私のヒーローアカデミア~わんほぉー、わんほぉーなんだってけかをお断りし続ける私の楽しい英雄物語~ 作:はくびしん
やる前から分かってたけど、シリアスの滞在期間最長だな。思ってたより長く感じるでござる。この章。
イイ気になるなよ、シリアスぅ。
その内、シリアルにしてやるかならなぁ(怨)
いや、まぁ、自分でやっといてなんだけども( ・ω・)
嫌な感じの淀んだ空気が漂う中、私は弔くんに貰った新しいナイフの感触を確かめます。
右に一振り、左に一振り。
手を持ち変えてもう一振り。
風切り音がとても綺麗。
長さも丁度程よく、軽くて良いですね。悪くはないです。
個人的にはもう少し重くても良いですけど・・・まぁ、その分綺麗な刃ですから文句は言わないでおきましょう。ありがとう弔くん。トガはご機嫌です。
刃を眺めてると、なにか視線を感じます。
気になって視線をそこへ向けるとマグ姉さんが私をジッと見ていました。
「貴女余裕ねぇ・・・よくこんな訳分からない場所でそんな物振り回せるわ」
「そんな物ではないです。ナイフですよ」
「そういう話をしてるんじゃないんだけどね」
まぁ、マグ姉さんの心配は分からなくはないです。
弔くんにお願いされてきたこの場所、とても居心地が悪い場所です。部屋もそうですけど、廊下の至る所から人の視線を感じます。まとわりつくようなものです。窓のひとつもないのに。
正直ムカつきますね。
「・・・まぁ、弔くんが安全は保証するって言ってましたし、大丈夫だと思いますよ?」
「それも信用ならないのよねぇ。保証するのが出迎えたあの胡散臭いのなんでしょ?、死柄木の先生とは聞いてるけど、なんか気味悪かったわ」
ぶるりとマグ姉さんが怖がります。
体はおっきいのに可愛いです。
「まぁ、確かに?死柄木の事は・・・嫌いじゃないわよ?短い間とはいえ、信用はしてるわ。私をちゃんとレディー扱いしてくれるし、いや当然なんだけど。それによく見たら可愛い顔してるしね。好みじゃないけど」
「弔くんはべびーふぇいすですからね」
「・・・誰の受け売りよ?」
「みすたーです」
「コンプレスは・・・余計な事ばかり教えて。先に常識を教えなさいっての━━━」
溜息をつくマグ姉さんを見ながら、私は弔くんの事を考えます。数日の留守をへて、人が変わったような雰囲気を放つようになった弔くんの事を。
最初は不安のが大きかったです。
面倒なら殺しておこうかなっと思いました。
けど、今はそのつもりはありません。
『お前らに頼みたい事がある』
落ち着き払った口調なのに、言葉に含まれた何かに体が震えました。
淀んでいるのに、何故か澄んで見える血のような赤の瞳は見ていて飽きません。
殺気を纏った時のその立ち姿は、ステ様のように何かを感じさせてくれます。
「・・・フフっ。面白い事、沢山出来そうですね」
そっと溢した言葉に「ちょっと」と声が掛かりました。
マグ姉さんです。
「聞いてるの?今良いところなのに」
「全然聞いてませんでした。なんですか?」
「もぅ!死柄木が私に『女の監視なら、女を行かせるのが当然だろ』ってスピナーに言い放った所よ!きゅんとしちゃったわ、わたしぃ!好みじゃないけどー!」
「そういえば、スピナーくんも来たがってましたね」
ステ様が救った者の顔が見たいとかなんとか。
写真で幾らでも見たのにおかしなスピナーくんです。
「・・・でもあれね、私ちょっと同情しちゃうわ」
「何がですか?」
「彼女の事よ」
そっと向けられた視線の先。
締め切られた部屋の入り口があります。
あの女が入ってる部屋です。
「敵とはいえ、ちょっとね。いきなりこんな胡散臭い所に連れられて、何もないせっまい部屋に押し込まれて・・・。そりゃ、心の一つ二つも病むわよね。さっき食事を届けにいったとき、彼女部屋の角で小さくなってたわ。こう、胸の所で掌をぎゅーってしながら。声を掛けても全然反応しないの。ほらそこにあるのがその余りよ」
指差された所を見るとすっかり冷めたお料理があります。でもまだ美味しそうな匂いがします。
「はぁ、そうですか」
「そうですかって貴女ね・・・」
マグ姉は勘違いしてますね。
「大丈夫だと思いますよ?」
「大丈夫なわけないでしょ。あの子の映像資料見てないの?」
「だから大丈夫だって言ってるんですよ?」
「はぁ?」
私は扉についた小窓を覗きます。
薄暗がりの中にあの女が見えます。最初にきた時から変わりはなく、黒いワンピースに身を包んだ女は隅の方で膝を抱えてました。マグ姉の言うとおり、胸の所で掌を握ってます。
暫く覗いていると、ほんの僅かですけど視線があったような気がしました。
「油断しては駄目です。あれは獣と一緒ですから。もしかしたら、獣よりも酷いかも知れませんけど」
「そうは見えなかったけど・・・」
「トガの女の勘がそう言ってるのです」
そう教えてあげるとマグ姉が顎に手を当てました。
そしてそっと小窓を覗きます。
「・・・何も感じないわ」
「マグ姉は女の子歴が私より短いですからね。もう少ししたら分かります」
「そういうものなの?なら、女磨かなくっちゃいけないわね」
そう言って小窓から離れたマグ姉はトイレに出掛けました。私は一人彼女を監視続行です。
はぁ、やっぱり気に入りませんね。
好きになれません。
「弔くんは、あの女をどうしたいんですかね」
少し考えて見ましたけど、やっぱり分かりません。
あれですかね、トラとかライオンとかを飼いたいと思う人と同じですかね?・・・うーん、分かりませんね。猫ちゃんならまだ可愛いと思いますけど。
まぁ、良いナイフくれた弔くんのお願いですから?やれと言われれば、多少の不満は飲み込んでやりますけど。
「・・・それにしても暇ですね。お腹も減りました」
監視するのも飽きたので適当に腰かけます。
どうせ内側からは開けられません。
彼女が食べなかったご飯を貰おうかなぁーと思いましたけど、切ったお肉から変な臭いがしたので止めました。
毒ではなさそうですけど嫌な感じがします。
「ほら、やっぱりです」
私はあの女が口にしなかったご飯をポイして、弔くんに貰った携帯食を食べる事にしました。
ゼリーではお腹が膨らみませんけど仕方ありません。
変なの食べるよりはずっとマシですから。
口にしたゼリーはいまいちでした。
弔くんはいつもこんな感じの物ばかり食べてますけど、よく平気ですね。私はお肉とか食べたいです。生が一番好きですけど、今は焼いたお肉食べたいですね。
「はぁーお仕事終わったら、焼き肉でも奢って貰いましょうか。こんなに頑張ってお仕事してますからね、きっと沢山奢ってくれますね。ふふ」
仕事の後の楽しみを想像して待ってると、足音が聞こえてきました。マグ姉の物ではありません。男の人です。
音の方を見ていると廊下の角から弔くんの先生さんが出てきました。
「やぁ、トガヒミコちゃん、だったかな?お仕事お疲れ様」
「はい、凄く疲れてます」
軽くあげられた手にそう手を振り返せば、笑い声が返ってきました。
「はははっ、なんか新鮮だな。君みたいな子は周りにいなくてね」
「私の周りにも先生さんみたいな人はいませんでしたよ。先生さんは凄く変ですからね」
「そうかな?自分じゃ分からないなぁ」
自分の手足を見ながら笑う先生さん。
ふと床に置かれた料理を見ました。
「あれ、食べなかったのかい?彼女」
「マグ姉があげたらしいですけど、食べなかったみたいですよ」
「そっか、残念だな。友人が手によりを掛けたんだけどなぁ。ふふふ」
よりを掛けるからですよ、とは思いましたけど別に言う必要はありませんね。その顔を見れば、あの女が食べない事は当たり前だと思ってるみたいですし。
先生さんは料理をツマミあげ、興味なさげに皿に戻しました。
「ドクターも諦めが悪いなぁ。さて、部屋を開けてくれないかな」
「駄目です。弔くんから先生さんに会わせる時は二人で対応しろと言われてますから。マグ姉が戻ってくるまで待ってて下さい」
「随分と警戒するなぁ。大丈夫だよ━━━と言った所で、入らせてはくれないか。思ったより弔と仲良くしてくれるみたいで安心したよ。その調子で頼むよ」
その気になれば通れるのでしょうけど、そのつもりはないようです。弔くんとの力関係は分かりませんけど、先生さんは弔くんを蔑ろにするつもりはないようですね。
マグ姉を待っていると、先生さんが声を掛けてきました。
「君は、この世界をどう思う?」
なんの話でしょう。
分からなかったので先生さんを見てると困ったような乾いた笑い声をあげます。
「ははっ、少し言い方が悪かったかな。今の社会、君は息苦しさを感じないかい?」
何を聞きたいのでしょう。
黙って見てると先生さんは楽しそうに続けました。
「警戒されちゃったかな。ふふ、賢い子は好きだよ」
「賢いと言われたのは初めてです」
「そうなのかい?賢さにも色々あるだろうにね」
先生さんは壁を見ました。
「勉強が出来るだけの頭を持つ奴なんて、そう大したものではないさ。そういう連中にはね、幾らでも替えがいる。━━━だからね、君たちのような人間こそが世界には必要なのさ」
「そうなんですか?」
「ああ、そうだとも。弔や君、彼女のような、ね」
彼女というのが誰をさしてるのか。
分かりたくありませんでしたが、私には分かりました。
「あーら、お取り込み中かしら?」
声に視線を向ければマグ姉の姿がありました。
その姿を見てある事が気になります。
「そう言えば、おトイレはどっちを使ったんですか?」
「なんでそんな事聞くのよ・・・当然、女子トイレに決まってるでしょ!やーねー・・・誰の受け売りよ」
「心は女の子でも体は男の子だからって、みすたーが言ってました」
パキポキとマグ姉が拳をならします。
なんか怒ってるみたいです。
「本当に余計な事しか教えないわね。コンプレスぅ」
「みすたーは物知りですからね」
「忘れなさい!!あんなヘタレの教えは!!」
「さて、揃ったようだし良いかな?」
マグ姉と話してると先生さんが交ざってきました。
話の流れが分からないマグ姉が首を傾げます。
「何をする気なのかしら?事と次第によっては許可出来ないわね」
「なぁに、少し彼女に見せたい物があってね」
「見せたい物?なによ、それ。先に見せて貰えるかしら」
手を伸ばしたマグ姉に先生さんは首を横に振りました。
「勘違いさせて悪いね。ここにある物ではないんだ。少々、持ち運びに手間が掛かるものでね。彼女をそこに招待したい」
「あの子一人でというなら了承しかねるわね。死柄木から頼まれてるのよ。あの子の身の安全を」
「分かっているとも。だから、君達も招待する。是非一緒に来てくれ」
マグ姉が私を見てきました。
先生さんがかなり我慢してるのが分かるので、同意の為に頷いておきます。
「・・・良いわ。けれど、おかしな動きをした時は」
「君が僕を止めると━━━━?」
背筋が一気に冷えました。
マグ姉も同じです。顔色が悪いです。
「面白くない冗談だ」
「わ、分かってるわよ。止められるとは思ってないわ。ただ、死柄木に連絡するだけよ」
絞り出したマグ姉の言葉に威圧が消えました。
「ははっ、それは困る。弔に嫌われる訳にはいかないからね。精々大人しくしてるよ。・・・ただ、これだけは勘違いしないで欲しいな。君達が止めてるんじゃない。僕が弔のお願いを聞いて"止めてあげて"いるんだ。いいね?」
「・・・勿論よ」
それだけ言うとマグ姉が部屋のドアを開けました。
私達の後に続いた先生さんは両手を大きく広げます。
何処かみすたーみたいです。
「双虎ちゃん。良い子にしてたみたいで安心したよ。お説教なんて柄でもない事をしないですんだ」
返ってくる言葉はありません。
けれど、雰囲気が変わりました。ほんの少しだけですけど。他の二人を見れば、分かってないように思います。
「ふふ、君を弔に引き渡す前に、見せたい物があってね。来てくれるかな?」
先生さんの差し出した手に、あの女は触りません。
けれど、俯いたまま震える足で立ち上がりました。
「さぁ、行こうか」
歩き出した先生さんに続いてあの女も続きます。
そして私の横を通りすぎる時、それが見えました。
「・・・はぁ、やっぱり見てられないわね」
「そうですか?」
私の言葉にマグ姉が溜息をつきました。
そして特になにを言うでもなく、先生さんの後に続いていきます。置いてかれると不味いので私も続きます。
三人の背中を追い掛けていると、あの女の後ろ姿が目につきました。震える手足、青い顔、覚束ない足どり。それは情けない限りの物です。
でもそれなのに、あの目だけは変わりませんでした。
「━━━ふぅ、弔くんは趣味が悪いですね」
どんな理由であれ、あんな女を手元に置きたがっているんですからね。