私のヒーローアカデミア~わんほぉー、わんほぉーなんだってけかをお断りし続ける私の楽しい英雄物語~ 作:はくびしん
まるで爆弾でも投下されたかのようなボロボロの試合場を眺めながら、俺はその威力の凄まじさをまじまじと感じていた。
緑谷がその個性を使って、轟の炎を圧縮して産み出した熱エネルギーの塊。緑谷のコントロールを離れ炸裂したその威力は、筆舌に尽くせぬほど強大なものだった。
あの時、セメントスが壁をつくり試合場の二人を守らなかったらと思うとゾッとする。
「イレイザー」
声に振り返ればミッドナイトの姿があった。
タイツは所々がボロボロのままで、あの騒ぎの処理に追われ着替えもままならなかった事を察した。
その忙しさの中で来たのは、やはりあの生徒の事を心配しての事だろう。
「緑谷のことなら心配はいりませんよ。ミッドナイトさん。今はリカバリーガールの治療を受けて寝てます。呑気なもんです」
「そう・・・」
「あまり気に病まんで下さい。あの時の判断は恐ろしく難しかった。それだけです。どちらも信念を持って戦っていましたから、近くでそれを聞いていたミッドナイトさんなら止められなくておかしくはありません。」
「それでも、あの時止めるべきだったわ」
本当に難しい判断だった。
俺は遠目で見ているからこそ、止めるように声をあげられたが、はたしてあいつらの言葉を側で聞いていたらどうしたか怪しい。内容は分からなくても、その表情を見ればどれだけ真剣に気持ちをぶつけ合っていたか想像出来るからだ。
「ねぇ、イレイザー。最後のあれはなんだったの?緑谷ちゃんの個性は引き寄せる個性だったわよね。炎なんかも対象に出来るなんて聞いてないわ」
それは俺も理解出来ていない。
これから調べてみないとなんとも言えないが、ただ一つ補習時に溢した緑谷の言葉が気に掛かってはいた。
「━━━以前、あいつ自身が言っていた事なんですが、引き寄せる個性で最も重要な要素は認識なんだそうです」
「認識?」
「個性発動対象への認識。物にたいしてきちんと認識してれば、引き寄せる出力は上がり受ける負荷も少ない。逆にその認識が疎かであれば出力は下がり掛かる負荷は大きくなる。騎馬戦の時、爆豪のハチマキを取り損ねたのはそれが理由だと思います」
物体の急激な変化。
脳内で認識した形とのズレが出力低下を招いた。
それだけ精密に対象設定をし、高出力で確実に引ったくる気だったのだろう。
となれば、今回はその逆だ。
「轟の時に行ったそれは、その逆。認識を最大限に拡大。対象をあやふやにして周囲の一切合切を引き寄せたという事でしょう。炎どころか空気も渦を巻いて集まっていったのが良い証拠だ。もしかしたら、炎を対象に出来なかったが故の苦肉の策だったのかもしれませんね」
「それって・・・大丈夫なの?ただでさえ集中力を必要とする個性なんでしょう?聞いてるとかなり繊細な個性に思えるけど」
「だから倒れたんじゃないかと。あいつにしても無茶をしたという事ですよ」
「無茶苦茶ね」
そう、無茶苦茶だ。
そしてその無茶が、恐らくあいつにとっての、次の段階への扉を開いた。
設定した点と点を引き寄せ合わせる力。
今までその点の一つを自らの掌にしか設定出来なかった緑谷が、別の位置に点を置く事に成功した。これは使いようによっては、強力な強みになるだろう。
そしてそれだけじゃない。点と点でしかなかった対象選択。それが今や点と面を引き寄せる事も可能になった。代償も少なくないが、発揮される出力も高い水準を保ったままというおまけ付きだ。
今回だけで言えば、その引き寄せる出力は炎という熱エネルギーを極小圧縮し爆弾に変え、空間をねじ曲げて見せるほど強力な物だった。
「しかし、まぁ、厄介な生徒を持った・・・」
思わず零れた言葉に、ミッドナイトが笑みを浮かべた。
「そんなに大変なら、今からでも担任代わりましょうか?」
悪い冗談だ。
今更、放って置ける訳がない。
問題はまだまだ山積み、これからが大切な時だ。
他人に任せておくには少々あいつらを知りすぎた。
「大丈夫ですよ、ミッドナイトさん。あいつらは俺が育てます。あいつらが自分達で道を違えない間は」
「そう。何かあったら言って頂戴。力になるわ」
「・・・あ、それなら近日中に一つ頼みがあります」
「頼み?」
俺にとって頭を悩ます、ヒーローになるに当たって欠かせないやらなければならない事がある。
「例の時期なんで、そろそろアレを決めないとと思ってまして」
「ああ、あれね。良いわよ、イレイザーにそこら辺のセンスは無さそうだし」
「助かります」
『HEY!HEY!HEY!イレイザーヘッド!!いつまでそこで油売ってんだYO!こっちにきて間を繋ぐの手伝えよなぁーー!!』
マイクの喧しい声が耳に響く。
隣でクスクスと笑うミッドナイトを一睨みし、俺は試合場を後にした。
不意に歓声が聞こえ、そこに視線を送ると修理されたスクリーンがあった。映し出されているのは最終種目のダイジェスト。それと、現在のトーナメントの状況だ。
「・・・惜しかったな、緑谷。もう一踏ん張りしてれば、優勝の可能性もあったとは思うんだが・・・ま、その順位で今回は満足しておけ」
スクリーンに映し出された決勝に進んだ緑谷双虎の文字と、その文字の上に重なる棄権の文字。
起きた緑谷がどんな暴走をみせるのか想像しながら、その対策を考えつつ俺は解説席へと帰った。
◇◇◇
「邪魔だ、とは言わんのか」
掛けられた声に顔を向ければ、いつものように嫌な笑顔を見せる親父がいた。
「せっかくの引き分けを自分から棄権したのは頂けないが、ようやく子供じみた駄々を捨て炎熱を使ったな。まだまだベタ踏みで危なっかしい使い方だが、それはこれから学べばいい。よくやった」
いつもなら耳障りな声が遠くに聞こえた。
「これでお前は、俺の上位互換となった!誇れ!」
不思議といつもの苛立ちを感じなかった。
「卒業後は俺の下に来い!!俺が覇道を歩ませてやる!」
差し出された手に。
不遜に笑う親父の顔に。
今は怒りが湧いて来なかった。
嫌いである事に変わりはないが、態々手を払う気になれなかった。
親父の隣を通り過ぎ、医務室へと歩を進めた。
「焦凍!?お、おい、聞いてるのか!?」
追い掛けるように声が掛かる。
「焦凍!!」
その言葉に、戦いの中で俺の名前を呼んだあいつの言葉を思い出した。
『いまっ!なんの為に立とうとしてんのか少しは考えろ!!━━━━本気でこい、轟焦凍!!』
なんの為に。
ずっと忘れていた。
お母さんが笑って応援してくれた、その目標を。
その夢を。
「親父」
「ぬっ!?」
振り返り親父の顔を見れば、酷く弱く見えた。
いつも感じていたどす黒い物が見えてこない。
「俺はあんたが嫌いだ。この左の力も気に入らない。でも、俺は全部使ってヒーローになる」
「そ、そうだ!焦凍それでいい!お前は━━━」
「それで、オールマイトみたいなヒーローになる」
「━━━っはぁ!?」
言いたい事を言った俺は親父に背を向け、医務室へと歩きだそうとして━━━肩を掴まれた。
「オ、オオ、オっ、オールマイト!?よりにもよって、オールマイトだとぉ!?な、なぜそうなる!?お前は俺の息子だぞ!!」
「関係ねぇ」
「関係あるわ!!何故俺じゃ━━━」
「憧れたからだ」
「っ!!」
幼い頃見たオールマイトの姿。
誰をも笑顔で救っていくヒーローの姿。
お母さんと一緒に見た、夢の原点。
「あんたに憧れなかった。俺にとってあんたは、お母さんを傷つけた糞親父でしかねぇ。俺の夢は今も昔も、ずっとあの人だ」
そう言うと親父の顔は酷く歪んだ。
見たこともないような、形容し難いそれに。
「ヒーローになる。俺は」
もう二度と、あいつにあんな言葉を言われない。
誰よりも強くて、誰をも救う。
笑顔を守るヒーローに。
「もう、立ち止まってらんねぇんだ。離してくれ」
これから先、迷わない。
もう二度と手離さない。
お母さんが背中を押して、あいつに引っ張られて出てこれた、この夢の道を。