私のヒーローアカデミア~わんほぉー、わんほぉーなんだってけかをお断りし続ける私の楽しい英雄物語~ 作:はくびしん
とある県の、とある町の、とある国道に面した場所ににょっきり聳え立つとあるビル。駅の賑わいが聞こえる小ぢんまりしたそのビルの一室にて、私は御茶請けのお菓子を頬張りながら、事務所の事情とやらについて必死になって話す大人二人を眺めていた。
一通り聞いた感じだと七三のサラリーマンは黒豆パイセンの言ってたヒーローで、拷問を受けていたのはサイドキックの人らしい。事情は把握したけど、だからといって私のやる気は依然急な用事で出掛けたまま戻ってこない。帰宅はいつになるのやら。はぁ、もう帰りたい。・・・・・さて、これ、どうしてくれるんやろ。休みの日にわざわざ出てきたのにさ?ん?まさか、交通費くらい出るよね?ね?ねぇ?
私の軽く恨みのこもった視線に気づいたのか、肌が水色のおねえさんがアワアワしながら動き始めた。
「・・・・・えーっと、それじゃ誤解も解けた所で改めまして!サー・ナイトアイヒーロー事務所へようこそ!私はサイドキックをやらせて貰ってるバブルガール!それでこっちの七三がぁ━━━━?」
「この事務所の所長を務める、サー・ナイトアイだ」
カチャリと、眼鏡を直しながら七三が言った。
せっかくバブルなガールねえさんが空気を変えようとおちゃらけながら言ったのに、ユーモアがどうたら言ってた人間が全然雰囲気に乗ろうとしない。お陰で空気が重い。一気に氷点下。なんだ、この人。
「あの、良いですか?セクハラの人」
「セクハラなどしていない」
「じゃぁ、パワハラの人」
「パワハラは・・・・して、いない」
心当たりあるんじゃねぇーかぁー。
ジト目で見てるとブルっちがひきつった笑みと共に、額に汗を浮かべながら割り込んできた。
「はい!はい!ねっ!まぁね!えーーーーえっと、それで・・・・えぇっと?」
「雄英高校のアイドル系天才美少女・緑谷双虎でーす。黒豆パイセンに誘われてきましたー。好きなものはシュークリーム、それと焼き肉とお寿司。嫌いなものはきゅうりです。お寿司のかっぱ巻きと軍艦巻きに載ってるきゅうりは滅びれば良いと思います」
憎しみを込めて心からそう言うと、ブルっちが楽しそうに噴き出した。
「ぷぁっ、あははは!はーい、了解っ!きゅうり嫌いな双虎さんね?よろしくね。そうだ、この後お昼一緒にいこうか?お寿司。ほら、丁度良い時間だしさ。遠慮しなくて良いのよ。助けてくれたお礼!ね!」
「回らないやつ・・・!?」
「ふふふ!残念っ、超回るやつ!私の安月給舐めんなよぉ!」
どや顔で給料の安さを語る姿に少し笑ってしまう。
捨て身で笑わせにくる姿勢は嫌いじゃない。七三と違って中々話し上手だし、こっちは仲良くやれそ━━━━━
「バブルガール、私はきちんと適正額を支払っていると思うが?散財が過ぎるのではないか?」
━━━━おぉう。おまっ。
また少し和んだ空気がお亡くなりになった。
どんどん冷めていく空気の中、七三はそれにまったく気づく様子はなく、偉そうに手を組んだ姿勢のまま動かない。んでやっぱり真顔。流石のブルっちもこれには怒りを禁じ得なかったみたいで、ひきつった笑みの中に小さく青筋を浮かばせる。
「・・・・・ごめんね、わざとではないの。サーは真面目なだけなの。悪い人じゃないの・・・これでも」
「わざとじゃなくてこれとか・・・・そら、ガチムチともコンビ解散になりますよ」
ガタっと、何かが動いた音がしたけど無視しとく。
七三がどんな顔してようが、「君になにがっ」とか意味深な事言ってようが無視しとく。だってめんどい。
そうこうしてると私と七三とブルっちを落ち着きなくキョロキョロ眺めていた黒豆パイセンが景気よく手を叩いた。静かな部屋にパァンと乾いた音が響く。
「えーーーー、こほん!サー!それで本題なんですが、緑谷さんのインターンについて・・・」
「受け入れるつもりはない。お引き取り願う」
「ええぇぇぇーー!?即答!?まっ、待って下さい。まだ何も、あの、もう少し話しをしてから決めても━━━」
「はぁ?誰もインターンお願いしますなんて言ってませんけど?ちょっと聞きたい事はあったけど、それは黒豆パイセンに聞く事にしますし?自意識過剰も大概にしてくれませんか、坊主にしてラインいれますよ」
「ええぇぇぇーー!?こっちも!?というか、なんでそんなに挑発的なの!?そ、それは、確かにサーもサーだったけど、緑谷さんもね!ほら、ね!分かるでしょ?」
分かりませんが?何か?
第一さっきから七三の出ていけオーラがすごいんだよ。もう交渉の余地もないくらい嫌われてるじゃん。恨みの一つや二つ買うくらい元気ハツラツに生きてきたけれど、この人に関しては初対面ですけども?なんなの?むかつく。嫉妬?嫉妬なの?私が可愛いから嫉妬してんの?
あたふたする黒豆パイセンを横目に七三を見れば、七三の眉間に皺が寄る。
「第一に、君のその態度はなんだ。目上の者に対して軽々しく声をかけ、あげく失礼な視線を向ける。ヒーローを目指す者の態度ではないだろう。仮免許試験を受けたと聞いたが、どこの仮免許試験を受けたのだ?私の知るこの国の試験は、君のような者に合格を与えるほど寛容ではなかった筈だが?」
OK、喧嘩ね。買った(はぁと)。
「すいまっせーん。でもぉー、私もぉー、犯罪者予備軍がぁー、目の前にいるからぁー、怖くてぇー、緊張してるっていうかぁー?」
「・・・・なに?」
「やっだなぁージョークですよ。ジョーク。そもそもユーモアがどうとか言ってましたけど、一番ユーモアないのは七三じゃないんですかぁ?まだ、滑り芸でも積極的にネタ披露してる黒豆パイセンのがましですよ。お手本見せて下さいよぉ、大パイッセェェン?」
顎を少しあげて煽れば、めちゃくちゃ睨んできた。
少しだけぞくりとしたけれど、ガチムチとか黒マスクの威圧感を知ってる身としてはそこまでだ。とはいえ、現状は私より一枚も二枚も上手な相手。一応ヒーローなんて肩書きもってるから大丈夫だろうけど、警戒だけはしておく。
引き寄せる個性をいつでも使えるよう構えてると、七三が立ち上がった。そしてこちらに背を向け「手本だな」と小さく呟いてきた。何すんのかと様子を窺っていれば、七三が何かカチャカチャ始める。
「まっ、まさか!サーそれは!駄目です!止めて下さい!それはっ、それはあまりにも・・・・あまりにもです!」
「サー!まさか、あの時俺に見せてくれた・・・!」
「静まれ、お前たちは見ていろ」
なんか身内でやり始めた。
なに?新●劇?新●劇なの?定番のネタなの?身内ネタなんて基本寒いだけだよ?大丈夫?怪我しない?果てしなく不安なんですけど。
そうしてカチャカチャする事少し。
二人がネタの内容を思い出して笑いを堪えるような仕草を見せ始めた頃、七三の手が止まった。
「サー・ナイトアイのちょこっとモノマネ。オールマイトデビュー十周年記念番組『カメラが追った英雄の軌跡~笑顔の理由~』内で、路上インタビュー中ファンの子供に押し掛けられた時のオールマイトの反応」
そんな長ったらしい言葉と共に七三が振り返った。
二人が小さく噴き出し、私の目の前にどっかで見たアメリカンな笑顔が現れた。
「HAHAHAHA!!困った坊やだ!私の個性が━━━」
「あっ、すいません。元ネタ知らないと駄目なやつは止めて下さい。分からないんで」
「━━━━そうか」
私の声を聞くと顔がすっと元に戻った。
寧ろどうやってその顔作ったのか気になる。
声とかもちょっと似てるかも知れないけど、やっぱり分からんし・・・・・あと、私の後ろで、死んだ顔した二人が微妙に気になるな。いや、ごめんってば。だって知らないんだもの。仕方ないじゃん。
「・・・・・サー・ナイトアイのちょこっとモノマネ」
「あの、ナンバーワンヒーローさん以外でお願いします。私それ分かんないんで」
「・・・・」
何となくまたガチムチのモノマネネタやりそうな気がして言ってみたら、七三の動きがピタッと止まった。身動ぎ一つしない。まさか、持ちネタ全部同じ人のモノマネ?いや、流石にないか。ないよね。うん。
御茶請けを頬張りながら待ってると、七三が後ろに腕を組んで背中を向けた。ピンと伸びた背筋にはうちの真面目と眼鏡だけが取り柄の委員長の姿が重なる。ユーモアはまだ見えない。
「━━━━━━我が事務所は、現在重大な案件を抱えている。これは機密性の高い案件で、当然部外者の君にもその内容を伝える事は出来ない」
「あっ、誤魔化すつもりでしょ!ねぇ!七三こら!」
「仕事も佳境に差し掛かった今、これからはもっと慎重に動く必要がある。君の事は、個人的に気に入ってはいないのも事実だが・・・・たとえ君でなくとも、仮免許取り立ての新人を雇う余裕は私達にはない。そういう事だ」
「雇うとか雇わないとか、そういうのはどーーでも良いんですよぉ!それより、お手本は!?オ・テ・ホ・ン!オ・テ・ホ・ン!」
「以上だ」
終わりにしやがった、この野郎ぅ!
文句言ってやろうとしたら焦り顔のブルっちに捕まった。なかなか力強かったけど、私を止められる程じゃない。こちとら握力ゴリラっちゃんとぐぅーでやり合ってるのだ。この程度、抜け出すなんて栓抜きなこと━━━━っほぉぉああ!?なっ、強っ!急に力強っ!ここにもゴリラがいたぁ!ブルっちまじゴリラ!
ブルっちに手こずってると、七三が使ってたデスクの上にある電話が突然鳴った。ツーコールにて電話をとった七三は険しい表情で電話越しの人と話して・・・目を見開く。
「彼が、か・・・・そうか、通して構わない」
何が来たのかと一旦ブルっちから逃げるのを保留にして様子を窺うと、電話を切ってからさして時間も掛からず、部屋がノックされた。コンコンと。七三が入室の許可を出すと、締め切られていたドアが開いて、それが目についた。
ファンキーなばかでかサングラスだ。
それから痩せこけた頬、萎びれた金髪、ひょろりと伸びた背が順番に目に映る。ブカブカとした大きめの服を着たその人はコホコホと咳を吐きながら、部屋の中に入ってきた。
「・・・久しぶりだね。ナイトアイ」
そう言ってサングラスを外すと、見慣れたガチムチの顔があった。まさかの、ガチムチ参戦。双虎にゃんびっくり。
元コンビだっていうし、偶然きたのかなぁーとか思ってるとガチムチがこっちを見てきた。そしてツカツカ近づいてきて、チョップをお見舞いしてくる。痛っ━━━くはないな。ぬるい。そっと視線を上げてガチムチを見ると、呆れたような視線と目が合う。
「爆豪少年から通形少年に同行して事務所にくる事は聞いていたけど、なんでこうなるかな?緑谷少女」
「何がですか?」
「ちょっと前に爆豪少年から『面倒な事になる前に何とかしろや』って電話が掛かってきてね。今度は何をしたんだい?」
おっと失礼な話だな。それじゃまるで、私がよくやらかす問題児みたいじゃぁないか。プンプンのムカムカのプンスコまるだよ!そりゃね、その美貌で多くの人を惑わしちゃう小悪魔系けどさ!可愛くってごめんね!・・・えっ、なに、その疑いの眼差し?まさかマジで疑ってない!?うっそぉぉ!?こんな天才で性格もスタイル良い子、世界中探したってそうはいないよぉ!?━━━なっ、目を逸らさんといてぇ!!
◇◇◇
爆豪少年から連絡を受けて暫く。
私は彼女が向かったというヒーロー事務所へやって来ていた。私の元コンビだったヒーロー、サー・ナイトアイの事務所だ。
いったい、何年ぶりか・・・・。
電話で話した事はあったが、彼とはあれから一度も顔を合わせた事がない。仕事は確かに忙しかったが、会いにこようとすれば幾らでも時間はあった。会えなかったのはひとえに、合わせる顔が無かったからだ。
頭に過るのは決別したあの日。
私は私の意志を貫く為に、彼から差し出された手を振り払った。優しさや思いやりに満ちたその手を。あの日の病室の廊下、振り返った時に見えた苦痛に満ちた彼の表情は忘れていない。だからといって、自分が間違った選択をしたとは思わない。払った代償は少なくはなかったが、お陰で救えた命も平和もあったのだから。━━━とはいえ、彼の手を振り払ったことに変わりはなく、彼女という切っ掛けが無ければずっと足を運べなかっただろう。本当に彼女は何をするか分からない。まさか、その足で皆で回転寿司に行くことになるとは思わなかったし。本当に、予想外が過ぎる。
「・・・・・体は、大丈夫ですか。オールマイト」
ふいに聞こえた彼の声に、私は視線を向けた。
彼は険しい表情のままレーンを流れるお寿司の皿を眺めていて、少しもこちらを見ようとはしない。けれど、その言葉がどんな思いで告げられたのかくらいは察する事は出来た。彼女に教えられた今ならよく分かる。
「ありがとう、心配してくれて。けれど大丈夫だ。安心して欲しい」
「いえ、それならば良いんです。それならば・・・」
それだけ言うとナイトアイはマグロの皿を手に取って静かに食べ始める。私もそれに続いてお茶を口にした。
するとそれとほぼ同時くらい、私達から少し離れたカウンター席から楽しそうな声が響いてきた。
「黒豆パイセン、特選海鮮ラーメンってありますよ?ほら。頼みましょうか?」
「えっ、いや、ラーメンは好きだけどね?でも、お寿司屋なら素直にお寿司食べたいんだけど・・・」
「何言ってるんですか!?パイセンのラーメン愛はそんなものだったんですか!?朝昼晩三食ラーメンが理想って言ったのは嘘だったんですか!?」
「そんな脂っこい宣言してないと思うよ!?ていうか、緑谷さんが食べてみたいだけだよね!?なにその小鉢!?どっから用意したの?!」
「ソンナコトナイヨ。ワタシ、オススメ、オシエルダケ。ニホンゴムズカシ」
「あはははっ!双虎さんめちゃ外人!似てる!」
「バブルガール!?というか似てる!?何に似てるんですか!?」
「それよりルミリオン、ちょっと頼んでみてよ。私も味見したいし」
「えっ、ええぇ・・・それじゃ、まぁ、良いですけど」
最近の回転寿司って本当に何でもあるな。
ラーメンを頼まされてる通形少年の姿を見ながら染々思ってると「オールマイト」と声を掛けられた。
「なんだい?ナイトアイ」
「・・・何故、彼女なんだ」
そう言って私に向けられた彼の眼差しは、言葉にするにはあまりにも複雑な色で染まっていた。
「ミリオなら、きっと貴方の後を継げる。彼には人を笑顔にする力も、貴方のように敵を倒せる力も、正義に燃える心もある。きっと良いヒーローになる。ナンバーワンだって夢じゃない。それなのに、何故・・・・彼女なんだ」
周りに聞こえぬような小さな呟きには、憤りや怒りが詰まっていた。テーブルの上に置かれた震える拳から、胸の内に押し込めた激情が見えた。あの決別の日と同じように。
だから、私は言葉を探すのを止めた。
「彼女の背中に、未来を見たからさ」
「・・・・未来」
多くを語った所できっと伝わらない。
人伝に聞くだけなら私は彼女を後継になんて事は思わなかった筈だから。
「ナイトアイ、君にもいつか分かる。どうして彼女を選んだのか。君になら」
続けた言葉にナイトアイは沈黙した。それから楽しそうにラーメンを取り分ける彼女達を眺めた後、「貴方が言うのであれば、機会を与えます」と何処か不服そうに言う。私はそれを聞いて少し嬉しく思ったが、一つ大きな問題がある事に気づいた。
聞いた話、そもそも彼女、インターンする気ないんだよね。うん。
機会を与えるとか与えないとか依然に、彼女ここに半分遊びにきた感じだと思うんだけど・・・・とか思ってる間にナイトアイが書類を書き始めた。なんか判子も押してる。
「ミリオから預かっていたインターンの受け入れに関する書類です。雄英の教師であるオールマイトにお渡しします。インターンの日時については折り返し連絡しますので・・・・では」
「あっ、いや、ではでなくて━━━」
私の制止も空しく、ナイトアイはバブルガールにお金を渡すと颯爽と帰っていった。食べたお寿司は三皿だけ。コンビ時代もストイックさがよく目についていたけど、まさかここまで磨きが掛かっていようとは。
私は渡された書類とお寿司を頬張る彼女を見ながら、どうしたものかと本気で悩む。一人の友人として、オールフォーワンに関わる者の一人として、ナイトアイには分かって欲しい。けれど、緑谷少女はインターンに行くつもりゼロだし。寧ろよく今日見学にきたなってくらいなのに。ああぁ、本当、どうしよ、これ。