私のヒーローアカデミア~わんほぉー、わんほぉーなんだってけかをお断りし続ける私の楽しい英雄物語~ 作:はくびしん
そんなバレンタインデー回。
テレビで流れる再放送のドラマを聞きながら洗濯物を取り込んでいると、元気な声と共に馬鹿娘が帰ってきた。
「おかえりぃ」と声を掛けたけど、馬鹿娘は碌に返事も返さずドカドカと部屋の中に駆け込んでくる。
そしてランドセルも下ろさず「母様ぁ!!」と怒鳴り声をあげてきた。
何事かと思って様子をみれば、頬がパンパンに膨らんでる。自分は怒っているんだと、全力で教えてきてるようで可愛く思えてしまう。
見当はついていたけど、笑いを堪えて聞くと娘は地団駄しながら「かっちゃんがぁぁ!!」と憤慨する。
事情を詳しく聞けば、今年のバレンタインデーのチョコの事で勝己くんに色々言われたみたい。勝己くんもお年頃なのか、手作りに興味があるようだ。
うちの馬鹿娘にお願いするのは、少々高望みな気はしないではないけど・・・・まぁ仕方ない。
「むかつくぅ!!私のおこづかいで買ってあげてるのにぃ!!むきぃぃぃ!!なんだあいつぅ!!」
「ふふ、それじゃぁ作ってみる?お母さんも手伝ってあげるから」
そう提案すると娘は露骨に嫌そうな顔をした。
きっと面倒臭い気持ちの方が勝ってしまったんだろう。
我が娘ながら凄い分かりやすい。
「でもぉ、時間ないしぃー?ていうかぁー、手作りとかー重いっていうかー?義理としてなくなくなくなぁーい?」
「何処でそういうの学んでくるんだか・・・はぁー、まぁでもやりたくないなら仕方ないわね。残念。きっと勝己くんのこと驚かせられるのに。そうしたら、暫くは双虎に頭が上がらないかも知れないわねぇー。ホワイトデーのお返しも沢山返ってくるかも知れないし、ちょっと頑張るだけで、出きるのにねぇー。残念、残念」
「頭があがらない、つまり言いなり・・・・お返し、いっぱい・・・ちょっとだけ、頑張る」
ちょっとメリットを提示してあげると真剣な顔で悩み始めた。うちの娘は馬鹿だけど、頭が空っぽな訳じゃない。暫くウンウン悩んだ後、娘は「ほんとうに時間掛からない?」と確認してきた。簡単な事しかやるつもりがなかったので頷いてあげると、娘は「じゃぁ、やる」と神妙な顔つきで頷いた。
洗濯物を取り込んだ後、旦那の為に用意しておいたチョコを引っ張り出し、調理器具をもってリビングに行く。
娘はこれから調理するチョコを見てお腹を鳴らした。
我が娘ながら食い意地はってる。
「食べちゃ駄目よ」
「わっ、わかってるし!」
早速娘に大きめの板チョコと器を渡してあげる。
「?どうするの?」
「最初はね、こうして割って小さくしてくの」
「ふぅん?」
私の真似した娘の手で、板チョコは小さく細かくなっていく。途中何度か欲に負けそうになってたけど、見つめてやれば顰めっ面で作業に戻ってた。
「・・・母様、毎回こんな事してるの」
「毎回ってあなた・・・年に一回だけよ?そんなに苦労でもないわよ」
娘は「そうかなぁー面倒臭いー」とぶーたれる。
そういう割には毎年勝己くんにチョコをあげるんだから、人の気持ちというのは分からないものだなぁと思う。本当に面倒なら渡さなければそれで終わりなのに・・・・まったく素直じゃない。うちの子は。
ある程度細かくした所で、今度はそれを温めた生クリームも足して湯煎に掛け溶かしていく。
簡単な作業なので娘に任せ、私は夕飯作りを始めた。
暫くするとぶーたれていた娘が文句を言うのを止め、褒めて欲しそうに器を持ってやってきた。見ればチョコがドロドロに溶けている。溶かしておいたバターを入れてやって、また混ぜるように言えば露骨に嫌そうな顔をした。もう終わると思ってたんだろう。浅はかな。
それからまた少し。
ボールを取ってきた犬みたいな顔した娘が差し出す器を覗けば、ムラなく混ざったチョコがあった。
期待するような視線に頷けば、娘は強くガッツポーズをとった。どれだけやりたくなかったのか。まったく。
「後は型に入れるだけでしょ?なんの型が良いと思う?ここはネコにしとこうか!」
「型?別に良いけど、生チョコだから取り外す時に手間掛かるわよ?普通に用意してあげたトレーに出しちゃいなさいよ。後で切ってココアパウダー掛ければ様になるから」
「えぇ・・・・でも、型やりたい」
「そういう面倒は良いのね、あなた」
昔娘のおやつ作りで買ったシリコンの型を出してあげれば、娘は目をキラキラして型を持っていってしまった。
出来上がった後、娘が泣きを見る事になりそうだけど、本人たっての希望なので放っておく事にした。
夕飯を作り終えた頃、娘がウキウキした顔で冷蔵庫にチョコを入れていたけど・・・・どうなる事やら。
数時間後、娘は案の定シリコンの型を手に四苦八苦していた。
「剥がれないぃぃ、なんでぇぇぇ」
だから言ったのに。
そんな言葉を心の中で呟きながら、私はトレーからチョコを取り出し、均等に切り分けてからココアパウダーをまぶした。後は袋に詰めて終わり。
「母様ぁ!!取れないんだけどぉ!!」
「だから言ったでしょう」
「このままあげても大丈夫かなぁ!?」
「早々に諦めるんじゃないの」
仕方ないので一度冷凍してから取り出す方法を教えてあげれば、直ぐ冷凍室に叩き込んだ。
指示に対する迷いのない動きに、この子料理出来るのかしらとちょっと心配になった。人の話を鵜呑みにし過ぎる辺り怖い。
確かに家庭科の成績は悪かったけど・・・。
冷蔵庫の前でソワソワして待つ娘の側にいき、何とはなしに聞いて見た。
「双虎、料理のさしすせそって分かるわよね」
「料理のさしすせそ?何言ってるの母様。それくらい知ってるって。調味料でしょ!」
「あらっ、知ってるのね。そうよね」
良かったわ、ウチの娘もそこまで馬鹿じゃなかったか。
それから一時間程。
凍りついたチョコを上手く型から取り出した娘は仕上げを済ませ袋に詰めた。改心の出来だったのか、作ったそれを誇らしげに高く翳してる。
「もう二度と作らない!!」
そして変な決意も決めたようだ。
勝己くん、来年はまた市販品になるみたいよ。
「━━━そう言えば母様のはどうするの?宅配?今から?」
「宅配はしないわよ」
「じゃぁどうすんの?」
「んーーーー内緒」
「なにそれ?」
チョコは直接渡すつもりだ。
何せ、その日は漸く休みを取れたお父さんが帰ってくる日。バレンタインデーになんて狙ったのかと聞いたけど、本当にたまたまらしい。
娘の驚く顔が見たいからって、あの人が言うから黙ってる・・・けど、正直、娘がお父さんの思い通りな反応するとは思えないんだけどね。
「よーし、かっちゃんめぇ!!見てろよ!!私のチョコでぇ、ぎゃふんって言わせてやる!目指せっ!ホワイトデーのお返しっ、十倍ーーー!!」
「馬鹿な事言ってないで片付けするわよ」
「はーい」
それから数日後、バレンタインデーを迎えた日。
娘がどうやってチョコを渡したのかは分からない。
けれど光己さんから勝己くんが大切そうにチョコを抱えて持って帰ってきた事は聞けたので、渡せたのは渡せたらしい。
「━━━━━けっ!」
こたつから顰めっ面で顔を出す娘の姿を見てると、無事に渡せたかどうかは怪しい所だけど。
不意にチャイムが鳴った。
聞き覚えのある声も。
娘がきょとんとする中、私はエプロンで手を拭いて玄関に向かった。
おかえりを、伝える為に。