世界でも有数の大都市ロンドン。多くの人が日々豊かな暮らしを謳歌している。
しかしどんなことにでも光の面があれば陰の面もある。
例えばロンドンに存在したスラム街。そこに住む者たちは貧困に喘ぎ、中には犯罪に手を染めてしまう者もいる。
そしてそんな街を1人で生き抜く逞しい少女の姿があった。
「おいそこのくそガキっ、俺の鞄を返せ!」
「返せと言われて返すやつはおらん。おっさんありがとね」
これはスリの現場である。齢10くらいの少女が中年男性の鞄を今まさにスリとったところである。
「舐めやがって…!! 待てこの……っうご!」
男はすぐに追いかけようとしたがその場で転倒してしまった。
「な、なんだ……俺の足元だけ液状化してるのか…?」
男のさっきまで立っていたコンクリートで舗装された道は今や底なし沼のようにぐちょぐちょだ。
男は怨嗟の声を上げながらも自力で起き上がることができず結局通りがかった人に助けてもらうまでそこから動けなくなってしまう。
一方でスリを成功させた少女は男の鞄の中身を物色しながら自宅の帰路についていた。
「ちぇっ、シケとるなあ…。結構いいスーツ着てたっぽいから金目のもん持ってると思ってたのに。所詮外見だけのハリボテ男だったか」
鞄の持ち主が聞いたら激怒するような独り言をしつつ自分の住んでいるボロい建物の一室の前に到着した。すると扉の前には時代錯誤なローブを身にまとった老人の姿があった。少女には見覚えがない。
「ねえ爺さん、そこうちの部屋なんやけど。なんか用?」
声をかけると老人は少女の方に振り返った。
(うわっ、なんやこの爺さん。アホみたいな量のヒゲ持っとる上に、妙にキラキラした目をしとる。何もんや)
少女の内心を読み取ったかのように老人は応えた。
「これは失敬したのう、お嬢さん。間違いなくわしはお主に用があってここに来た者じゃ。ちょっと時間をもらってもよろしいかの?」
そう言って老人は少女に飴玉を差し出した。少女はすぐに受け取る。
「爺さんは話の分かる人やな。ええよ、部屋に上がって」
「それではお邪魔するかの」
老人は内心少女のあまりのちょろさに心配になった。
「まあ大したものはないけどくつろいでな」
(本当に何もないのう)
少女は老人に座ってどうぞ、という手振りをするがすっからかんの少女の部屋の床は明らかに清掃した気配がない。
「いや、立ったままで大丈夫じゃ。わしはいたって健康そのものじゃからな」
「へーそれは何よりやな」
「うむ、それでは本題に入るとするかの。わしの名前はアルバス・ダンブルドア。とある学校で教授をしておる。そして今日はお主をその学校に招待するためにここにやって来たのじゃ」
「ほうほう、よろしくなダンブルドアさん。うちはコルダっていうんよ。姓はわからん」
「よろしくの、コルダよ」
「うん……って今うちを学校に招待するとか言った?」
少女ことコルダにとって学校に通うなどということは、もはや空想の中の類のものであった。
「おお、いかにもその通りじゃな」
「お恥ずかしい話なんやけど、うちは学校に通う金なんか持っとらん。日々食いつなぐだけで精一杯や。それともその学校ってのはただでいけるんか?」
「いや、通うために必要な道具や書物一式は生徒側が負担せねばならぬな」
「それじゃあ無理やな。すまんけどその話はなしってことで」
にべもなく断るコルダ。しかしダンブルドアにとってはそうはいかない。彼女は特別な力を持っているのだから。
「まあ待っておくれ。すまぬがお主にはどうしてもついて来てもらわねばならん。わしの勤める魔法学校ホグワーツにな」
「魔法……なんやって?」
魔法学校という言葉に反応する。
「コルダよ、お主がこれまで生きて来た中で普通では考えられないようなことが起きたことがあるはずじゃ」
「確かに……なくはないなあ」
そう。コルダは普通の少女ではない。
あまり仲良くなりたくはない隣人たちを叩きのめし、追手の追跡を撒くのに地面を液状化させる……どう考えても10歳程度の少女ができることではない。
そしてコルダは覚えていないが、5歳にも満たない時からコルダは異常な力を発揮し始めておりそれを恐れたマグルの両親によって捨てられていた。
「心当たりがあるようじゃな。お主が思い浮かべたであろうものはお主の持つ魔法の素質によるものなのじゃよ」
「へーそうやったのか」
「ふむ。あまり驚かぬのじゃな?」
「まあ生きてりゃそーゆうこともあるやろ」
自分の力に対して納得のいく説明が得られたな、という程度の感想しかコルダは抱かなかった。魔法を行使することに対して『なんかよく分からないけど便利だから気にしなくていいや』というスタンスだったのだ。
「お主やわしのように魔法の素質を持つ者たちを魔法使い、もしくは魔女と言うのじゃ」
「ダンブルドアさんは魔法使いなん?」
「うむ。お主も魔女の卵じゃな。そしてこの国の魔法使いの子供は皆11歳になった時、魔法学校に通うことになっておる。魔法という力を制御するためじゃ」
「そーなんか。けどうちは割と制御できてるから別に行かんでも…」
「魔法学校に通う理由はそれだけではないぞ、コルダ。お主は魔法使いが存在するということを知っておったか?」
「いや、ないな」
「そうであろう。魔法は極めて便利で強力であるが、それゆえに魔法の素質を持たぬ者ーー魔法使いの間ではマグルと呼ばれておるーーにとっては恐怖の対象になってしまう。だからこそ魔法使いはその力を隠しながら生きねばならん。そういった術もまた魔法学校で学ぶのじゃ」
「え、今うち多分魔法使いまくってるんやけどこれってやばいんか」
「やばいのう。むしろよく無事でおるな」
ここまで聞いてさしものコルダも考え込んでしまう。
しかしことここに来ながら、まだ入学時にかかる費用のことが頭に残っていた。
11年の人生で植え付けられた金に対する見方は如何ともしがたい。
「ダンブルドアさんには悪いけど、うちは魔法を隠しながら生きていくことにするから…」
「暖かいベッドや豪華な食事」
「え…?」
「わしの学校に来ればそれらが毎日ただで得られるということじゃよ。ほれ、それでも来ないのかね?」
「うぐぐっ……それでもうちは教科書代すら…」
「ならばそれはわしが貸そう。他の生徒がいる手前最終的にはお主に出費してもらわんといかんが、今はわしが肩代わりしてしんぜよう。返済はわしが死ぬまでで良い」
「なっ、本当かいな! い、いや騙されんで。うちが将来仕事に就ける訳…」
「魔法学校を卒業すれば魔法使いのための職に就ける。なんならわしが口を聞こうかの?」
「一生ついていきまっせ、ダンブルドアさん!」
こうしてコルダは陥落した。
「さて、お主の了解も得られたことじゃしもう少し説明をしよう。お主がこれから通いわしの勤める魔法学校はホグワーツというのじゃ」
「ホグワーツ…」
「ホグワーツに通うためにいくらか必要なものがあるのじゃが…それは後日わしと一緒に買いに行くということで良いかの?」
「ええでダンブルドアさん」
「コルダよ、もうお主はホグワーツの生徒となるのじゃ。わしのことはダンブルドア先生と呼びなさい」
「わかったで、ダンブルドア先生!」
「うむ。ではまた3日後、今日と同じ時間にここに来よう」
そう言ってダンブルドアはコルダの部屋を後にしようとするが、あることを思い出してコルダに振り向く。
「そうじゃ、ホグワーツで生活するにはどうしても姓が必要じゃ。お主が考え付かないようならばわしが考えるが…」
「いや、それには及びませんわダンブルドア先生。もう考えついたわ」
「ほう。聞かせてもらえるかの?」
「ふふ。ダンブルドア先生はうちの心の恩人や。せやから先生に敬意を表して、うちはこれからコルダ・ダンブルドアと名乗ることにするわ!!」
「え」
その後アルバス・ダンブルドアはやんわりと考え直させようとさせるも、コルダは頑としてこれを聞き入れなかった。