私のヒーローアカデミア~わんほぉー、わんほぉーなんだってけかをお断りし続ける私の楽しい英雄物語~ 作:はくびしん
言いたい!
速さが足りない!って言いたい!
(*´ω`*)
夏休み初日。
多くの学生が気を緩める日ではあるが、僕はいつも通りに起床し朝のトレーニングを済ませた。こういう時こそリズムを崩さず規則正しく過ごす事こそ肝要。ヒーローを目指す者として堕落した生活など以ての他だと思うからだ。
トレーニングの後はシャワーで汗を流し、母さんが用意してくれた朝ご飯を頂く。
「天哉。今日ね、天晴の所にいくけれど・・・本当に来ないの?」
食事中、母さんにそう尋ねられた。
行きたくない訳ではない。けれど、この間の一件もあってまだ顔を合わせづらかった。
それに今日は彼に相談を持ち掛けられている。
先に約束した彼を優先するべきだろう。
「申し訳ありません、母さん。約束があるんです・・・友達との」
「そう、それなら・・・仕方ないわね。先生のお話を聞く事になっているから帰りは遅くなると思うわ。お夕飯までには帰るつもりだけど、お昼は大丈夫?」
「心配しないで下さい。お昼はその友達と済ませる予定です━━━勿論、門限までには帰ってきます!!」
「ふふ、そう。なら、お夕飯作って待ってるわね。遅くなっても良いのよ?」
「いえ!門限までには!」
母さんは兄さんの一件以来、かなり神経質になっている。それは兄さんに対してだけでなく僕に対してもそうだった。僕の帰りが少しでも遅くなると、不安そうに玄関で待っている姿を幾度も見ている。
僕達家族についたその傷は深く、まだ癒えてはいないのだ。
「いってらっしゃい」
準備を済ませ玄関を出ようとすると、そう母さんに声を掛けられた。洗い物の途中だったのか濡れた手をエプロンで拭いている。
その姿に慌ててこちらに来たのが分かった。
見送る、ただこれだけの事が、今の母さんにとって特別なのだろう。
いってきます、と口にしようとしたが、脳裏に浮かんだソレが思わず口から出ていった。
「━━━兄さんに、今度会いにいくと伝えて下さい」
僕の言葉に母さんは嬉しそうに笑った。
「・・・えぇ、勿論よ。きっと天晴も喜ぶわ」
「いってきます」
まだ顔を見せる事は出来ない。
それは今も思っている。
でも、そうだ。
彼女達に教えられたんだ。
それではいけない事を。
次に兄さんと会った時、何を話そうか考えながら、僕は玄関の扉を開いた。
電車を乗り継ぎ待ち合わせの場所に向かう。
雄英校の最寄り駅であり、待ち合わせ場所であるそこに辿り着くと、改札を抜けた先の所で彼の姿が見えた。
「轟くん!」
僕の声に轟くんがいつもの無表情で「おぉ」と小さく返事を返してくる。
「今日は悪ぃな、飯田」
表情こそ変わらないが、その声から申し訳なさが滲み出ている。恩人としてもそうだが、一人の友人としてもそんな顔をして欲しくない。
僕は出来るだけ明るく声を掛ける事にした。
「いや、気にしないでくれ。相談相手に選んで貰えて、友として嬉しく思う。それより話というのは━━━と、どんな話にせよこんな所で話す事ではないか」
電話でも出来たというのに、轟くんはそうしなかった。
つまり面と向かってちゃんと話したい事があるということだ。大切な事に決まっている。
「何処かゆっくりと・・・喫茶店などが良いかな?」
と言ったものの、喫茶店など碌に知らない。
チェーン系のレストランなどであれば何件か思いつくが、真剣な話をする場として相応しいかといえば首を傾げてしまうような場所だ。ここは真剣な話をする為にも、場所にも気を配った方が良いだろう。
さてどうしようかと悩んでいると、轟くんが「一軒、知ってるぞ」と呟いた。
轟くんが態々口にする場所だ。
きっと話すのに良い空間なのだろう。
轟くんの感覚を信じ、僕は肯定をした。
それから少し歩き一軒の民家らしき場所に辿り着いた。
玄関には掃き掃除するご老人が一人。
「轟くん、ここは民家ではないか?」
「俺も初めて来た時はそう思った」
それだけ言うと轟くんはご老人の元へと向かった。
「お早うございます」
「ん?おやおや、双虎ちゃんのお友達じゃないか。確か・・・・ああ、そうだ、轟焦凍くんだったね」
「この間はありがとう御座いました。お母さん━━━母も喜んでくれました。茶葉を分けてくれた事、感謝を伝えておいて欲しいとも」
「どういたしまして。それにしても、そうか・・・紅茶、喜んで貰えたか。そりゃ良かったねぇ」
「はい」
ご老人と何処か楽しそうに話す轟くん。
何だか珍しい姿だ。
少し離れた所から轟くんの様子を眺めていると、ご老人がこちらを見た。
「こちらは・・・お友達かな?」
「はい。飯田っていう、俺の友達です」
「そうかい、今日は二人で来てくれたんだね」
轟くんから話を聞いたご老人は、柔らかい笑顔を浮かべ僕を見る。
「いらっしゃい、飯田くん。今日はよく来てくれたね」
「ほ、本日はお邪魔させて頂きます!!」
「はっはっは、幾らでもお邪魔しておくれ。趣味でやってるような店で、大した物は出せないけどねぇ」
軽い挨拶をかわした後、ご老人に案内され轟くんと共に玄関を潜る。すると飴色の木工品が並ぶ味のある店内が目に映った。
「ほぉ、これは━━━」
思わず感嘆の声を漏らした僕に、轟くんの頬が僅かではあるが弛んだ。人の機微に疎い僕でも分かるくらいに、とても嬉しそうに。
ご老人に促されるまま端のテーブルにつき、僕は轟くんの勧めもあって紅茶がセットである物を頼んだ。セットメニューを頼むと飲み物のお代わりが自由らしい。割高なイメージもあったが、それならば妥当かと納得する。
少し間が空いた後、ご老人が二つのティーカップを持ってきた。コトリと目の前に置かれたカップから何とも言えない香りが漂い鼻孔を刺激する。
「これは何という紅茶なのでしょうか?」
思わず尋ねるとご老人は困ったように笑った。
「企業秘密さ━━━━なんてね。実はね、最近ブレンドという物を覚えてね。見よう見まねでやっていてみたものの、歳のせいか何を入れたのか分からなくなってしまってねぇ・・・」
「そうなのですか?それにしては良い香りですが・・・」
「味は保証するよ。私も飲んだからね。でもまぁ、合わなかったら淹れ直すから言ってね」
一口試しに口に含んでみれば、何とも複雑な味わいだった。紅茶の事はよく分からないが、苦味がくどいような気がする。
「少し、苦いような気もしますが・・・俺は嫌いではありません」
「気にいってくれたなら何よりだ。━━━うーん、アッサムかなぁ。となると少し蒸らし過ぎ・・・たのかな?うーん」
老人は顎に手を当てながらブツブツとぼやきカウンターの奥へと姿を消していった。
「この間のよりくどいな」
対面に座る轟くんは相変わらずの表情で呟く。
しかし別段嫌いという訳でもないらしい。
ただただ興味深そうにしている。
「そんなに違うのかい?」
「ん?あぁ。茶葉が変わると全然違うんだな」
「材料が違うのだろうか?」
「さぁな。玉露と煎茶みたいなもんか?」
「八百万くんが居れば分かるのだろうが・・・」
二人でそんな話をしながら淹れられた紅茶を飲む。
少し落ち着いてから、僕は今日呼ばれた本題について尋ねる事にした。
「それで、今日はどうしたんだい?相談なんて。君らしくない・・・と言い切っていいのか少し迷う所ではあるが━━━━君は誰かに弱味を見せたがらない人じゃないか?」
「そうか?・・・まぁ、そういう事、あんまり周りに言わなかったしな。仕方ねぇか」
ふっ、と息を吐いた轟くんは続けた。
「・・・飯田、お前、こう、握られるみたいに、こう、胸が苦しくなったりしたことねぇか?」
「・・・胸が?」
「ああ」
真剣な轟くんの言葉に脳裏に様々なイメージが飛び交う。特に病気に関して。
「他に症状はないのかい?」
「他に・・・頭がぼーとしたりか?」
「頭が!?」
知識の中から該当する病気を探す。
けれどピンとくる物はない。
そもそも僕もそこまで病気に関して知識がある訳ではない。
「ほ、他には!?今は大丈夫なのかい!?」
「今は大丈夫だ。他・・・?少しだが、体が熱くなるような感じもする、か?」
「体温上昇!?」
これはいよいよではないか!と思って救急車を呼ぶ為にスマホを手にしたが、僕のセットメニューであるホットサンドを持ったご老人に止められた。
「ご老人!どうか止めないで頂きたいっ━━━」
「いやね、悪いとは思ってたんだけど聞いてしまってね。飯田くん、ちょっと待っててくれないかな?」
「しかしご老人!」
ご老人は僕に大人しくするように伝えて、轟くんを見つめた。
「もしかしてだけど、それは誰かが側にいる時ではないかな?」
「誰か・・・?」
「そう。例えば、そうだね。その誰かを見ていると、自然と心臓が早く脈打ったり、目を離せなくなったり。そういう事さ」
「・・・!」
轟くんの顔色が変わった。
心当たりがあったのだろう。
狼狽える轟くんをよそに、ご老人は続けた。
「もしかして、急にその子の事を意識し始めたりしたのじゃないかな?」
「あ、あぁ、でもなんで・・・」
「若いっていいなぁ、ははは」
ご老人は何か分かったみたいで笑い声をあげた。
話の流れを聞いていた僕も、もしかしてとある事が思い浮かぶ。そんな僕の顔を見て、ご老人は手にしていたホットサンドをテーブルに置いて笑顔でその場を後にしていった。後は僕に任せるつもりなのだろう。
ご老人が去った後、轟くんに視線を戻し間違いがないか確認してみる。
「轟くん。一つだけ確認したいのだが・・・さっきいった症状は突発的に起こる訳ではなく、誰かを意識するとなる物なのかい?」
「言われて見ればそうかもしれねぇ・・・緑谷が何かしてんのか?」
僕は別の意味で頭痛を覚えた。
よりにもよって緑谷くんかと。
男女の事に関しても鋭い訳でもない僕にでさえ、彼女が難攻不落の城である事が分かる。本人の恐ろしいまでの鈍さもそうだが、それより何より側にいるものが凶悪過ぎるのだ。
「本気かい、轟くん。いや、まぁ、応援はするが・・・」
「なんの話だ・・・?」
そう不思議そうに首を傾げる轟くん。
本来こういう物は自分で気づいた方が良いのかも知れないが、友として何も助言しないのも違うと思うのでそれを口にした。
「轟くん。緑谷くんの事、好きなんじゃないかな?」
「?まぁな。緑谷の事は好きだが」
「そうではなくてだな、女性として、異性として好きなのではないかな?という事だ」
轟くんの時が止まった。
何処か遠くを見つめたまま、ピクリとも動かない。
頭の中でどんな考えが巡っているか分からないが、それは長い熟考だった。
紅茶を嗜みながら待つこと三杯目。
漸く轟くんのスイッチが入った。
どこかぎこちない動きで僕を見つめてくる。
「飯田」
「うん、どうかしたかい」
「明後日、緑谷達に誘われて海に行くんだが」
それについては僕も知っている。
麗日くんに誘われたが、母さんの件もあって断った話だからだ。
「僕は行かないが・・・もしかして轟くんは行くのかい?」
「ああ。緑谷が来てくれたら助かると言ってたからな」
「ええ、ああ、うん、そうかぁ」
自覚するまでもなく、すっかり落とされるじゃないか。
轟くんそんな事になってたのか。
確かに思い返すと緑谷くんの肩を持つ事が多くなってたなぁとは思うが・・・。
そんな轟くんは左手で顔を覆い俯いた。
「どう顔を合わせればいいか分からねぇ・・・」
「・・・・そうか」
僕だって分からないよ。
恋なんてしたことないからね。
というかね、轟くん。人選ミスだよ。
僕には荷が重い。
「海って・・・やっぱり水着か?」
「釣りが目的なら大丈夫だろうけど、十中八九泳ぎに行くのだろう?」
「ああ、水着持ってこいって言われてる」
「それなら、泳ぐだろうな」
「何処を見たら大丈夫だ。髪の毛か」
もう水着の想像しているのかな。
きっと轟くんの頭の中には水着姿の緑谷くんがいるのだろうなぁ。僕にはちっとも浮かばないが。
それから何時間も轟くんのぼやきを聞く事になった。
簡単に言ってしまえば「どうしよう」といったものだ。
僕には明確な答えが出せそうにないので話を聞く事に徹した。
その夜、轟くんによる長きに渡る「どうしよう」攻撃を受けた僕は麗日くんに連絡をした。
「━━━あ、麗日くん」
『飯田くん?どないしたん、こんな時間に珍しいねぇ』
「いや、大した事ではないのだが、明後日の海の件、僕も参加出来ないだろうか?」
『え?まぁ、大丈夫やと思うけど・・・いきなりどないしたん?』
麗日の言葉で情けない様子でどうしようと呟く轟くんの姿が脳裏に浮かんだ。勿論それを口にするつもりはない。これは男同士の話だ。
「大した理由はないさ。ただ委員長として、友として責務を果たすべきだと、そう思ってね」
『あはは、何それへんなの。分かった取り敢えず百ちゃんに連絡とっとくわ。集合場所とか、後で連絡するね』
切られたスマホをポケットにしまい、僕は母さんに報告するために部屋を出た。母さんの事を考えれば行くべきではないだろう。側にいて安心させてやるべきだ。
しかし、しかしだ。一人の男として、悩める友を見捨てる訳にもいかないのだ。
僕は胸に抱いた思いと共に、母さんがいる居間への扉を開いた。
友を助けに海に行ってきます。
その一言を言う為に。