私のヒーローアカデミア~わんほぉー、わんほぉーなんだってけかをお断りし続ける私の楽しい英雄物語~ 作:はくびしん
楽しい夏休みもすっかり終わり、眠りを誘うねずみー校長の話から後期が始まって翌日の夜。日課をさっさと済ませた私は、夏祭りの時に獲得したゲーム機とゲームソフトを持って、とある部屋に訪れていた。
「おし、かっちゃん!ゲームしようぜ!」
「前にしこたま怒られておいて、なんでてめぇは平然と男の部屋に入ってくんだ。こら」
部屋に入るとかっちゃんが不機嫌そうな顔をする。
筋トレでもしてたのか額に汗が浮かんでて何処か汗臭い。首に掛かったタオルで汗を拭うと、かっちゃんはテーブルに置いてあったスポーツドリンクを飲んだ。
「私の分は?」
「あるか、んなもん。・・・はぁ、冷蔵庫に入ってんの好きにしろや」
「さんきゅー」
許可を貰ったので早速冷蔵庫開けると、中には同じ銘柄のスポーツドリンクとコーヒーが並んでいた。凝り性なのは知ってるけど、ここまで来ると狂気だなぁ。まぁ、飲めれば何でも良いんだけど。
スポーツドリンクを一本貰った私は、ゲーム機をそのままかっちゃんのテレビと繋げる。HD●Iで。そう、HD●Iで!三色端子じゃないよ!HD●Iだよ!画像めちゃ綺麗になるやつ!かっちゃんの部屋のテレビは私のよりずっと大きい上に、めちゃ解像度?ていうの?それがゴイスーなやつだからゲームがメチャメチャ楽しいんだよぉ。すげぇ、すげぇよ・・・科学ってすげぇよぉ。あと数年したら電脳世界にダイブ出来るゲーム出ちゃうんじゃないの?欲しい。誕生日プレゼントでかっちゃん買ってくれないかな。
ベッドに腰掛けテレビの電源を入れるとバラエティー番組が映る。興味無いのでリモコンでゲームの出来る画面に切り換える。続いてゲームの電源を入れると、大きなテレビ画面にスタンバイ状態の映像が映った。さっさと画面に映ったアイコンを選択。ゲームソフトを起動させる。
「かっちゃん、お腹減ったんだけど」
「夕飯しこたま食ってただろうが、てめぇ・・・」
そう言いながらかっちゃんはまた溜息をつく。
そしてなんやかんやポテチを出してくれた。
ポテロン●の気分だったので要求したら、ポテチを取られそうになったので我慢しておく。でも割り箸は貰っておいた。ベタベタの手でコントローラを握る趣味はないからね。
前回のセーブデータを選択し、物語の続きを始める。
今日は次のボス戦の為にレベル上げをする予定だ。前回は適性レベルを見極めギリギリの戦いを演じてみたけど、今度のボスは圧倒的腕力でボコボコにしたい。
雑魚をひたすら狩ってると、髪を湿らせたかっちゃんが着替えて戻ってきた。シャワーを浴びてきたのか石鹸の匂いがする。
「人の部屋にまで来て、一人プレイ専用のゲームしてんじゃねぇよ」
「だって画面綺麗なんだもん。見やすいし、魔法のエフェクトかっちょいいし。それに最近のRPGってステとか会話の表記がちっさくて、画面小さいと余計に読みづらいんだよね」
「そういう事を言ってんじゃねぇ。おい、いま右奥ん所宝箱あったぞ」
「マジで?マジだ。見逃してた」
かっちゃんに言われて開けた宝箱の中身はゴミアイテムだった。なんだよ、無くてもよかったわ。文句を言ってやったら足を蹴られた。蹴り返しにいったら関節を決められ掛けた。危なかったぁ!?流石に片手間では勝てぬか!こやつめ!
雑魚を相手にひたすらコマンドを選択すること暫く。
隣に腰掛けてぼーっとテレビ画面を眺めるかっちゃんは何も言わない。時折スポーツドリンクを口にして、ちょっとこっちをチラ見してくるぐらいだ。
主人公のレベルが一つ上がった所で、かっちゃんが手にしてたスポーツドリンクをテーブルに音を立て置いた。
「・・・で、何だ」
「・・・何が?」
「面倒くせぇ問答すんな。また面倒くせぇ事になる前に、さっさと用済ませて出てけや」
相変わらずかっちゃんは勘が良い。
昔からそうだけど━━━というか、私がかっちゃんに頼り過ぎてるのかも知れない。最近は特にそうかも。なんやかんや助けられてる気がする。ま、私もその分助けてるけどね。とんとんだよね。
私はゲーム画面を眺めながら、待ってくれてるかっちゃんに話す事にした。ちょっとした事を。
「・・・かっちゃんはさ、今回のインターン行けたら行くんでしょ?」
「まぁな・・・つっても糞ジジィは例のアホ共追って忙しいらしいからな。行くなら別の所だ」
「そっかぁ・・・まぁ、そりゃそうだよねぇ。プロヒーロー目指すなら実際の現場は経験しておいた方が有利だしねぇ~」
そう言った私に「てめぇは、どうするつもりだ」と、かっちゃんが聞いてきた。それはぶっきらぼうだけど何処か優しい言葉で、私は思わず笑ってしまう。かっちゃんらしい。
「・・・私は、行かないと思うよ。この先の事は分からないけど、少なくとも今の私にはまだ早い話だと思ってる。この間の黒マスクの時も、実際何も出来なかったし・・・プロの世界の高さは知ったつもり」
「そうかよ」
「かっちゃんが半泣きで『お願いだよぉ!双虎ちゃぁぁぁん!寂しいから付いてきてよぉ!』って言ったら、付いていってあげない事もないけど」
「仮に俺がとち狂ってその台詞を吐いたとしても、てめぇが笑ってる姿しか浮かばねぇな・・・」
まぁ、大爆笑するとは思うけど。
付いていくかは別として。
「なんかさぁ、後期に入ってさぁ、一段と皆やる気じゃん?まぁ、仮免許取得出来て、夢が現実的になった影響だろうけど・・・・今日の授業も皆やたら暑苦しいかったし、お茶子とかもなんかメラメラしてんだよね」
「はっ、他の連中の事は知らねぇわ」
「そんな事言って、切島と色々話してたでしょ?夕飯前に共有スペースで楽しそうに。お茶子と聞いたんですけどぉ?」
「・・・・っせぇ」
あの時のかっちゃんはしかめっ面だけど楽しそうにしてた。他のクラスの皆も緊張とか不安とかはあっても、インターンについて前向きに考えてる事に変わりはなかった。それは乗り気じゃない轟もそうだし、イッチー達B組面子も同じ。
それが━━━━私には理解出来なかった。
プロヒーローの世界に足を踏み入れるという事をどうして前向きに考えられるのか。どうして手離して喜んでいられるのか。身に掛かる危険も責任も、以前よりずっと大きくなる。出来る事が増えるということ、資格を得るという事はそういう事だ。私自身そういったことに対して覚悟はしていたけど、黒マスクと対峙した今となってはあの程度の強さで息巻いてた自分が滑稽にしか思えない。
私はかっちゃんを守ることも、轟を援護してやることも、お茶子を助けることも何も出来なくて・・・助けて貰う事しか出来なかった。
「プロヒーローかぁ・・・・」
今更、それを目指す事を止めるつもりはない。
守る為にはこの戦う資格はやっぱり必要で、かっちゃんもやっぱりヒーローを目指して行くのだから。
ただ、今の私には・・・またあの世界に足を踏み入れる理由が見つからないのだ。私は、皆のようにヒーローに憧れてる訳じゃない。多分なりたいとも思ってない。I・アイランドでの別れの時、メリッサの声に、ヒーローという言葉にちゃんと返事を返せなかった。
私は今でも知らない人を助けたいとは思わないし、ガチムチみたいに平和の為にヴィランを倒す気にもなれないし、名声とかも割とどうでも良いと思ってる。私は私の大切な者だけを守れれば、それで良いと━━━━いや、お金は欲しいけど。唸るほど欲しいけど。黄金の山とか見たい。
でもそのお金も、今すぐに欲しい物ではない。
それこそ避けられる危険に身を晒してまで、どうしても欲しい物じゃないのだ。
私の漏らした呟きはゲームの音だけが響く部屋の中に消えていった。かっちゃんは特に何か言う事もなく、ゲームを眺め続けてる。
「ねぇ、かっちゃん」
「あ?」
「インターン行くなら近場にしてよ。暇な時とか、からかいに行くから」
「てめぇには住所どころか、事務所の名前も教えねぇよ。ボケ」
「ぶーーーけちー」
それからレベルを五つ上げ、その面のボスを倒しにいった。予想通り適性レベルは随分と超えてて、面白いくらい敵の攻撃がきかなかった。こっちの攻撃はというと、一発一発必殺技レベルである。勝ったな風呂入ってくるって開始数秒で言えるレベルだ。
ボスを物理の力で叩きのめした所で良い時間になったので、ゲームはそのままかっちゃんの部屋に置かせて貰って部屋に帰った。かっちゃんは持って帰れとか邪魔だとか文句言ってたけど、何度目になるか分からない一生のお願いをすればしかめっ面で承諾してくれる。さんきゅー、かっちゃん。また明日、世界を救いにくるぜ。
帰り際、かっちゃんからチョコアイスを貰った。
安いやつじゃない、高いやつだ。ハー●ンダッツだ。
よくわかんないけど、やったぁぁぁぁぁぁ!!明日も頂戴よ!今度はね、ストロベリーが良いなぁ!
◇◇◇
『ミリオ、緑谷双虎という生徒を知っているか』
とある頼まれ事がいよいよ明日に迫ったその日の夜。
日課のトレーニングを終えた後、人気の少ない夜の訓練場で夜風を浴びながらスマホを耳にしていた俺は、お世話になっている師からその名前を聞いた。
流れ落ちる汗をタオルで拭いながら、名前を頭の中で反芻させる。何処かで聞いた覚えはある。何処だかは思い出せないが。
『今年の雄英体育祭、一年の部で随分と目立っていた女子生徒だ』
そう言われてやっと分かった。
クラスメイトが今年の一年の中に、頭のネジが二三本抜けてそうだけどハチャメチャに強い美少女がいると言ってた気がする。俺個人としてはその子の彼氏らしい爆発系の個性を使う男子生徒の方が気になっていたけど、確かに彼女の名前はそんなだった。
「直接会った事はありませんけど、その子なら噂に聞いた事はあります。強いらしいですね。テレビの録画に失敗して、一年と二年の映像は見てないんですけど、今年は粒揃いだったみたいで一年の部は凄く盛り上がったて聞いてます。実際、三年の会場にまで歓声は聞こえましたよ」
でも、それがどうしたのか。
そう聞こうとした俺の耳にその言葉が続いた。
『彼女はオールマイトが雄英高に推薦した人物だ』
「彼女が・・・・そういう事ですか」
その後の言葉は続かなかった。
けれど一年も付き合っていれば、その胸の内は察しがつく。何せ師は今も昔もオールマイトの大ファンだ。それにかつては相棒として戦った事もある人でもある。となれば、オールマイトが推薦する程の人物を気にしてるのは間違いないだろう。
「分かりました、サー。明日の郊外活動の説明会。機会があれば彼女と話してみます」
そう伝えると、師であるサーは短く返事を返した。
『その必要はない』とだけ。
意外な言葉には思わず拍子抜けする。
「えっ、あれ、必要ないんですか?サー?流れ的にー」
『必要ない。そう伝えたぞ、ミリオ。オールマイトが推薦した人物、どれ程のものかと思ったが・・・同じ学舎にいながらその程度の情報しか回ってこない人物なのであれば、お前が態々関わる価値はない。お前はお前のやるべき事に集中しろ。恐らく近日中に、例の件が進展する。以上だ。夜も遅い、早く体を休めろ』
「あ、はい。了解です、サー・・・」
切れてしまったスマホを暫く眺めた。
けれど何が変わることなく、電話の切れたスマホは静寂を保ったまま。再び音が鳴ることはなかった。
電話が切れる直前に感じた違和感が何だったのか。
本当の所は聞いておきたい所なのだが、一度ああ言ったサーが何か言ってくれる気もしないのも事実だ。とりあえずこの件は一旦頭の隅において、俺はスマホをポケットにしまい寮に帰る事にした。
夜空を見上げながら思うのは、明日の郊外活動の説明会。サーにはああ言われたけれど、オールマイトから推薦を受けたと聞いてしまえば個人的に興味が出てきたし、何より明日は俺の意思に関わらず顔を合わせられる絶好の機会。
「緑谷双虎ちゃんか・・・・どんな子なのかな」
噂に聞く彼女がどんな人物なのか。
俺は未だ見ぬ彼女に想いを馳せながら、星の光に照らされる夜の道を進んだ。