騒々しいアイドル達とプロデューサー お前ら皆落ち着け。 作:べれしーと
知らない天井がそこにはあった。まるでドラマのようだった。しかしこれがドラマでないことを俺は知っている。妄想でなく、現実であることを俺は知っている。真白い清閑とした空間がそれを物語っている。
ぴっ、ぴっ、と音が聞こえて、その方を見れば彼女の姿が。
一ノ瀬志希はパソコンの含む何かしら四つの機械と三つのモニターを観察、操作していた。
「バイタルサインは正常だから。動かずに待機してて。」
こちらを一瞥もせず淡々と言葉を捻り出される。カタカタ。キーボードを叩く音が対比的である。
俺はベッドに寝かされていた。腕と脚が拘束され、心臓部や頭部に病院でよく見るワッペンみたいな物を付けられた状態で、だ。
俺の服装はスーツに変わりなく、彼女の服装も頭の中のものと変わりなかった。
部屋は違うようである。遡行装置は無く、そもそもの間取りが先程と比べて狭い。椅子は四つあり、俺が今寝てるベッドの他に布団がある。試験管やビーカーの入った棚もあって、比べて考えるとやはり生活的な空間であった。
(……『騒々』しいから『想像』ってか。つまんね。)
受け入れがたい事実である。これまでの全てが俺の妄想だったなんて。
(でも妄想だったら自分で気づかないものか?)
というかまだ混乱している。
当たり前だろう。急にお前の過ごしてきたその世界はお前自身の妄想なんだ、なんて言われたら。頭が痛い。
(…………何故志希はこんなに詳しいのだ。)
ずっと見ていたと言っていた。あのコンピューターで、ずっと。
何故?何故見ていた?
「なあ、志希。」
「待って。あと十秒。」
「うん。おっけ。質問だよねプロデューサー……ってその前に拘束具外すよ。邪魔でしょこれ?」
「あ、ああ。」
椅子から立った彼女は宣言通り枷を外していく。手際が良い。
「……拘束する必要なんてあるのか?」
「あるよ。あの妄想と連動して暴れられたら大変だし。」
「そうか……」
作業が終わる。手足が自由になった。
(不思議と、こうやって体を動かすのは久しぶりな気がする。)
妄想の中で生きていた間、俺はずっと眠っていたのだろう。
ベッド脇に座るようにして、訊く。
「どのくらい俺は寝てた。」
「大体18時間と27分。んで、現在は10月20日17時36分。窓とか時計無いし、記憶も抑えてるから覚えてないでしょ。教えておくよ。」
「記憶を抑えてる?」
「記憶喪失状態から突然全部の記憶が戻ってきたら身体と精神に異常を来すから。隣の部屋にある機械で抑えておいたの。」
その言葉に間違いは無く、俺はまだ部分的記憶喪失である。名前すら思い出せない。
「……」
「だからさっき訊いたあれこれもまだ思い出せない筈だけど大丈夫。安心して。」
頭が痛い。答えのようで答えではないからだ。直感だが違和感を持つ。鋭い直感だ。予感ともいえる。
(はぐらかしてる。)
「……こうなった経緯は。」
志希の顔を見据えて訊く。
「?」
「何で俺がお前の家にいて、さっきまで妄想の世界にいて、記憶が無くて、そして志希はこの事に詳しい?」
根本問題の解決を要求する。
「あー。分かった。説明する。」
それに志希は困った感じで返す。
「先ずキミがここにいる理由。それはキミが頼んだから。」
「頼んだ?何を?」
「仕事に疲れたから良質な休日を過ごしたい。どうすればいい?って。」
「……それがどうやってここにいる理由へ繋がる。」
「丁度あたしと晶葉ちゃんで共同制作していた機械があってさ。それがこのコンピューター群。」
「……」
「簡単に説明すれば『他人に成りきって行う人生のシミュレーション』。そうだね……旅行にも似てるかな。」
「……」
「それは今持ってる記憶を別の造り出された記憶と入れ替えて、対象者の望む世界、つまりその人の持つ妄想の世界を本物の世界としてシミュレートし、一定期間をその世界で過ごさせるんだ。」
「……」
「キミにこの機械について説明したら食い付いてきたよ。面白そうだ!なんて言って。」
「……つまり、俺自身が望んでここに来て、結果こうなったのか。」
「うん。妄想の世界にいたのも記憶が無いのもそういうこと。あたしが詳しいのは緊急時に対応するため監視してたから。晶葉ちゃんは別の部屋で仮眠中。」
記憶を入れ替える前の俺はこの状況になることを知っていた。そしてそれを許容した……
「そんな悲観しないで。結構楽しかったでしょ?まるで物語の主人公みたいになれて。」
……楽しかった。語弊はない。言うとおり、とても楽しかった。
「今もまだそれが続いてるから懐疑的になってるだけ。元の記憶が戻ったらそんなの無くなるよ。」
俺はまだ混乱してるだけなのか……?
「もう疑問なんて抱かなくていいんだって。ここは現実。つまんなくて変わり映えしない現実なんだ。」
……
「ね?」
「……まあ、そうだな。」
「よし!暗い顔やめやめ!」
椅子から立ち上がり大きい声で叫ばれる。
「うるさい。一応まだ頭ふわふわしてんだから。思考が覚束ねえんだよ。」
「ごめんごめん……あ!喉渇いたでしょ?半日以上も寝てたし!」
「そうだな。珈琲くれ珈琲。」
「ブラック?」
扉に向かってる志希にそう問われる。
「おう。頼むわ。」
「イエッサー♪」
ガチャリ。バタン。志希は部屋の外へ。
俺は一人ただ佇む、道理などない。
「……」
体に付いているワッペンを取り外す。ぴっ、ぴっ、という微かな音が消えた。
立ち上がり、パソコンのもとへ。ぴーっと高音で鳴り続けるそれを止めるためである。
三つのモニターの内、左のモニター。心電図の映るそれの電源を切る。暗転。
真ん中のモニターは先程まで何かが映っていたのに今はもう真っ暗である。右も同様。珈琲みたいな色だ。暗い。
(思考が覚束ない。
これは決して口実ではない。言い訳でもない。
四つの機械の内のパソコンを開こうとする。しかし鍵がかかっていて中に入れない。当然パスワードなど分からない。
それは後回しにし、パソコンの両隣に対称的に置かれた二つの機械を注目する。何十ものコードがその二つの機械に繋がれていてそのコードの先は隣の部屋へ。
孤立した最後の機械は真ん中と右のモニターに繋がっている。脳波か何かを調べていたのであろう俺の頭に付けられていたワッペンのコードもそれに繋がっている。
(ちっ、隣の部屋に行くか。)
足音をたてないよう歩き、扉のもとへ。ドアノブに手をかけ、回す。
(……開かない?)
ガチャガチャ、ガチャガチャ。繰り返す。
(駄目だ。開かない。)
鍵がかけられているらしい。外に出れない。
(志希……何がつまんなくて変わり映えしない現実だ、ふざけやがって……っ!)
ヤバい。これはかなりヤバい。服をまさぐっても携帯は無い。この部屋にもない。しかも防音ときたもんだ。完璧に閉じ込められた。
(騙された。あいつに騙されて監禁された。記憶もない。脱出は出来ない。しかも脈絡が分からない。)
ポロポロと単語が沸いてくる。妄想で起きた遡行よりもヤバい状況かもしれない。
(というかあれが妄想だったのかさえ怪しくなってきた。)
どれが本当でどれが嘘なのか判らない。混乱が更に深まる。
(出る。そうだ。出なきゃ。一先ずこっから出て警察行こう。)
どうやって。どうやって警察まで行く。
(……パソコンしか、ないか。)
頑張りゃネットかなんか使って呼べるかもしれない。気合いでパスワードを解こう。
再度パソコンに注目する。四桁のパスワード。案外普通なもので安心する。
(三回まで、か。)
取り敢えずあいつの誕生日。0530。
違うらしい。
……ケミストリーらしいかは分からんが、素数番。2357。
違う。
(無理だろこんなの!わかんねえよ!)
全く手掛かりも無く、残り一回。どうしようもない。適当になんか番号を……
(……なんか俺、危機感ねえな。)
自分を冷静に鑑みて気づく。監禁されてる癖に平常通りな俺。パスワードが分からなかったら出られないかもしれないのに適当に済まそうとする俺。
(まるで。まるで
変わる事のない
(ずっと
何故か頭に浮かんだ1117の数字に、そして、パスワードがそれであった事に恐怖を覚えながらそんなことを思った。
×
指紋認証で部屋に鍵をかけた後、リビングにあたしは向かった。
(疲れた……)
プロデューサーの言ってた飲み物でも用意しよう。そう思いリビングに入ると、
「終わったのか。志希。」
そこには牛乳を嗜む晶葉ちゃんがいた。白衣でパイプ椅子に座る姿は様になっていて少し面白い。
「いんや。まだ。」
「それじゃあ何をしに?」
「珈琲でも飲もうかなって。二人分。」
「……なんだ。もう終わり間近じゃないか。」
終わり間近ねぇ……
そういえば晶葉ちゃんには暈して伝えてたんだっけ。
(あんな結末、
「うん。」
「そういえば助手にはなんて伝えたんだ?」
「……半分ホント、半分ウソかな。」
「記憶は?」
「なーんも。はぐらかした。」
「しかし
「気づいてない。」
「……鈍感は相変わらずか。」
「ね。」
カップの中で揺れる真っ黒な珈琲。プロデューサーの見てた闇に似ている。
(一番は、あたしの闇かな。)
『独占欲なんてあたしには似合わない』
これは誰のセリフだっけ。まあいいや。忘れちゃった。
×
パソコンの画面に表示されたのはたった一つの情報だけだった。
英語で書かれた論文らしきもの。全く読む事ができない。
どうやら画面はこれで固定されてるらしい。他のページへの移動は不可。
(…………左クリック。
益々不気味である。頭の中に答えが浮かんでくるのだ。いつの日か志希が言っていたギフテッドのよう。
左クリックをすると全文が日本語訳されていった。もう一度クリックすると中国語。更にもう一度するとロシア語。ドイツ語、イタリア語、ポルトガル語、アラビア語……
様々な言語に変換されていく。
(なんの意味が……)
一周して日本語に戻ってきた。ぱっと見た限りこれは論文ではなく報告書らしい。最初の部分から読む。
「意識転移ないしは脳回路構造模倣器機による脳部電気信号の外部へのコンピュータシミュレートに関する諸結果と副次的効果……」
(分からん。日本語で言ってくれ。)
しかし志希の言っていた『他人に成りきって行う人生のシミュレーション』というのはこれを読解していくとホントらしいことが分かった。
(……俺の写真が載ってる。名前も書いてある。ラッキーだな。)
下にスクロールするとそこには俺の写真があった。被験者と書いてある。そして隣にも見慣れた写真が。
(…………は?)
×
あたしが珈琲を舌で転がしていると牛乳を飲み干した晶葉ちゃんが質問を投げかけてきた。
「例の
そこをついてくるか。出来れば訊いてほしくはなかった。
(でも。)
出来れば、である。別に聞かれても影響を与えないファクターだ。だから。
もう終わりに近づいてる事だし好き勝手やっちゃうよ。それくらいは許してね?
「それ、ウソ。」
ニコニコ。笑顔は絶やさない。アイドルだもんね!
「…………驚いた。私にもウソか。」
目を見開かれる。
「そ。」
「……いつもの気紛れでは無さそうだな。」
「頼まれたからね。あたしが協力者の方。黒幕はあっち。逆、逆。」
呆れた顔をされる。晶葉ちゃんだけに。
「うーむ。だとすると余計判らない。君を手懐けるなんて一体何者だ?」
わーお、酷い評価。あたし完全にペット扱い。ワンワン。
「事情が事情で。」
「もしや……
気づかれた。あれ?あたしウソつくのもしかして下手?
あたしは包み隠さず本音でいく。
「うん。」
「私にどれだけウソをついた?」
静かな声色でそう訊かれる。それはウソの追随を許さない。
「八割……いや、八割五分。」
「……私だって人だしまだ中学生だ。嘘を吐かれれば悲しさは強く感じるぞ。」
俯いてそう言われた。
「ごめん。でもそれは許してほしい。」
×
あの報告書の情報によれば頭に付いてたあのワッペンで俺の妄想の世界は構築されていたという。
その通りに頭のそれだけ付けてみる。すると真ん中のモニターには映像が映り、右のモニターには文章が載った。
続けて孤立した機械のダイヤルを弄くる。これで戻る時間などを設定できる。
(それら以外にもあの報告書には驚くべき事が書いてあった。)
それは……
「晶葉ちゃん。」
「なんだ。泣いてはないぞ。」
「あの機械ってさ、人の妄想を元に作った世界で遊ぶってのが本質だったでしょ。」
「ああ。」
「実はもう一つの事実を発見しちゃったの。」
「?」
「あれね。実は、」
プロデューサーだけ、ホントに過去へ戻れるの。
ダイヤルの設定が終わった。
(何故俺だけ戻れるのか。それは分からん。だが今はそんなことどうでもいい。)
『あいつ』の元に行って、訊かなきゃならん事がある。
(戻る過去、それは……)
「どういうことだ。つまりそれはタイムリープが現実に起こったということか。」
「信じられないでしょ?」
「……いや、ホントらしいな。」
「……なんでそんなすんなり……ああ。この地鳴りでか。」
「いいのか。いかせて。」
「うん。多分『計画通り』だよ。」
「なんなんだその黒幕は。驚嘆に値する知性だな。」
「だよね。」
「……誰かは、やはり教えてくれないか。」
「ん?ああ、いいよ。」
「……突然、どうしたその気の変わり様。」
「別に。ここまで来たら志希ちゃんのやりたいようにやってって彼女に言われただけ。」
「そうか……それで?」
「うん。黒幕はね___」
俺はやはり驚いた。まさか自分の見ていた妄想の中に実際の記憶があったなんて、と。
一つではない。覚えているもので四つあった。
(志希の説明も大方本当の事だった。)
対称的な二つの機械に情報を入力していく。
(何より。注目すべきは。)
俺の名前。そして一人の協力者。
下にスクロールするとそこには俺の写真があった。被験者と書いてある。そして隣にも見慣れた写真が。
(…………は?)
俺の名前。
(英一。)
そして隣の写真の下にはこう書いてあった___
「
俺が戻るのは
気づいた人は気づいたと思います。志希と晶葉が共同制作した機械は映画『トータル・リコール』に出てくるあれが元となってます。