騒々しいアイドル達とプロデューサー お前ら皆落ち着け。 作:べれしーと
意識がはっきり覚醒すると俺は自分が事務所のプロジェクトルームにいる事に気づいた。
驚きはしない。見慣れた光景でもバラエティ番組に飽きる事が無いのと同じ感覚だった。
周りには誰もいない。人どころか生物の気配が一つも無い。
そのせいか、閉めきった部屋の中にいる俺のところまで擦れ合うような外の風音が聴こえてきた。
どれほど遠くの物音も今なら聞き逃さない自信を持てる。
困惑もない。
何が起きても俺は大きく変化しないだろう。あんな体験をしてきたのだから。
無にも近い空間が、プロデューサーとしての空間だけがそこに広がっていたとしても別段言いたい事はない。
それにここは今までの空間よりも優しくて易しい。
死と恋に悩まなくて済む。脱出もこの感じは簡単そうだ。
彼は言っていた。
『忘れるな。本質と愛を。』
『事象根因が全てを救う。』
その事象根因とやらを俺は探せばいい。
マイナスの外的要因がないのなら楽勝に近い。
我慢強さは孤独で培われた。
俺の予測からするとここは深層心理の類いだ。
先ず俺の脳内である事は間違いない。この空間がその証左となる。
次に妄想や機械人格内、思考等のものではない。人がいない事が証左となる。
無人空間が重要なキーだという事もこの二点から判明した。
無人空間。それは俺の子供時代のトラウマ。自己批判の一つ。根付いた観念。
ソファーの陰にひっそりと落ちていた凛の上着。
どういう訳か
そしてその上着のポケットのふくらみに手をかけ、中身を取り出す。
そこから出てきたのは鍵。まゆが回収していた俺のデスクの鍵だった。
ここで俺は一本の糸を予感した。
そう。俺の大好きなミステリーにあるような伏線回収だ。
上の世界、つまり妄想と現実で起きたありとあらゆる事象の残りがこの下の世界、根っこの世界で起こされようとしている。
当たり前だ。始祖の世界とも換言できる世界なのだから。
この世界こそが、事象根因の世界。
俺は俺自身の本質と愛を解放する。
これが使命なのだろう。
だからそのために行動せねばならない。
鍵を使って俺は自分のデスクを開ける。まゆだ。
そこには前と違ってカードキーだけが入っていた。
それをズボンのポケットにしまって、もう一度凛の上着をあさってみる。
念には念をとも言うしな。
功を奏して上着からは一枚の紙を更に手に入れることができた。僥倖である。
凛のそれをソファーに投げ、紙に書かれた文字を黙読する。
昼の2時迄に帰りなさいプロデューサー。そう綴られていた。
音のないルームの時計を見るとその時刻が二十分後に迫っていることを俺は知った。
李衣菜と乃々を感じながら俺は部屋を出た。
廊下の床をカツカツと鳴らしながら向かった先は談話室。
中に入り見渡すが気になるところはない。
必ずあの統計結果は意味を持っている。
そう信じて奥まで行って観察して漸く見つけた。
一冊の本。文香のカケラ。
耽美的で官能的な小説。懐かしい妄想だ。
それに挟まれた一つの栞。
クローバーを象った、栞。智絵里。
内容と合わなくておかしく思い、そして懐かしさに嬉しく思い。
その栞を本から取って自分の持つ手帳に挟もうとする。
胸ポケットから手帳を出して、同時に飴が溢れた。
地面に落ちたそれを拾い上げると、包装には特選ミルキーなどと彩られていた。杏か。
糖分が欲しくなって中身を取り出して舐める。舌触りがいい。
包装ゴミをゴミ箱に捨てて、ふと手帳の裏を見るといつの間に書かれていたのか。ネコミミとカメラが落書きされていた。みくと藍子のカケラ。
何故か怒る気にもなれず、吹き出してしまう。
(誰もいないのに人の暖かさを感じるなんて面白いな。)
笑いながら手帳に栞を挟んで、本を棚に戻した。
コロコロと飴玉を鳴らしながら来たのは物置。輝子の手がかり。
埃っぽいのは扉を開けっ放しにしてなんとかする。
目線を入れれば、中にある机は分かりやすくそこに位置していることが理解できた。
無造作に置かれた袋を開いて中を見る。
そこには小瓶があって、ふわっといい香りが広がる。アロマオイルか。加蓮のようだ。
やはり破片は無く、ただ小瓶が二つあるのみ。
片方はアロマ。もう片方は……水か。一ノ瀬め。
極微量のその水を俺は飲もうとする。喉が渇いていたからだ。
しかし先程調べた限り、この世界では水が出ないらしかった。
蛇口をひねっても水道水が流れてこないのだ。
加えてこの事務所の外へは出れなかった。試したがロックされていた。
ここではこれがたった一つの水源なのかもしれない。
そう思った俺は飲もうとする手を止めて二つの瓶を袋に入れ直す。渇きは忘れよう。
埃っぽい物置の窓からちらと見える併設の広場は明るく微笑んでいるように見えた。茜らしかった。
飴玉が溶けて、靴音と瓶のぶつかる音が響いている廊下。
時計が残り五分を示した時、俺はその部屋に着いた。
プロジェクトルームの隣の部屋。会議室。
ここ以外で行ける範囲内の記憶に残っていた場所は既にまわりきった。だから会議室に正解が必ずある。
部屋に入ると目にはギターが印象深く映る。夏樹のカケラ。
持っていた袋をまた開き、中の小瓶をファッション雑誌の並べられた棚に意味もなく揃える。美嘉。
そしてギターと棚の近くにある大きな金庫。鎖、音声入力等々をかましてあるファンキーな金庫がそこに存在を為していた。やってくれたな晶葉。
鎖は金庫にぐるぐると巻かれていて先端同士が一つの鍵で繋がっている。
鍵の部分を取り上げてみると丁度よく細長い穴があった。ここに正しい何かを入れれば鎖はとれるようだ。
ズボンのポケットからカードキーを出し、挿し入れる。
ピーッという音が鳴って鍵が開いた。
鎖を端にやって金庫の前に座る。
胸ポケットの手帳によれば、音声入力、番号の手入力、カードキーの順番でやれば開くらしい。
無意識とは何処までも便利な世界だ。
その通りに実行する。
あの忌々しい、今となっては懐かしくもあるセンテンスを発す。
すると金庫は機械らしい平坦な声で番号の入力を促した。
1117
個人的無意識。誕生日。
正解だったようで、安心する。
あとはカードキーだけ。
金庫の右下辺りにある小さな穴。USBが入るくらいの小さな穴。
そこに智絵里の栞を挿入する。
クローバーの裏に付属していたバーコードを俺は見逃さなかった。
早速金庫に手をかける。開いた。
中には二枚の写真があるのみだった。
……?
その二枚を取り出す。
片方には美穂と智絵里と周子と俺が写っていた。
純粋な笑顔で互いに笑いあっている写真。
(現実で俺が求めていた世界、か……)
もう片方。
その写真には知らない男女が二人写っていた。
誰だろう。そう考えた瞬間に俺は一種の寂しさを感じた。
寂しさ?
何故寂しさを?
この二人に寂しさを?
知らない男女……知らない?
知らないのか?
いやそうじゃない。ここは無意識だ。知らない訳がない。
じゃあこの二人は……?
周子達の写る写真とこの写真を手に持ち、思考しながら立ち上がる。
残り一分もない。
飾った水の小瓶を開けてそれを飲み干してから俺はルームに戻った。
アロマオイルの残り香が頭にこびりついたまま。
プロジェクトルームに入って俺はソファーに座る。
二つの写真を眺めながら時間を待つ。
勿論その時間は直ぐにやってきた。
時計が甲高く音を上げてその事を知らせてくれた。
写真から目を上げる。
と、目の前のソファーに
昼の2時という時間に小学生くらいの男の子が突如として現れたという事だ。
……ああ。
「そうか。」
[うん。]
「やっぱりここは深層心理、個人的無意識なんだな。」
[うん。]
「
[……うん。]
「そうだよな。何で俺、忘れてたんだろ。」
[僕の人生大変だったんだ。しょうがないよ。]
「そうか。」
[うん。]
「……辛かっただろ。」
[…………うん。]
「爺さんから葬式ん時言われたよな。お前が呑気にゲームしてた
[うん。]
「……母さん、アロマ大好きだったよな。父さんに怒られてた。俺はアロマの甘さもニッキの甘さも好きだった。喧嘩してても仲のいい二人を
[……大丈夫だよ。僕なら、英一なら大丈夫。]
「嘘じゃない?」
[子どもの僕は嘘をつかない性分なんだ。]
「……ああ。」
[ね。]
「……
[周子と美穂と智絵里と僕。その写真が答えでしょ?]
「……ああ。」
「そうか。」
×
[
×
気づけばここは事務所ではなくなっていた。
陽気の刺すコンクリート。和傘に守られている古びた椅子の上とはいえ、照り返しが小さい体に効く。
そんな酷な暑さと未来から逃れるために僕は親の経営する和菓子屋の中へと戻る。
長い休業日のうちの一日、昼2時近く。両親は旅行の下見で家を空けるらしかった。
でも知っている。不幸にも、結果、両親が死ぬということを。
止めなければならない。
この
僕の家族が住む家はこの和菓子屋の上、二階にある。
階上へ昇り、リビングに行くとあの二人がいた。
父さんと母さん。
何年ぶりに見るのか。タイムリープを含めれば恐らく三十年以上会っていなかった筈だ。
見ただけで泣きそうになってしまう。
駄目だ。僕は、死を回避するためにここまで来たんだ。
そう考えて表情を作り、声をかける。
「ん?どした英一。旅行は明後日だぞ。」
父さんがそう答える。
「んーん。そうじゃなくて。その、したみ?とかいうの明日じゃ駄目なの?今日は皆でアイドル見よーよ!」
アイドル。口からのでまかせはプロデューサーとしては誤魔化せなかった。
「まーたアイドル?本当に好きねあんたは。」
母さんの返答。
「うん!アイドルプロデューサーになる夢があるから!」
でまかせ、だろうか。俺でさえこれはもう子どもの本音に聴こえる。
童心に帰ると、本当に全部が昔のものへ戻っていく。
記憶の奥底に眠っていた熱さがぶりかえしてくるのだ。
「ねえーねえー!下見よりアイドル見よー!」
駄々を捏ねる。アホらしい。しかし効果的な方法。
「どうするの父さん。やっぱ止めておく?私は構わないけど……」
「はあ……分かった分かった。まあ下見無しでも旅行は楽しいかんな。」
……っ!
「そんなあっさりいいの?」
「いいんだよ。
「……そうね。」
父さんと母さんがボソボソと言い合っているが聞こえない。
こんな子どもの我が儘で、全てが救われる。
その事実が、皆が生存する事実が嬉しいのだ。
ほぼ心内は半狂乱で熱さは最高潮まできていた。
「でも!」
父さんが僕の肩を掴む。
「一つ、約束を守れ。いいな?」
真っ直ぐで実直な瞳に剛健さを受け、頷く。
そして___
×
面白い物語が好きだ。
悲しい物語や頭を使う物語なんかよりも断然好きだ。
明快で気分が晴れる。
そんな面白い物語が好きだ。
いつか俺もそんな物語を書きたいと夢想していた。
小さい頃、俺はアイドルに出会ったのだ。
輝いていて、夢を与える存在に出会ったのだ。
感動した。子供心に重く響いた。
そんなアイドルを育て上げるプロデューサーという職種には特に感動し、憧れた。
まるで面白い物語を作る作家さんみたいだ。
俺も、輝く物語を作ってみたい。
ハッピーエンドを想像するのは全人類に許された権利だろう?
どうかな。
騒々しい物語は好きですか?