私のヒーローアカデミア~わんほぉー、わんほぉーなんだってけかをお断りし続ける私の楽しい英雄物語~ 作:はくびしん
「相変わらず、無茶をするな!君は!」
ヘリから振り落とされて直ぐ。
姿勢制御しようと身構えた所で聞き慣れた声が掛かった。視線をそこへ向ければ両手を広げて待ち構えるガチムチの姿があった。
慣性に任せて落下すればガチムチが見事にキャッチしてくれる。流石に人ばっかり助けてる人。凄い柔らかいキャッチ。衝撃が殆んど無かった。暑苦しかったけども。
「おっそーい!無駄に頑張っちゃったじゃないですかぁ!」
「HAHAHAっ、すまない!少々手こずった!メリッサから聞いて文字通り飛んできたのだが・・・流石に全盛期のようにはいかんな。情けない限りだ」
苦笑いを浮かべながら私とメリッサパパを地面に置き、ガチムチは再び空を睨みあげる。苦笑いはいつもの笑みに変わり、気配は一段と鋭くなった。ガチムチ戦闘モードにシークエンスである。よし、任せよ。
「さて、緑谷少女。デイヴを連れて下がっていてくれ。後は私の仕事だ・・・!」
こちらへと向き直るヘリの視線から庇うように、ガチムチが体を割り込ませる。元より任せる気満々だったので、がっつり背中に隠れるようにそそくさと移動━━━といきたかったのだけど、その姿を見てメリッサパパが動いてくれない。どうしたのかと顔を覗けば、苦しそうに顔を歪めながら口を開く所だった。
「トシっ、私は━━━」
「デイヴ、話は後でゆっくり聞かせて貰うよ。君の淹れてくれたコーヒーでも飲みながらね」
「━━━っ・・・はははっ、ああ、とびきりのをっ、淹れる、さっ。きっと、約束するっ」
メリッサパパの涙声な返事を背中で受け止めたガチムチは、息を吐きながら深く大きく膝を曲げる。そして矢が放たれるように空へ飛び上がった。
「テキサス━━━━」
腕を大きく背後へ引き絞りながら、ヘリに真っ直ぐに飛び込んでいく。ヘリの挙動から逃げようとしてるのが分かるけど、そんな猶予がある訳もなく、敢えなくガチムチの拳が振り抜かれた。
「━━━━━スマッーーーシュ!!」
目が覚めるような破裂音と共に爆風が吹き荒れる。
拳から放たれた拳圧は嵐となってヘリを巻き込み、空を駆る鋼鉄の塊はただのガラクタへと変わる━━━━━筈だった。
「━━━っ!?これはっ!」
ガチムチの目の前で、一度バラバラと崩れた筈の金属片達が急速に一ヶ所へと集まっていく。まるで金属片一つ一つに意思があるように、その動きに乱れはない。歪な球体と化した妖しく蠢く金属の艶めきの中には、ヘリに乗っていたテロリスト一味の姿が見え隠れするけれど、あの赤髪のテロリスト・・・面倒くさっ、略してアカテロっぽい奴の姿だけは見えなかった。
金属を中心に起きた突然の異常現象。アカテロの行方不明。ついでにメリッサパパの発明品があそこにあるのだとすれば、もう答えなんて出ているような物。
ガチムチに注意しようとしたその時、足元から小さな音が鳴った。甲高い地鳴りのような、硬い何かを力で無理や押し曲げるような音が。
「ごめんっ、メリッサパパ!!」
「えっ、ミドリヤさっ━━━━━ンンッッ!?」
咄嗟にメリッサパパの体を後ろへと引っこ抜いた。
瞬間、ついさっきまでメリッサパパが踏み締めていた筈の床がめくり上がり、夥しい金属の触手が溢れ出す。蠢くそれは私など見向きもせず、メリッサパパのいた場所でとぐろを巻いた。けれど手応えが無い事に気づくと、巻き上げていた体をばらし、ヘリの残骸と同じ様に球体へと集まってく。
「ん?ガチムチは?」
見上げた先、何故かガチムチの姿がなかった。
どうしたのかと見渡していると、馬鹿デカイ音が横から聞こえてきた。視線をそこへと向ければ床にめり込むガチムチの姿が。
「えっ、ちょっ、なにしてんですか?任せろっていったのに?」
「やっ、やんわり嗜めないでくれ!すまない、少し見誤った!」
そう言ったガチムチの両脇にはテロリストの手下ABCの姿がある。大方救出する隙をつかれて攻撃されたんだろうけど・・・それでも全員助けてる辺り、ナンバーワンヒーローの面目・・・目・・・・面目?もくめん?いやぁ、めんもく、めんもく・・・めんもくほにゃららといった所かっ・・・!
「ね!ガチムチ!」
「いや、何が『ね!』なのかさっぱりなのだがっ、緑谷少女っ!!」
警告するようなガチムチの声にその場を飛び退けば、巨大な鉄塊がそこへと落ちてきた。人一人を軽く押し潰せるサイズのそれからは殺気がプンプンしてる。方針を変えたらしい。
「大丈夫か、緑谷少女!」
「OKです。それより自分の心配して下さいよ、ちょっと湯気出てますけど」
「HAHAHA、痛い所をついてくれるな」
鉄塊を挟んだ先から聞こえる声に生返事を返しながら、私は空に浮かぶそれへと視線を向ける。金属の球体はヘリポートから伸びる金属の触手に支えられながら、タワーに付いていた金属品を集めまくって、歪に大きくなっていく。風力発電機、床の鉄板、ケーブル、外壁・・・それが金属なら見境なくだ。
膨らんだそれが急に割れた。
そこにいたのは金属を体に絡め、頭に妙ちきりんな物を取り付け、ヘンテコ鉄仮面を脱ぎ去り真っ赤に染った顔を晒すアカテロ。
顔に浮かべた頭悪そうな笑顔が、これ以上ないほど危ないオジサン感を漂わせてる。
「━━流石、デヴィット・シールドの作品。"個性"が活性化していくのが分かる・・・はははっ、良いぞこれは!いい装置だ!!」
完全にハイになっちゃって叫んでるそいつに「活性化しても、メリッサパパ取り逃がしてますけどね!ざっこー!」と言ってあげればめっちゃ睨まれた。あんまりにも鋭い睨みだったので、涙がちょちょぎれる前にゴーグル掛けといた。そんなに怒らなくても。本当の事ですやん。
「緑谷少女!挑発するようなことは━━━」
「時間稼ぐんで、あと宜しくお願いしますよ」
「━━━━っ、緑谷少女!?」
私が駆け出すと同時、アカテロが手を翳してくる。
それに反応するようにアカテロを包んでいた金属の球体から鉄柱が放たれた。軌道を読んでちょいとかわせば、アカテロが怒りを顔に浮かべた。
「ちょこまかっ、鬱陶しい!!オールマイトの前に、まずはてめぇからだ、小娘!!生きて帰れると思うな!!」
「はいはい、三流悪役の台詞ありがとうございまーす!フラグ建設ご苦労様です!アカテロ親方、麦茶の差し入れとかどうっすか?」
「くっ、そっ、ガキがぁぁぁ!!」
怒鳴り声と共に雨のように鉄柱が降り注ぐ。
速度、質量、数、どれをとっても人を一人殺すには十二分な攻撃。さっきの戦いの様子を考えれば、個性が活性化してるのは本当だろう。出力は桁違い。
けれど、雑過ぎる。
完全に力に振り回されてる。
単調な攻撃はどれも軌道が単純でかわしやすい。
これならさっきまでのアカテロの方が怖かったし、厄介だった。経験を生かし冷静に動いてくる、緻密や嫌らしさが滲む、さっきまでのアカテロの方が。
ゴーグルを起動させる。
ハウンドシステムで鉄柱の軌道を見極め、一つ一つ確実にかわす。焦らずに、冷静に、慎重に。極力個性は使わず、身体能力を中心で。
「こっ、の!!」
かわしたらかわした分だけ攻撃が激しくなるけど、頭に血が昇ってるのか雑さ加減はもっと増す。フェイントも交えて動けば、尚もかわしやすくなった。個性の射程範囲にいててくれれば、攻撃を加えてもっと楽だったろうに。惜しい━━━まぁ、やりようは他に幾らでもあるけどね。
「あれれれれれれれれれ?!おかしいなぁぁぁぁ!?私を仕留めるんじゃぁぁ、あーりませんのぅぅぅ?!腰が引けてるんじゃなぃいのぉぉぉ!?へい、ピッチャービビってる!へいへい!!あっ、チャック開いてるよ!チャック!きゃーーー!へんたぁぁぁい!!」
「なっ、ん━━━━」
額に青筋を浮かべながらも、なんやかんや気になったのかズボンを見下ろした。そんなアカテロの顔面目掛け、拾ったコンクリートの破片をシュート。引き寄せる個性で加速も付けたコンクリの弾丸は、狙いから少しだけ逸れたものの見事アカテロの体へ命中した。えっ、何処に?かっちゃんと喧嘩した時に攻撃して、割と本気で怒られた場所。それ以来男と戦う時大体狙う、ブラブラしてるそこ。
「ッッーーーーーーーーーァ!?」
声にならない叫びが響いた。
何となくガチムチもドン引きしてる気がする。
何となく股間押さえてる気がす・・・押さえてた。やっぱりね。そうだろね。かっちゃんの友達とかそうだったもん。
「こっ、んんっ、こ、のっ、このっ、ガキがぁぁぁ!!調子に乗るな!!」
挑発の言葉に乗ったアカテロが怒号を上げながら両腕を上げる。釣られて見上げれば、車すらペシャンコに出来そうな巨大な鉄塊が生成されていた。わぁおぉー。
まぁ、そんな特大攻撃も軌道がバレバレなら大した事もないけど。
手を翳されると同時、その大きさと見合わない速度で鉄塊が落ちてくる。百キロちょいは出てそう。あっ、出てない。ゴーグルのモニターに82って表示が出てる。この端っこのmphって何だろう。まぷは?
走ってかわすのは難しそうなので、引き寄せる個性で体を横へと引っこ抜き移動━━━━っ、およ?
スカッとした。個性が不発する時の感覚。視線をそこへとやれば、目標にしていたコンクリート片が綺麗さっぱりなくなっていた。
「・・・・・うえっ!?」
何時の間にと思ったけど、さっきアカテロが皆から金属を集めている時、見慣れたコンクリート片が僕らの鉄塊玉に粉々になりながら混ざってく姿を見た気がする。飛び出してる鉄柱の感じが似てるなぁとは思ったけど、マジか。いや、マジかではないが・・・!
「えっ、ちょ、タンマ!」
私の制止を鉄塊玉様はまさかの完全スルー。
仕方がないので別の目標に向け引き寄せる個性を発動しようとしたその時、親の声より聞いた爆音が真後ろから響いてきた。
直後、お腹回りに締め付けられるような痛みが走り、体が激しく振り回される。視界が流星のように流れて、何処か甘い匂いが鼻をついて━━━━━気がつくと鉄塊玉がヘリポートに墜落する様を少し離れた所で眺めていた。俵のように担がれつつ、手足をブラブラしながら・・・な!
「━━━━何で、てめぇはっ、いつもギリギリなんだよ。馬鹿女・・・・!」
姿勢を変えて声のした方を覗けば、眉間にシワを寄せたかっちゃんの顔が見えた。切島が用意したとかいう赤いスーツは所々汚れてたり擦り切れてたりしていて、如何にもかっちゃん!みたいになってる。馬子にも衣装的なのを期待していただけに、なんかがっかりである。
「よくお似合いで」
「あ?喧嘩売ってんのか」
「いやぁ、純粋に?」
「おう、喧嘩売ってんだな。この馬鹿が」
そう言って額に青筋を浮かべたかっちゃんは掌をバチバチさせ凄んでくる。お世辞にも堅気には見えない。良いところ街のチンピラである。もしくはヤクザ。
「ガキ共ォ!俺を無視たぁ、いいご身分だなぁ!!」
怒鳴りながら掌を空へと翳したアカテロに、かっちゃんが呆れた視線を向けた。
「てめぇこそ、何処見てんだ。猿でもわかんだろうが。こんな馬鹿より━━━━よっぽど面倒な奴が側にいる事くれぇよ」
「━━━デトロイトスマッシュ!!」
忍び寄っていたガチムチの一撃。
タワーを見下ろしていた球体が轟音と共に大きく揺れる。拳を受けた場所からヒビが走り回り、積み木が崩れるようにバラバラと砕けていく。
けれど、まだ足りない。
かっちゃんに庇われた先にある光景。
球体に守られていたアカテロにまで、ガチムチの攻撃が届いてないのが見える。ガチムチも分かっているようで空中を蹴飛ばし、瓦礫を強引に押し退けアカテロへと飛び込んでいく。
「ちっ!サムめ・・・オールマイトは"個性"が減退してるだぁ?これの何処がっ、減退してやがるってんだ!」
怒号をあげながらアカテロが手を翳せば、砕けていく金属が再び集まり壁が出来ていく。ガチムチはお構い無しにそこへと突っ込み、構えていた拳を叩き込んだ。
「うおおおおおおおおお!!!!」
拳の一発で分厚い金属の壁は砕け散る。
アカテロが直ぐに壁を再生させるが、ガチムチもまた拳の一発で粉砕していく。瞬く間にガチムチとアカテロの距離は縮まり、ついには壁の再生速度を超えて拳の射程内へと肉薄する。
「ここまでだ。観念しろ、ヴィラン!!」
「寝言は寝て言え、ヒーロー・・・・!!」
拒絶の言葉に、ガチムチの拳が振り抜かれた。
けれど耳に響いたのは空気が破裂するような、そんな乾いた音だけ。人を殴るような鈍い音も、苦痛の声も聞こえてこない。ゴーグルを掛けてよく見てみれば、アカテロがガチムチの拳を掌で受け止めていた。
「ッッッッ!?この力はっ・・・!まさかっ!!」
異様に膨れ上がる腕。
普通の人間にそんな真似出来る訳がない以上、それは筋力増強型の個性なんだろうけど・・・言い様のない違和感を感じた。私自身がそうであるように、二つ個性を持っている事は珍しいけれどおかしくはないと思う。
だけど、これは何かおかしい。
それまでのアカテロの言動。部下を統制する手腕。計画の立案。そこから予想出来る性格。個性の練度。戦闘の癖━━━━━これまで見てきた物と、あまりに合わない。違和感が凄い。まるで、そう、何処かの黒筋肉みたいなチグハグさ。
「ああ・・・・この強奪計画を練ってる時、あの方から連絡がきてな、是非とも協力したいとよ。何故かと聞いたら、あの方はこう言ったよ」
「『オールマイトの親友が悪に手を染めるというのなら、是が非でもそれを手伝いたい。その事実を知ったオールマイトの苦痛に歪む顔が見られないのが残念だけれどね・・・・』ってよ」
アカテロの言葉にガチムチの顔から怒りが滲んだ。
「・・・・オール・フォー・ワン!!」
「ぶっはははははっ!!そうだよ、あの方だ!!まさかその協力が、オールマイトと張り合える力たぁ、俺も驚きだよ!!そうだよ、あの方からの贈り物さ!!こいつはァ、最高だ!!」
笑い声と共に拳がガチムチに振り落とされた。
轟音と共に豪風を撒き散らす。
破壊の一撃が。