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……人生って、いきなりひっくり返るもんなんだって、その時初めて知った。
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私の生家であった『パーカー家』が、ほぼ名ばかりの貧乏貴族であったことは、子供だった私にもよくわかっていた。
だから、家の事業をひとりで切り盛りしてきた祖母が私が11になった年に倒れ、住んでいた邸やそこにあった家具が全て抵当として差し押さえられた事も、亡き母の親戚だという女性に連れ出されて、それまで住んでいた邸のクローゼットより狭い共同アパートの一室で、その人の夫と2人の幼い子供達と共に暮らし始めた事も、仕方ないこととして受け入れた。
けど4年後にその人が病で亡くなり、春をひさいで生活をしていた彼女と同じことをして、家族を養えとその人の夫に言われた事は、到底受け入れることは出来なかった。
それまでも、外での日賃仕事や繕い物などで細々と稼いだものを全て取られていた事もあり、私がそれだけは嫌だと言うと、
『何のために今まで養ってやったと思ってる』
と罵られ、傷が残るような折檻はされなかったものの、それから5日間、家に閉じ込められ食事を抜かれた。
ただでさえ普段からお腹を空かせていた状態からのそれに意識が混濁しながら、このままでは無理矢理客を取らされるか、その前に死んでしまうということだけは理解して、ようやく家を抜け出した、その後のことは覚えていない。
次に目を覚ました時には、清潔なシーツの敷かれたベッドに横たえられており、品のいい紳士が心配そうに覗き込んでいたのと目があった。
「ああ、ジュリア。目を覚ましてくれて良かった」
その紳士が、優しそうな目にうっすら涙を浮かべたのを、その時の私は不思議な気持ちで見つめていた。
「君のお祖母様が亡くなられた後、君の事をずっと探させていたのだよ。
まさか、あのような場所で暮らしているなんて思わず、見つけるのに3年もかかってしまった。
だが、もうなにも心配しなくていい。
あの男は、貴族の令嬢を監禁していた罪で警察に引き渡したし、家にいた子供達は孤児院に保護させたから」
ああ、祖母は亡くなったのかと、まだ思考力が万全じゃない頭の片隅で、その時の私はぼんやりと思った。
別に悲しいとも感じなかった筈なのに、何故か目尻から涙が落ちた。
その年で15歳にもなる筈の私は、慢性的な栄養失調がたたって12、3歳程度の体格しかなく、また5日間の監禁と絶食ですっかり体力が損なわれていた為、しばらくはその病院で養生する事となった。
もっとも、ジョージ・ジョースター卿という名の例の紳士が、手がかりとして持っていた私の11歳時の写真と今の私が、あまり大きくなっていなかったせいでさほど印象が変わらなかった事も、探していた私を私として特定できた一因ではあった。
少しずつ健康を取り戻していく間、毎日のように訪ねてきてくれた彼は、私が知らなかった事を色々教えてくれた。
私の祖母は祖父の後妻で、祖父が祖母との間に生まれた私の父の他、前妻との間にも娘をもうけていた事。
異母姉弟であるその2人が、それぞれの伴侶との間にもうけたのが、ジョースター卿の奥様と私であり、だから私達は従姉妹同士でありながら、親子ほどの年齢差があった事。
父が伴侶に選んだ女性、つまり私の母が貴族ではなく貧民街出身の使用人で、父は母と結婚する為にかねてから決まっていた婚約を破棄する事となり、その莫大な慰謝料で事業が傾いた事。
それを立て直している段階で両親が、まだ物心もつかない
そんな私に同情したジョースター卿の奥様が、従妹である私を引き取ろうと思っていた矢先、やはり馬車の事故に遭い亡くなられた事。
奥様を亡くされたジョースター卿は、まだ赤子であった御自分の子をおひとりで育てなければならなくなり、私を引き取るどころではなくなった事。
祖母が倒れた後、私を連れ出した女性は母の妹で、恐らくは養育費目当てで引き取ったのだろうが、それを請求するつもりだった祖母が、倒れた後意識も戻らないまま1年後に亡くなってしまい、それでも実の姪ゆえに放り出す気にもなれなかったのだろうという事。
私を見つけたのは本当に偶然で、見も知らぬ男に『貴族の血を引く
「…見つけるのが遅くなって、本当に済まなかった。
君は覚えてはいないだろうが、君の従姉であるわたしの亡き妻は、まだ幼かった君を、我が子のように可愛がっていたよ。
その君は、わたしにとっても娘のようなものだ。
これまで苦労をかけてしまった分、君を必ず幸せにする。
これからは我が子同然に、わたしの家で一緒に暮らして欲しい」
半身を起こした私を、そう言って抱きしめてくれたその分厚い胸の温かさを、私は一生忘れることはないだろう。
…それから一ヶ月も経った頃、それまで見たこともないような上質な生地で仕立てられた外出用のドレスと、つばの大きな揃いの帽子をジョースター卿に与えられ(娘という存在が未知すぎて加減がわからなかった、とは後ほど聞いた言)、それを身につけた私は、彼と共に立派な馬車に乗せられて、大きな邸に連れていかれた。
ジョースター卿には私より5歳下のジョナサンという名の息子がおり、4年間一緒に暮らしたあの家の子供たち(血統的に、彼らも私の従弟だったらしいが)が学がないせいか癇癪もちで、ある程度大きくなってからはやたらと暴力的になってきていてまったく可愛いと思わなかったので、それと同年代の彼の存在は会う前は不安しかなかった。だが。
「ようこそ!初めまして、ジュリア姉さん!!
来てくれて嬉しいよ!お姉さんができるって父さんから聞いて、すごく楽しみにしてたんだ!!」
…どうやら物怖じしない、人懐こい性格らしい。
馬車の扉が開くなり声をかけてきた少年の輝くような笑顔に、私が思わず固まってしまっていたら、その行動をジョースター卿が嗜めた。
「ジョジョ。紳士ならばまずは、馬車から降りるレディに手を貸すのが礼儀であろう」
「あ……はい。ごめんなさい」
「お気遣いなく、ジョースター卿。私は平気です」
少年が叱られるのが心苦しく、私は思わず、馬車から自分で降りようとした。
だが私のその行動もまた、大きな手に穏やかに制される。
「…男子たるもの、立派な紳士になる為に、普段からこういう事は疎かにしてはいけないのだよ。
君はレディなのだから、素直にエスコートされなさい。
…それと、わたしの事は今日から父と呼ぶように」
結局、息子の代わりに私に手を差し伸べながら、そのひとは私の目を、期待に満ちた目で見つめた。
その眼差しに、ほんの少し躊躇いながら、私はその呼び名を口にする。
「……はい、お父様」
私の答えに、『お父様』は満足げに頷いた。
それから、やはり何か期待しながら見上げてくる息子に目をやり、もう一度私へと向き直る。
「…結構。改めて紹介しよう、ジュリア。
わたしの息子のジョナサン・ジョースターだ」
「初めまして、ジョナサン様。
ジュリア・サラ・パーカーと申します」
「様なんて!ジョジョって呼んでよ!
みんなそう呼んでる……あっ!!
紹介するよ、姉さん!ぼくの愛犬のダニーだ!」
先の事などなかったかのようにそう言って私の手を引いて、嬉しげに尻尾を振る大きな犬のそばに連れて行こうとする少年の無邪気さに、その父親は困ったように肩を竦めたが、私はどこか胸の奥に、温かい何かを感じた。
…その日から、私はジョースター家の令嬢として生きる事となった。
割とマナー的な事について、あまり身についていないらしいジョジョが、それらをあまり重要視していない事に気がついた私は、ある時こんな提案をしてみた。
「いいこと、ジョジョ?
立派な紳士を目指すのであれば、テーブルマナーもレディーファーストも侮る事は許されないの。
貴族の世界において、それらは己を守る鎧であり武器となるもの。
裸で戦場に出ては死ぬだけよ。
しかもそれはさりげなく、自然な形で身につけなくてはいけないわ。
いかにも『やってます』みたいな形になると、逆に田舎者と侮られるのよ。
あなたのお父様はとてもカッコいいでしょう?」
「うん……父さんは、本当の紳士なんだ」
「あなただってそうなれるわ。
その為にまずは私と一緒に、基礎からじっくりとマナーの勉強をしましょう。
私も本物の淑女を目指すから、あなたもお父様のような、本当の紳士を目指すのよ!」
「わかったよ、姉さん!!」
…男の子は、『カッコいい』という言葉でやる気を出す生き物だと思う。
優しい父と、可愛い弟。
使用人の方々も、一度は貧民街に暮らしていた私を見下す事はなく、皆さん親切にしてくれて、この穏やかな日々が、ずっと続くものと、私はいつしか、信じていた。
──あの子が、この家にやってくるまでは。