私のヒーローアカデミア~わんほぉー、わんほぉーなんだってけかをお断りし続ける私の楽しい英雄物語~ 作:はくびしん
耳郎ちゃんの美声を聞いて、頑張った。
頑張ったよ!もうむりぃ!
「━━━━思ったより、人集まってるよ」
ステージに降りたカーテンの隙間から、賑やかな声が響いてくる会場を覗いたあしどんが興奮した声をあげる。喜色の混じったそれにあしどんと一緒に覗きにいったお茶子が「わぁ、ほんまや」と続くと、ただでさえ緊張してたっぽい百と梅雨ちゃんの背筋がちょっと伸びた。
その緊張につられてか、尾白と常闇も表情を固くさせて深呼吸を始める。
因みに私の側でドレスにキャッキャッしてた葉隠もそんな皆の様子を見て「なんか緊張するねぇー!」とか言ってるけど、緊張してる気配はまるで感じない。
人の事は言えないけど、あしどんと葉隠は肝が据わってんなぁ。
そんな事ぼんやり思ってると、シュガー兄貴の「朝からゴキゲンな連中だぜ」なんてぼやきが聞こえてきた。
するとそれを聞いてたブドウが興奮気味に声をあげる。
「んな言い方するんじゃねぇ!楽しみにしてくれてんだよ!バカチン!━━━この俺の、下剋上ハーレムパートを!!見せつけてやるぜ、俺の時代がきた事をな!!」
「そ、そうかもな、良かったなー」
「なんだその気のない返事は!!羨ましいんだろぉ!羨ましいんだろぉが!言ってみろごらぁ!」
「ウラヤマシイナァー」
あいつらも楽しそうだな。
特にブドウの方は夢幻見てるやん。幻想に生きてるやん。私が見てる中ではやつの時代はミジンコ一匹分も来てないんだけどな?不思議やで。
そんなアホ共を眺めていると、耳郎ちゃんに声を掛けられた。表情を見るにこっちも緊張してそう。
「緑谷は緊張・・・・してないみたいだね。こんな時でも普通とか、本当あんたこそマイク握れば良かったんだよ。天職みたいなもんでしょ、まったく」
「ははは、それじゃ今からでも代わろっか?」
「冗談、今更そんな事言わないって」
ばつの悪そうな苦笑いを浮かべて、耳郎ちゃんは肩に掛けたギターの弦を指で弄りながら続ける。
「今だって自信はないよ。出来る事は全部やってきたつもりだけど、それでも練習が足りてるとは思わない。昨日の夜も弾いてみたけど、もう拙い所ばっかり目についちゃってさ・・・・だけど、全力でやるよ。これまで準備してきたもの、全部出し切って、それで今出来る最高の音楽流してみせる━━━━だから、あんたもしっかりやってよね。馬鹿みたいに目立つ場所に立つんだから」
そう言って耳郎ちゃんは拳を突き出してきた。
力強い真っ直ぐな眼差しには、ボーカルを交代してくれないかと相談してきた時のような弱さは見えない。自信はないと口では言ってるけど、失敗するつもりだってさらさらないみたいだ。
それならと突き出された拳に私も拳をぶつけた。
コツンすれば、とびきりの笑顔が返ってくる。
「あいよ、ぼす」
「誰がボスだ、誰が━━━━━ああ、後さ。前に色々言ったけど、何か言ってあげてよ。ほら」
「ん?」
くいっと耳郎ちゃんが顎をしゃくる。
なんじゃろ?と耳郎に促されてそっちを見れば、無言でドラムの前に座るかっちゃんの姿があった。
「あー、あれは良いの。今話し掛けても邪険にされるし、大丈夫だから放っておいて。本番になったらちゃんと爆発するから」
「そう?柄でもないかもだけど妙に静かだし、なんか緊張とかしてるんじゃないの?本当、柄じゃないと思うんだけどさ」
柄じゃないと二度言われるかっちゃんとは。
分からないでもないけど、繰り返し言われると何だか笑ってしまう。
そりゃ、耳郎ちゃんの言うとおり、柄ではないかもだけどかっちゃんだって人間だ。
いつも自信満々みたいな顔してるけど、緊張する時だってあれば、不安になる時だって弱気になる時だってある。長い事見てるから、それは良く知ってる。
だけど、それ以上に私は知ってる。
いつだって見せてくれたから。
「大丈夫だって。ここぞって時は、絶対に決めてくれるからさ!」
これまでの事を思い出しながら耳郎ちゃんにそう伝えれば、何故か頬を赤くして目を逸らしてきた。
なんか「これで」とか「あり得ないって」とか、もにょもにょ呟いてる。なんて?耳郎ちゃん?
そうこうしてると眼鏡の声で「皆、五分前だ!配置に!」とか聞こえてきた。
そのまま配置についても良いけど、一つすっかりやり忘れてた事を思い出したので全員に集合を掛けた。
勿論かっちゃんもそうだし、今会場側にスタンバってる演出隊も無線越しに集合させる。
「なんだい、緑谷くん!時間がっ・・・・!」
「はいはい、分かってる分かってる。直ぐ終わるから。ほら、私ら円陣組んでなかったでしょ?景気づけに一発やってからやろ」
「円陣・・・・それは、まぁ、士気があがるならやった方が良いかも知れないが、時間が・・・・」
「無線連中ー聞こえてるー?声だけでごめんだけど、ちょっと良い?円陣組むからそっちもよろしくー」
眼鏡をスルーして無線を飛ばせば、切島の元気な返事が返ってきた。やるってさ。
「それじゃ、あとは眼鏡!よろ!!」
「えっ、そこを僕に任せるのか!?あ、いや、委員長の仕事と言われればそうかも知れないが━━━━━ああっ、もう!分かった!!任された!!」
何かを振り払うように頭を振った眼鏡は、自然と出来た円陣の中へ一歩だけ踏み込み大口を開けた。
「皆!泣いても笑っても、これが文化祭で僕達一年A組が学校の皆に見せられる!!たった一度きりのライブだ!!準備期間は決して長いとは言えなかった!正直言えば不足は幾らでもあるだろう!だが!!今日までの皆の努力は、僕がしかと見てきた!!演奏隊も!ダンス隊も!演出隊もだ!全力を尽くせば、きっと悪い物にはならない!!いや、最高の物になる筈だ!!」
全員を一度見渡して、眼鏡は一度息をついてから声をあげた。会場から響く観客の声に負けない。力に満ちたその声を。
「これは爆豪くんの言葉だが、僕はそれが相応しいと思うから言わせて貰う━━━━━雄英全員、音でやるぞ!!!」
その声に全員が声をあげて拳を突き上げた。
緊張してた面々もすっかりその気になってる。
委員長だね、眼鏡はやっぱり。
まぁ、かっちゃんだけ何とも言えない顔してたけど。
はいはい、ごめんね。台詞取らせちゃって。
しくらないでよー、あははは。
◇◇◇
緑谷さんと別れてから暫く。
エリちゃんを一度トイレに連れていってから、緑谷さん達がライブをやる体育館へ行くと、既に会場は人で溢れ返っていてとても賑やかだった。
友達に場所取りをお願いしておくべきだったかなと、少しだけ自分の計画のなさに後悔を覚える。
「うわぁー、思ったより人が多いねー」
「・・・・う、うん」
手を繋いだエリちゃんにそう言うと、人の数に圧倒されたのか不安そうな顔でくっついてきた。少し歩きづらいけれど頼ってくれてる彼女を離す訳にもいかないので、蹴らないように気をつけながら俺は舞台へと進んだ。
出来るなら一番前まで行きたい所だけど、思ってたよりずっと人が集まってたみたいで、体育館の真ん中ぐらいが限界だった。ただ、それでも舞台まではそう遠くない。本番は暗くして舞台を照らす事を考えれば、この位置からでもよく見える筈だ。
後の問題といえば、視線の高さくらいだろうか。
「よし、じゃぁエリちゃん!そのままだと見えないだろうし、抱っこするよ!おいで!」
「えっ、でも・・・・」
エリちゃんは少し恥ずかしがってる素振りを見せたけど、「この高さなら緑谷さんが良く見えるんだけどなぁ?」と伝えれば迷う事なくコクコクと頷いてくれる。
腕にエリちゃんを抱え込んで少しすると、ブーーっという音が鳴って館内のライトが消えた。エリちゃんが少しびっくりして肩を揺らしたけれど、その後会場から聞こえた声に直ぐその震えは治まった。
「ニコーーー!」
誰の声かは分からない。
でもきっと、彼女の活躍を見てきた生徒達だろう。
ヤオヨロズー!とか、バクゴー!とか響く中で、確かに彼女の名前も会場に響いていた。
エリちゃんの顔を覗くと、緑谷さん達を探してるのか視線がキョロキョロしてる。
「ミリオさん、双虎さんは・・・?」
「直ぐに出てくるよ、カーテンの所見てて」
「うん」
歓声が一際大きくなった時、ゆっくりとカーテンが開いていった。ライトが消えて真っ暗だけど、うっすらと人影が舞台の上に見える。だけど、見た感じ彼女の姿がない気がする。一人だけ違う衣装だったみたいだし、もしかしたら途中で出てくる演出なのかも知れない。
何処からともなく手を打ち鳴らす音が響いてくる。
熱狂的なヤオヨロズコールが矢鱈と大きく聞こえてくる会場で、熱気に当てられて手を叩く人が増えていく。
俺の直ぐ隣でも周りの熱に当てられたエリちゃんが、舞台を見つめながらペチペチと手を叩く。
不意に、爆豪くんの怒声と共に舞台の上へ爆炎があがる。オレンジと赤の光が会場を照らし、つんざくような爆発音が鼓膜を揺らす。
歓声が一瞬で消えた後、間髪いれずに会場が一気にライトアップされA組の皆の姿がはっきり視界に飛び込んできて━━━━そして直ぐ、ギターを提げた耳郎さんから大きな声が響き渡った。
「よろしくお願いしますッッ!!」
それを合図にギターが掻き鳴らされて、ドラムが音を轟かせて、キーボードの鍵盤が旋律を奏でる。
勢いのあるスタートにエリちゃんがびっくりしてるけど、周りの観客も圧倒されて身体が少し仰け反ってしまっているのだから仕方ない。思いきった良いスタートだ。沢山練習してきたからこそだろう。
演奏が始まるとそれまで止まっていた派手な衣装を着た皆が一斉に踊り出す。リズムに乗って生き生きした表情で踊る皆の姿に、エリちゃんと俺の体が自然と揺れる。
「ミリオさん!たいこ叩いてるの、かっちゃんさんだよ!」
耳郎さんの歌が流れ始まると、それまで呆けてたエリちゃんが会場を指差しながら声を掛けてきた。そこには相変わらずのしかめっ面でドラムを叩く爆豪くんの姿がある。他の皆が笑顔な分、存在感が凄い。
ただそれでも、あの空間に溶け込んで見えるから不思議だ。なんやかんや彼も上手くやってるって事なんだろうけど。
エリちゃんはそんな俺の疑問も置き去りにして、次々と誰が何してる!と教えてくれる。
けれど歌も二番目が始まった頃、エリちゃんも緑谷さんがいない事に気づいたみたいでそれまで以上にキョロキョロし始めた。不安そうな目で会場から俺に目を向けたエリちゃんは小さな声で「双虎さん、踊らないのかなぁ」としょんぼりする。
「ははは、大丈夫!緑谷さんは踊るっていってたよ!緑谷さんがエリちゃんとの約束破った事ある?」
俺の言葉にエリちゃんは少し考えて「まだ、ないよ」って答えてくれた。まだって所に、緑谷さんへの理解がある気がする。付き合いはまだまだ短いけど、エリちゃんはよく分かってるなぁ。
まぁでも、少なくとも今は、全力で期待に応えてくれる筈だ。
「━━━━だから、そんな不安そうな顔しなくて大丈夫!それより良く見てて、緑谷さんの事だからきっといきなり何かやってくるよ!」
そう励ました瞬間だった、会場から驚きに満ちた歓声があがったのだ。慌ててエリちゃんと顔をあげると━━━━━沢山の光を伴って彼女がやってきた。
天井に待機してたのか突然天井の闇の中から現れた彼女は、沢山のライトに照らされながら、粉雪のような淡いオレンジの光を引き連れて華麗に宙を舞う。
ゆったりとした曲調に合わせて踊る姿は優雅だけど、彼女らしい力強さに満ちている。浮かべる大人びた笑顔、風に靡く艶やかな髪からは可憐さ妖艶さが漂っていて、俺にはそれがとても綺麗に見えた。気がつけば目を奪われていたくらいに。
周りにも俺と同じ様な人達がいるのか、興奮で賑わう声に混じりそれまでとは違う意味で熱のこもった溜息が溢れていくのが聞こえる。
緑谷さんはそのまま流れるように舞台に降り立ち、耳郎さんのシャウトに合わせてドレスを勢いよく脱ぎ捨てた。その瞬間、緑谷さんの側や宙に漂っていた光の粒一つ一つが、まるで花火のように鮮やかに弾けていく。
突然現れた光のシャワーにまた歓声があがる。
光が消え去った後、緑谷さんはドレス姿ではなく皆と同じオレンジの衣装に着替えて踊っていた。
アップテンポの音楽に合わせて踊る姿は、さっきの優雅さが嘘のように激しく熱気に満ちてる。妖艶とすら思えた顔には無邪気な笑みを浮かべて、振り回される髪からは楽しさが滲んで見えた。
けれど、額に汗を浮かべて笑顔で元気に踊る彼女の方が、個人的には魅力的に見えた。見ているだけでこっちまで楽しくなってしまう、そんな彼女の姿が。
終わりに向けて曲が更に盛り上がっていく。
皆の踊りにも演奏にも熱が籠っていく。
響き渡る音楽に観客の体が揺れ、彼女達のパフォーマンスに歓声が飛び交ってく。
そんな熱狂に包まれ会場の中で耳郎さんが歌いきり、最後のアウトロが流れ始める。
ダンス隊の全員が息を揃えて指先を天井に向ける中、緑谷さんは一人だけこちらに指鉄砲を向けてた。
その顔に悪戯っ子な笑みを浮かべて。
曲が終わると同時に、大きな歓声があがる。
緑谷さんはそれに合わせて、何かを撃ち出す仕草と共にウインクが飛ばした。近くで野太い歓声があがったけど、それが誰の為であるかなんて考えるまでもなかった。
喜びと驚きの混じった歓声が直ぐ側から聞こえる。
抱えたエリちゃんの顔を覗けば、そこには憂い気だった表情は欠片も残ってなかった。思わずあがった両手に、思わずあげた声に、もう小さな体にまとわりついていた影の気配は見えない。
「わぁぁーー!!」
その顔に満面の笑みを浮かべながら、体全体を使って喜ぶ姿に・・・・どうしようもなく笑みと涙が滲んだ。
舞台の上の彼女には見えただろうか。
君がずっと望んでいたものは、君が守りたかったものは今ここにある。
笑ったよ、緑谷さん。