逆位置悪魔は星屑と踊る   作:大岡 ひじき

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短編クラスの話の中に納める都合上、全てのエピソードは拾わず、書きたい部分のみで構成しております……それでもすでに短編じゃない罠。


3

 その日現れたディオという少年は、艶やかな黄金色の髪の白皙の美少年だったが、その性格は最悪だった。

 顔を合わせた最初の段階で、ジョジョを出迎えたダニーを蹴飛ばし、それに殴りかかろうとしたジョジョを私が慌てて止めると、多分迎え撃とうとした構えを解いてから、観察するように私の方をじっと見つめてきた。

 

「…知らない犬がいきなり襲いかかってきたから、驚いてしまって」

 …一拍のちに殊勝な態度でそんな事を言ったが、絶対にそんなタマじゃあないことは、ひと目見てわかった。

 だが敢えて私は、とりあえずはそれに乗った形で言葉を返した。

 

「そうなの。それは申し訳なかったわ。

 あなたがディオね?お話は父から聞いています。

 けど、ごめんなさい。

 言い訳になってしまうけれども、私もジョジョもお父様から、あなたが来る事は聞いていたのだけれど、犬が怖いのだとは聞かされていなかったのよ。

 これからは、ダニーを不用意にあなたに近寄せないよう、注意させるわね」

 言いながら、彼の様子をこちらも観察する。

 その表情に変化は見られなかったが、何故だか目線は鋭くなった気がした。

 

「……怖いんじゃあない。嫌いなだけだ」

 私より少し低い目線から、睨むように見上げてきたディオは、その儚げな容姿に似合わぬ、圧し殺すような声で言った。

 

「………え?」

「あの、人間にへーこらする態度に、虫酸が走るんだ。

 ぼくも、君たちの家に厄介になるからって、あんな風に君たちに媚びたりはしないッ!

 ぼくは一番が、ナンバー1が好きなんだからな!

 誰であろうとぼくの前でイバらせはしない!」

 ……恐らくは。

 犬が怖いと思われた事が、彼のプライドに障ったのだろう。

 そういうところを呑み込めないのは、やはりこの年齢の男の子の反応だと、その時は少しだけ安心したのだけれども。

 多分、その気の緩みが良くなかったのだ。

 私はこの時、言葉選びを間違えた。

 

「……それこそ、怯えて噛み付いてくる犬みたいね、あなた」

 …その時の、私を見返したディオの瞳に浮かんだものを、なんと表現すべきだっただろう。

 それまで全く感情を見せなかった青い瞳が、唐突に何かに揺れたのを、私ははっきりと見た。

 

「…人間だって生きるために、下げたくもない頭を下げ、媚びなければならない時もあるんじゃあないかしら。

 譲れないものは、確かにある。

 守るべきものは守りつつ、互いに適度に頭を下げあって暮らすのが、人間の社会だと思うのだけれど?」

 

 

 ……だが、ならば他に何を言えばこの後の事態を回避できたのか、少しでもマシな結果にできたのかは、後から考えてもわからない。

 とにかくこの日から、ディオ・ブランドーは私たちの家族となった。

 

 ひと月ほど一緒に暮らしてみると、ディオは対外的には快活で利発な少年だった。

 その美しい容貌もさることながら、都会的でスマートな物腰と庶民的な気安さとで、瞬く間に地域の同年代の子たちの人気者となっていった。

 そしてそれに反比例するように、天真爛漫で物怖じしない少年だったジョジョは、どこかオドオドしがちになり、勉強にも身が入らなくなった。

 どうやら大人たちの目につかないところでディオに嫌がらせをされており、それまで仲良くしてくれた町の子供達にも悪評を流されて孤立しているらしかった。

 それを口に出せずに萎縮した彼は、私と競ってせっかく身につけた貴族の作法にもどこかボロを出すようになり、お父様が眉を顰めるようになった。

 

 ・・・

 

「ジョジョ!これで6回目だぞ!

 同じ間違いを何度繰り返すのだ!!」

「ディオを見ろ!全問正解だ!!」

 

「いつまでもマナーが身につかんやつだ!

 もう食べんでいい!部屋で反省しなさい!!」

「ディオを見習え!ディオのマナーは完璧だ!!」

 

 ・・・

 

 ……それまで私たちに穏やかに接してきたお父様の小言が多くなるにつれ、ジョジョは沈み込むことが多くなってきた。

 そうして叱り飛ばされるジョジョを庇うでもなく、むしろ見下すような目で見つめるディオの視線は、私をも苛立たせた。

 天使みたいな顔をしているが、この子はとんだ性悪だ。

 だがそれを指摘すれば私たちの立場上、新しく入ってきた(ディオ)に意地悪をする姉弟(私とジョジョ)という図式に、絶対になってしまう事は目に見えていたし、彼がそれを狙っている事もわかっていた。

 ディオはそれくらい、他人の心を掴むのが上手い子だし、私も下町で暮らしていた頃、下の子たちが泣けば私のせいにされて、その度に折檻を受けていた経験があったから、こういう事には敏感だった。

 それを避ける為に私は、なるべく彼との関わりを避けるようにしていたが、後から考えるにそれも、ディオを増長させる要因であったように思う。

 

 お父様に叱られて夕食を抜かれた(私も気分が悪くなり食事を中座した。作ってくれた料理人には申し訳ない事をしたと思う)ジョジョの部屋に、こっそり厨房で作らせたサンドイッチと、彼の好きなチョコレートを持っていったら、ジョジョは寝転がったベッドから跳ねるように飛び上がり、貪るようにしてそれを口にした。

 ……食欲はあるようで安心したが、私の分まで食べられてしまったのはちょっと悲しかった。

 

「…父さんは、ぼくが嫌いなのかな。

 ぼくよりディオの方が好きなのかな」

 お腹が満ちて落ち着いたせいか、ジョジョは私に寄り添いながら、ポツリと呟いた。

 

「そんなことはないわ。

 お父様もディオの手前、あなたに厳しくするしかないことに、心を痛めていらっしゃる筈よ」

「……姉さんは、ぼくがこのまま死んでしまったら泣いてくれる?」

 頬に涙の跡を残したままの顔をあげて、私を見上げて問いかける、その目を敢えて睨みつける。

 

「そんな事を言うものではないわ。

 いいこと?あなた…ジョナサン・ジョースターは、この世に1人しか居ないの。

 ディオがどんなに優れていても、それは変わらない。

 あなたは、あなたであるというだけで大切な人なのだから、誰と比べるのではなく、あなた自身の価値を自覚なさい」

 そう言ってやると、ジョジョはギュッと私にしがみついた。

 

「姉さんと……ダニーは何があっても、ぼくの味方だよね?」

「…勿論よ、ジョジョ」

 抱きしめ返したその温もりは、2年前にその父親から、私が与えられたものと、とてもよく似ていた。

 撫でた後頭部の下、首の後ろに、五芒星のような形をした特徴的な痣が、その襟の下から覗いた。

 以前水遊びをして、私の目の前でシャツを脱いだ時に見つけて指摘したら、お父様にも同じ痣があるのだと教えられ、驚いたものだ。

 なんとなくそれに指先で触れる。

 

「くすぐったいよ、姉さん」

 そう言って、腕の中からこちらを見上げた弟は、洟をすすりながら、少しだけ笑った。

 

 ・・・

 

「わたしは、息子を甘やかしていたのかもしれん」

 ある日、たまたま家の書斎で仕事をされていたお父様に、休憩していただこうとお茶を持っていった際、お父様はふうっとため息をついて言った。

 

「……ディオが出来過ぎなのですわ。

 この間、試しに私が家庭教師から出されていた課題と同じものを彼のものに混ぜておいたら、それすら全問正解していましたもの。

 あの子を基準に判断していたら、貴族子弟の大半は、駄目な子になってしまいます」

 窓から外を見下ろし、そこから見える小道を歩く人たちの姿から、そろそろ町の学校から、子供たちが帰ってくる時間であると推測する。

 

「…私はディオのそれまでいた環境を、ある程度想像する事ができますが、貧民街においては自分で手を伸ばさなければ、知識が勝手に入ってくることなどありませんのよ。

 お父様には当たり前過ぎてぴんと来ないかもしれませんが、あの子はここに来た時点でもう、読み書きが完璧にできていましたし、今も暇さえあれば本を読んでいる印象があります。

 彼は恐らくは、知識が武器になる事を早い段階で自覚して、恵まれない環境の中で最大限、それを得る為の努力をしたのでしょう」

 その精神力は、確かに驚嘆に値するものだ。

 たかだか4年ほどとはいえ、似たような環境で暮らした私が凡人の域を出ない事を考えれば、素直に尊敬の念を抱くべきなのだろう。

 ……けどやはり。

 私はディオが好きになれないし、だからといって表立ってそれを表明するわけにもいかない。

 ディオも恐らくは同様だろう。

 私に対して、必要最低限の用件でしか話しかけてはこないし、ジョジョならば喜んで食べてくれる手作りのおやつも、私が作ったものとわかると絶対に手をつけようとしない。

 そういうところも可愛くないと、どうしても私がジョジョ寄りになってしまうから、これはもう悪循環なのだろうと、理解はしている。

 …そういえばこの間のお詫びだとペンドルトン医師(せんせい)が届けてくださった、彼の所有する農園で採れたという葡萄が、貰ったその日に食べきれなかった分をジャムにしてあった筈だ。

 ジョジョはこの後、いつも通り少し遊んで帰ってくる筈だから、スコーンを焼いて用意しておこう。

 そんな事を考えていたら、メイドの手を借りずに私が淹れたお茶を口にするお父様が、ちょっと困ったように微笑んだ。

 

「…ならば余計に、ジョジョにはしっかりしてもらわねば困る。

 これまで、君が一緒にやってきてくれた結果が、ひとりで頑張っているディオに負けているのは事実なのだから。

 君がついているから大丈夫と、ジョジョが思ってしまう事が問題なのだよ。

 君はいつかはこの家を出て、幸せな結婚をする。

 その時は、それほど遠い未来ではないと、わたしは思っているよ。

 だからそれまでにジョジョは、自分1人で立てる男にならなければいけないのだ。

 いつまでも君に甘えさせておくわけにはいかないのだよ」

 …お父様は自覚なしに、私が一番言って欲しくない事を言い、その言葉とともに多分無意識に、右手の小指の細かい細工の施された指輪に、左手の薬指を、愛おしげにそっと重ね合わせた。

 

 ……なんだか泣きたいような気持ちになって、早々にお父様の書斎を辞した私は、半ば腹立ち紛れに厨房に立った。

 だがその日焼いたスコーンは添えた葡萄のジャムと共に、ジョジョの口に入ることはなかった。

 

「ごめんよ姉さん。今日はお腹が一杯なんだ。

 姉さんのおやつを食べてしまったら、夕食が入らなくなってしまう」

 そう申し訳なさそうに言ったジョジョは、その日は夜までずっと御機嫌だった。

 彼がその日着ていたシャツの袖に、何故か、葡萄色の飛沫の染みが付いていた。

 

 ・・・

 

 ジョジョに食べてもらえなかったスコーンは私の夜のお茶請けにでもしようと、ちょっと沈んだ気持ちでその皿を持って、自分の部屋まで歩いた。

 少し手間取りながらドアを開けようとしたら、後ろから伸びてきた白い手が、私が苦労して開けた筈のドアを押して、バタンと音を立てて閉めた。

 

「…なるほどな。生きるために、媚を売らなきゃいけないってのは、こういう事か」

 聞きたくない声が間近で聞こえ、反射的に振り返る。

 

「……ディオ?」

 その、初めて会った時には僅かに下にあった筈の目線が、いつのまにかほんの少し上になっており、表情の見えないアイスブルーの瞳が、やけに近くから私の顔を、覗き込むように見つめていた。

 …スコーンの皿を手にしたまま、気付けば私は自分の部屋のドアを背に、私の肩越しにドアに付けられたディオの手に、囲い込まれるような体勢で立っていた。

 

「…ただいま、()()()

 ぼくの為には、おやつを作ってくれないのかい?

 寂しいなァ」

「……あなたはいつも私の作ったものなんて、田舎菓子と馬鹿にして食べないじゃあないの。

 それより、今のはどういう意味?」

 息がかかるほどに近いこの距離が苦痛で、腕の下をくぐり抜けて逃げようとしつつ問う。

 だがそんな動きなど予想の範疇とばかりに、まだ子供の筈のディオの腕は、巧みに私の逃走経路を阻んで、掴まれた肩の動きに合わせ、逸らそうとした視線を無理矢理、再び合わせられる。

 

「そのままの意味さ。

 けど、媚びる相手は選んだ方がいいんじゃあないかな?」

「だから、何を言って……」

 ……言いかけた言葉は、ディオの口の中に消え、手から落ちた皿から転がったスコーンが、ディオの靴の裏に踏み潰された。




なお……

ディオ→12歳
ジュリア17歳
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