私のヒーローアカデミア~わんほぉー、わんほぉーなんだってけかをお断りし続ける私の楽しい英雄物語~ 作:はくびしん
だぁるぅいいいぃぃぃと、叫んだ所で何も変わらないので、ブドウの顔を揉みくちゃにして気を紛らわせる私はA組二大巨頭の一人、水も滴る良い女、今をときめく美し過ぎる女子高生の緑谷双虎だにゃん。
今私は梅雨ちゃんに引っ張られて仰向けに流されている。
行き場のないブドウは私が抱えてる。
下手に自由にするとおかしな所触られそうなので拘束してるのだ。
「はぁ、はぁ、なにこれ、すごい、柔らかくて、これ、あふ・・・匂いが、もう・・・オイラ・・・もう死んでもいい」
おい、私のお腹の上で死ぬな。
なんか私が殺したみたいになるだろ。
死ぬなら離れた所で勝手に死ね。
おい、腕をそれ以上動かすな。もし上に動かしたら首をぽきってするからな。首をぽきってやるからな。嘘だと思うならやってみろ。後悔すら出来なくしてやるからな。
「緑谷ちゃん、もうすぐ岸につくわ」
梅雨ちゃんから足が着くところまで来たよ報告。
私はブドウを近くに捨て、自分の足で立つ。
あ、微妙にブドウが沈む深さだ。
「緑谷っ!あっぷ!こ、殺す気かよ!?」
「峰田ちゃん、泳げるようにした方がいいわよ」
「服着てっ、泳げねぇっ、ぷっ、だけだっての!!」
梅雨ちゃんがブドウを助けにいったので、私は先に進む。岸に上がろうと淵に手を掛けた所までは良かったのだが━━━━━目の前に包帯先生と交戦する手マンが見えて、私は陸に上がるのを止めた。
寧ろ肩まで水に浸かった。
嫌な予感しかしない。
私の生存本能がアラームを鳴らしまくっている。
あかんやつやでと、謎の関西人のおっさんが脳内に出てくる始末。誰やお前。
「緑谷ちゃん?」
私の様子に気づいた梅雨ちゃんがブドウを脇に挟んでやってきた。
「あれっ、相澤先生・・・!?」
「ここから上がるのは、様子見てからのが良いだろうねぇ」
「緑谷、程じゃないけど、カエルの方もけっこうあるじゃねぇか・・・へへへ」
たゆん、と梅雨ちゃんのパイ乙が揺れる。
何かに支えられて。
「「・・・・・・」」
バシャバシャと梅雨ちゃんの隣で水飛沫があがり始めた。私は見ないフリしたけど、思ったより沈めてる時間が長いので軽く声を掛けた。けど軽くスルーされたので冥福を祈って包帯先生へと視線を戻した。
南無。
それにしても、やっぱり不味いな。
「緑谷ちゃん、私にはどうなってるか分からないの。こういう物を見るの初めてだから。相澤先生、大丈夫よね?」
梅雨ちゃんは勘が良い。
きっと場の流れや不穏な空気を感じて、目の前で何が起こってるか少しかも知れないけど分かってるのだ。
てか、隣でバシャバシャしてるの気になる。
大丈夫?そっちこそ大丈夫?なんか、必死にバシャバシャしてるけども。今にも死にそうな顔のブドウが時々水面から顔を出すけど。あれ?もしかして、中途半端に息吸わせてる?鬼?鬼なの梅雨ちゃん。梅雨ちゃん意外と怒るときは徹底するタイプ?
そんな事思ってる内に包帯先生達の戦いに変化が起きた。どうなってそうなったかは分からないけど、手マンとぶつかった後、包帯先生の右肘から皮膚が崩れ落ち赤い筋肉が剥き出しになった。出血は激しくないみたいだけど、死ぬほど痛そう。
「けろっ、相澤先生っ・・・!」
思わずブドウから手を放し、口元を押さえる梅雨ちゃん。
虫の息のブドウが浮かんでくる。
良かったな、ブドウ。
包帯先生に感謝しとけ。
二倍で感謝しとけ。
手マンから離れてから、包帯先生の戦いのリズムが変わった。痛みのせいか動きにキレがない。
ん、違うか━━それだけじゃない。
包帯先生が通ってきたであろう道には沢山のチンピラ達の姿があった。流石の私でも半分も相手にすれば息切れの一つもする。これは単純に体力が切れてきているのだ。
多分包帯先生は、一息つく暇もなく戦わされている。
包帯先生の隙をつくように動く、手マンの嫌らしい動きをみれば容易に想像できる。
あれ絶対糞野郎だ。ドブを煮詰めた系の、最大級のうんこ野郎だ。ウチのかっちゃんが可愛く見えるクラスの糞野郎だ。なんだあれ。本当に人?うんこなんじゃないの?
このまま放って置けば、包帯先生がやられる可能性は高い。時間をかければかける程、状況は悪くなる。助けにいくつもりはないけど、誰かが手を貸さないとマズイ事になるかも知れない。
「緑谷ちゃん、相澤先生は・・・!!」
「ダメぽよ」
「お茶子ちゃんみたいに騙せると思わないで・・・!」
騙したつもりないのに。
「助けに━━━」
「無理。私はこう見えて体力結構使ったし、何よりあの手マンは体力満タンでもタイマン張って勝てるかどうか分からない。個性が分からないから余計に駄目」
これは言わないけど、多分だけど手マンの個性は手に関係する物だとは思う。
包帯先生の肘打ちを受け止めた時に何かあったみたいだしね。手の内側に触れると発動する系か、指に触れると発動する系、もしくはもっと特別な条件があるか。
まぁ、何にせよ、かなり限定的な個性ではあるのは間違いない。自由自在に使えるなら、いくら個性を消せる包帯先生でも隙をつかれて殺されてる筈だから。
見た感じで分かるのはこれくらいだ。
勝機がないとは言わないけど、下手に希望を見せると助けに行きそうだから教えないけどさ。
「緑谷ちゃんがそう言うなら、そうなのね・・・。分かったわ、下手に手を出すと相澤先生の邪魔になりそうね。当初の予定通り、避難することを考えてましょう」
「うん、その方が━━━━っ!」
包帯先生の直ぐ側に脳みそが見える黒筋肉が現れた。
遠目から見てもそのヤバさには気づいていたが、近くで見て確信した。
ヤバイなんてもんじゃない、あれ。
まず気配がおかしい。
どんな人間でも感情が見えてくる。それは顔だったり態度だったりに自然と現れるもので、隠そうとしても早々隠せるものじゃない。
だけど、目の前にいる黒筋肉はそれを感じない。
生き物というよりは、ロボットとかを見てる気分だ。
包帯先生に敵意を剥き出しにする手マンとは正反対のヤバさ。
あれはきっと、息をするように人を殺せる。
「緑谷ちゃん・・・?」
「━━━っん?なに、梅雨ちゃん」
突然掛けられた声に、私はびっくりした。
死ぬほどびっくりした。
口から心臓が飛び出しそうになった。
お陰で嫌な汗が流れたった。
「私ね、まだまだ貴女の事知らないけど、それでも分かってきた事もあるの」
「なにを?」
「緑谷ちゃん、言わなくても分かるでしょ?誰よりも貴女自身が分かってる事よ」
ああ、もう。
梅雨ちゃんは本当に勘が良いなぁ。
「あのね、梅雨ちゃん。私はね・・・ヒーローになりたくない」
「そうなの?」
「そうなの、ちょーいや。だって大変そうだし、私は知らない誰かを助けるほどお人好しじゃないからね。そういうのは、そういうのが好きな人がやったら良いと思う。私は━━━━無理」
私は何処までも利己的だと思う。
かっちゃんが前に言ってたみたいな、どこにでも現れて誰でも救う、悪は絶対打ち倒す、そういう理想のヒーローに欠片も憧れない。
だって不思議に思う、それって楽しいのって。
分かってる。
楽しいからやってる訳じゃないこと。
誰かに頼まれたり、誰かに敬われたり、そういう事がしたくてやる訳じゃないこと。
それが私には理解出来ない。
私は私に関係ないことへ首を突っ込む気にはならない。
だから━━━━仕方ないよね?
「梅雨ちゃん、包帯先生と、とりま出来るだけ出口の近くにいけるように避難して!!ブドウ!しっかりエスコートすんだよ!!」
「緑谷ちゃん!!」
「緑谷!?」
仕方ない、仕方ないよなぁ。
放って置いたらきっと死ぬほど痛いだろうし、その惨状なんて見たくない。
そんなの見たら暫くお肉が食べられないじゃない。
かっちゃんに奢って貰う焼き肉は何時でも美味しく頂きたいのだ。
それに包帯先生には借りの一つでも作って、三者面談発言を撤回して貰わにゃならないかんね。
◇◇◇
一瞬だった。
妙な個性を使う白髪頭と代わるように現れた黒いヴィラン。
個性に警戒し目の力を発動した直後、僅かだが意識が飛んだ。
気がついたら頭と体に響く鈍い痛みと、赤くなった視界がそこにあった。頬に触れた地面の冷たさで自分が倒れている事に気づき、歯を食いしばって顔を上げれば、そこには黒いヴィランが悠然と立ちはだかっていた。
黒いヴィランの拳についた血を見て、初めて殴られたのだと知った。
それが一発なのか、二発なのか分からない。
ただ、それが何発であったにせよ、体に走る痛みが再び戦える体でない事を無情にも報せてきていた。
化け物。
力も速さも、体感すらさせて貰えない。
特級の化け物。
圧倒的なまでの強さ。
脳裏に過ったのは、ただの一度手合わせをした正義の象徴。オールマイトというナンバーワンヒーローの最強の力。
「脳無、やれ」
白髪頭の命令が下り、黒いヴィランの手がゆっくりと伸びてきた。
一思いに殴り殺してくれれば楽だったのだが、どうやらなぶり殺しにされるようだ。
これだからヒーローは辛い━━━が、好都合だ。
最も厄介なこいつら相手に、もう少し無駄な時間を使わせる事が出来るのだから。
あれからどれくらい時間がたったか。
恐らくあの黒モヤのヴィランが邪魔に入ったとしても、一人くらいは切り抜け最寄りの校舎に辿り着いている頃だ。
それが飯田なら、もっと早いだろう。
それなら、じきに助けがくる。
雄英の教師達はそこまで落ちぶれてはいない。
異常が伝われば十分と掛からずプロヒーロー達がここに乗り込んでくる。
そうなれば、後は大丈夫だろう。
だから、俺は耐えれば良い。
一分でも、一秒でも長く、こいつらに時間を使わせればいい。
後の事は、仲間が━━━
「━━━!?」
━━突然何かに引っ張られる感覚が体に走った。
それがどうして起きたのか直ぐに理解し、目を使おうとしたがダメージが大きかったせいで咄嗟に首すら回せなかった。
気がつけば体は宙を浮き、俺と入れ替わるように一人の生徒が目の前を通り過ぎていった。
あの時、俺は心底安心した。
こいつが誰よりも早く避難する事を前提に動いていたから。
こいつが率先して避難することを目的としていたから。
だから、俺は振り向かずに戦いに向かえた。
何故なら、俺が一番心配していたのが、この大馬鹿で、正にこの状況だからだ。
「ボロボロとか、ちょーウケます包帯先生。これであの時のはチャラにして下さいよ?」
戯れ言を口にする。
入試の時からそうだった。
こいつは不安を隠す時、必ずそれを口にする。
「緑谷ぁぁぁ!!」
真っ直ぐに走り去る緑谷の背中を見ながら、俺はあいつをヒーロー科から落とさなかった事を後悔した。
分かってた筈だ。
短い間だが、あいつを見ていく内に気づいた筈だ。
オールマイトがどうしてあいつの肩を持つのか、期待するのか理解した筈だ。
あいつは誰よりもヒーローに向いてない。
だが、誰よりもヒーローになれる奴なんだと。
恨みますよ、オールマイト。
あいつをこの世界に踏み込ませた事を。