私のヒーローアカデミア~わんほぉー、わんほぉーなんだってけかをお断りし続ける私の楽しい英雄物語~   作:はくびしん

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わにな、うん、あれだ、筋張ってた。
鶏肉とはなんか、違うわ。


うん、結論。
食えなくはないけど、もう一回食おうとは思わない。
そんな味やったで。

普通に牛肉買うわ。


はいはい、閑話の時間だよ『六月に降る夕時雨』の閑話巻き

「あーーー!ちょっと、待ってっ!乗ります乗ります!!乗りますってば!!」

 

全力疾走しながら手を振った私に気づいて、出発仕掛けていたバスが停まる。プシューという音と共に開いた扉。

慌てて駆け込むと運転手のおじさんに「危ないよ」と優しくお説教されてしまう。

 

申し訳ない気持ちと共に空いてる席について自分の時計を見た。

 

「着く頃には五時過ぎちゃうかなぁ。はぁ、まいったなぁ」

 

本当なら焦凍と一緒にお見舞いにいく筈だった。

噂の緑谷さんの顔も見れると楽しみにしていたのに、こんな日に限って作っていた書類に不備を見つけて、一日掛かりで直す羽目になるなんて思わなかった。

明日の提出だからやらない訳にはいかないし・・・はぁ。

 

「帰っちゃったかなぁ、緑谷さん」

 

 

 

 

バスに揺られる事暫く。

お母さんの入院してる病院へと着いた。

流石に病院内は走る訳にはいかず、早足でお母さんの病室へと向かった。

いつものナースステーションに着くと、直ぐに看護師さん達に捕まった。

 

「冬美さん!今日、焦凍くん彼女連れてきたわよ!!」

 

か、彼女!?

いつの間にそんな、人が!?

それより緑谷さんを連れてくるんじゃなかったの?!

 

「こう、ポニーテールのー」

「モデルさんみたいなの!綺麗だったわよ!」

「おっぱいもあったわね」

「あらあら、焦凍くんも男の子ねぇ」

「緑・・・なんとかさんとか、なんとか?」

 

そこまで聞いて誰の事か分かった。

 

「もしかして、緑谷双虎さんって子じゃありませんでした?」

 

私の言葉に看護師達が確かめるように見つめ合い、皆で頷いてきた。やっぱり。

 

「冬美さんもご存知だったのねぇ」

「ええ、まぁ。とはいえは弟から話を聞くばかりで、実際に会った事はなかったんですけど・・・」

「そうだったのね」

 

看護師さん達は私があまり詳しく知らないと察したのか、さっさと仕事に戻っていった。

残った受付の看護師さんに手続きをしてもらいながら話を聞くと、緑谷さんはもう帰ってしまったみたいで残念に思った。焦凍が遅くなるといけないからと、日が暮れる前に付き添って帰ったらしい。

 

弟、紳士な事出来るのね。

お姉ちゃん、初めて知ったわ。

 

「それにしても元気な子だったわよ。冷さんもいつになく嬉しそうに笑ってたし・・・彼女じゃないなんて勿体ないわねぇ。あら、ごめんなさいね。おばさんの独り言だから気にしないで」

「い、いえ。それより、母がですか?」

 

母は感情をあまり顔に出さない人だ。

どちらかと言えば内向的で、だからこそ苦しくても限界まで何も言えなくて、最後には病院に入る事にもなった。

 

そんな母が、傍目から見ても嬉しそうにしていた。

それは多分滅多に見られない姿だ。

 

「あの顔は・・・冬美さんが来たての頃よくしてたわね。あー、勿論、冬美さんが来るのは今でも嬉しいと思うわよ?でもね、人は良くも悪くも慣れるものだからね」

「あ、いえ、気にしてません。そうですか、母が」

 

手続きを済ませて母の部屋に着くと、聞きなれない音が聞こえてきた。それは母のでない、人の声。

 

母の部屋にはパソコンどころか携帯も、テレビやラジオすらない。そういったものから父の姿や声が聞こえただけで、最初の頃パニックになっていたからそういう処置になってると聞いている。

だから、母以外の声が聞こえてくるのは面会がない以上、有り得ない話なのだ。音楽の可能性もなくもないけど、母はクラッシックみたいな物を好むからそれもない。

 

「お母さん、入るよ?」

 

そう一声掛けて戸を開けるとスマホのような物を楽しげに見つめる母の姿があった。

集中していたのか直ぐに私に気づかなかった母だったけど、何かを察したのかこちらを見た。

 

「・・・あら、冬美。また来てくれたのね」

 

そう言って笑う母の顔はいつもより柔らかかった。

 

「それ、大丈夫なの?」

「ふふ、私もスマホ始めたの」

「始めたって、でも」

 

何とかして取り上げようとしたけど、そんな私を見て母はおかしそうにクスクス笑った。

 

「嘘。これね、再生機なのよ。メモリーカードに入ってる物しか見れないの。ちゃんと先生にも許可を貰って、良いって言って貰えたわ」

「再生機?」

「貴女も見てみる?」

 

そっと差し出されたそれに視線を落とす。

そこには何処かの教室と焦凍の姿があった。

それも、随分と間抜けな姿の。

 

なんか、チョンマゲ作られてた。

可愛いシュシュまで付けられて。

しかも、焦凍何故か為されるままで、その上無表情。

 

なにこれ・・・。

 

「イジメ・・・!?」

「でも楽しそうよ?」

「撮ってる人はね!?」

「そんな事ないわよ?とっても楽しそう」

「そう!?」

 

どう見ても、イジメにしか見えないんだけど!?

私のクラスでもそういうのがボチボチ顔を出してきて、いよいよ大変だから分かるんだよ!

 

けれど、母にはそれが楽しそうに見えるみたいで嬉しそうに笑っている。

 

「冬美。あの子、随分と変わったのね」

「え、ああ、うん。お母さんが最後に会ったのはずっと前だしね」

「昔はよく笑って、よく泣く子だったのに。今はどちらも見えにくくなってしまって」

「そう、だね・・・」

 

焦凍の顔から感情が薄れていったのは、母がいなくなってからだ。それまで当たり前のように浮かべていた笑顔も泣き顔も、私は見なくなってしまった。ただひたすら、父を憎むような目で見るばかりで。

 

「でもね、あの子もまた変わったみたいなの。冬美が話すような、そんな子じゃなくなったの」

「え・・・?」

「母親として、私は失格だけどね、ちゃんと分かる。ここに映ってる焦凍が楽しそうなのは。こんな事言える立場じゃないけど、ちゃんと見てあげて冬美。今あの子の側にいられるのは、あの子の事ちゃんと分かってあげられるのは、ずっと支えてた貴女なんだから」

 

そう言われてもう一度画像を見た。

じっと見て、そして気づいた。

目が違っていた。仕草も、声も、見れば見るほど、聞けば聞くほど、以前とは比べ物にならないくらい明るくなっていた。

 

反応は薄いし、凄く分かりにくいけど、確かに焦凍は楽しそうに笑っていた。

 

「━━━━っ、あぁ」

 

頬に熱いものが、伝った。

それは次から次へと止まらなくて。

視界がぼやけていった。

 

「冬美、おいで」

 

そっと包まれた温もりに、もっと涙は零れていった。

ずっと、不安だった。苦しかった。悲しかった。悔しかった。

姉として、あの子に何もしてやれない事。

お母さんの、苦しさに気づいてあげられなかった事。

違う、気づいていないふりしていた事。

 

ずっと後悔してた。

 

見てるだけで、何もしなかった事。

子供だったからと皆慰めてくれる。

けれど、それは違う。

 

子供にだって出来た事はある筈だ。

立ち向かうなんて事じゃなくていい、声をあげるだけでも良かった。

誰かに助けを求める事だって。

 

でも私は、何もしなかった。

全部が終わるまで、見ていただけ。

 

「ごめんなさい・・・!お母さん、私っ、あの、時なにも、出来なくてっ!怖くて、でも、わかってて、なのに、私はっ・・・!」

 

思ったように言葉が出ていかない。

声が枯れた訳じゃないのに、声が掠れてしまう。

もう、涙で前が見えない。

 

そんな私の頭を母の少し冷たい手が撫でた。

優しく、労るように。

 

「いいの。貴女が謝ることなんて何にもない。それよりも、頑張ってくれてありがとう。沢山、頑張ってくれてありがとう。・・・こんな私じゃ、皆の支えになってあげられない。だから、あの子達の事、あの人の事、これからもお願いね」

「うん・・・、うん」

「ごめんね、冬美。貴女ばかりにお願いして。辛いこと沢山させて。ごめんね」

 

それからどれくらいそうしていたのか、気がついたら面会終了のアナウンスが流れ始めていた。

急かされるように部屋を出ると、「待って」と声が掛かった。

 

「━━どうしたの、お母さん」

「こっちにきて」

 

言われるまま母の側にいくと、手を引っ張られた。

しゃがめと言っている感じに、私は言われるとおり腰を落とした。

 

すると母が私のおでこに自分のおでこをつけてきた。

ひんやりとしてる。

 

「おまじない」

「おまじない?」

「そう。これからの貴女に沢山の幸せがありますようにって。昔読んだ小説にそんなのがあったの」

「信じてるんだ、お母さん可愛い」

「ふふ。気を付けて帰ってね。またね」

 

母と別れた私はバスに乗り込み帰路についた。

いつも見る夜景に変わりはないのに、何処かその日は明るく見えて家に帰るのが少し楽しみだった。

 

「お嬢さん、今日は随分と良い顔してるね」

 

声に振り返ると、最近この時間いつも同じ場所に座ってるお婆さんがいた。

 

「こんばんは、お見舞い、ですか?」

「爺さんが煩くてね。あれが欲しい、これが欲しい。しまいにゃ私に泊まれとさ。嫌だって言ってやったんだよ。さっさと、退院しやがれってねぇ」

「お元気そうで何よりですね」

「そういうあんたは、ずっと暗い顔してたろ。少しはよくなったのかい?」

 

そんなに深刻な顔をしていたのかと、少し恥ずかしくなる。自分では大丈夫と思っていただけに、受けた衝撃は大きかった。

 

「あまり、その詳しい事は━━━」

「いいさね、いいさね。そんな事に興味はないよ。ただね、良い若いのがつまらない顔してたから、気になってただけさ。その調子なら、大丈夫だったんだね。良かったよ」

 

お婆さんの言葉に母の顔と弟の顔を思い出して、私は笑顔で答えた。

 

「はい。きっと、もう大丈夫です」

 

家に帰るころには、きっと9時過ぎだ。

焦凍と父が、言葉にはしないかもしれないけど、きっと心配して待っている。

二人のその姿を想像しながら、私は夜景を眺めた。

少し明るくなった、その夜景を。

 


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