私のヒーローアカデミア~わんほぉー、わんほぉーなんだってけかをお断りし続ける私の楽しい英雄物語~ 作:はくびしん
「二人、まだ始まっとらん?」
聞き覚えのある声に顔を向けると、目を腫らした麗日くんの姿があった。
そのあまりの変わりように、僕は驚きを隠せずそのまま思っていた事を口にしてしまう。
「目を潰されたのか!!!早くリカバリーガールの下へ!!」
僕の言葉に麗日くんは首を横に振った。
「行ったよ。コレはアレ、違う」
「違うのか!それはそうと、悔しかったな・・・」
彼女がどういった思いで爆豪くんに戦いを挑んだのかは分からない。それでもその試合の様子を見れば、どんな理由であれ彼女が本気で試合に挑んだのはよく分かる。
それだけに、彼女の敗退が残念に思えた。
けれど僕がそう声を掛けると、麗日くんは笑顔を見せた。
「はは、大丈夫!悔しくないって言ったら嘘になるけど、私には強い味方がおるから。また今度頑張るよ!次こそ爆豪くんにも勝つ!」
「そうか、強いな麗日くんは」
「ううん、そんな事ないよ。まだまだだよ、私は」
「━━━それより、そろそろ座ったらどうだ、麗日」
黙りこんで座っていた常闇くんが麗日くんに声を掛けた。いつも緑谷くんといる時は麗日くんに話し掛けるどころか近よりもしないので、何とも言えない光景に思える。
思わず、なんだこれ、と思ったのは許して欲しい。
常闇くんに誘われるがまま隣の空いている席に座った麗日くんに、常闇くんは続けた。
「今は悔恨より、この戦いを己れの糧とすべきだ」
「うん。せやね。あの氷結、ニコちゃんどないすんやろ・・・?」
二人の会話に納得した僕も試合会場へと視線を向けた。
これから始まるであろう、今回屈指の強者達の、激突を見るために。
◇◇◇
『またまたお待たせしまくりやがりましたぜエヴリバーディ!!準決勝、いよいよ開幕だぜぇ!!遅れた理由は説明しなくても分かると思うがっ、全部ミスター爆豪が元気にハッスルしちまったせいだぜYEAAAAA!!』
『事実だが、もう少し言い方を考えろ』
『麗日をボンバっちまった結果だぜぇ!!』
『酷くするな、馬鹿』
言われ放題なかっちゃんに少し同情しながら入場口を出ると、大歓声が私を待っていた。
反対側のゲートに紅白饅頭が見える。
『今体育祭、両者トップクラスの成績!!そして、障害物、騎馬戦ともに、競技内でぶつかり続けてきた、正に因縁の対決!!ここに開戦するぜぇ!!』
紅白饅頭の様子を窺いながら戦いのリングにあがる。
相変わらず表情は暗い。けれどそれはただ暗いだけじゃない。冷静さを保ったまま頭をフル回転させられる厄介な状態だ。
気分が沈んでるだけのへっぽこなら、まだつけ入る隙があったのだけど・・・そうは上手くいかないみたいだ。
正直、まともにやって勝てる相手じゃない。
体術は私の方が少しだけ上だけど、個性の基本性能はあちらのが断然上。圧倒的な威力、攻撃範囲、発動速度。その全てが上だ。
楽には勝てない事は分かりきっている。
私は手札を数えながら試合場へと足を踏み入れた。
すると同じく試合場に入ってきた紅白饅頭が私を見てきた。
「来たな」
糞生意気にも強者の風を吹かせる紅白饅頭。
私は笑顔と一緒に右手を狐にしてパクパクしてみせた。
紅白饅頭は少し私の狐を見つめた後、困ったように眉を顰めた。
「すまん。分からないから、言葉に出してくれ」
そう言われてはしょうがない。
教えてあげよう。
「スカシテンジャネーゾ。饅頭ノ分際デ。喰イ殺スゾ、コノ野郎ーー(裏声)」
「思ったより酷いこと言ってるんだな」
「褒メルナ照レルー(裏声)」
「わりぃが、一切褒めてないぞ」
気が緩めば儲けものかと思ったけど、あてが外れた。
紅白饅頭は高い集中力を保ったままだ。
ま、こんな事でぶれるなら、こんなに頭を悩ませる事はないんだけどね。
「━━━ふぅ。さて、小細工はこの辺にしとくかな?あんたには、これ以上やっても意味なさそうだし。悪いけど、夏休みの糧になって貰うよ。紅白饅頭」
「先に謝っておく。緑谷、夏休み潰して悪いな。大人しく登校してくれ」
「その喧嘩買ってしんぜよう、紅白饅頭!」
『さぁ!まさしく両雄並び立ちっ!今っ!!』
ラジオ先生の声にミッドナイト先生が手を構えた。
試合開始の合図を報せるミッドナイト先生の右手が、高く高く掲げられる。
『緑谷VS轟!!!!』
静まり返るスタジアム。
高まる緊張。
紅白饅頭から伝わる威圧感。
私はその時を待って、息を吸い込んだ。
勝負は最初の瞬間から始まる。
『START!!!!』
その言葉と共に紅白饅頭の足元が氷ついた。
次の瞬間生まれた高速で迫る氷柱の群に、私は火炎を吹き散らす。
決勝がある事を考えて中規模の氷結しかないと踏んで火炎で対抗したのだが、その予想は見事にあたった。
火炎の熱に氷柱は割れ、そして溶ける。
初撃を止められた紅白饅頭に動揺はない。
私と同じ様に予想していたのだろう。
防ぐことを。
「油断しとけよ、馬鹿っ」
泣き言を言っても仕方ないけど、言わずにはいられない。
紅白饅頭は再び氷結を使い、氷柱の群を私に差し向ける。今度は火炎で対抗しない。目眩ましに広範囲に火炎を吐き、引き寄せる個性で飛んだ。
引き寄せる対象は紅白饅頭の側にある太く硬い氷柱。
太く硬い・・・なんかエロいな!
炎の壁を突き破ると、私の接近に目を見開く紅白饅頭の顔を発見。防御しようと右手を構えたがそうはさせない。引き寄せる個性で腕を引き寄せ、構えを無理矢理抉じ開ける。
「ぬぅっ、おりゃぁぁぁぁ!!」
紅白饅頭の防御を掻い潜り、黄金の右腕による必殺の首狩りラリアットをかます。
当たった、けど、感触が宜しくない。
視線を向ければ左手が私の攻撃を受け止めていた。
紅白饅頭の体勢は大きく崩れる。
ダメージは深くない。
なら、速攻。
紅白饅頭に叩きつけた腕を引き戻す。
その引き戻した勢いで回転。
鋭く小さく速く。
回転の速度を乗せた右の裏拳を顔面へと叩き込む。
鈍い感触と共に紅白饅頭の顔が後ろへと弾ける。
けれど、同時に足元にヒンヤリした物を感じた。
何が来るか予想出来た。
至近距離でこれはかわせない。
やるなら、同じく力押し。
紅白饅頭の足元から氷柱が剣山のように現れる。
規模はさっきより大きい。
けれど距離が近い。
氷が育つ前なら、まだ私の火炎で防げるレベル。
氷に向けて全力の火炎を吹く。
瞬間、熱と冷気の嵐が巻き起こった。
私の火炎と氷柱がぶつかる。
紅白饅頭の氷結は強力、一瞬でスタジアムを覆うレベルの氷柱を出せる。けれどその反面、持続性がない。
だから氷柱の出所を押さえて全力で火炎放射すれば━━━。
『今大会初だぜぇ!!轟の氷結を真正面から止めたのはYOっ!!魅せてくれるな緑谷ガール!!』
喧しいラジオ先生のお陰で意識がはっきりする。
息切れ寸前で頭がクラクラする。
止められたけど、直ぐには動けない。
対して紅白饅頭は白い息を少し吐くだけ。
元気にこちらへ駆けてくる姿が見えた。
━━━ん、接近?
『轟一気に攻勢!!鈍い動きの緑谷にアタックぅぅぅ!!』
ラジオ先生の言葉に違和感を感じた。
動きの鈍い私へ攻勢に出るのは間違ってない。
でも、この接近は他に手段がなければの話。
紅白饅頭の個性なら、距離を取り続け遠距離から氷柱連発するのが最も確実。一度防ぎ、一度かわしたけど、有効である事に変わらない。
なら、それを止める理由にはならない。
止めた理由がある。
態々距離を詰め、近距離戦闘しようとする理由が。
私に向けて紅白饅頭の腕が伸びてきた。
ギリギリ酸素は取り込めた、動ける。
体を捻り突き出された掌をかわす。
また違和感。
紅白饅頭の身体能力は高い。
なのに鈍ってた私が避けられた。
ふと、視界の中に少し青ざめた紅白饅頭の腕が見えた。
火炎で紅白饅頭の視界を防ぎ、一旦距離をとる。
分かった。
戦いを急いだ理由。
個性を使わなかった理由。
氷結の個性の弱点。
速攻ばかりの派手な戦闘をしてたのは、そうせざるを得なかったから。
そもそも紅白饅頭の性格を考えれば最初からおかしかったのだ。
そんな博打みたいな戦い方。
どうして強力な個性をもっていながら勝負を焦る。
余裕があるなら、もっと時間をかければいい。
そうだ、ないんだ余裕が。
氷結の弱さは━━━━
「見つけた」
確かめる為に、もう一度近距離戦闘を挑む。
私の動きに気づいた紅白饅頭が氷結を発動してくる━━が勢いが弱い。
火炎を噴けば簡単に氷柱を壊せる。
「ちっ!」
舌打ちが聞こえてきた。
嫌なんだな、接近されるの。
分かった、どんどんやろう。
引き寄せる個性で紅白饅頭を引っこ抜き、私も飛ぶ。
空中でぶつかる紅白饅頭の腹に渾身の右ストレートをぶちこんだ。
左手で防ごうとしたけど、さっきと同じ様に引き寄せる個性で抉じ開けてやったのでモロヒット。
紅白饅頭がえづく。
地面に着地する寸前、紅白饅頭から冷気を感じたので遠くの氷柱を対象に引き寄せる個性を発動し飛ぶ。
振り返ったらばかでかい氷柱が生えてた。
殺す気か!
『飛んだり跳ねたり大忙しだぜ緑谷ガール!!名前通りタイガーガールかと思ったけどラビットガールかな!?』
『虎もジャンプするだろ』
『じゃタイガーのまんまだぜぇ!』
やかしぃわ。
エンジェルだろうが、私は。
「━━━緑谷、やっぱり強いな、お前」
失礼な解説たちに敵意を送ってると、紅白饅頭が話掛けてきた。
「まぁね、私だから。これからゴッドガール双虎様と呼ぶとよい」
「楽しそうだな、お前は」
楽しかないわ。
ギリギリだっつーの。
「そういう紅白饅頭は苦しそうだねぇ?暖めてやろうか?」
「━━っち、目敏いな。気づかれるとは思ってたが、こんなに早いとは思わなかった」
「回復遅いくせにバンバン使うからでしょ。でもまぁ、もし騎馬戦でかっちゃんが削ってなかったら、こうはいかなかったと思うよ?」
その後の連戦も意味があったと思う。
瀬呂で無駄使いした特大攻撃。百との戦闘。
紅白饅頭は昼休憩で回復した力を使ったのだろう。
だからこうも早くに体に出たのだ。
このまま戦えば、恐らく私が押し勝てる。
けど、一つ気になる事があった。
「左は使わないの?」
「・・・・」
「それを使えば、多分だけど回復しないまでも動きの鈍さだけでもなんとかなるんじゃないの?」
この話題になると紅白饅頭は途端に暗くなる。
さっきまで少し高揚してたくらいなのに。
「使わねぇ」
「そっか」
これ以上は余計なことを言うつもりはない。
だから使わないと言うなら、このまま押し勝つだけ。
「後悔しないようにね!!」
「━━っ!なんでっ!」
紅白饅頭が氷結を使ってきた。
氷柱が押し寄せる波のように迫る。
規模の大きさから私の個性で押し切れると思い、火炎で対抗する。
「俺は後悔なんて、しねぇ!!」
力強い意思を感じる。
けど、氷結に勢いはない。
「俺は、右だけで、勝つ!!あいつをっ!」
どんな思いで左を封じてるか知らない。
聞くつもりもないから、紅白饅頭が話さない限りはずっと知らないままだろう。この先も。
「俺はっ!あいつを超える!!右だけで!!このお母さんの力でっ、ヒーローに━━━━!!」
言葉とは意思とは裏腹に、どんどん弱くなっていく紅白饅頭の冷気。
私はその冷気へと、今出来る最大火力の火炎を吐き出した。
砕け散る氷。
吹き荒れる炎。
その二つが紅白饅頭を吹き飛ばした。
紅白饅頭は倒れこそしなかったが、ダメージを負ったのか膝が落ちている。
顔色も良くない。
それだけ見れば頑張ってる奴に見えるのに、私はその姿が腹立たしくて仕方なかった。
「負けねぇ、俺はっ、勝って・・・!!ヒーローに!」
「なれないよ」
私自身言うつもりの無かった言葉が口を出ていった。
「な、んだ、緑谷、なんて言った!!」
「なれねぇっつったんだよ!このアンポンタン!!その癪に障るイケメン面、原型留めないくらいボコボコににしてやろうか!はぁん!?」
「━━━っな!?てめぇ!!」
なにかを言おうとした紅白饅頭の足を引き寄せる転ばせる。床に尻餅ついた紅白饅頭の見上げる視線が私に突き刺さった。
睨んでくるその視線に私は真っ直ぐ睨み返す。
「私はさ、あるヒーローに言ってやった事がある。笑顔がキモいですよって。その人はいつも本当に馬鹿みたいに笑っててさ、ずっと好きになれなかった。でもね、それも理由があってのキモさだったって知って、本当に少しだけどキモくなくなった・・・・いや、やっぱりキモいな。うん、今でもキモい」
どこかの誰かが傷ついたような気がしたが、きっと気のせいなので気にしない事にして続ける。
「・・・でもね、轟はそれ以下だよ。鏡見たことある?凄い顔してるよ、今」
その言葉に轟が自分の顔を触った。
「私がヒーローを語るなんておかしいけどさ、それでも言わせて貰う。どの面下げてヒーローになるつもりなの?轟のヒーローってなに?」
ゆっくりと立ち上がった轟の表情は見えない。
手に覆われた顔が、どうなってるのか見当もつかない。
でもどうでもいい。
「私に勝つって息巻いた事は許してあげる。個性を使わないってのも認めてあげる。でも、ヒーローになるって事を馬鹿にしたのは許さない」
心操は批難覚悟で暴言をはいて、へぼくその癖に何度も立ち上がった。
お茶子は怖いのに勇気を振り絞って、ボロボロになって意識を失うまで戦った。
他の皆だって変わらない。
何を背負ってるのかなんて関係ない。
どんな因縁があるかなんて興味もない。
それにどれだけの意味があるのかなんて聞きたくもない。
ただ、本気でふざけるなって、そう思う。
「人の夢を馬鹿にすんな!!」
引き寄せる個性で思いっきり引っ張った轟の顔面に、渾身の力を込めた右の拳を叩き込んだ。
鈍い感触と共に轟の体が浮き上がる。
そして踏ん張れなかった轟の体は石畳へと沈んだ。
そこには悲痛な顔で空を見上げる轟の姿があった。