私のヒーローアカデミア~わんほぉー、わんほぉーなんだってけかをお断りし続ける私の楽しい英雄物語~ 作:はくびしん
まぁ、特に後悔はないんだけども(*´ω`*)
アカテロ乱心の変が敢えなく終わった翌日。
見晴らしのいいタワーから眺めた風景の中には、昨日とうって変わってガランとしたエキスポエリアがあった。エキスポ開催は翌日に持ち越しだそうだ。
こんな惨事が起きた後じゃ、開催は絶望的かな?なんて誰かが言っていたけど、私としては寧ろ開催だけはするでしょ、と思っていたので結果こうなったのは理解出来る。こういったイベント事は間違いなく政治的な意味合いを含んでる。I・エキスポはI・アイランドの権威や価値を示す絶好の機会で・・・平たく言うと諸外国やらスポンサーの面々にうちって凄いでしょ?だからもっとお金出してよ。あと何かあったら守ってね。あとでごいすーなもんあげるからさ━━━っていうお祭りだ。多額の準備資金も時間も掛かってるだろうし、是が非でもやらない訳にはいかない。ついでに面子が掛かってるだろうし。
「━━━━緑谷少女、聞いてるかい?」
ぼんやり外を眺めてると、私の寝た後の事を教えにきてくれたガチムチが不安そうな声をあげた。
「えっ、はいはい。聞いてますよ。お昼は皆とバーベキューなんですよね?タノシミダナー」
「えぇぇ、今の話の中で記憶に残るのがそれかい?他にも色々重要な話したのに・・・」
「?箝口令の事ですか?それについては予想ついてましたし。何よりも人に話して犯罪者になるのは勘弁なんで誰にも言いませんよ」
「それも見越してだったか・・・・本当に君は・・・ずる賢いというか、なんというか・・・」
「いや、天才で良いじゃないですか。失礼な」
公に事件はセキュリティーシステムのトラブルによるセキュリティロボの暴走事故として片がつけられるらしい。タワー内にいた事件関係者にはI・アイランド当局の用意したシナリオ(例の開発アイテムとメリッサパパがご乱心した件をすっかり消し飛ばしたバージョン)が説明され、その上で箝口令が敷かれたそうだ。
メリッサパパはというと、今現在はタワー内の医療施設で警察組織の監視を受けながら療養中。取り調べは一通り終わり面会許可も降りたらしいけど、今は絶賛メリッサが面会中らしく、ガチムチは気をつかってまだ会いにいってないんだとか。ただ、メリッサパパが何をしたのかは私が爆睡してる間に色々聞いたようなので、何も知らない訳ではないみたいだけど。
それで私とかかっちゃんとか、色々と頑張っちゃった連中の処分だけど・・・・個性を使ってテロリストと対峙したことは私も含めてしこたま怒られたものの、今回の件で私らがしょっぴかれる事もないし、公式な記録としても何か残ることはないそうだ━━━というか、タワーでの出来事は何も残さないそうだ。映像も音声も、文書による記録も。本当になにもかも。
まぁ、こんな事がどっかから漏れて公の場にでちゃうと、それこそ事件の発端となったメリッサパパのなんちゃら装置の話をしなきゃならないし、それこそI・アイランドが秘密にしておきたい話だろうし、ていうか世界的権威がテロリスト手引きしましたーなんて外聞悪過ぎるしね。言えるわけないよね。色んな意味で。マジで。
ガチムチはI・アイランド当局が私達の将来に汚点がつかないように、なんて粋な計らい風に言ってたけど実際はさ『お前らがやった事は罪に問わないでおいてあげるし、これから関わりも持たないよ!本当だよ?本当!!だからねぇ、その代わりにねぇ、全部黙っておいてね?I・アイランドおじさんとの約束だゾ!立派なヒーローになるんだゾ!』って事ですよね。はい、とてもよく分かりますぅ。破ったら終わるやつですね。はい、怖い。はい、怖いぃー。社会に出る前から、社会の闇を見せないでぇー。すこやかに育てないんですけどー。━━━てか、捕まった連中、本当に警察組織に捕らえられてんの?いる?留置場に?なんか別の所で拷問とか受けてない?寧ろ消されてない?果てしなく怖いんだけどぉぉーーー。
そんな風にI・アイランドおじさんとアカテロ達の事を考えてると、ガチムチがくそ重い溜息をついた。美少女の顔を見てなんて失礼な。熱に浮かれた溜息をつくが良い。いや、ガチムチにそれをつかれてもアレだけどさ。
「・・・・緑谷少女、今回は悪かったね。これは、恐らく私の愚かさが招いた事だ」
何を言うのかと思えば謝ってきましたよ。
どしたのガチムチ。
視線で先を促せば寂しそうな顔でガチムチは続けた。
「デイヴの抱えた不安に、私がもっと早く気づいていれば・・・こんな事にはならなかった筈だ。以前君は言ったね『一人で笑う貴方が怖い』と。どうやら私は・・・本当に一人で笑っていたらしい。彼の苦しみも、葛藤も気づかず・・・・何が親友か、本当に情けない話さ」
ガチムチはガリガリでちっさい体を更に小さくして、しょんぼりと項垂れてしまう。いい大人が子供にそんな話しないで欲しい・・・と言いたい所だけど、今回は本当にまいってそうなので慰めてあげるとしますか。なんていったって、双虎ちゃんの半分は優しさで出来てるからね。
「ガチムチ、なんていうか、その、ドンマイ」
「慰めてくれようとしてるのは何となく分かるんだけど、もう少しなんか無かったかな?」
「ジュース奢ったげるからさ、元気だしなよ。トシ」
「いや、誰がトシ・・・・いや、トシで間違ってはいないけど!デイヴからそう呼ばれてるけどもね?!」
ちょっとガチムチの元気が出てきたので、双虎ちゃんの小粋なジョークは終わりにしておく。私も、少し気持ちは分かるし。
「まぁ、おふざけはこの辺りに。実際の所、ガチムチには気づくチャンスはあったと思います。電話で話した時も、前に会っただろう時も、他にも一杯・・・でもやっぱり、それは難しい事で、仕方なかったと思いますよ」
「そうだろうか・・・私は、少なくとも私は、親友だと思っていたんだが」
「それを言うなら、私だってかっちゃんの気持ち分かってませんでしたし」
そう言うと、ガチムチは目を丸くした。
「ガチムチと違って、ほぼ毎日顔を合わせてますけど、呆れるくらい一緒に遊んできましたけど・・・でもやっぱり、知らない事は幾らでもあると思います」
「中学の頃とかは会わなかった訳じゃないけど、でも今よりずっと距離があった気がするし・・・進路の事でちょっかいかけられる前とか、本当に朝とか帰りとかに顔合わせるくらいで、だから、かっちゃんが割と本気で登山趣味にしてるとか知らなかったですし?うけますよねー登山趣味ですよ!中学生らしくねぇー、もっとあるだろうって」
「━━━━それに、乱暴ですけど、あんな風に守ってくれようとしてた事とか、私は知りませんでしたし・・・・・・・まっ、まぁ、人の気持ちって、きっと簡単に分かるようなもんじゃないんですよって話ですよ!おわり!」
なんかむず痒くなってきて話を終わらせると、ガチムチはうっすらと笑みを浮かべた。
「・・・・まぁ、そうか。そう言われると、もうそうだね、としか言えないかな。うん。君も爆豪くんの気持ちに気づかないしね。うん。仕方ないかぁ」
「そうですよ・・・・何だろう、少し馬鹿にされてる気が?━━━━ん?」
ガチムチと話してると廊下がバタバタと煩くなってきた。なんか聞き覚えのある怒鳴り声とか聞こえてくる。ガチムチに視線を戻せば苦笑いが返ってきた。
「君が目を覚ました事を教えたからね。仕方ないさ」
「お互い人気者は辛いですねー」
「HAHAHA、なら人気者の先輩としてアドバイスだ━━━━君が見せられる、最高の笑顔を皆に見せてやりなさい。それが私達が返せる、何よりのプレゼントさ」
ガチムチが言い終わると同時、慌ただしく扉が開いた。
「やかぁしぃわ!てめぇら、病室で騒ぐんじゃねぇ!どこだと思ってんだ、ごらぁ!」
「いや、爆豪くん!!君の方がずっと煩いぞ!それにクラスメートにその物言いは如何な━━━」
「まぁまぁ、飯田。爆豪も緑谷復活にちょっと興奮してるだけだからさ!なっ、勘弁してやれって。おっす、緑谷!元気そうだな」
「ニコちゃん!!体大丈夫!?いきなり爆睡して、そのまま起きひんから心配したよ!あっ、轟くんがお見舞いに甘い物買ってくれたよ」
「緑谷、シュークリーム買ってきたぞ」
「それなら私が紅茶を淹れますわね」
「ヤオモモ。紅茶より先に、一応緑谷の心配してあげなって」
I・アイランドにバイトで来てる二人と、絶賛親子愛確認中なメリッサを除いた皆がやってきて、さっきまで静かだった部屋は一気に賑やかになった。というか、煩いまである。まったくゾロゾロゾロゾロと、ここはラスボスの部屋ではないんですけど。寧ろ、アイドルの部屋なんですけど。
私は差し出されたシュークリームの箱を貰いつつ、ガチムチに言われた通り皆へ笑顔を返した。今出来る一番で、最高で、精一杯の笑顔を。
「・・・で、かっちゃんのお見舞いは?」
「ああ?んなもんあるか。どうせもう退院だろうが」
「なんだとぉぉぉ!?おまっ、この野郎!なんの為に微笑んでやったと思ってんだ!!笑顔返品しろぉ!!」
「むちゃくちゃ言ってんじゃねぇ、馬鹿。」
「HAHAHA、青春だなぁ」
◇◇◇
嵐のような夜が終わって、私は漸くパパの隣にいた。
親子二人きりだったら良かったけど、残念な事に真っ白な病室の中には監視役のスーツを着た人達が残ってる。良い感情は浮かばないけれど、文句を言う気にはなれない。パパがした事を考えれば、私がこうして会うことが出来ること自体あり得ない筈だから。
「・・・メリッサ、すまない」
何度目か分からない言葉に、私はパパの手を握る。
子供の頃いつも大きいと思っていた手。
今は少しだけ小さく感じる。
でも、あの頃と何も変わらない大好きな手だ。
「一杯聞いたよ。大丈夫。私は大丈夫だから」
「あぁ、それも、一杯聞いてしまったな。ははは、情けないな。君にとって、自慢の出来る父でいるべきだったのにな」
「今でも尊敬してるわ。パパは世界一だもの。私ね、結婚するならパパみたいな人にするって、そう決めてるの」
その言葉にパパは困ったように笑う。
「それは、何とも・・・困ったな。私が言うのもなんだが、ここまでくるのに、それなりに大変だったのだが」
「あら、人柄だって大切よ?」
「ははっ、君の彼氏はさぞ苦労するだろうな。もし候補がいるなら、陰ながら応援させて貰うよ」
「そこは『私の娘と付き合いたければ、私を倒していけー』みたいな事言うんじゃないの?男親はそうだって描いてあったわ」
「何に影響されたのかな?当てようか。んー、以前トシからプレゼントされたマンガじゃないかな。よくラブロマンスを読んでいただろう?」
パパの自慢げな顔に思わず笑ってしまう。
私の笑顔を見て「違うのかい?」と不思議そうに首を傾げる。
「ラブロマンスは読んでたのはパパでしょ?難しい顔して『年頃の子はこういう物を読むのか』って唸ってたじゃない。私おかしくって、ふふ」
「あっ、いや、あれは、そのなんていうかな・・・はぁ、見られていたのか。参ったな」
「日本のラブロマンスは結構過激だからって聞いて、心配だったんでしょ。マイトおじさまと話してたものね」
「降参だ、メリッサ。君は随分と大人だったみたいだ。ガールではなく、レディーと呼ぶようにしよう。レディー・メリッサ」
「もぅっ、やめてよ、パパ。ふふ」
それからも、パパと何でもない話を沢山した。
暫く忙しくて話せなかった、意味なんて殆んどない無駄話。小さかった頃みたいにパパは一つ一つ、私の話を聞いて色んな言葉を返してくれた。時折変な所に引っ掛かりを覚えて個性学に絡めて話し出したり、パパはやっぱりパパらしくて話はいつまでも続いた。
気がつけば窓の外はオレンジ色に染まっていた。
監視役の人からも退出時間を伝えられ、時計の音が少し気になり始める。
あと何の話をしようか。
カチカチと鳴る時計の音に耳を傾けながら、私が次の言葉を探していると「メリッサ」とパパの声が部屋に響いた。視線をあげると、真剣な目をしたパパがそこにいた。
「メリッサ、君は・・・どうなりたい?」
言葉は少し足りなかったけど、でも言いたい事は分かった。
「私は・・・・ヒーローのサポートアイテム開発に携われる・・・そういう研究者になりたい」
「・・・そうか。それは今も変わらないのかい」
「うん」
頷いた私にパパは目を閉じた。
それから少しの間をおいてパパは目を見開き、私の目を真っ直ぐに見る。
「恐らくこれから、君は私の行いのせいで、とても不利な立場に立つだろう。ヒーローに、個性に、サポートアイテムに・・・私が関わっていた分野に君が関わろうとすれば、君の出した研究成果の内容に関わらず不当な評価を得る可能性がある。私の娘である君に、I・アイランド当局が良い顔をするとは思えない」
「それにI・アイランドは私が仕出かした事を全力で揉み消そうとするだろうが、聡い人達は私の今後の様子から今回の件に気づく者がいるだろう。極秘に開発は行っていたが、システム構築をする為に協力者は多くいた。そういった所から漏れる可能性はある。その結果、君には私が背負うべきだった不名誉がまとわりつくだろう」
「私が言える事ではない。そんな資格はとうに失っているだろう。こんな愚かな選択をしてしまった、その時に。だが、それでも、君の父親として、これだけは言わせてくれ」
「メリッサ。それでも君は、研究者を目指すか」
ずっと、考えていたんだろう。
マイトおじさまの為に名誉も富も信頼も、積み上げてきた何もかも捨てるつもりだったのに。
それでも考えていたのだろう。私のこれからの事を。
そしてきっと、全部準備があるのだろう。
「無理に、私を目指さなくて良い。君には、君の人生が、幸せがある。・・・君のお母さんの妹、叔母さんにあたる人と話はついている。私に何かあれば、娘の事を頼むと。気さくな人でね、その時は是非にと喜ばれてしまった。君は覚えてないだろうが、赤ん坊の君をよくあやしてくれたんだ。I・アイランドに入る事が決まってから、少しばかり疎遠になってしまったが確認はとってある・・・・場所は田舎だけれど━━━━」
「パパ」
私の声にパパの目が揺れた。
「私の夢はね、今も変わらない。子供の頃、パパに教えたままなの。ヒーローになりたいの。でも、マイトおじさまみたいな、現場で活躍するヒーローじゃない」
「マイトおじさまの為に、色んなアイテムを開発して沢山助けてきた・・・・パパみたいな、ヒーローを助けるヒーローになりたい」
「だから私はここで、研究者を目指すわ」
それが大変な道なのは分かってる。
私も馬鹿じゃない。
きっと辛い事だらけなんだと思う。
「・・・・そう、か。そうか・・・・そうか・・・・」
顔を抑えた指の隙間から、光が伝っていった。
「そうか・・・・すまな・・・違うな。きっと、これは違う。こんな言葉は、君に言うべきじゃないな」
顔から手を離したパパは、涙で滲む真っ赤になった目で私を見つめる。
「応援しているよ。メリッサ。ずっと、君の側で」
「うん、パパっ」
返事が少し歪んでしまった。
そうしたら視界が急にぼやけて。
頬を熱いものが伝っていった。
パパは私の頭をそっと胸に抱くと、昔のように頭を撫でてくれた。いつまでも、いつまでも。私の頬を伝うそれが、すっかり枯れてしまうまで。