私のヒーローアカデミア~わんほぉー、わんほぉーなんだってけかをお断りし続ける私の楽しい英雄物語~ 作:はくびしん
俺ってやつは昔から恐れを知らないタチだった。
『はやくてかっけぇ・・・好きだこのムシ!』
『きゃぁぁぁぁ!?先生ぇ!!イナサくんが!!』
『━━━なに触ってんだイナサァ!?』
廊下の隅で地面を走る黒い虫。
それを手にした俺に皆は肩を揺らして悲鳴をあげた。
でも俺には、艶光が眩しくて速くてカッコいい虫にしか思えなかった。
『すげぇでけぇかっけぇ・・・この犬好きだ!』
『グルルルルルゥ』
『あぶねぇよ!イナサ!噛まれんぞ!!』
近所の家に飼われてる大きな犬。
近づこうとしたら全力で皆に止められた。
俺には体が大きくて逞しくて、強くてカッコいい犬にしか思えなかった。
どれもこれも、俺のお気に入りだった。
俺のお気に入りに対して皆は色々言ってきたが、俺からすれば勿体ないとおもうのだ。悪い所はあるかも知れないが、それ以上にカッコいい所だらけだ。虫も、犬も、みんな。知れば知るほど、カッコいいと思える。それぞれにそれぞれのカッコよさがあるものだ。
そしてそのお気に入りの中でも一番のお気に入りがあった。心から熱狂する、お気に入り。
『ヴィラン!!そこまでだ!!』
それがヒーローだった。
目の前のピンチに全霊をかけて挑む。
その強さは人に希望を与える。その熱き闘志は熱と感動を与える。
俺はそんなヒーロー達の背中に憧れた。
そんな姿に思いを馳せた。
いつかは俺も熱いヒーローに。
だから嫌いだった。
『邪魔だ』
掛けられた拒絶する言葉で。
振り払われた手で。
怒りに染まった冷たい目で。
俺のヒーロー像を壊した。
あの日の、あのヒーローが。
それから時が経って中三の冬。
俺は憧れだった雄英高校の門をくぐった。
推薦入試の試験を受ける為。
そこにいた受験者達に、心が熱くたぎった。
日本一のヒーロー校、雄英高校。
集まってくるのはとびきり。
合格すれば待っているのは日本一熱い高校生活。
ワクワクする気持ちは、どうしても押さえられなかった。
筆記試験も終わり、プロヒーローであるプレゼントマイクの説明を受けて挑む実技試験。試験内容は雄英の施設を使ったマラソン。個性使用の許可も受け、心は更にたぎった。熱い展開だと。
実技は全力でやる。当然だ。
出し惜しみはしない。
次の面接の事を一旦忘れてスタート地点につく。
ふと、そこへ目がいった。
朝入口近くで会った鋭い目をした奴。
『邪魔だ』
ぶつかった俺に冷たくそう言った奴だ。
記憶が正しければきっと、あのヒーローの息子。
噂には聞いていたし、何よりあの目はよく似ていた。
嫌な感じだ━━━それがそいつに抱いた素直な感想。
レースが始まるとそいつは誰よりも速かった。
氷を重ねての独特の移動。体を滑らせるならまだしも、作った氷で体を無理やり押し出すような特殊な移動方。
個性の出力と耐久力、空気抵抗を受けても崩れない体幹、最短のルートを選び続ける頭の回転の速さ、それを行い続ける高い集中力。
目は気に入らないけれど、素直に凄いと思った。激アツな実力だ。
けれど不思議と、その背中に心は熱くならなかった。
感じるのは寒々とした何か。
多分合格するのだろうと思うと、気に入らないと思ってしまう。
でも、とも思う。
悪い所ばかり見るなんてどうかしてると。
生き物だ。ましてや人だ。気持ち一つで表情も変わる。なら勘違いも間違いもあるし、きっと俺が好きになれるところもある筈。これまでと同じだ。見つければ良い。ちゃんと話そう。友達になれば、きっと気にならなくなる。
まずは視界に入ろう。
その為にも全力で。
そう思い風で背中を押し出し、駆けた。
全力で駆けたレースは僅差で俺が勝った。
試験だった事なんて半分飛んでて、ただ凄い奴に勝てた事実が純粋に嬉しかった。ギリギリの結果。熱い戦いだったから。
『やぁった、勝ったぞ!!でも次はわかんないな!あんた凄いな!』
思わずあげてしまった声。
見つめた先のそいつは━━━俺を見てなかった。
間違いなく熱かった筈なのに。
『━━━あんたってエンデヴァーの子どもかなんか!?凄いな!』
続けて掛けた言葉に、漸くそいつの目は俺を見た。
それは一瞬だけだったけど、確かにそいつは俺を見た。
酷く冷たい、あの時見たその目で。
『黙れ。試験なんだから合格すればそれでいい。別にお前と勝負してるつもりもねぇ』
それはあの時と同じだった。
『邪魔だ』
あのヒーローと。
俺が一番嫌いなヒーローと。
ギャングオルカへと叩きつけた風に炎が潜り込む。
熱を帯びた豪風の威力は格段にあがり、ギャングオルカの肌を焼いていった。苦痛に満ちたくぐもった声が聞こえる。
「っち、またっ!!」
視線を落とすと轟と目があった。こちらの様子を窺うような視線を感じる。
その目に含まれた意思に気づけないほど鈍くはない。それなりに訓練を受けてきた。
だから余計に癪に障る。
「━━━好きに動け、フォローする」
「黙れよっ!!だれが、あんた何かのっ!!」
気に入らない、なんだその目は。
お前はそんな奴じゃないだろ。
そんな目で見てくる奴じゃないだろ。
風を放つ度、轟は合わせてくる。
決して俺の邪魔をしないように、的確に。
風に含まれた熱は攻撃の威力をあげていく。
それは才能が成せる技術ではない事は気づいてる。
誰かと戦う事を理解してなければ絶対に出来ない事。それこそ何回も何十回も、繰り返し繰り返し訓練を受けなければ。個性を手足より精密に扱うのに、誰かと連携をとるのに、どれだけ苦労と努力を重ねたか考えれば分かる。俺がそうだった。
だからこそ、癪に障る。
気に入らない。
「っく━━━なんで、あんたがっ!!」
久しぶりに見た轟は、笑っていた。
俺を否定した癖に。
それが当たり前みたいに。
そんなの、認められる訳がない。
認める訳にはいかない。
そうじゃなきゃ俺は━━━━━なんなんだよ。
逃げたんだ、俺は。
自分の弱さが認められなかった。自分の中に沸き上がった感情と向き合えなかった。熱くない物が、一番嫌いな物が溜まっていくのが耐えきれなかった。
お前の言葉や目に胸を張れなかった。声を掛けられなった━━━あれだけ憧れて努力して、なのにその目を見たら、何も言えなかった。何も。俺も同じだったから。あんなにも嫌いだった筈の物に、俺も。
俺は、俺も裏切ったんだ。
ヒーローは熱くなくちゃいけないのに。
逃げて、誤魔化して、知らないふりをして。
でもやっぱり夢は諦められなくて。
だから士傑高校に入った。努力した、誰よりも。朝も昼も夜も、ヒーローになる為だけに努力した。
俺は間違っていないんだと、そう言いたかった。
いつかプロの世界で、お前に伝えたかった。
ヒーローの熱さを。俺は違うんだと。
なのに。
なんでお前は、もう一人でヘラヘラ笑っているんだよ。
なんでお前だけ、勝手に前に進んでるんだよ。
なんでお前が、そんな顔するんだよ。
お前が、お前らが否定したのに。
俺を、俺の夢を、俺のヒーローを。
ふざけるな。
「ふざけるなぁぁ!!━━━━っぐぁっ!?」
目の前がぐらついた。
視界が二重にぼやける。
頭痛で意識が朦朧とする。
視界の端にギャングオルカの姿が見えた。
こちらに鋭い視線と目が合う。
攻撃の気配が━━━。
慌てて姿勢を戻そうとしたが、何かが体にぶつかった。
体についた灰色の何かは急速に固まっていく。体が動かしずらくなる。体が酷く重くなる。
「着弾ンーー!!シャチョーと我々の連携プレイよ!!」
「受験者全員ガチゴチに固めてやる!!」
ギャングオルカの近くにいる仮面達からそんな声が聞こえてきた。気を取られているとコントロールが乱れた。
灼熱を孕んだ風が落ちる。
「━━━━━っ!!」
視線の先、風の向かう先に人の姿が見えた。
避ける余裕は見えない。俺がずらさないと。
そう思って力を込めたけど、意識が薄れて上手くいかない。威力を増した風が逸れず、止まらない。
脳裏に最悪が過っていく。
ヒーローを目指す者が出すには、ほど遠い結果。
俺の憧れから遠い姿。
「お、れ、はっ、何でっ・・・!」
「「何をっ!!」」
怒鳴り声が響き、竜巻のようなそこから幾ばくかの風を削り炎を引き剥がす。宙に散っていく炎は、空中に飛ぶ球体へと集まりその身を眩しく光らせる。
叩きつける豪風は視界一杯に広がった茶色の草原が受け止め、倒れていた受験者に落ちぬよう外へと力を押し流ていく。
「━━してんだ、アザラシぃ!!エサ抜くぞ!」
「━━━しているんだっ!!イナサァァァァ!!」
体が強く引き寄せられる。
引き寄せられる先には茶色の━━━毛が待ち構えていた。ボフンと音がなりそうな柔らかい衝撃。落ちないようにか、体に茶色の毛が絡まっていく。
その大量の毛は、その個性はよく知っている。
「せ、んぱい━━━━っがぁ!?」
感謝を伝えようとしたら固い衝撃が頭に走った。
恐らく拳骨、目がチカチカする。そのまえのギャングオルカの攻撃もあって更にクラクラする。
「モジャモジャ、私らこのままいくからね?躾しといてよね」
「うむ、君達は先に行ってくれ」
聞き覚えのある女子の声と先輩の声。
その間にも戦いは続いているのか、爆発音や怒鳴り声が聞こえてくる。視界が茶色一色に染まってて見えないが、その激しさは伝わってくる。
「・・・はぁ、まったく!!妙な雰囲気だなとおもえば、馬鹿者が!!聞こえたぞ!!ヒーロー足らんとする者が、こと救助現場で私情を挟むな!!貴様っ、これまで何を学んできた!!」
「じっ、自分はっ━━━!」
「言い訳なぞ聞かん!!大馬鹿者が!!演習もまともに出来ん者が、本物の現場で何が出来るか!!喧嘩がしたくてここに来たのか貴様はァ!!━━━━熱いヒーローになるのではなかったのか!!その為の、仮免許試験であろうが!!」
その言葉に声が詰まった。
いつか先輩に語った夢の話。
俺の話。
「迷うこと、悩むこと、挫折すること、間違うこと。構わん。幾らでもしなさい、お前はまだ一年坊主だ。時はまだある、焦るな。それらはな、更なる成長を促す肥やしだ・・・だが、今は救う事だけ考えろ。忘れたのか。お前を送り出したのは勝つ為じゃない。救う為の時間稼ぎだ」
「それを、何故お前に任せたか分かるか?トップクラスのヒーローの妨害という危機的状況。何故、お前に任せたか。信頼したからだ。お前の努力を、志を、力を。確かに短い間ではあったが、この数ヶ月を私達は見てきたからだ」
「何を焦ることがある、何を恐れることがある。私達はお前を見てきたぞ。お前はお前の目指す者へと、ちゃんと向かっている。胸を張り、堂々としていろ。お前にはその力があるのだ━━━━忘れるな、イナサ。お前はヒーローになるのだろう?誰よりも熱いヒーローに」
言い聞かせるような先輩の声に視界が滲んだ。
どうしようもなく、熱く。
「・・・・はい」
「分かれば良い。さて、どのような基準によって採点がついているのか分からんが・・・イナサ、恐らくお前の採点は散々たる物になっているだろう。合格も難しい」
「はい、それは」
「故に、点数稼ぎにもう一働き行くぞ」
「はっ━━━えっ!?」
一言伝えるや否や、先輩は背中にオレを括りつけた。
茶色に染まっていた視界が晴れ、戦っている他の受験者達の姿が目に入ってくる。
「その目で見たままの光景にて、お前が為すべき事をしろ。一切の私情を捨て、客観的に見て判断しろ。必要が必要であるために動け━━━出来ぬとは言わさんぞ、レップウ!!」
何も解決なんてしていない。
俺はまだ、何も出来てない。
何もかもそのまま。
けれど、この言葉に返す物は、きっとそれしかない。
「はいッッッス!!!」
腹の底から叫んだその言葉に、先輩は何も言わず戦場となっている其処へ走り出した。どうしようもなく情けない、俺を背負ったまま。力強く。