私のヒーローアカデミア~わんほぉー、わんほぉーなんだってけかをお断りし続ける私の楽しい英雄物語~ 作:はくびしん
「動画配信者・・・?」
突然ゴールドなんちゃらとかいう紅茶について、早口で話し始めた怪しいを体現する紳士マスク。
その様子が余りにもあまりに不自然だった為、私達は一人でよく分からない事を喋り続ける謎の紳士マスクを三人と一匹で囲むように席につき直した。アールがにゃーっと威嚇すると、それを切っ掛けにして紳士マスクは苦し紛れのような言い方で「動画配信者をしているものなのだ!!」とか、そんな言葉を吐いたのであった。
「動画ぁー、配信んんんーー?」
「そうなのだよ!レディー!!今日も次の撮影の為に下見をしていてっ、こ、これも顔バレ防止の為なのだ!!私にも少なくないファンがいるのでね!!私が撮影に来るとなると、ファンが押し寄せてしまう!!この店に迷惑を掛ける事になる!!その為の、変装なのだ!!決してっ!私はっ!!怪しい者ではないのだよ!!」
聞いてる感じだと所々胡散臭いけど、丸っきり嘘をついてるようには思えない。配信はしてるっぽい。ファンがいるかは知らんけど。
かっちゃんは依然として紳士マスクを不審者としか思ってないみたいで、人殺しのような鋭い視線をぶつけて動けないように威圧してる。
黒豆パイセンも黒豆パイセンで紳士マスクの死角に入り、なに食わぬ顔でスマホを弄り始めた。紳士マスクの横顔とスマホへ交互に視線を向けてる所を見ると、警察が発表してる指名手配書とか見てそう。
あと、私の腕の中ではアールは欠伸をかいてる。可愛い。写メしたい。
「・・・・でも、動画配信かぁ。なつい、昔やったなぁ」
「えっ、そうなのかい?レディー」
「まぁ、中学の頃にちょっと。近所の野良猫を私が撮って、友達のアカウントで編集したやつあげたんですよ。動物系って結構伸びが良いから。でも思ってたよりあんま再生数伸びなくて、即行で飽きて放置しましたけどね」
私のその言葉にかっちゃんの『そんな事してたんか』という視線が刺さってくる。痛い、止めて。楽してお金欲しかったの。出来心なの。
「そりゃぁ、そうさ!こんな安易な考えではね。再生数を伸ばすのはそう簡単な事じゃぁないのだ。私もかれこれ六年も配信しているが、未だにサイトのトップページを飾った事がない程だ」
なんか動画の話したら紳士マスクが急に元気になった。その話ぶりにやっぱり嘘は感じない。
さっきより色々と話してくれそうな雰囲気なので、忘却の彼方にいっていた動画の事を思い出しながら適当に乗っておく事にする。
「へぇ、やっぱり簡単じゃないんですねー」
「ああ、勿論だとも!私もあれこれやっているがね、まぁー思ったように再生数が伸びんものなのだよ。して、レディーの配信動画がどういった物だったのかね?私も動画配信者のはしくれ、もしもまだその動画に思う事あらば微力ながらアドバイスしよう。再生数を更に伸ばす事も夢でないぞ」
「えぇ・・・今さら伸びてもなぁ。それにあいつもやってないだろうし。結構低いですけど、そんなに伸ばせます?目標としては収益化を目指したいんですけど」
「しゅ、収益化か・・・・ふむ、まぁ、と、取り敢えず今はどれほどなのかね?アドバイスするにも、な。うん」
そう言われても再生数なんて覚えてない。
友達が『収益化は難しいねぇ』とぼやいたのを覚えてるくらいだ。幾つだったけ?
そう思ってアールを撫で撫でしながらスマホで調べてみる。消えてるかと思ったけど、サイトを開いて調べたら普通に検索に引っ掛かった。ショボいサムネをタッチすれば懐かしい映像が流れ始める。なつい。再生数も大分伸びてる。放置期間を考えれば喜べないけど。
「ほうほう、これはハンディカメラかな?少し画質は荒いが・・・・ブレが少ないのは素晴らしいな。こういった手持ちでの撮影物は酔う映像が多い。その点、レディーの撮った物はカメラの視点が安定していて見やすい」
「はぁ、そうですか」
「しかし、絵面が少し単調過ぎるな。もう少し編集して、見せたい場面に━━━━━再生数8,645回!?8,645回!?コメントも、こんなに!?」
それまで物知り顔でレクチャーしてた紳士マスクが大声を上げてスマホに顔を寄せた。にゃんにゃんという可愛い子猫の鳴き声が、紳士マスクの顔の側から響いてくる。シュールな絵面だなぁ。
「ね、低いでしょ?暫く放置しててもこれですよ。収益化とか全然無理でしょ。それに私の路地裏アイドル達が、知らない連中にハスハスされるもちょっとあれかなぁって」
「あっ、えっ、れ、レディー。動画はこれだけ、なのかい?何か、そう、SNS等で何か宣伝などは、君ならば━━」
「いや、そういうのは面倒だったんでやってませんね。それだけですよ」
ウケが良かったら続けてたかもだけど。
あーーいや、でもなぁ・・・・あいつも編集面倒臭いって嘆いてたからなぁー。それにコメント欄とか、なんかきしょいの多かったしなぁー。
それこそ収益化とか言われない限り続きはなかっただろうな。うん。
過去をぼやっと振り返っていると、紳士マスクがプルプルと震え始めた。何かするのかと警戒して構えたら、何かが紳士マスクの目元から落ちた。ぽたり、ぽたりと。
床に垂れた滴から視線を上げて紳士マスクを見れば、良い大人が静かに泣いていた。
「す、すまないっ、私が君に教えられる事は、何もない・・・・寧ろ、どうやったらこんなに再生回数が伸びるのか、教えて欲しいくらいだ」
「えっ、ちょっ、あの」
「猫に、猫にも、負けたのか、私はっ・・・・!」
ガクッと膝をつく姿に思わず慰めの言葉かけると、黒豆パイセンも少し焦った様子で援護にきてくれる。
かっちゃんは何か言いたげにしてたけど、流石に空気を読んだのか何も言わずに見守ってくれた。ありがとう、余計な事言わないでくれて。えっ、慰めるの手伝ってくれないの?出来る訳ないでしょ!!かっちゃんを何だと思ってんだ!!
二人で慰めてるとおじいちゃんがパンケーキを手に帰ってきた。今日は随分とお洒落なパンケーキで、クリームとか果物とかがてんこ盛りになってた。全然値段と見合ってないそれの理由を聞いたら『一度こーいうの作って見たかったんだよ』だそうだ。本当に趣味のお店だなぁ。はぁ、まったく・・・さいこーだよ、おじいちゃん。
取り敢えず面倒臭い事は黒豆パイセンにパスして、私はパンケーキを食べる事にした。食べ物には美味しさの鮮度があるから仕方ないね。それに、ほら、泣きたい時もあるさ。大人だって。えっ、なに?黒豆パイセン。いやぁ、食べるのに忙しくて。あとおねしゃー━━━━━いやだぁ!!私のせいじゃない!なんか勝手に泣いただけだし!泣かせてないもん!!あっ、連れてかないで、かっちゃん助けっ、あああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁ!!アール助け、あああああるぅぅぅぅぅ!!逃げないでぇぇぇぇぇ!!
結局、黒豆パイセンと慰める事少し。
おじいちゃんが気を利かせて紅茶を用意すると、紳士マスクは感謝の言葉と共にそれを口にして落ち着きを見せ始めた。アイドルもかくもやという可愛さ天元突破の私の慰めと、黒豆パイセンのどっかの熱血テニスプレイヤーばりの応援のかいもあって、悲しみにくれてた紳士マスクはようやく立ち直った。
世話の掛かるジジイだな、と思った私は悪くないと思う。言わなかったし。
「すまない、レディー&ボーイ。それとご老人。迷惑を掛けまして」
「はい、本当に━━━━もごぉ、もごぉお」
「いえ、こちらこそ。なんか申し訳ありません」
「いいえ、いいえ。大人にでも、そういう時もありますから。お気に為さらず。それより大分お待たせしてしまって申し訳ない。お客様何かご注文はありますかな?」
パイセンに口を抑えられた私と、二人の男達の優しい言葉に紳士マスクはもう一度感謝を告げて「ゴールドティップスインペリアルを一杯、お願い出来ますかな」と言った。まだ飲みたかったのか。それ。
「いやぁ、この豊潤な香り!黄金を思わせるこの色み!口の中で滑らかに広がる茶葉の風味!まさに、皇帝が嗜むと言わしめるゴールドティップスインペリアルですな!はははは!」
「おお、分かりますかな?お若いの」
「勿論ですとも!普段は経済的な問題もありましてティーバッグで済ませてしまいますが、大切な仕事の前には必ず専門の販売店まで足を運び、その仕事にみあった物を選んでおります!つい最近でいえばロイヤルフラッシュを購入しましてな!」
「ほう、ロイヤルフラッシュですか。あれは確かに良い茶葉ですなぁ。私としては九十度で、少し蒸らした物が好みなのですがお客様は?」
「ん!?あ、あー、私は、ははは!奇遇ですな!ご老人!私も丁度それくらいが好みですよ!」
紅茶ですっかり元気になった紳士マスク。
おじいちゃんは紅茶に詳しい紳士マスクに共感を覚えたようでずっと二人きりで話してる。よく分からないけど楽しそう。パンケーキうまい。
楽しそうな二人を放っておいて、元の席に戻った皆で情報共有を開始した。私は態度や様子から怪しいとは思ったものの、男自体に見覚えはない。かっちゃんも同じだった模様。それでいの一番に調べ始めた黒豆パイセンに期待して話を聞いてみたが・・・・。
「いや、ごめん。警察庁が公開してるヴィランの指名手配欄を探してみたんだけど、該当する人が見当たらなくて・・・・凶悪犯の顔は大体俺も把握しているから直ぐに分かるんだけど」
「ぱっと出てこない辺り、仮にヴィランだったとしてもショボそうですね。もう放っておいて良くないですか?要は今の所、怪しい一般人って事ですよね?」
そう聞ければ黒豆パイセンは何とも言えない顔をする。
黒豆パイセンの言いたい事は分かる。
だけどこれ以上何かするにはそれなりの理由が必要になる。目の前で犯罪行為してくれるとか、警察から指名手配されてるとか、そういう拘束する為の具体的な理由がだ。そもそも私達の持つ仮免許証は、緊急時でなければ碌に効力を発しないなんちゃって資格。ちゃんとしたヒーロー免許ならいざ知らず、出来る事は少ないものなのだ━━━まぁ、私は可能な限り拡大解釈して、ありとあらゆる理由をつけて正当化してバリバリ使うけどもね。是非もないよね。
「パイセンが責任持つなら、多少手荒でも拘束しますけど?ね、かっちゃん」
ちらっとかっちゃんを見れば、いつもの「けっ」が出た。やるってさ。かっちゃんも。
「あはは。そういう所、君達はよく考えてるよね。でもまぁ、現状何もしてないあの人を捕まえる訳にもいかないかなぁ。これでいざ行動に移して、あの人に何か罪状があれば良いけど、無実だった場合は注意ですむ話じゃない。俺一人の責任で終われば良いけれど、まず間違いなく君達も何らかの処罰を受けるだろう。だから無理はしない方が良いかな」
「ですよねぇー」
エリちゃんの時もそうだけど、黒豆パイセンは基本熱血マンだけど頭も良く回る。自分の立場と有してる権利という物を良く理解もしてる人だから、黒豆パイセンがそう言うのは想定内。私もそうするべきだと思うから異論もないし。かっちゃんに確認を取れば、舌打ちしてそっぽを向いた。こっちも理解はしてるみたい。
「さてと、パンケーキ食べ終わったし、ぼちぼち向こうも話終わりそうですし・・・私ちょっといってきまーす」
「ちょ、緑谷さん!?」
「!?おい、双虎!」
黒豆パイセンとかっちゃんの声をスルーして、紳士マスクの隣の席についた。紳士マスクは私に気づくと目を丸くして肩を揺らした。側にいるだけで緊張してるのが良く伝わってくる。ポーカーフェイスが下手くそ過ぎて、逆に何か狙いがあるのか勘ぐりたくなるレベルだ。
空気を読んでおじいちゃんが離れた所で声を掛けた。
「ちょっと良いですか?」
「な、何かな?レディー」
「いえいえ、少しだけ気になった事があってですね・・・・私の事知ってますよね?」
目を見ながらそう言えば、紳士マスクが分かりやすく顔色を変える。僅かに身構えた姿から、少しだけど戦いに慣れた気配が漂ってくる。
「━━━どうしてそう思ったのかね」
「勘です。と言いたい所ですけど、違いますね。最初、私と話した後・・・・確認しましたよね。私の顔。それも二度。その後、向こうの目付き悪い方の顔も。態度に変化があったのはその後。動揺したんですよね?本物に会って。何処で見ました?体育祭ですか?ペロリストの時のですか?それとも、どっちもですか?一時期色んなサイトでトップページを飾ったニュースでしたし、動画配信してるなら勿論知らないわけないですよね?どうして、知らないフリをしたんですか?」
そうやって聞けば紳士マスクの目が剣呑な雰囲気を纏い始めた。
「たとえそうだったとして、君にその理由を答える必要があるかな?」
「いえ、素直にそう言ってくれればサインくらいしたのにぃーって話ですよ!照れちゃってもう!水臭いですよ!」
「そうか、サインね・・・・ならば仕方な、えっ、サイン?」
指を鳴らしてサインペンコールすれば、いつものようにおじいちゃんがサインペンを持ってきてくれた。
体育祭の一件以来、色んな所でサインを求められる。人気者故当然の宿命なのだが、それはこの店でも変わらずだった。馴染みになった常連のおっちゃんおばちゃん達から、やれ孫に見せるだの嫁に自慢するだのとある事に求められちゃってもー大変。ペンが直ぐインク切れちゃって。その様子を見かねたおじいちゃんが気を利かせてペンを用意してくれるようになったのである。
因みに、この店で初めてサインした相手はおじいちゃんだ。
おじいちゃんからペンを受け取った私は華麗な指さばきでペンを回す。くるっくる回す。こんな時でも私は天才。怖い、私は私の才能が怖い。
「ほら、何処にサインしますか?マスクにします?はりーはりー!へいへーい!」
「あ、い、やっ、待ってくれ。マスクは・・・・では、この手帳に」
「名前はなんて入れます?」
「名前は飛田━━━━━あっ、その、名前は結構」
「わっかりました、飛田紳士マンにしときますねー」
「!?!?あっ!えっ!?ああ、うん!」
サラサラッとサインを書いて手帳を渡すと、飛田紳士マンは何とも言えない表情で変な汗を流しまくってた。
これでただの一般人なら、私の目も大概節穴だ。
だけど、多分そうはならない。
ペンをカウンターに置いて、私は掌を差し出した。
飛田紳士マンは困惑しながらも掌の意味に気づいて、手袋をしたまま握手に応えてくる。
「配信頑張って下さいね。陰ながら応援してます」
「ああ、ありがとう」
「でも出来るなら、私の近くではやらないで下さいね」
しっかり手を握り合わせたまま、目の前の男へ視線を向ける。隠しきれない動揺を浮かばせる、その瞳に。
「私、お祭りとかイベントとか大好きなんですよ。だから近くでそんな面白そうな事やってるって知ったら、是が非でも参加したくなっちゃうんで」
「・・・・肝に銘じておくとしよう。レディー。いや、緑谷双虎くん」
私の言葉で眉間に深い皺を作った飛田紳士マンは、それだけ言い残して颯爽と店を出ていった。
「ありゃ、あのお客様、まだ代金払って貰ってなかったんだけどねぇ」
ガタッ、と男二人が無言で席から立ち上がる。
完全に戦闘態勢モードで。
「━━━━ごっ、ご老人!!申し訳ない!お代を忘れていた!!」
そして飛び込むように飛田紳士マンが戻ってきてお代を支払っていった。カッコ悪ぅ。