パラサイトガール   作:からくさ犬

8 / 12
第八話 形の無いモノは

絵に描いたような黄色に、絵に描いたような赤いケチャップ。何故だか私とダリアのだけケチャップで花が描かれていたが、それが四つテーブルに運ばれて、誰ともなくため息を漏らした。

襖さんと私、そして大門とダリアの四人で施設の外で昼食を取ることになり、場所は大門が決めた喫茶店。どういう風に言えば良いのかわからないが、大門曰く純喫茶とのこと。

私たちの他に客は片手の半分で数えられるほどで、その人たちの話し声よりも店の奥から皿が鳴る音の方が良く聞こえていた。

 

「まあ、食べてくれ。オススメだ。じゃあ、いただきます」

 

手を合わせ、大門が食べ始めるのに続き、ダリアも同じように手を合わせてから食事を始める。

横目で隣に座る襖さんを見れば大門たちのその行為を見て、突き立てようとしたスプーンを止めると、軽く頭を下げてから食事を始めた。私もまたそれに合わせて食べ始め、一口。そしてそのまま二口目へと直ぐに進む。

ふと見ればダリアの食事の手は早く、この中で一番多く食べている。確かに大門が食事をここに選んだ理由がわかる、そんなオムレツだった。

 

「それで、そっちの調査はどのぐらい進んでる?」

 

食事の最中、大門もダリアも舌鼓を打つも会話が始まらないことに対し、襖さんが口火を切った。すると私の対面に位置する場所に座るダリアがその鋭い視線を向け、大門も呆れたように一度食事の手を止める。

 

「おいおい、飯の時ぐらい仕事の話しは無しにしようぜ。するなら他の話しにしよう」

 

「……例えば?」

 

「話すことなんざごまんとあるだろ。芸能だのスキャンダルだの……そうだなぁ、最近不景気だよな」

 

そう言いながら食事を再開する大門に、襖さんも食事の手を動かす。

 

「犯罪行為が増加してるだろう? 経済不安だとか金融危機だのが原因だとか言われてるが、オレに言わせれば国全体が荒れている。デモ行進やヘイトスピーチ、まるで祭りみたいに行われてる。鬱憤か世間の不満だかが年齢問わず大きくなってるって話しだ」

 

「犯罪行為の上昇は今に始まったことじゃない、年々緩やかにだが増加していた。近年になって騒がれ始めたのはその犯罪が過激なものだったり、猟奇的な事件が目立つようになったからだ。まあ、おかげで俺たちの仕事は目立ちにくくなった」

 

「まあ、確かに今更失踪者の一人や二人、出てもメディア受けはしないな。そもそも処理班の方で上手く隠してくれるし、遺族が申し出ても警察じゃあ事件性がなけりゃ動かねぇ。『神隠しになった被害者』として最後に泣き付く6課で、怪奇が広がるだとか連鎖するとか適当ぶっこいて遺族には捜索を請け負う代わりに口を閉じて貰い、世間への公表を防ぐ。後は時間で忘れて行くって寸法か。良く出来たマッチポンプだぜ」

 

大門は言いながら鼻で笑い、人差し指でテーブルをトントンと叩く。結局仕事の話しになりつつあるのは、性なのだろうか。

気が付けばすでに大門はぺろりと皿を空にして、同様にダリアもオムレツを平らげ、食事に付いてきたデザートに手を伸ばしていた。慌てて襖さんの皿を盗み見ればほとんど食べ終わりで、最後の一人になって待たせてはいけないと食べ進める。

美味しいのは美味しいが、どうも少しばかり量が多い。もう一度襖さんの手元を見て、どうやら話しの方に集中しているのか、少し余裕が生まれる。

 

「にしてあれだな。寄生虫に寄生された人間を吸血鬼と呼称して駆除してるが、いつになったら対処療法以外の方法が見つかるんだ? 感染者を見つけては消して、ネズミ算式に増えるのを抑えてはいるが……」

 

眉をひそめ、不満を言いながら胸ポケットからタバコの箱を取り出すと、大門はその中の一本を咥える。次にジッポライターを取り出して火を点けようとするが、音と小さな火花だけが飛ぶもタバコ先に火が灯らない。

 

「クソ……病葉、火ぃあるか? オレのは駄目だ」

 

「ん、ああ……」

 

何度かそれを試みるも、無理だと諦めた大門はジッポライターをポケットに戻すと襖さんに火種を求める。すると襖さんが懐から取り出したのはマッチ箱だった。

襖さんはそのまま箱からマッチ棒を取り出し、火を点けて差し出してタバコの先を燃やす。それを全て片手だけで済ますと、マッチ棒を弾くようにして火を消す襖さんを見て、大門は笑う。

 

「マッチを片手でか? オレもドラマとかに触発されてジッポの点け方、持ち方一つこだわったもんだ。まあ、落として火事になりかけてから止めたがな」

 

「そんなものだ、両手でやっても大して変わらない。こうするのはただの……昔の癖だ」

 

火の消えたマッチ棒を灰皿に入れて、襖さんはマッチ箱を大門が使えるようにとテーブルの中心に置く。

大門は一度タバコを吸い、煙をくゆらせる。

 

「まあ、あれだ……それは研究員に任せて、オレたちは俺たちで汗水流して足で稼ぐしかないな。えっと、調査の度合いだったな? 付近の監視カメラを調べたが犯人らしき姿は無し。そもそもあの路地にはカメラが無いせいで害者がなぜ路地に入ったのか、若しくは引き込まれたかも謎だ。現場付近の店に聞き込みしたが、有益な情報はゼロだ」

 

「あの時言っていたチケットは?」

 

「これからだ。そのために病葉、お前を呼んだんだ。まあ、お前が言うには相手が夜行性の五型だ、犯行現場は深夜から早朝前ってのは確定かだな。後、それと……」

 

「顔見知りの可能性が極めて高い。五型は知らない相手を『狩らない』習性が確認されているからな」

 

大門が、いや襖さんが言う通り、今回の吸血鬼が五型ならその時間帯に『狩り』に遭ったと言うことに間違いないだろう。

五型と言うのは、吸血鬼の種類のようなものだ。寄生された人間は吸血鬼へと変化するが、どういうわけか全ての人間が同じような症状を見せるわけではない。

その症状によって一型、二型と区別し、それぞれ違う体質を持つ。そして今回の五型は基準の三型に比べ危険視はされていないが、吸血鬼であることにはかわりない。

襖さんは考え事をするように顎を撫でる。相変わらずその顎には無精ひげがあるが、それが相まってだろうか、考える素振り一つ寂びれた雰囲気を感じる。

いや、そんなふうに思ってしまうのは私だけだろうか。少なくとも、活発的とは正反対にいるのは間違いないだろう。

 

「こっちからも質問させてくれ。そっちの調査はどうなんだ?」

 

「残念だがなにもない。証拠も手掛かりもなにもだ、不思議なぐらいにな……」

 

「ふん……でだ、あんた……病葉、さん。僕と大和さんの件にあんたの仕事とどう関わってるんだ? あんたたちは必要ないんじゃないですか?」

 

すると不意にダリアがそう言い出した。既にデザートも食べ終え、まるでそれが留め具になっていたかのように鋭い眼が向けられる。

ちょうど私も食事を終え、スプーンをなにも乗っていない皿にやや乱暴に置き、音を立ててその視線を私に向けさせる。ダリアの言葉に、私と襖さんが邪魔者だと言いたいことぐらい容易にわかる。

それを察したのか、おいおい、と大門は少し困り顔を見せる。しかし、大門がダリアに何かを言うよりも先に襖さんがダリアを肯定した。

 

「ダリアの言う通りだ。この件が6課殺しとどう関わっているかわからない。だが、さっきも言った通り手掛かりがなにもない状態だ。この件が6課殺しとどう関わるかより、何が6課殺しと関わっているかがわからない」

 

「オレはなんだって良いぜ? それに病葉と仕事するなんてあの時以来だな。覚えてるか? 同じ吸血鬼を追って……ってか覚えてたな」

 

そう言う大門に、どういう意味だと私は見る。不意に転がって来た台詞にはそれだけの引っ掛かりがあった。

 

「そう……だな」

 

「あん時のお前は今とは違ってたよな、変わっちまったって言うのか? まあ、歳取ったってこともあるんだろうけどよ。再開した時ビックリしたんだぜ? まるで別人みたいに見えたもんだ」

 

「そうか? 数年経ってるからな……すまん、電話だ」

 

不意に襖さんは懐から携帯電話を取り出す。「また呼び出しか?」と尋ねる大門に、襖さんは肩を竦める。この場合の肩の竦め方は良くわからない、又は違うと言った否定の意味の方だ。

襖さんは皿に残った最後の一口を口に詰め込むと、スプーンを置いて立ち上がる。そのまま携帯電話の通話ボタンを押して、店の外へと歩を進める。

食事のために脇に置いていた長袋――もちろん中身は対人外公安6課開発特殊兵装が入っている――を手に取り、私もそれに付いて行こうかとしたが、それは襖さんの手で制止された。

その背中を見送って、外に出た襖さんをドアのガラス越しに見ていたが、襖さんが軽く歩いて視界から消える。まるでそれを待っていたかのように、私は大門に向き合った。

 

「さっきの話し、詳しく聞いてもいいですか?!」

 

声は小さく、だが意気込むようにして私は尋ねる。自然と身体は前のめりになり、手に力がこもる。

突然の私の質問に大門は少し面食らった表情を見せるが、直ぐに表情を戻す。そしてその眼には驚きよりも、なぜか優しさのようなものが見て取れた。

 

「さっきって、オレと病葉が昔に一緒に吸血鬼を追ったことか? それとも病葉が昔と比べて変わっちまったことか?」

 

逆に尋ねられ、どう答えるべきかと一瞬悩む。どれだけ昔かは定かではないが、前者ならば吸血鬼の調査で『前の子』のことが関わって来るかもしれない。少なくとも私が覚えている内で、大門と襖さんが協力して吸血鬼を追っていた記憶はない。もちろん、私自身調査に加わるようになったのは最近だが。

後者ならば、襖さんに昔なにがあったかがわかるかもしれない。クロユリは『色々あった』とうやむやにするが、大門ならばそこが浮き彫りになるかもしれない。そうなれば皮切りに全てが見えて来る可能性だって。

どちらのことを聞くのが良いのか、適切かと考えを走らせたがその頃には「両方を」と口走っていた。

 

「おい、お前大和さんに――」

 

「いいんだ、ダリア」

 

そんな私にダリアは指差し、無礼だと指摘しようとするが大門が止める。

 

「あれはまだオレがロクロクに就く前の頃だ、だからダリアも、ルリチシャも知らない話だ」

 

「ロクロク?」

 

「公安6課6係りの略だ。処理班の1係りならロクイチとか、実働部隊の2係りならロク二って具合でな……まあ、その時のオレはしがない警察でな、吸血鬼のことなんか映画とかのホラー作品にしか思ってなかったな」

 

懐かしむような素振りを見せ、大門はもう一度タバコを吸い灰色の煙を吐くとそのタバコを灰皿に置く。タバコの煙が線になって登っていき、微弱な風に吹かれて揺らめく。

それが時間が経っていくことを意識させ、早く答えが欲しいと逸るも、気持ちを抑える。急いだところで、自分が知りたかったことにたどり着くかはわからない。クロユリと違って大門は人間だ、できるだけ冷静に手を出さないように努める。

口を挟もうとしたダリアも、自分が知らない話だと言うことに興味がわいたのか、黙って聞いてくれていた。

 

「なら何故、存在もしらないのに襖さんと吸血鬼を追うことに?」

 

「そうだな……さっき言った通り、オレは警察だった。事件があれば喜んで飛び出すような仕事バカでな、女房よりも娘よりも、事件が起こるたびに喜んでそっちを優先した……娘が殺された日も、オレは警察署で寝泊まりしてた。まだ小さな女の子だった、あの日以上に仕事と自分を恨んだことはねぇ」

 

大門の眼に悲しみが滲みだす。だがそれでも大門は感傷に浸ることなく、語り聞かせるように言葉を転がす。

 

「まあ、それで星を上げてやろうと躍起になってな、本来は身内の事件には関われねぇんだが個人的に無理矢理、いろんな奴に迷惑かけてな。その途中で出会ったのが……病葉、病葉襖だ。つまりは、娘を殺した犯人は吸血鬼だったってわけだ……まあ、吸血鬼だと知ったのはオレが6課に入るずっと先の話だがな」

 

「じゃあ、襖さんが偶然その区画の担当だった。その時にお二人は初めて出会って、一緒に吸血鬼を追った?」

 

「もちろん、病葉だってバカじゃない。何度も言うようだが、その時のオレはロクロクじゃなかった。関わらないように強く言われたぜ? だが、当時はまだロクロクも発足したばかりで、色々手探り状態だったんだろうな。病葉は調査に不慣れそうだっだし……そうそう、それにあの子だ! あの子に手を焼いてたなぁ」

 

ハハハっ、と大門は一度笑い、灰皿に置いていたタバコを拾い上げて吸う。その隣ではダリアが自分の担当の過去を知り、そんなことが、と感想を漏らし、何かを考えるように少しうつむく。

大門が今なにを考え、なにを思っているかはわからないが、私は生唾を飲む思いをしていた。思わず水の入ったコップに手が出て、口の中を潤す。それでもまだ足りないのか身体が欲するままに喉を鳴らし、落ち着かせる。

 

「……その、あの子と言うのは襖さんが私の前に担当した……カマキリのことですか?」

 

「おお、そうだ。とは言っても、あの子と出会ったのはその一回だけでな。オレがロクロクに入った時にはもう……」

 

そう聞いて、一番に頭に浮かんだことはクロユリの言葉だった。襖さんが担当していたカマキリを殺したこと、そのことが浮かんでは渦巻く。

本当かどうかは謎のままだ。だが、クロユリが私に嘘をつく意味がなければ、必要性も感じられない。それだけでも否定する根拠が少なくなり、必然的に信憑性が高くなる。

このことがもし本当なら、それはそれで疑問が尽きない。襖さんがカマキリを好ましく思っていないのなら、何故今私はここにいるのか。

 

「さっき思たんだが……」

 

まとまらない思考が交差して、次に尋ねるための言葉を探していると大門が呟くように言う。そして手に持つタバコを灰皿に押し付け、火を消した。

 

「ルリチシャ、お前あの子に似てるな」

 

立ち上る煙が消えて、私は言葉を失う。理解するよりも先に身体が固まって、口も動かず、ただ全てが止まった。

大門は何と言ったか、誰と誰が似ていると言ったのか。やっと思考が動き、気付いた時には口が震えているように感じて、止めるために唇を噛む。

 

「それはどういう意味で――」

 

「なんの話しだ?」

 

ハッと口を止め、見上げる。気が付けば襖さんが戻って来ていた。それだけ話しに集中していたのか、いや、意識が散漫になっていたのだろう。

あれやこれやと気になる事が多すぎて、襖さんが扉のドアを開けて、店に入って来て、ここまで歩いて来ることの何一つ認識できていなかったのだ。

尋ねながら私の隣の席に座る襖さんに顔を向け、私はなにか言おうとするも、それは大門が変わってくれた。

 

「たわいのない話しだ。それより電話は良かったのか?」

 

「ああ、若林の葬式の話しだ」

 

いたって普通に振る舞う大門に、襖さんはそれに話しを合わせる。

 

「ん? 待て、それは確か大和さんが出席して、途中で退室したって話しの……もう前に終わったヤツだろ?」

 

「あれは6課としての非公式の送別会だ。こっちは検死を終えて遺族に遺体を送った、書類上に残る一般的な葬式だ」

 

「なんだ? ってことは病葉、出るのか?」

 

「ああ、上司役として一様な。少なくとも誰かは行かなければならないからな。他に誰かが行きたいわけでもないだろう……」

 

途中、ダリアと大門の質問に答えながら襖さんは懐からタバコを取り出し、もう片手はテーブル上のマッチ箱に手が伸びる。そして先ほど見せたように片手でマッチに火を点ける。

しかし、タバコに火を点けようとするもその動きを止める。襖さんはただ点けた炎を眺めると、結局そのままタバコの先を燃やすことなくマッチの火を消した。

マッチ棒は灰皿に捨て、タバコとマッチ箱を懐に戻し、まるで先ほどの行為がなかったかのように襖さんはそれをしなかった。

 

「遺族にはどう言うんだ? 息子さんは怪異にやられましたって言うつもりか?」

 

「流石に無理がある。ちゃんとマニュアルを用意してあるが、少しは今用に変えないとな。そもそもなんであのマニュアルがまだあるんだ。なぜ誰も変えない」

 

「そりゃあ、偉大な誰かが頑張って作った物なんだ、勝手に変えるなんざ無粋な真似できないだろう」

 

からかうように大門は笑って見せる。対して襖さんは呆れたように、同時に嫌味を込めながら軽く息を吐く。

 

「数年6課を退席していた奴が書いたマニュアルなんか、効果的とは思えないがな」

 

 

カウンターに叩きつけ、啖呵を切るように赤髪の男は口を開く。

 

「知らねえよこんなヤツ」

 

「しらばっくれても無駄だぜ。ここに頻繁に出入りしてたのは調べが付いてるんだ、何度か顔合わしてるだろう!」

 

負けじと大門はカウンター越しに身体を乗り出し、その筋肉で盛り上がる剛腕を見せつけながら話しを聞き出そうとする。

今回の被害者である人物が持っていたチケットの販売元。そのライブ会場となる場所へと来た私たちはまず先に、そこに働いていると言う男を捉まえた。

男はまだ若く小柄で、赤く染め上げ逆立てた髪に目が行く。しかしそれよりも気になる事は先ほどから質問する大門に対しての口調と、その態度なのかもしれない。先ほどから隣にいる、腕を組み、何度も人差し指で二の腕辺りを叩くダリアが今まさに噛み付きそうな勢いを見せている。

私とダリアは入り口に入って、直ぐ横に除けた目立たない場所からそれを眺めていた。最初襖さんは外で待つように言ったが、大門が寒空の中で待たせるわけにはいかないと、何より目を離すわけにはいかないと提案したため、中へと入ることになった。

 

「あのな、刑事さん。おれはバーテンだ、仕事はライブ中このカウンターにいて、客に酒を出す。ああ、10人か? 100人か? 客全員の顔なんか覚えてるわけねぇだろ!」

 

「資格も持ってねぇで、なにがバーテンだ。居酒屋のバイト程度だろうが! バーテンダー気取るなら客の顔ぐらい覚えやがれ。他に話しができる奴は?」

 

「ハッ! 誰に聞いたって無駄だね。テメェらスぺルヴィアに話すことなんざ一つもねぇ」

 

最初からまともに取り合うつもりがないのか、男は鼻を鳴らしカウンターに叩き付けた被害者の写真を指で弾き落とす。

すると大門はその写真を拾うことなく黙ってその眼力で男を見ていると、大門との沈黙に耐え兼ねて「な、なんだよッ!?」と内心慌てたように男は口にする。

 

「さっきスぺルヴィアと言ったな。その言い方は流行ってるのか? それともお前たちみたいなやつの口癖か?」

 

代わりに大門の隣にいた襖さんが写真を拾い上げ、それを懐に仕舞いながら尋ねる。すると男はまるで助け舟が来たと言わんばかりに、上機嫌で口を開く。

 

「知らねえのかオッサンども。『Malice』って言うここの一番バンドだ。その歌でテメェら警察をそう詠んでるんだ、イカすだろう?」

 

リズムに乗りながら軽く身体を動かし、キメるように指差す男に襖さんはため息を吐く。

 

「頭が痛くなりそうだな」

 

「ああんッ?! テメェ、『Malice』を馬鹿にしてるのか!?」

 

「心配しなくていい、お前を馬鹿にしているだけだ」

 

「テメェふざけてるんのか、スぺルヴィアってのはマジムカつくな……テメェらそれでも税金で飯食ってんのか!? 誰が金出してやってると思ってるんだ!!」

 

男が叫ぶ度に、コンクリートが剥き出しの会場にその声が広がり注目を集める。するとその声に引かれるように、周囲にいた他の人間が集まり出す。

その全員が髪を染めていたり、固めて尖らせていたりと特徴を作っていて、瞬く間に襖さんと大門はその集団に囲まれる。そしてまた、その集団の外周には女が数名列を作る。

クスクスと、まるで相手を馬鹿にするような声が聞こえ始める。

 

「おい、どうした? なんかあったのか?」

 

「おお、聞いてくれよ。このオッサンどもいきなりケチつけてくるんだ。まるで犯罪者扱いしてくる!」

 

「そいつはヒデァな。おい、オッサン。こいつはいい奴なんだぞ? 母親思いで、税金だって納めてる……ここはテメェらみたいな奴がいていい場所じゃねぇ、痛い目に遭う前にさっさと帰りな」

 

軽い芝居を済ますと、集団の一人が睨み付けるように襖さんに近付き、その肩を押し退けようと腕を伸ばす。しかしその腕を襖さんが掴み取り、まるで男の抵抗をもろともせずに腕を捻り上げた。

男は驚いた顔をして、掴まれた腕を放そうとするも動かない。次に両手を使い抵抗するも、結局は襖さんが手を離す形になり、男は慌てて距離を取る。

その一連を見た周りの男たちは、口々に襖さんと大門に対して啖呵を切り始める。中には首や肩を回して、動く準備を整え始める者も現れる。襖さんと大門は、そんな集団を見渡すように一瞥する。

 

「まったく、何時も事を騒がすのは何も知らないヤツばかりだ。無知で群がって、ガキな奴ほど良く吠える……まあいい、こっちのほうが早く済む」

 

「挑発しておいて良く言うぜ。お前もガキの頃は万札振りかざしてタクシー止めてたクチだろう?」

 

大門の問い掛けに、襖さんは肩を竦めて見せた。

襖さんは一歩前に出ると、それに合わせて周りの集団もそれぞれ動きを見せる。同時に雰囲気がガラリと変わる。何がとはわからないが強いて言えば、眼だろうか。

再度襖さんは集団を一瞥すると、コキリ、と首を鳴らした。そして口を開く。

 

「お前は手を出すな、下がってろ!」

 

大声で襖さん大門に言う。いや、それは大門ではなく私たちだった。それを聞いた私は今まさに一歩を踏み出したダリアの腕を掴み、その動きを止める。

 

「ん? なんだ?! 邪魔するな! あんな奴ら僕一人で――」

 

「手を出すなって、それに……」

 

私が言いどまり、代わりに視線を向ける。ダリアは納得いってないように額にシワを寄せていたが、私の視線に気付いたように襖さんを見る。

それは、一方的な暴力だった。男の一人が我先にと襖さんに殴り掛かるも、その振りかぶった腕が伸び切るよりも先に、襖さんの拳がその男の腹部を貫いていた。

殴られた男は身体をくの字に曲がったのかと思うと、そのまま殴られた部位を抑えその場に倒れ込む。次に襖さんの後ろから襲い掛かった者は襖さんにその一撃を避けられ、そのまま腕を絡み取られると無防備になった腹部に膝を入れられた。

瞬く間に二人が地面に倒れ込み、勢いを一瞬にして奪い取られた男たちはたじろぐが、また一人立ち向かう。それが恐怖なのか、プライドなのかはわからない。

次々と男たちは倒れて行き、中には投げ飛ばされた者に巻き込まれ、立ち向かうことなく倒れる者もいる。だが、雰囲気を変えた襖さんにまともに敵う者は誰もおらず、ものの数分でそこに立ってる者は襖さんと大門を除けば、カウンターに隠れながら顔を覗かせている怯えた赤髪の男だけだった。

 

「なにアイツ、ヤバいんだけど……」

 

「マジイカれてるって! 行こ行こ……きゃっ!?」

 

するといつの間にかそこから逃げ出し、取り巻きの女たちがそそくさと店から出て行こうとする。その姿は先ほどの響くような笑い語を出さず、派手な格好なのに関わらず身を縮めて目ただないようにしていた。

私は、横を通り抜けようとするその一人に肩から降ろした長袋を向け、足に引っ掛ける。思惑通り、女は足がもつれ倒れ込む。

 

「ちょ……なんだよテメェ――ひッ!?」

 

女は立ち上がろうと片膝を付き、口調を粗くしながら私を見上げる。だが、どうだろうか。眉を潜め攻撃的な表情は一瞬にして消え去った。

カタカタと奥歯を鳴らしているとその横を他の女が、なにをしているんだ、と小言を言いながら追い抜き、外へと出る。女はそれに眼を向けて、同時に助けを求めるような表情を見せる。だが、誰もその者に手を貸すことはなかった。

騒ぎ立て、煽り、襖さんを馬鹿にしても、結局はこうして自分だけ逃げようとする。私はそれを見降ろして、手に持つ長袋をふっと振り上げる。

 

「ダリア……?」

 

「許可なく一般人の駆除は認められていないぞ。お前はそれすらわからないのか?」

 

次にそれを振り下ろす。だがそれよりも先に、私の首に一本の線が差し込まれる。横目でそれを確認して、私は軽く首を傾げた。私は振り上げて、ダリアは小脇に挟んでいた長袋を私の首の前に差し出して、私たちはそのままの恰好で動きを止める。

確かに言葉の上ではダリアの言う通りだ。だが、先ほど我先にと手を出そうとして、止められたのはどちらかだったか。

どうしようかと考えている間に女はなんとか立ち上がり、そのまま外へと逃げ出す。それを見送ると私は振り上げた長袋を下ろし、ダリアの長袋を手で払う。だが、その長袋を軽く掴み、退けようとするも、ダリアはそれに抵抗するように力を入れて私の首元から動かさない。

 

「……なに?」

 

「いや、お前は僕と違って優秀じゃないからな、またやりかねないと思ってな。お前みたいなやつが担当だと、あの病葉ってやつも大変――」

 

その目を細めて、ニヤリとダリアの片側の口の頬が小さく上がる。だがその口元も私がダリアが長袋を持つ腕を直接掴み、押し退けるようにして距離を離したとこにより一瞬で歪む。しかし、それが嬉しそうに目尻は尖らせたまま、口元がまた緩む。

 

「ふん、次は僕に手を出すのか? 丁度いい、他のカマキリと一度やり合いたいと思っていんだ。僕とお前、一度どちらが上か確かめるにはちょうどいい」

 

自分が勝つに決まっているが、とダリアは長袋から物を取り出さずに、そのまま構えて見せる。片足を前に出し、両手でしっかりと持ちながらその先を私に向ける。

私とは違う構え方。そう言う構え方も確かにあるのだろうが、恐らくそれは大門が教えた構え方なのだろうなと、漠然と思った。やる気を見せるダリアだったが、私は下げた長袋を再度構えることなくそれを肩に掛ける。それでもダリアは構えを解かなかったが、少ししてつまらなそうに長袋を小脇に挟む。

私は襖さんに視線を戻すと一瞬目が合ったような気がして、視界に映る大門はホッと胸を撫で下ろしたように見えた。

 

「おい、ニワトリ」

 

「は、はいっ!?」

 

すると雰囲気を戻し、不意に襖さん声を掛けられた赤髪の男、ニワトリはカウンター内で背筋伸ばし勢い良く立ち上がる。その額には大粒の冷や汗があり、それを慌てて袖で拭って姿勢や身なりを正す。

 

「もう一度聞く、見たことはあるか?」

 

懐に仕舞った写真をもう一度取り出し、ニワトリに突き付けるように見せる。するとニワトリは「それは、その……」と口を濁らせながらまた汗を拭う。

それに大門はたたみ掛けるように、どうなんだ、と問い詰めた。

 

「騒がしいぞ、いったい何事だ!」

 

部屋全体に伝わるほどの声が突如として響き渡る。見てみれば、ステージのさらに奥、恐らくは楽屋へと続く扉から一人の男の姿。

童顔で中世的だが、しかし男と取れる顔つきで、他の男とは違い整える程度に抑えている髪。黒衣のロングコートを身に纏い、黒い手袋に、黒い靴。全身黒ずくめの男が、堂々と現れた。

 

「ぼ、ボスッ!!」

 

その姿を見て、ニワトリは叫びながら頭を何度も下げる。大門には見せなかった態度を取るが、現れた男はさほど歳は取っているようには見えず、二十歳代。その顔つきも相まって、下手をすればまだ十代のようにも見える。

どう見ても大門や襖さんの方が年上に見えるのに関わらず、その男には頭を下げるニワトリはまた違った汗を掻き始める。

新たに現れた黒ずくめの男はその足で襖さんに近付き、足元で転がっている者を見回す。

 

「君たち、誰かな?」

 

そして当たり前のように襖さんに緩やかに尋ねる。まるで現状に驚きも、疑問にも感じている様子はない。

襖さんは一度大門に目配せする。そして持っていた写真を大門に渡し、後を任せるようにその場を退ける。場所を譲られた大門は懐から警察手帳を取り出し、立場を証明すると次に写真を男たちに見せた。

 

「この女性の死体が見つかった。この女性がここに頻繁に出入りしていることがわかったんだが、こいつらが協力を断るどころか、襲い掛かって来てな」

 

「なるほどね……おいッ! 見たのか!?」

 

すると黒ずくめの男は緩やかな口調を崩し、ニワトリに問い掛ける。だが、またすぐに緩やか雰囲気に戻る。

 

「えっと、あ……はい! 何度か見ました。随分金をつぎ込んでた見たいです」

 

「どのバンドが推しだったかわかる?」

 

「ああ……ちょっと時間をください。覚えてる限り紙にまとめますんで……いえ、すぐ!」

 

ニワトリは慌てながらカウンターから適当な紙とペンを取り出し、悩みながらペンを走らせる。すると黒ずくめの男が不意に頭を下げる。

 

「自己紹介がまだだったね。僕は荒瀬 雪来。ここのライブハウスを仕切ってる……まあ、オーナーみたいなものかな。うちのスタッフが迷惑かけたみたいだね……大門さん、すいません」

 

「ん? いや……他のと違って良く出来たヤツだな。なんだ、さっきの一瞬で名前を覚えたのか?」

 

「こう言った仕事だからね、スタッフやここでやってるバンドのメンバー、グループ名は一通り。後、そっちの人……」

 

「……病葉だ」

 

荒瀬は襖さんの名前を聞くと、何かに気付いたように、ぴくりと身体を震わせる。

 

「病葉? まさか、病葉襖?」

 

すると荒瀬は驚いた様子を見ながらも、襖さんのフルネームを呟くようにして言い当てる。襖さんはその視線を荒瀬に向け、軽く眼を細めた。

 

「どうして俺の名前を……?」

 

「そうだね、東郷さんの知り合い、と言えばわかるかな?」

 

「――いや、詳しくきかないとわからないな。互いに誤解してるかもしれない」

 

確かにそうかもしれない、と荒瀬は頷く。そして当初の目的であっただろう謝罪を、しっかりと身体を襖さんの方に向け「病葉さん、すいません。迷惑掛けました」と荒瀬は頭を下げる。

その姿は大門が言った通り、確かに他の者とは違う。丁寧と言うか、自分の立場を理解している、そんな感じだ。襖さんは軽く息を吐いて返し、干渉しないとばかりにそっぽを向く。

するとその奥でニワトリがこそこそとカウンターから出て来て、ペコペコと頭を下げながら襖さんと大門の間を通る。そしてニワトリは荒瀬に手に持っていた紙を渡すと、そのまま荒瀬の後ろに隠れた。

荒瀬は渡された紙を見て、直ぐにジャケットのポケットからペンを取り出し書き始める。少しして、書き終えた荒瀬はペンで下唇を持ち上げて考える素振りを見せ、納得したように頷く。

 

「大門さん、病葉さん、お待たせしました。左が赤鳥が書いたその女性が良く買っていたメンバーのCDやグッズ。右がそのCDやグッズを置かせてもらっている店の名前と住所を書かせてもらったよ」

 

差し出された紙は大門が受け取り、すぐさま内容を確認する。するとその間、襖さんが荒瀬に声を掛ける。

 

「お前はどうなんだ、被害者と接点はないのか」

 

「さあ、どうかな。会ったことがあるとは思うけど……それが?」

 

「どうも顔見知りの犯行らしくてな、心当たりはないか?」

 

襖さんの言葉に、荒瀬は理解するも苦笑交じりに頷く。ニワトリもそれを聞いて何かを言おうと荒瀬の背中から顔を出すも、襖さんの顔を見て何も言わずに首を引っ込める。

 

「容疑者ってことだね。残念だけど、ここ数日はずっとここに寝泊まりしてたから、ちゃんとしたアリバイはないかな。ですが刑事さん、あなたたちからすれば、自分たちはバカの集まりにしか見えないのかもしれないけど、夢を持って生きてるつもりだよ。他人の夢奪うようなことはしないかな? それに、関係ないのかも知れないけど、最近悪い噂がね……」

 

すると大門は、ほう、と声を漏らす。それは荒瀬の発言にではなく、紙に書かれていた内容だった。

大門は襖さんを手招きし、紙を見せて指差す。不敵に笑う大門はどこか嬉しそうに、そして興奮しているように見える。

 

「病葉、どうやら現場の近くに店が一つあるみたいだ こりゃあ、面白いぐらい綺麗に繋がってるぜ」

 

「そうか、なら俺はもう少しこいつらに詳しい話しを聞くとしよう。他になにか言いたいみたいだしな……大門、そっちは任せた」

 

「おう、なら戻ったら互いに今日の成果発表にするか」

 

気を利かせてなのか、それとも気にしていないのか、大門はそれだけを言うと受け取った紙を懐に戻す。そして出口へと、私たちの方へと向かって来る。

するとダリアが横から私を小突き「やっと別行動だな。見てろ、僕と大和さんが先に見つけてやる」と意気込みを見せ、そのまま二人して外へと出て行く。

それをきっかけに、荒瀬は襖さんを奥の部屋に誘導するように指差し、歩き出す。話しは奥ですると、そう言うことらしい。襖さんは私に向かってついて来るようにと顎を動かし、私はそれを待っていたように襖さんの側へと駆け寄った。

 

 

ダンボールや、恐らくは音楽関係の機器が端に寄せられ、狭い道がさらに歩き難くなっている廊下を荒瀬は慣れたように進む。その後ろを私と襖さんが歩き、黙って付いて行く。

そして荒瀬は廊下にある扉の一つを開けて中へと入り、続くように襖さんと共に私も入る。そこは中心にテーブルがあり、囲むように大きめなソファーが二つ。どちらも黒の革性のソファーで、コンクリートが剥き出しの壁と比べて随分と金が掛かっているように見える。他には壁際に置いてあるタンスや小物、その一つひとつが時順先生が着ているブランド物と同じような雰囲気がある。

なりよりその部屋には他にもう一人、サングラスを付けたスーツ姿の男性が部屋の端で立っている。オシャレなのか、そのスーツの左胸辺りにバッチのようなものが付いている。

荒瀬は中心のテーブルに近付くと、襖さんにソファーに座るように勧める。それに従い、襖さんはソファーに座り、私もその隣に座る。

 

「それで、荒瀬雪来だったな。どういうわけか聞かせて貰おうか、東郷とはどういう繋がりだ?」

 

続いて対面する席に座った荒瀬に、襖さんは尋ねる。確かに荒瀬は不意に東郷の名前を出した、それは紛れもなくあの白髪交じりの情報屋のことだろう。

 

「そうだね、東郷さんとは持ちつ持たれつ関係ってところかな。情報屋って言っても、なんでも一人で調べるわけじゃないでしょ? 同業者や太いパイプを持っていて、そこから情報を交換し、それで得た情報を第三者にネタとして売る。僕はその情報提供者の一人ってこと」

 

「ただのライブハウスのオーナーが情報提供か?」

 

「若者が良く集まるから、自然と情報も集まるんだよ。おかしなことじゃないでしょ?」

 

そう言う荒瀬に、襖さんは軽く肩を竦める。

 

「なら、俺の名前を知っていたのは?」

 

「前にクギを刺されたことがあってね。『俺の後ろには病葉襖って言う公安が付いてる』ってね、流石に警察やましてや公安を敵に回すほどバカじゃない。けどまさか本人にこうして会うとは思ってなかったな……その様子だとダシに使われたみたいだね、お互いに大変だ」

 

呆れたように顔半分に手を当てる襖さんを見て、荒瀬は笑いながら言葉の最後に労いの言葉を付け加えた。東郷やつ、と襖さんの愚痴が聞こえて来そうだったが、どうやらそれは飲み込んだらしい。

そんな姿を見て、私が思うに、襖さんも東郷と持ちつ持たれつ関係なのではないだろうかと思う。襖さんは東郷から情報を貰い、東郷は襖さんに護って貰う。だから襖さんは公安6課や吸血鬼など知っている東郷を突き出さないのだろう。

そう思ったが、どこかしっくりこない。それとも所詮私の思い過ごしか。だが少なくとも、確か襖さんは東郷のことを利用価値がある、とそう言っていたが。

 

「他には何を知っている。いや、どこまで知っている?」

 

襖さんは手を当てたまま尋ねる。だがその指の間から、鋭い視線が覗き込んでいることに気付く。本来、公安6課の本来の仕事、吸血鬼のことは知られてはならないことだからだ。

するとその視線に気づいていないのか、あっけらかんと笑いながら荒瀬は首を傾げて見せる。

 

「なにもしらないよ。さっきも言ったけど、警察や公安を敵に回したくはない。ちゃんと分別は付けてないとこの仕事は生き残れないからね」

 

だが次の瞬間には、スッと、荒瀬の視線が私に向き、目を細める。

 

「だからそこの女の子がなんなのか、とかサッパリなんだよね」

 

その口調とはまるで似合わない、全てを見通すような鋭く冷たい視線に、私は思わず腕がぴくりと動く。攻撃的な意思は感じないものの、決して向けられて気持ちのいいものではない視線。

しかし、その視線は襖さんが机を叩き鳴らしたことにより、視線が私から外れる。そして荒瀬はなにも無かったように、またにこりと笑った。

 

「この子は被害者の妹だ。事件当時一緒にいて、命からがら犯人から逃げ出した。それを保護している」

 

「ふぅん、じゃあ犯人の顔を見てるんだ。なら犯人を見かけたら一発だね。けど気を付けてよ病葉さん、そうやって連れてると何かあった時マスコミが五月蝿いよ? 後ろから刺されたりでもしたら――」

 

そう言って、荒瀬は私を見上げた。

 

「ごめん、デリカシーがなかったね。確かに、君からすれば怖い思いをしたんだもんね。ほら、手を下ろしなよ」

 

荒瀬は視線を横に向け、部屋にいたスーツの男に声を掛ける。私もそれにつられてみれば、そこにはスーツの男が懐に手を突っ込んだ状態で固まっていた。額には汗が一つ、口は真一文字に結ばれていて、ごくりッ、と喉を鳴らす。

私と視線がぶつかった男はその額にシワを寄せる。そして「ですが、ボスッ!」と声を震わせる。

 

「君は自分の立場が外のチンピラたちと違うってわかってる? 僕に恥をかかせるき?」

 

ニワトリに問い掛ける時とは違い、荒瀬は変わらずに穏やかに問い掛ける。するとスーツの男は懐から手を抜き、姿勢を正す。だが、男は震え上がったように足が震え額には先ほど以上に汗が噴き出していた。

荒瀬は視線を戻し、次に襖さんを見る。そしてなにか目配せするように、私を一瞥する。

 

「……座れ」

 

襖さんに言われ、私は襖さんに視線を向ける。すると遥かに私より背の高い襖さんの顔が、私よりも下にあることに気付く。そして今自分がソファーから立ち上がっているのだとわかり、襖さんが言ったことを理解する。

 

「すいません、襖さん……」

 

言われるままソファーに座り直し、自分のしたことに対して顔半分に手を当てる。またやってしまった。勝手に行動して、襖さんを困らせて。

頭の中で一人で考え、自分の不甲斐なさばかり浮かんでくる。だが、襖さんと荒瀬の会話は私を取り残したまま進んで行く。

 

「本題に入ろう。まさか話しがしたいだけでここまで連れてきたわけじゃないだろう? 噂がどうとか言ってたな」

 

「そう、最近この周辺の若い人たちの間で言われてるんだよ。都市伝説……闇夜の中を縦横無尽に駆け巡る人影。未確認生物だってオカルト的なことを言う人もいれば、吸血鬼が出るだとかなんとかって話しも出てる。笑っちゃうよね? けど、確か公安6課ってそういうのをどうにかするのが仕事なんでしょ?」

 

「なるほど、興味深いな。夜になると生血を吸いに人を襲うのか?」

 

「確かにそんなイメージがあるけど、それだけじゃない。実はここの土地を買い取ったんだけどさ」

 

そう言って、荒瀬は前もって用意していたかのように、コートのポケットから一枚の地図を取り出す。そしてテーブルに広げるとその地図には赤い印が何個か存在し、その一つを指差して見せる。

 

「ここ、ここに小さな廃ビルがあるんだけど、どうもその吸血鬼って呼ばれている人が占拠してるみたいなんだよね。ほら、知らない人がたむろしてる場所って怖くて近づけないでしょ? 治安的にも悪いと思うんだよね」

 

「気に入らないなら好きにすればいいだろう」

 

「しなかったと思う? さっき言った通り占拠されててさ。立ち退いて貰えるようにって、若いのが行ったんだけど見事に返り討ちにあってね。かと言って、僕が出て行くわけにはいかないし」

 

「……一つ聞きたい、その被害にあったチンピラやその若いのは殺されたのか?」

 

尋ねる襖さんに荒瀬は、まさか、と笑って見せる。

 

「それこそ警察沙汰だよ。問題は誰も死んでないから警察が動かないってこと……どう? 病葉さん、この人物を追い出すか捕まえるかして、どうにかしてくれないかな?」

 

「話しはわかった。だが、そうならもっと早くに6課に相談してくれれば良かったんじゃないか?」

 

「失礼な言い方かもしれないけど、別に僕は吸血鬼なんて信じていない。ただの腕に自信があるチンピラか何かがいるだけだと思ってるだけ。別に無理にとは言わないさ。ただ僕は情報を提供した、君はそれを聞いた……それだけだよ」

 

何かを企んでいる。露骨にそんな台詞を漂わせた荒瀬だったが次には「犯人を捜してるんでしょ? 行ってみる価値はあると思うな」とそんな雰囲気を感じさせないあっけらかんとした声で喋る。よくコロコロと変わる表情と言うか、雰囲気と言うか、どうも掴みどころのない感じだ。

すると襖さんは一度眉を潜めたが荒瀬が言わんとしていることを理解したのか、不意に立ち上がった。

 

「わかった、その吸血鬼と言うのをどうにかしよう。ビルから追い出せばいいんだな」

 

「本当? ありがとう、助かるよ。お互い人の不幸で仕事が出来るけど、だからこそお互いこれからもこういった関係でいたいね。ねぇ『襖さん』?」

 

「そうだ、これ貰ってよ。僕の名刺」と笑みを浮かべながら手渡す荒瀬。襖さんは考えたのか、少し間を置いてから名刺を受け取り、襖さんはそのまま部屋を後にする。もちろんそれに私も付いて行くが、途中、荒瀬を一瞥する。

部屋を出て、廊下を進み出口に向かう最中、私は後方を確認する。被害者が持っていたライブチケット、それを頼りに来てみれば襖さんを知る人物がいて、そこから露わになる情報。偶然の産物だろうか。

もちろんそれに越したことはない。なにもわからず、無駄足を踏むよりかは情報の一つ手に入れられた方が良いだろう。だがしかし、良かったの一言で片付けるのは些か楽観的ではないだろうか。

当の本人は『なにもしらない』と主張していたが、どうも信じられない。言動といい、私を見たあの眼といい、少なくとも何も知らないと言うのは疑わしい。知っているのならば情報が拡散する前にどうにかするのが規則になるが、東郷の一件もある。

私は長袋を担ぎ直して、ふっと襖さんの背中を見上げる。

 

「襖さん、あの荒瀬と言う男……本当になにも知らないんでしょうか?」

 

尋ねる私に、相変わらず襖さんは足を止めることなく歩きながら答える。

 

「いや、知ってるだろうな。吸血鬼のことも、カマキリのことも。その証拠にこちらの行動に疑問もなにも持っていない、6課と言う怪奇現象の調査をしている人間が、普通の殺人事件の捜査をしている時点で矛盾している。更には噂だ。吸血鬼が出たなんて今の時代絶対に言わないだろう」

 

「なら……あの人たちも駆除を――」

 

「だがそうじゃないかもしれない。偶然が重なって、そう言う風に思える言動をしただけの可能性もある。ルリチシャ、お前は形の無いモノをどうやって判断するつもりだ?」

 

それは、と口だけが動く。可能性、可能性なら荒瀬が吸血鬼のことを知っていると言うのも可能性だ。それに襖さんも言ったはずだ『知っているだろうな』と。それなのにまるで荒瀬の肩を持つかのような発言に私は驚く。

まるで私のやること言うことの逆を行くような襖さんの行動に、唇を硬く閉じている自分がいて、それが一番嫌になる。

 

「……襖さんはどうやって判断するんですか?」

 

「だからこうして調べに行く。不満か?」

 

そう言う襖さんに、私は知らず知らずに歩みを止めていた足を動かし、駆けて襖さんの背中を追う。思えばシレネの時も、ダリアの時も襖さんは肯定したのに、私の時は決まって否定する。

そんなに私が間違っているのか。どう間違っていて、襖さんは私をどう思っているのか。近付くよれたコートの色あせた背中を見上げて、私は手を握る。

 

「……どうして――ッ」

 

一度、意を決して口を開く。だが、言葉にはならなかった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。