騒々しいアイドル達とプロデューサー お前ら皆落ち着け。 作:べれしーと
ベッドに寝そべっているプロデューサーを同じ部屋に置きながらもそれを無視し、ただ真ん中と右のモニターを監視しているあたし。
彼の本能的な妄想。そして断片的な記憶から創造ないしは想像された妄想。
それを監視していた。
しかし悲しいかな、あたしには一つ前の世界の記憶の一部、つまり二十三周目のこの監視時の記憶だけがすっぽりと欠けているのだ。
理由は様々浮かぶがそれはこの際関係ない。
関係する問題点としては、彼の妄想がどのように展開していくのか一切分からないというものだろう。
きちんと時間通りに彼を起こすまではこの一種の睡眠状態を維持しなければならない。
臨機応変な対処があたし、一ノ瀬志希に求められているのである。
上手くやらなきゃ死人が出る。ふざけてはいられない。
周子ちゃんのためにも早く終わらせてあげたいから。
ここでの失敗は許されない。
×
最初に映った景色はレッスンルーム。右のモニターには『やってくれたな、一ノ瀬ェ!』と書かれていた。
流れていく文章や構成を見るにこれはギャグ小説を意識して創られた世界らしい。
それにしてもあたしはこんな薬開発しないよ……酷いなプロデューサーは。
思わず失笑してしまった。
いつぶりの笑いだろう。
アイドルの癖に忘れていたそれをこんな時でもプロデュースする彼は仕事依存症なのだろうか。
そのことを再確認した。
全体的に笑えるメタフィクションやラブコメを目指して話が進んでいっている事が分かる。
担当達のキャラクターを崩壊させて元の一面から目をそらしたり自分の精神を安定させたり。
事情を知ってこのギャグを見ているとそれらが空虚に映ってしまう。
まゆちゃんと藍子ちゃんのやつは特にそうだ。
現実ではあんな生優しいものじゃなかった。
時計の針は午前十時を指している。あと七時間弱。
『この話だけシリアス感増し増しですね、晶葉さん。』から、雰囲気が変わった。
タイムリープというミステリアス。これまでの世界を戻っていくというもの。
本能的経験則と願望により妄想の世界が変化したのだろうか。
何十回と続く重い恋と死の連鎖。記憶を忘却させても心の奥底にその傷が刻まれているのかもしれない。
その過去を変えたい、良くしたい。そういう考えが先行して世界にまで影響を与えたとしても不思議はない。
しかし現実でその最中なのに妄想でも同じ事をするなんて。
責任感が強いのか何なのか。
そこからは話を重ねる毎に不穏な空気が増していった。
そもそもの世界が崩れそうになっていたのだ。
妄想のジャンルが反対側に回転した事、リアルとバーチャルの境の不安定さ、タイムリープ……
数えきれない要因によりバグが生じはじめた。
今のところはあたしが対応できる範囲だし大丈夫なんだけど。
ちょっとだけコンピューター干渉をしすぎてるせいでプロデューサーの妄想に過影響を与えちゃってるみたい。
晶葉と志希の名前が多く出るようになってしまった。
『からかわないでよ凛さん!』からは目に見えてギャグや展開のキレが落ちてきていた。
加えて異変が起こり始めていた。
それは特にあたし、そして晶葉ちゃんの扱いが不当なものになっていっているという事。
明らかな
……いや、これは。
(
コンピューターとの過剰同期による人格増加。
且つ、コンピューター人格による主人格模倣、侵食。
つまり。
(
次の瞬間、それを確認するように異常が幾つも発生した。
心電図が危険値を示す。
拘束された彼の体が痙攣する。
モニターにノイズが走り出す。
(製作者に、人間に反乱するんだね……いいよ。)
そっちが
ギフテッドの本領を見せてやる。
(勝負だstupid……っ!)
カタカタというキーボードの音と甲高いノイズ。
時計の針は午後四時を指している。あと一時間弱。
こちらが優勢にウイルスを破壊していると、コンピューターに文字列が浮かび出てきた。
『それで、お前はそれでいいのか?愛しのプロデューサーを鬱にさせるその世界に戻して、それでいいのか?』
……そう。そういう手法にキミは出るんだ。
対抗してあたしは言う。
「でも妄想の世界みたいなイカレタ場所へ幽閉するよりよっぽどマシだよねぇ?」
『まさか!こっちの世界の方こそ自由で正常さ!誰も度を超えて愛さないし誰も死なない。彼だって満足しているんだ。本当にマシなのはどっちかな?』
「本当にとかそんなのはどうでもいい。薄っぺらいウソは死ねばいい。ほら?残酷なホントをあたしに教えてよ。彼にでもいい。選択権はキミにないの。わかったペテン師さん?」
『……そこまで言うのならしょうがない。分かった。』
『後悔するぞ。全員がな。』
心電図が正常値を示す。
拘束された彼の体が安静になる。
モニターのノイズが消える。
一先ず第二人格は成りを潜めたみたいだ。
妄想の世界一面に
時計の針は午後五時を指している。時間だ。
彼の妄想中で惰性的に設定されている遡行により今のプロデューサーは頭の中であたしと会話している。
丁度良いタイミングだ。
計画のままにあたしは行動する。
出力、移動、種明かし。
第二人格の干渉で多少の時間をくってしまったが誤差の範囲だ。
「ギリギリ間に合ったっ!」
ごめんね。
「さて、プロデューサー。」
辛い過去の記憶を。
「お望み通り、答え合わせをしようか。」
思い出して?
×
騒々しいのが好きだった。静寂は嫌いだった。
今では、真逆となってしまった。
______
____
__
俺は柔らかい感触から目を覚ます。
すると最初に見えたのは志希の顔だった。
……膝枕されてるみたい。気持ちいい。
「11月18日。昨日誕生日だったよねキミ。25歳おめでとう。」
堪能していると彼女がそう言った。もう一日経ってるらしい。
ふとリビングを見渡すと晶葉がいない。帰ったのだろうか。
カーテンの隙間から日光が部屋に入ってくる。今は昼か。
「具合悪そうだったからこっちまで連れてきたよ。それと膝枕サービス。どう?」
「最高。頭痛酷いけど。」
そう言うと志希はばつの悪そうな表情になった。
……周子、二十四周、恋情、罪。俺は全部思い出した。だからこの表情の意味も、周子の行為も、何もかもが俺には分かる。
妄想でタイムリープをしていた俺と違って、現実で周子は命を削ってくれていた。
あいつはどれだけ傷付いた。それは分からない。
「……皆生きてるか。」
大事な事を志希に訊く。
「成功だよ。成功、したよ……っ。」
俺のこの質問で糸がぷつんと切れたように目を潤ませ、震えだす彼女。
感情の競り上がりを感じて、俺は起き上がり彼女を抱き締めた。
ひたすら二人でわんわん泣いた。
やっと終わったのだ。
やっと全てが……
『やっと終わった?』
『まだ終わらせねぇよ。』
『美穂を、お前の太陽を。』
『自分を無視したまま終わらせようなんて許さねえ。』
『残念だったな志希。まだ俺は消えてねぇぞ。』
『
『最後の選択だ、
『彼女をどうする。』
三十分くらい経って、二人で珈琲を飲みながら記憶の整理をしていた時、晶葉から電話がかかってきた。
「もしもし。」
慌てていて、しかも晶葉以外の数人の叫ぶような声も聴こえてきた。
実に
「どうした。何が……は?」
「周子が意識不明の重体……って、な、なんだそりゃ……」
足元が崩れるような錯覚がした。
同時に耳をつんざく甲高いノイズ音。
志希がいち早くそれに反応する。
「周子ちゃんが意識不明って……ノイズ……まさか!」
彼女は走り出し、それに俺は付いていく。
到着したのはまたもやあの部屋。タイムリープの部屋。
二人で入室して右のモニターを見る。
そこにはこう書いてあった。
《セカンドプロトコルを終了。ファーストとの結合を完了。再構築を完遂。》
真ん中のモニターには俺の妄想内の志希の部屋が映し出されていて。
そこに座す
『犯した過去を贖いに来い。そうすれば周子は返す。』
ノイズ音と携帯から聴こえる晶葉達の声が消え失せた。
代わりに響いた、俺の声。
志希の静止を振り払い、ただもう一度俺は。
×
『お前は既に、美穂の声を思い出せない。』
『お前は既に、太陽の光を思い出せない。』
『そんな奴は、生きている人間だと思えない。』
『言い過ぎって思うか?』
『いや。俺なら分かる。だろ?』
『お前は元々、狂うほど彼女が好きだったんだから。』
『一番イカれてんのは俺自身だって、周りには言わなかった。言えなかった。』
『秘密だよなぁ。
『そんな狂ったお前が彼女無しで生きている。そんなの自己否定も甚だしい。』
『残酷でいて悲しいホントをさらけ出せ。』
『醜さを反省しろ。』
『じゃなきゃ、じゃなきゃ……』
『
『……』
『信じるより疑う方が簡単なんだよ……』
『本当に好きなら本音でぶつかってくれ……いつか消される機械の願いだ……』
『静寂は嫌いだ。独りな気がして、恐ろしい。』
プロデューサーの妄想の中の本当の記憶。
一.『やってくれたな、一ノ瀬ェ!』のお薬のところ以外。
二.『休ませたいぞ、双葉ァ!』の全部
三.『お前もか、北条ォ!……でも加蓮はマシでした良かったです。つーか普通の可愛さだァ!やったぜェ!』の大部分。
四.『猫キャラは何処に行ったんだ、前川ァ!』から加蓮要素を引いた分。
その他作品内で言及した話。