私のヒーローアカデミア~わんほぉー、わんほぉーなんだってけかをお断りし続ける私の楽しい英雄物語~ 作:はくびしん
時計の針の音が聞こえるほど静かな部屋の中で、楽しげに語られる教え子のその声は、私の耳によく響いた。
『あのオールマイトが推薦した理由がよく分かりましたよ!確かに言動に多少不安はありますけど、彼女はきっとそれ以上にっ!熱い物を持ってます!良いヒーローになります!』
壁に掛けた時計に視線を向ければ、かれこれ十分以上の時間が過ぎているの知った。電話の向こうの彼はそんな事を露知らず尚も彼女を語ってく。
彼が見たそれを、私に伝える為に。
『身体的な能力も高いですが、何より分析力能力とそれを元に作戦を立てる頭の回転の早さが凄いんです!今日は先手をうつことで圧倒したんですが、手の内を知られた次はどうなるか!学習能力の高さも━━━━』
「ミリオ、そこまでで十分だ」
『━━━あっ、はい!スミマセン!話し過ぎました!この忙しい時に!』
「・・・いや、謝る必要はない。だが、私も忙しい。ミリオ、結論から聞かせなさい。私にどうして欲しい」
遮るように掛けた言葉にミリオが口を告ぐんだ。
そして少しの沈黙の後、ゆっくりと息を吐く音が聞こえてくる。なにか決意を固めるように。
『彼女をインターンで受け入れられませんか。相澤先生・・・緑谷さんの担任の先生には、許可を貰いました』
淀みなく告げられた言葉。
それが単なる思い付きで発された物でないことくらいは伝わってきた。
「理由を聞いて良いか」
『理由は二つあります。一つは、彼女に可能性を見たからです。誰よりも立派なヒーローになれると。俺はそれが見たいと思いました。だから、彼女に少しでも俺が身につけたそれを伝えられればって』
「分かった、もう一つは?」
『彼女に、危うさと不安を覚えたからです』
先程語られた言葉と正反対のもの。
けれどその言葉に違和感は覚えなかった。
私はそれを良く知っている。
『あくまでも勘でしかありませんが・・・このまま彼女がヒーローになった時、取り返しのつかない事が起こる気がするんです。彼女は俺のブラインドタッチ目潰しを避けませんでした。最初は胆力の高さに感心してたんです。でも、改めて考えるとおかしいな、と。俺の個性を知っていたとしても、目への攻撃は本能的に避けます。なのに、彼女は避けないどころか、反撃までしてきました』
『そしてそれを意識して行えるなら、いつか彼女は最良の結果の為に、当然のように犠牲を払う時がくると思うんです。それが他人なのか、自身なのか・・・それは分かりません。だけど、彼女はそれを咄嗟にでなく考えてから行う筈です。言い訳のきかない程に、己の意思で』
『だから・・・上手く、言えないんですが、その時がきた時に後悔するような選択をして欲しくないと言いますか・・・もっと選択肢を増やしておいてあげたいと言うか・・・・すみません、何て言ったら良いか思い付かなくて』
伝えられたミリオの言葉に嘘や虚飾は感じられなかった。本心から言っているのは間違いないだろう。━━━であれば、少なくともミリオの心を動かす何かがあったという事だ。私の指示に反する程の何か。
好きにやらせてみる、出来るのであればそれが一番に違いない。ミリオの成長の為にも、誰かを指導したという経験は大いに役に立つだろう。必要な事ではある。余裕さえあれば一言で許可も出せたが・・・時期が時期だ。今のミリオに何か負担を掛けるのは得策とは言えない。
そして何より私自身が、彼女を受け入れる事に納得出来ていない。
私の見いだしたミリオではなく、彼自身が後継と認めた彼女の事を。
それならばいっそ、お節介だと言って切り捨ててしまえばそれまでだが・・・。
ふと視界の中に彼の笑顔が映り込む。
壁に飾ったタペストリーの一枚、彼の十周年を記念して作られたそれに浮かぶ、眩しいまでの笑顔。
そして脳裏をかつての記憶が過っていった。
若く青い、私の光の日々が。
「・・・・・良いだろう。今度の休みに連れてきなさい」
『良いんですか!ありがとうございます!』
「ただし、実際にインターンとして受け入れるかは別の話だ。面接の結果によっては受け入れを拒否することもある。そして大前提として、彼女にその意思がなければ連れてこないように」
『はい、勿論です!それじゃ、長々とすみませんでした!!サーお疲れ様です!』
私を労った元気な声がぶつりと切れる。
静寂の戻った部屋の中で、私は手にしていたスマホをテーブルに置き、同じようにテーブルへ置かれていたコーヒーカップを手にした。口元にカップを近づければ、冷めきったように思っていたそれから、僅かな温もりを感じる。黒い波紋が広がるそれを口にすれば、生ぬるい苦味が口の中に広がっていった。
「教え子というものは、師に似る者なのだろうか・・・・」
ふと、私は部屋の脇に飾られた彼のグッズを見た。
どの彼も鍛え上げられた肉体と共に、ヒーローとして模範的な頼もしく力強い笑顔を浮かべている。趣味で集めたそれは、埃の一つも被っていない。かすかな傷もついていない。
本当の彼は、もうボロボロだというのに。
「オールマイト・・・・」
かつて私の誇りだったそれらに、もう輝きは見出だせない。今はただ色褪せた飾りにしか見えなかった。グッズショップを何軒も梯子し集めた缶バッジも、ファンイベントの抽選で貰ったサイン付きのポスターも、あれも、これも、それも、どれも・・・もう、私には、価値の分からない物に成り果ててしまった。
女々しくあれらの埃を払おうと、あれらをどれだけ大切にしようと━━━そこにはなんの意味もない。
本当に助けなければならない彼は目を逸らしたくなるほどボロボロで、今も傷つき無理を重ね続けている。
今は活動休止を発表し僅かな休息を得ているようだが・・・そしもどれだけ続くか。彼は必要とあれば止まらない。それは次代を支えるヒーローが現れるまでずっと変わらない。変わらないのだ。そういう男なのだから。
『私は誰ともチームを組むつもりはないんだ!すまないな、サー・ナイトアイ!』
今でもはっきりと覚えている。
笑顔でそう言った彼の姿を。
ファンとしてでなく同僚として掛けられた声が、どれだけ嬉しくどれだけ誇らしかったか。叫び出すほどに、打ち震えるほどに、涙が溢れるほどに・・・それは私にとって何よりの喜びだった。
彼とのチームの結成が決まった時、どれほど自らの幸運に、この世界に感謝したものか。同じ時に私を産んでくれた母に、育ててくれた父に感謝したものか。
それなのに、私は━━━━━━。
『これ以上ヒーロー活動を続けるなら、私はサポートしない・・・!出来ない・・・!!したくない・・・!!!』
━━━━彼を見捨てた。
支えねばならなかった彼を。
守らねばならなかった彼を。
自らの苦しさに負けて
握った拳から熱い何かが滴り落ちた時。
ドタドタと慌ただしい足音が部屋の外から響いてきた。
足音のリズムから恐らくバブルガールである事を察し、私は自らの手をハンカチで拭った。うっすらと残る傷痕からまた赤が滲むが問題はない。掌を見せる理由もなければ、バブルガールがそれに気づいたとしても性格的に態々尋ねることもないだろう。
「サー!!ホシに動きが・・・って今日もまたオールマイトグッズ鑑賞会ですか!地味でオタクって、救いようないですねオイ!」
ユーモアとはかけ離れた言葉ではあるが、これが努力を重ねた上での彼女の最大最高のユーモア。
努力に努める姿勢を見せている以上、もはや何も言うまい。
「報告は元気に一息で」
私の言葉を聞いてバブルガールが姿勢を正した。
「っはい!捜査中の指定敵団体の若頭ヴィラン名『オーバーホール』!あの『ヴィラン連合』と接触があったようです」
その言葉に私はテーブルに並べた資料へと視線を向けた。私達が抱えるある案件に関する資料の山に。
その中の一つ、一枚の写真がクリップされた資料が目についた。今現在、私が知る限り最も危険度の高い、どこまでも狡猾なヴィランの情報をまとめたそれが。
「オーバーホール・・・・ついに動いたか」