私のヒーローアカデミア~わんほぉー、わんほぉーなんだってけかをお断りし続ける私の楽しい英雄物語~ 作:はくびしん
耳障りな甲高い音が鳴らしながら、鋼鉄の柵が紳士マスクの豪腕でゴムの如く激しくたゆむ。
弾性を与えられた柵には何十本もの鉄パイプが立て掛けられてあり、その張力の強さを考えれば紳士マスクが手を離せばどうなるか想像は容易だった。
「暴力は好みではない━━━━がっ、君に勝つにはこれでも足りまい!!故に手加減はしない!ジェントリーィィィ、ストリングショット!!」
引き寄せる個性も使ってその場を飛び退けば、寸前まで私が走っていた場所に鉄パイプの嵐が襲う。
弾き飛ばされた鉄パイプの威力は凄まじく、物によっては地面に突き刺さっている物すらある。アホか。殺意が在りすぎて引く。いきなりエンジン掛かりすぎだと言いたい。
「━━━ちっ、たく!!」
引き寄せ個性で思い切り身体を引っこ抜く。
紳士マスクとの距離が少し縮まる。
けれど個性の射程内に入る前にダッシュで距離を空けられた。さっきからこれだ。本気だと口にしてから逃げに徹して一切隙を見せない。
逃げ回るだけなら、いっその事そのまま放って置くのも手だ。恐らく紳士マスクの身体能力を強化してる個性は時間制限があるだろうし、何よりガチムチ達が行動するまでの時間稼ぎが出来る。
けど、そうもいかない。自由にさせると安全圏から何でもかんでも利用して、馬鹿みたいに物量攻撃仕掛けてくるのだ。少しでも圧力を掛けて、攻撃の手を緩めさせないとこっちが持たない。
「ちょこ、まかするなっての!!」
足元の小石に引き寄せる個性を発動。
紳士マスクの後頭部目掛けて引っこ抜く。
だが、紳士マスクはそれを首を捻ってかわし、走りながら腰元で拳を構えた。
「ちょこまかするとも!!君の個性は恐ろしいからね!!射程内に入れば、それだけで終わりだ!!それがなくとも戦闘センスの高さは私以上!!近づく訳もなし!故に、こうして!!搦め手を使わせて貰う!!」
空気を切り裂く、豪快な拳が放たれる。
ただそれは私にではない。両の拳が突き出されたのは紳士マスクの左右、何もない空間に向けて。
「ジェントリー、ミートハンマー!!」
その声と同時に両側の景色が歪み、左右から衝撃が襲った。ほぼ不可視である事、硬くも何処か弾力を残した感触に、紳士マスクが個性で作った空気膜の存在が頭に浮かぶ。どうやら、ご丁寧に、お土産を残しながら走ってくれたらしい。
けど、そこまで威力はない。
猫だまし程度だ。
かっちゃんのデコピンのがまだ痛い。
「んんんんっ!?にゃろ!!」
気がつけば紳士マスクがいない。
耳を澄ませればポヨンポヨン間抜けな音が上空から聞こえる。視線を音の方へ向ければ、ジェットコースターのレールの上で跳ねるように駆ける紳士マスクを発見した。
紳士マスクに向けて小石をぶっぱなし牽制しつつ、自分の身体も紳士マスクへ向けて引っこ抜く。勿論、出力はどちらもフルスロットル。
「ははっ!!やはり早いな!!」
そう言いながら、紳士マスクは小石を手刀で払いのけながらレールを蹴飛ばした。蹴りの威力に轟音が鳴る。
そして鉄の塊であるレールが、まるでゴムのように大きくたわんだ。
「ジェントリー、ウィップ!!」
衝撃の反動でレールが鞭のようにしなった。
咄嗟に別方向に身体を引っこ抜けば、目の前を鉄の塊が通り過ぎていく。
「っぶな!!殺す気かぁ!!ボケナスぅ!!」
「ははははは!!冗談を!!それで終わるなら、私はとっくに明日の計画の為に準備を始めているさ!!それより、話す余裕を与えているつもりはないのだが!?」
空気を蹴って飛んだ紳士マスクは、ぎこちなく稼働しているバイキングへと飛び移った。何をするつもりなのかと見てれば、紳士マスクは船首からあっという間に支柱の天辺まで登り切り━━━━軸の付近で手刀を力強く振り払った。
「プレゼントだ、ニコ!」
紳士マスクが跳び去ると、軋むような音が鳴った。
続いて硬い物が割れるような、砕けるような、磨り潰されるような━━━何かが決定的に破壊されてく音が響いてくる。
一際大きな音が鳴った直後。
悲鳴のような音を鳴らしながら支柱から外れた船が、私に向かって勢いよく落ちてきた。背後へと思い切り飛び退いてかわせば、視界の中にコンクリートに覆われてた地面を完膚なきまでに叩き壊す船の姿が入ってくる。
冗談抜きで、殺す気なん?こいつ。引くわ。
「━━━━━ほら、この程度訳もないだろう」
楽しげな声に視線をあげると、観覧車のゴンドラに腰掛ける紳士マスクの姿を見つけた。さっきまでヒィヒィ言ってたの嘘のように、その顔は生き生きしていた。余裕がある所じゃない。今の状況を楽しんでいるのか笑みすら浮かんでる始末だ。
「楽しそうだねぇー、あんた」
「ああ、お陰さまでね。まるで翼を得た気分だよ。世界を狭めていたのは、私自身だったらしい」
今なら何処までも飛んでいけそうだ、と紳士マスクはゴンドラの上に立ち上がる。ライトアップされる中、堂々とした態度で見下ろしてくる姿は、癪だけど少し様になっていた。
「しかし、そろそろお開きとしよう。直にラブラバの力が切れてしまう」
「それ、私に教えて良いの?」
「聞かれた所で問題はない。これで終わりにするつもりだからね」
何処からか、悲鳴のような音が響いてきた。
さっきのバイキングの時と似たような音だったけど、規模が明らかに違っていた。周囲に流れるその不協和音は、鼓膜どころか肌に伝わってくる程の大きな音なのだ。
戦いながら遊園地にある物は見てきた。
見える範囲だけではあるけど、稼働してないアトラクションも殆ど把握してるつもりだ。
その中でバイキングを超える物はただ一つしかない。
「私の心のより所、第二の故郷と言えるかの国において、それは失敗作と謳われた。古の大戦の最中、コンクリートの防壁を打ち崩す為に作り上げられた陸上地雷『パンジャンドラム』。1.8トンの火薬を詰めた本体と直径三メートルの車輪で構成されたそれは、車輪に備え付けられたロケットを推進力に地面を駆け、眼前にある全てを打ち砕く驚異の兵器であった。あまりに前衛的であり他に類をみない独特のフォルム持つそれは、構想通り機能すれば破壊の神として今に伝わった事だろう。残念な事に、失敗に終わったがね━━━━━━」
「パンジャンドラム・・・・!」
パンジャンドラム、私はそれを知っている。
昔かっちゃんと過ごした幼稚園時代、お昼寝の時間でも寝付けない私に業を煮やした先生が、何時の頃からか読んで聞かせてくれた兵器百科図鑑に載っていたヤツだ。目を血走らせてそれを口にする先生がちょっと怖かったが、語られる兵器にまつわる小難しい話はいつも私を心地よい眠りに誘ってくれた。お昼寝が終わった後の清々しさは格別であった。一緒に寝てたかっちゃんは、なんか寝覚め悪そうにしてたけど。
「━━━━これが、私の最後の一手だ。是非とも受けてくれたまえ」
そう言いながら紳士マスクは、天辺まで上がったゴンドラから飛び降りた。観覧車の軸になってる部分へ一気に辿り着くと、怒声をあげながら拳を振り抜く。
拳の衝撃で軸の部分が激しく揺れる。金属で出来ているとは思えない程グニャグニャに。
そして、その場所から耳障りな悲鳴があがった。
「The Great My Panjandrum━━━━ゴォォ!」
ニ度目の拳が振り抜かれた瞬間、けたたましい音と共に巨大なリングを支えていた軸が砕け散った。轟音鳴らし地面に落ち、寸前まで回転していた勢いのままゆっくり転がっていく。
ただ正面に立ってる私の方向へではなくて、そのまま真横にだけど。アホかな。
けれど、安心したのも束の間、リングは急に方向転換してこちらに向かってきた。何かに遮られたように見えた事と、それにぶつかった瞬間接地したリングの部分がグニャリと歪んだ事から、紳士マスクが予め準備して方向を変えたのは間違いない。まったく、寸前まで馬鹿だった紳士マスクを返して欲しい。よく頭が回る。
「手綱を握るのは当然だろう!!さぁ、どうする!!ニコ!!受けてくれるかね!!逃げて貰っても、一向に構わないがッッッッ!!」
紳士マスクは軸から飛びだし、リングの外で両手を突き出した。
「ジェントリーサンドイッチ!!!」
ゴウンという音と共に、リングが僅かに加速する。
とは言ってもリングの移動は遅い。個性を使って全力で駆け出せば、余裕を持って逃げられると思う。
だけど、逃げに徹すれば紳士マスクを見失う。ガチムチ達の準備が整う前にそれは避けたいのだ。
それに、何より、やられっぱなしは面白くない。
「上等ぉぉぉぉ!!やってやんよ!!!」
思い切り息を吸い込む。
限界の限界まで。
「ならばよし!!受けて頂こう!!」
炎が作り出されるそこへ全意識を集中させる。
イメージはずっと前から出来ている。
後は形にするだけ。
「そして、我が前に散れ!!私に勝利という甘美を与えてくれたまえ!!!勇敢で無謀なるヒーロー、ニコ!!!」
体の中で何かが激しく燃えていく。
頭の中で痛みが走り回り熱が滾っていく。
溜め込んでいるソレが、私の中で唸りをあげていく。
ニコちゃん108の必殺技。
ニコちゃんブレス派系『ニコちゃん
吐き出した小さな真紅の光の塊が、目の前に細々と散らばっていく。まるでホタルのように漂うそれは、ふよふよとゆっくり観覧車に向かっていき━━━━━リングに触れた瞬間爆発した。
「むっ!?これは━━━━━っ!!」
体育祭の私を見たなら、知ってる筈だ。
これは轟の炎を止めた時、偶然に出来たそれを技に昇格した物。ルージュブレスの特性を利用して、誘導性を捨て去って炎を限界まで圧縮。産まれた極小の炎の球はかなり不安定な物で、何かに触れるとコントロールを失い一気に膨張、炎が酸素を求めて爆発する。
瞬間的な破壊力は私の技の中でも断トツ。
この技を見た先生から人には絶対使わないようにと注意される程だった。ルージュブレスですら、使い方をよく考えるようにで終わったのに。
ただこれ一つ作るだけでもかなり集中力がいる。
一度吐き出すと一切コントロール出来ないので、まともに当てようとしようとすれば量が必要。今出した程の量にとなればかなり時間掛かるし、作ってる間は他に何も出来なくなるから技として失敗作なのだ。
えっ、量なんていらない。至近距離で使えば良い?自爆しちゃうでそ。
リング内に入り込んだ光は、最初の爆発の衝撃につられて誘爆していく。リングの内側に爆熱の嵐が吹き荒れる。空気が、地面が、爆発の余波に揺れる。
鋼鉄の塊が、瞬く間に解体されていく。
「うお!?うぉぉおおおおお!!??」
危なそうなので少し離れて様子を見てると、紳士マスクの悲鳴が聞こえてきた。爆煙で全然様子が見えないけど、大丈夫だと信じたい所である・・・・というか、あれだ。ちょっとやり過ぎた。騒ぎ過ぎた。ここまでやるつもりはなかったんだよね。逮捕とかもガチムチ達にお任せして、あくまで時間稼ぎだけのつもりだったのに。
「これ、弁償とか求められないよね・・・・?」
もし求められたとして、観覧車って幾らすんの?
果たしてかっちゃん払えるだろうか。
まぁ、いずれナンバーワンヒーローになるんだから、観覧車の一つや二つ大丈夫だよね。いけるよね、うん。任せた。
そうこうしてると、空に照明弾が上がった。
ガチムチ達が紳士マスク確保に動く合図で、私へ撤退を促す合図。準備が整ったなら紳士マスクの捕捉も当然済んでるので、私は一目散に出口に向けて走った。恐らく迎えも近くで待機してる。
「━━━━━━ニコ!!」
突然の声に視線を向ければ、直ぐ側まで紳士マスクが飛んできていた。構えられた拳に、即座に身体を反転。右腕を限界まで引き絞る。
「私は、まだ!!負けてはいない!!」
怒号をあげながら振りかぶった拳は私の頬を掠めていく。強化の消えた様子の紳士マスクの拳は、モーションも分かりやすかったから避けるのは簡単だった。
それでも頬を掠めてしまったのは、紳士マスクの必死さまで考慮してなかった私の間抜けさのせい。
「ぶるぅあああっっっっ!!!」
「ぬぐッッッッ!?」
カウンターで顔面に右の拳を叩き込む。
引き寄せる個性も使った、フルパワーの一撃。
拳に鈍い感触と痛みが走る。
渾身の手応えを感じながら全力で拳を振り切れば、紳士マスクの身体が吹き飛び地面を転がった。
地面に横たわりながら呻き声をあげる姿に、追撃する必要性は感じない。
直にヒーロー達が駆け付けてくるとはいえ、ここは近くで元観覧車が煙をあげている危険地帯。一応周囲の安全を確認してあげてからその場を離れようかな?と考えてると「待ってくれ!」と紳士マスクから声が掛けられた。
「なに?まだやる?」
「い、いや、参った。私の完敗だ、気持ちの良い一発だったよ。ありがとう」
「パンチ貰って感謝とか・・・・ドMなの?」
「はははっ、違うさ。違うとも。全力で戦ってくれた事と、全力で私を捕まえる為に準備してくれた事への感謝さ。私だけならまだしも、よもやラブラバを出し抜くとは恐れいった。恐らく彼女は・・・・・もう捕まっているのだろう?」
照明弾が上がった時点で、ツインテちゃんの確保は確実だろう。あれはそういう合図でもある。特に否定する理由もないのでそう伝えれば、紳士マスクは悔しげに「そうか」とだけ呟いた。
そんな紳士マスクを見て、思った事を聞いてみた。
「勝てたよ、あんたは」
そう言えば、紳士マスクは私の言葉の意味に気づいたのか笑い声をあげる。
「勝負に勝てなくても、私には勝てた。そもそもネットに犯行予告動画流すだけで、文化祭なんて簡単に中止に出来るんだから。今の戦いを生放送でもすれば、それだけでも雄英は文化祭を取り止めないといけなかった」
もし生放送なんてなったら、早くに別の作戦が開始された筈だった。可能な限りの人払いを済ませた後、電波妨害をしながら一気にヒーロー達が雪崩れ込んでくるプランBだ。
犯人確保より私の救出に重点をおいてる為、紳士マスク達を取り逃す可能性はかなり高いのがこのプラン。
事実、紳士マスクは奥の手としてツインテちゃんの個性を残していた訳で、私に気を取られていては逃げられた可能性は高かっただろう。
「━━━━ははは、それでは意味がない。そんな事すれば、明日の侵入が難しくなってしまうじゃないか。私は明日の件だって諦めるつもりはなかった。この髭にかけた企画だったのだ。だから、敗けだよ。私の」
そう言いながら紳士マスクは起き上がり、座ったまま私へと向き直った。
「行きたまえ、迎えが来ているのだろう。私は、私の最後の役割を果たす。敗者らしくね」
入口の所から車のブレーキ音が響いてきた。
見れば車のライトに照らされながら、見慣れた人影が慌ただしく近づいてくる。
「君は君の役割を果たせば良い。勝者らしく」
そんな紳士マスクの言葉を聞きながら、私は近づいてくる人影へと足を踏み出した。
「かっちゃーん!!ガチムチぃー!!おーい、観覧車って幾らすると思うーーー!?百万くらいかなぁー!」
「はぁ!?なんの話だ!!」
「観覧車・・・・わっ!!緑谷少女!?それ、まさか!?」