だから、好きに探してみればいい。お前が言っていた、『本物』ってやつをさ。案外、こっちの世界なら何か見つかるかも知れねえぞ?」

 

 そう言って、眩しい笑顔で俺の頭をわしわしと掴んでくる。荒々しくて、正直鬱陶しいけど、振り払う気にはなれなかった。その笑顔に、俺の中の何か……長い間忘れていたような気がする、そんな何かを感じたから。

 だから、俺は。

 

「……分かった、あんたの言うとおりにする。迷惑にならない程度に、厄介になる」

「固っ苦しいなぁ、どうせならもっと砕けろよ。いっそ親父とか呼んでみないか?娘ばっかりだったから、息子が欲しいと思ったもんだ」

「それは断る」

「あっはっはっはっ!」

 

 どうせ俺には何も無い。それなら、無いなりに、底辺なりに足掻いてみよう。自棄になって誰も信じようと思えなかった俺が、この人は信じてみてもいいと、信じてみたいと思えた、そんな暖かさを持った、不思議な人だった。

 

「そういや、まだ名乗ってなかったな。俺はレナード。レナード=フィーベルだ。お前は?」

「俺は比企……いや」

 

 比企谷八幡は今までの俺だ。これからこの世界で生きていく俺は、今までの俺じゃない。だから……

 

「…ハチ。ハチ=ヒキガヤだ」

 

 今は、「比企谷八幡」に決別する。これからを、『本物』を探すために、俺は「ハチ=ヒキガヤ」として、生きるんだ。

 

「そうか。よろしく頼むぜ、ハチ」

「こちらこそ。レナードさん」

 

 その夜、レナードさんに布団を借り、元の世界の小町達への後悔、これからの生活への不安、そして、ほんの少しの高揚感に包まれながら眠りに着いた。そして、とても久しぶりに夢を見ていた気がする。……詳しくは思い出せないけど、とても……とても、優しい夢だった。そんな気がした。

 

 

 




はい、というわけでプロローグでございます。
え?設定が安直すぎるし強引だって?ははは、それは言わないおや(
という訳で八幡がハチと名前を変えてロクアカ世界にログインしました、ということで。次回から本編に入っていきます。エタらないように頑張っていきたいので、気に入っていただけたら幸いです。

では最後に。
鈴ー風は生きてますよ!

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