パラサイトガール   作:からくさ犬

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第九話 カマキリ

「まるで悩める乙女ね」

 

「……なに?」

 

「昔に読んだ本の題材よ。学校って言う場所で主人公が意中の人との恋愛を描いたモノなのだけど、それが今のルリチシャみたいだなぁって思っただけよ。それで? 話はわかったけど、なぜ怖気着いてしまうの?」

 

するとクロユリは横から私の顔を覗き込む。赤黒い瞳に私を映し、まるでそこから全てを見通そうとしているみたいだった。

 

「そんなに言うなら自分で聞けばいい、クロユリだって聞きたいんじゃ……」

 

「ええ、けど言ったでしょ? 私は第三者だって。聞いて良いのならあなたに頼らずとも聞いているわ。ルリチシャには簡単なことだと思っていたけど、違ったかしら」

 

些細な抵抗だろうか。反論するように私は言ってみるが、クロユリは表情を変えない。もちろん、変わることはないのだが。逆に、期待外れだ、とでも言いたいのか意地悪くクロユリに言われる。

ぎゅっと手を拳に変えた。

 

「襖さん、私のことが恐ろしいって。いつ後ろから刺されるか、わかったものじゃないって」

 

談話室で襖さんの話をしようとして、クロユリの意思でまたここに、第四研究室に連れて来られた。その時は余り意味を感じなかったが、今ならなんとなくわかる。当事者である私たちの会話なのだと。気軽に他者に聞かせて良い話しではないと。

あの車内で聞いた話し。あの時、襖さんと多々良が会話の中で襖さんの口から出たあの言葉、気にしていないわけではない。襖さんが何を思って言ったのか、それが言葉通りの意味なのなら、それが一層私の口を重くし臆病にさせる。

私とクロユリは互いに横に立ち窓越しに見える拘束具が付いてある無機質なベッドを眺める。前に来た時とは違い、今は誰も使っておらず、天井のライトが点いていない。だが完全な暗闇と言う訳ではなく、壁に沿って床に埋め込み式のライトか何かがぼんやりと蒼白く光り、それが光源となって視界を確保している。

そのため私から見えるクロユリは下からの蒼白いライトに照らされていて、クロユリから見たら私も同じように照らされて見えているのだろう。

そんな中で、私は呟くように言った。だが、それは私が思っていた以上に弱々しく、自分でさえ声になったかどうか疑問に思うほどだった。私の言葉を聞き取るのに手間取ったのか、それとも返答を考えたのか、少なくとも私の言葉は伝わったらしく、クロユリは少し間を空けてから「恐ろしいと思うわ」と発する。

 

「だって、私たち吸血鬼となにも変わらないじゃない」

 

クロユリの言葉に私は視線を奪われ、その横顔を見る。

 

「寄生虫……パラサイトに脳を寄生された人間は肉体的に驚異的な力を得て、精神的に凶暴性が増す。そして私たちカマキリはその症状を利用し、敢えて人為的にパラサイトに寄生させて戦闘能力を上げた生物兵器。寄生された人間を吸血鬼と呼び、人類の脅威と断定して駆除の対象にするのなら、私たちもまた、その恐怖の対象になっても不思議じゃないでしょ?」

 

さも当たり前のように答えるクロユリに、私は返す言葉が見当たらない。

するとクロユリは片手を顔の前に持って良き、その手を眺め始める。ふと私も自分の片手を見て、それを開いては閉じて感覚を確かめる。そして指を伸ばし剣先のように尖らせると、また岩のように硬くする。

 

「確かに私たちカマキリは吸血鬼と違って調整を受け、遺伝子を組み替え、パラサイトによる精神的な支配から逃れながら肉体的な力だけ得ているわ。既に寄生されているから吸血鬼の血を頭から被っても感染しない、対吸血鬼にこれ以上の適任者はいないでしょうね。だけど、危険なことには変わりない、私たちの血は吸血鬼と同じように感染源になるし、私たちの意思でこの力を振るえるわ。やろうと思えば6課に反旗を翻して……なんて、冗談よ」

 

そう言ってクロユリは肩を竦める。

 

「唯一違う所と言えばアレね。吸血鬼は人間から産まれ多面性があるけど、カマキリは科学から生まれ多面性がないってことかしら……ああ、これも前に本で似たようなものを読んだわね、なんて言ったかしら――」

 

下唇に人差し指を当てながら考えると、そうそう、とクロユリは思い出したようにその人差し指で空を指す。

 

「『フラスコの中の小人』」

 

なにが可笑しいのか、それとも思い出せたことが嬉しいのか、ひらりと動かない表情の代わりに手を振り、クロユリは笑って見せる。

頭の中で、液体が満ちた場所に無数の気泡が上がっていく光景が思い浮かぶ。その液体の中には少女が一人。胎児のように丸まって、無数のコードに繋がれていた。

私たちカマキリは人造人間。人は血の通った人間から産まれるのなら、私は無機質の試験管から造られた人型生命体。情報屋の東郷のように息子がいなければ、あの吸血鬼、久木原美那のように妹もいない。もちろん、両親も存在しない。

ただ戦うためだけに造られた生物兵器。クロユリはそう言ったが、襖さんもそう思っているのだろうか。だからこそ、あの時恐ろしいと言ったのか……

 

「けど……だから私たちは必要で、だから造られて……それは襖さんだって……必要として……」

 

それでも、恐れられていたとしても私たちは存在し、必要とされている。そうでなければ、私たちがこうして存在しているのは矛盾する。考えてみてもそうだ、クロユリの言い分通りだとしても、必要とされているからこそ私たちカマキリが造られる。そうでなければそもそも造られる必要がないのだから。

迷いなくそう言いたかったが実際はそうはいかない。言い淀み、言葉がちぐはぐになってしまう。吸血鬼と私が同じ、そう言う風に考えたことがないわけじゃない。あの時、久木原美那に建築現場で力の異常さを指摘され、同じだと言われた際、吸血鬼だと判断したのはそのためだ。

だからと言って、自分が吸血鬼だとは考えなかった。私はカマキリであり、人類を脅かす吸血鬼とは違うと。だが現実はどうだろうか、恐れられているのなら、それになんの違いがあるのだろうか。

私が言い淀んでいるとクロユリは私が言わんとしていることを汲み取り、優しく声を掛ける。

 

「そうね。吸血鬼を狩るためだけに造られた私たちだけど、望まれて生まれて来たことには変わりないわ。前に言ったでしょ? あなたが思っている以上に、襖さんはあなたのことを思ってくれてるって……後はルリチシャが勇気を出すだけよ、自分の意思で」

 

ぽんっと、肩を叩かれ、クロユリの言葉が突き刺さる。

 

「難しく考える必要はないわ。どうして、って聞くだけよ」

 

確かに言うのは簡単だ、私もそう思っていた。ただ口を動かし、喉から息を通せば言葉は出る。だが、それが同じぐらい難しいことだと言うのも、私はわかっていた。

あれ以来、つまりは6課殺しが起こった時以降、襖さんといる時間が増え聞くチャンスはいくらでもあるはずなのだが、どうしても臆病になる。それが襖さんを知る近道だとは理解しているのに。

『どうして殺したの?』その一言。襖さんが前の担当していた者を殺したと言う話し。クロユリから聞いたこの話しは私からすれば事実かどうかさえ知らない。

こうやってクロユリに話しをしなくても、それを確かめると共に襖さんを知ることができる合言葉。だが、それは口に出せない。聞けない理由、臆病になる理由、そんなことは自分が一番わかっている。

否定されるのが怖い。否定されることが容易に想像出来てしまうからだ。好かれていないことなどわかっている。いっそのこと言葉じゃなく、振り払ったり殴りつけたり、含みのない行動で示してくれれば私だって――

 

「行動……」

 

「ん? なに?」

 

「いや、なんでも――」

 

何でもない、と途中まで出掛かるもそれすらも飲み込んで、私は首を左右に振る。

 

「そう? まあ、あまり追及しても可哀想ね。話しを変えて、今追ってる吸血鬼の話しでも聞きましょうか。確かダリアと一緒だったわよね……なんだか不安ね。二人して同じモノを狙ってると自分の手柄だって、蹴落とし合ってないかしら? ただでさえ、私からすればあなた達って精神がまだまだ幼稚だから」

 

「……別に。吸血鬼は確か五型とか、襖さんが遺体を見てそう言っていた」

 

ダリアがそれらしいことを言っていた気もするが、あえてそれを言うこともないだろう。それに、その幼稚に私も入っているのかと思うと、何故だか変な気分だ。

まあ、確かにクロユリと比べれば私は年下のため――だと思う。カマキリ内では私は長女に当たるのが――そう言う意味ではどう足掻こうがそうなのだが。

 

「本当かしら? ダリアってあなた達の中でも我が強いと言うか、負けん気が強いって言うか……まあ、あの子も自分の担当に受け入れてもらえるように頑張っているのよ」

 

最後の方はほとんど呟くように言った感じだったが、二人しかいない空間では、それだけの声量でも聞き取れる。

 

「……ダリアも?」

 

「もちろん。まさかルリチシャ、自分だけ悩んだり、悲劇のヒロイン気取りをするつもり? 優劣なく、誰しも悩み事があるものよ」

 

誰でもね、とクロユリは相変わらずの無表情で、それでいてごく当たり前のように答える。クロユリに対して私は軽く首を傾げて、その真意を聞く。

だがまた何時かの様にクロユリはくすりと声を漏らし肩を竦めて誤魔化す。

 

「確かに私はお喋りが好きよ。けど別に告げ口も、人の秘密をばらすのが好きってわけではないの。それはダリアに聞いてほしいわ」

 

「そこまで言っておいて今更?」

 

「物事と言うのは白と黒だけじゃないのよ。灰色みたいに曖昧なことの方が多いの『どうすればいいかわからない』とか『なにが正解か』とかがまさにそれね。ルリチシャはそう言うの、嫌いかしら?」

 

するとクロユリはくるりと向きを変えて、部屋から出て行こうとする。私も振り返り、その背中を見る。

皮肉か嫌味か。クロユリが言った台詞は私に向けられていることは明らかだろう。それとも、なんでも聞きたがる私を黙らせるための都合のいい言葉か。

私はそれに答えることが出来なくて、その代わりにクロユリに付いて行く。すると第四研究室の扉が開かれる前に、クロユリは肩越しに私を一瞥し、赤黒い瞳を向ける。

 

「私は好きよ、人間らしくて」

 

吸血鬼と来て、次は人間か。そう思うも次の瞬間には扉が開いて、廊下の光が入り少しばかり目がくらむ。クロユリはそのまま廊下に出て、私もそれに付いて行く。

その間どちらも喋ることはなかった。クロユリもただ歩くだけで話し掛けて来なかったし、私も今言いたいことがあるわけではない。それに誰かといる時は話をしてなければならない、なんて決まり事はない。

お陰で私の頭の中では思考が巡る。人間と吸血鬼、カマキリと吸血鬼、人間とカマキリ。なりより、襖さんと私。

そんな中、思考を止めるように声が私の耳に届く。聞き覚えのある声に私は軽く下がっていた顔を上げ、しっかりと前を向く。するとクロユリが立ち止まる後ろ姿が見え、後ろを歩いていた私はぶつかりそうになるも慌てて足を止める。が、クロユリは直ぐにまた歩き出した。

 

「あら、襖さんに大門さん。それにダリアまでいるなんて、なにか悪だくみでもしているのかしら?」

 

談話室に戻る途中、休憩室の一つに襖さんとダリアたちに鉢合わせする。なにかの話しをしていたのだろうが、そこにクロユリが話し掛け、自然と襖さんたちの視線を集める。クロユリに続いて、私は襖さんに向かって会釈する。

するといの一番にダリアが私たちに向かって指差すが、出て来る言葉は大門に止められ、代わりに襖さんが口を開く。

 

「……クロユリか。またルリチシャを連れ回したのか?」

 

「いいじゃない、やましいことは何もしてないわ」

 

クロユリは襖さんを見上げ、動かない表情の代わりに手を動かす。そんなクロユリを見て、襖さんは軽く視線を逸らす。

 

「そうか……まあ、ちょうどいい、クロユリ。時順が探していた。今なら診察室にいると思うが」

 

「あらそうだったの? 今日って診察日だったかしら、それとも抜き打ち検査かしら。まあ、いいわ。ルリチシャを談話室に送った後に行くことにするわ」

 

「今行かないのか?」

 

「ごめんなさい、そこまで無責任のつもりは無いの……ねえ、襖さん。あなたは来ないかしら? 隣の部屋で、鏡越しに私が診察されている所を見てくれても構わないのよ?」

 

クロユリは第四研究室を出た時から何時もの調子ではなく、どことなく淡々とした口調だった。そんなクロユリに対して、襖さんは頭を掻く振りをして、顔を背けながら「結果なら後で聞く」と答える。

こうやって、襖さんとクロユリがしっかりと言葉を交わしている所を見るのは初めてかもしれない。この前の、談話室でちょうどこの五人が居合わせた時には襖さんとクロユリは言葉を交わさなかった。どちらかと言えば、互いに視線を向けないようにしていた気すらした。

クロユリは私よりも襖さんのことを知っていて、私よりも付き合いが長いと言う。だが、こうして見るとなかなか可笑しく思える。

確か時順先生と喋っていた時はもっと親しく、互いに顔を向け合いながら喋り合っていたところを見ている。その時は、クロユリは襖さんともこんな風に会話できるのかと思ったのだが、その考えは違ったようだ。

 

「そう、残念ね……それで話しは戻るけど、そっちはどんな話しをしてたのかしら?」

 

残念ね、と言った後、クロユリは何時もの調子に戻ったように声を弾ませ始める。

 

「オレたちは今追ってる吸血鬼の状況証拠を掴んだところでな、その話しだ」

 

「決定的証拠、の間違えじゃないのか?」

 

「病葉、元刑事のオレに言わせれば、状況証拠ってのは随分と厄介なものなんだぜ? 一見あることを指しているように見えるが、違う見方からすれば全く違うことを指している……まあ、今回ばかりはそんなことはねぇと思うがな」

 

ガハハハッ、と大門は笑ってその隣にいるダリアの頭に手を置く。されるがままダリアは勢い良く頭を撫でられ、左右に揺れ動く。

その顔は困り顔に照れて、悩み事なんてないように見える。だがクロユリが言うには、そうではないらしい。本当だろうか、と私はクロユリを横目で見るも、そんなことはもちろんわからない。

まるで手の平で踊らされているのではないかと、そんな疑問が生まれて来る。もしかしたら、私も私でクロユリの言うことを鵜呑みにしない方がいいのかもしれない。

 

「じゃあ病葉、詳しい話しは書類を交えてやるからオレの部屋に来てくれ、ダリアは――」

 

「僕も行きます! 仕事ですから」

 

「おうおう、そりゃ頼りになるぜ。だがなダリア、これはオレの仕事だ。すまねぇがここはオレに任せてくれ。だからまず談話室に……」

 

「あら、ならダリアも私が談話室に連れて行くわ。そうすれば今から二人は部屋に行けるでしょ、ダリアもそれで良いかしら?」

 

クロユリに言われ――ほとんどは大門に言われたからだろうが――ダリアは不服そうにしながら、はい、と頷く。だが対して大門は困ったように、眉をひそめ、筋肉で盛り上がった腕を胸の前で組む。

 

「それは助かるが……おい、病葉。目を放して大丈夫なのか?」

 

「心配か? 別に急ぎじゃないんだ、大門の気の済むようにすればいい。俺は先に行く」

 

襖さんはそれだけ言うと、一足先に施設内にある担当組の部屋へと歩を進める。私は思わず、あっ、と声を漏らす。

大門はそんな襖さんを見て、呼び止めようとして出した手を使ってガシガシと頭を掻く。大門はその状態で私たちを見て、悩むように廊下の天井を見上げる。最終的にはクロユリにその困り顔を向けて、あまり歯切れの良くない口調で喋る。

 

「えっと、じゃあ頼むぞクロユリ。寄り道せずにしっかり二人を届けてくれよ? ダリアもルリチシャも、なにか問題を起こすんじゃないぞ?」

 

「大丈夫です、大和さん。僕が二人を見張ります!」

 

するとクロユリの代わりに何故かダリアが胸を張る。

 

「ハハハッ、そうか? じゃあ、まあ……頼むぞ?」

 

大門は最後までその態度から戻ることはなく、去り際も肩越しに私たちを見る。そんな大門にクロユリは軽く手を振って、ダリアもピンと背筋を伸ばして、その姿を見送る。

まあ、心配と言えば心配なのだろう。施設内とは言え、本来いるべきではない所に私たちがいるのだから。いや、カマキリと言う存在を野放しにするのが恐ろしいのか。見張る者も、止める者もいない状況で私たちが何をするのかわからない。

私はふと廊下の天井を見て、そこに半円状のモノが付いているのを見る。それが監視カメラなのだと言うことはわかっているが、気にして見ればその数は多い。もしその全てが私たちを監視するために存在するモノなのだとすれば、私たちが『私たち』だけになることはそうないのだろう。

そう考えて、思い出す。そう言えば、そんなことを襖さんが言っていた。24時間監視される存在が、と。

 

「……やっぱり、古株以外からは信用ないわねぇ」

 

するとクロユリは襖さんと大門がいなくなり、三人だけになるとため息を吐く。

 

「えっ?」

 

「何でもないわ、それで二人ともどうするのかしら? 言われた通りに私が談話室に連れて行きましょうか?」

 

「どういうこと? そう言う話じゃ……」

 

そう尋ねると、クロユリは肩を竦めて見て、やれやれと首を左右に振る。

 

「それでいいなら、そうするわ。それじゃあ――」

 

「待った!」

 

歩き出そうとしたクロユリに、不意に声を掛けたのはダリアだった。先ほどの大門のように、呼び止めるために手を出し――こちらは頭には行かずにしっかりと突き出している――ダリアはその尖らせた目尻を私とクロユリに向ける。

クロユリはなんだとダリアを見るも、対してダリアは腕を組むだけで直ぐには口を開かない。するとダリアの目線が私に向けられる。

 

「こっちが先に見つけたんだ、今回の吸血鬼は僕が駆除する。いいな?」

 

いきなり何の話をしているのか。呼び止めておきながら、わざわざそんな話しをする必要があるのだろうか。そう感じて私は首を少しだけ傾げる。

それに私がその話しを了承した記憶はないし、そうだとしても、そもそも根本的なところでこの提案は意味をなさない。

 

「私が決める事じゃない」

 

それは担当官である、襖さんや大門が考えることだ。私が淡々と言うと、ダリアは腰に手を当て、フンッ、と鼻を鳴らす。

 

「なら尚更だ、お前がどっちでもいいと言うのなら、手を出すな」

 

「……ダリア、どうしてそこまで張り合いたがる? ダリアは担当に好かれて、認められて貰ってるのに、なにをそんなに――」

 

適当に話しを流しても良かった。ダリアが仕事を行いたいと言うのはわかるし、その意欲が高いのも言動からも見て取れる。私だって、仕事を盗られ、襖さんと一緒にいられる時間を割かれたくはない。

だがこうして意味もなく言葉を浴びせられるのも、それを聞き流したり相づちを打つのも私だ。何も感じないわけではない。

それにもう一つ、シレネにも言えることだが彼女たちは私とは違う。シレネには多々良、ダリアには大門。自分の担当に認めてもらっているのに、それを自覚しているのかいないのか。どちらにしても、それに私を巻き込まないでほしい。

しかし、私がそう言うとダリアは意外にもクックックッと笑い出す。

 

「僕が大和さんに認められている? アッハッハッハ! やっぱりお前はまるでわかってない! そうだな……ルリチシャ。お前、食事した時に大和さんに話しを聞いたこと覚えてるか?」

 

アッハッハッハと胸を張るようにして笑い、まるでそうじゃないと言うダリアを私は訝しげに眉を潜める。頭を撫でられた時のあの顔、そもそもあんなにも距離が近いのに、そうじゃないと言えるダリアが理解出来なかった。

そんなダリアに私は驚きもしたが、質問には「ええ」と頷き返す。話しの内容は昔に襖さんと大門が一緒に調査をしたこと、そしてその時、襖さんが担当していたカマキリのこと。もちろん覚えている。

結局は知りたいことは知れなかったが、その話しにダリアが食い付く所はなかったはずだ。だが、また予想外にもダリアは私が考えていたこととは別のことを口にする。

 

「その時言ってただろ? 娘を亡くしたって……ルリチシャ、こう見えて僕はお前に感謝してるんだ」

 

「感謝……なにを?」

 

「あの時、お前が聞かなかったら今も僕はわからなかっただろう。大和さんに昔そう言うことがあったと言うこと……だからわかったんだ。大和さんの、あの眼のことを」

 

ダリアは肩越しに、既に姿が見えなくなった大門を見る。そして静かにグッと拳を握った。

 

「ルリチシャ、僕が大和さんに認められていると言ったな。なにを思ってそう言ったか知らないが、大和さんは僕のことを見ていない……僕の代わりにその死んだ娘を見ているんだ」

 

「代わりに見る……?」

 

「そうだ、大和さんの眼に僕は映ってない。前から不思議だった、わかるんだ、大和さんは僕を見ながら僕を見ていなかった。その原因が、お前の変なところでわかったんだ。大和さんが僕をダリアとして見て貰える時は、僕が吸血鬼を駆除した時、血塗れた時……仕事をしている時だけは必ず僕を見てくれるんだ! だからルリチシャ、お前に仕事は盗らせない!」

 

そう言って、ダリアは意思表示のためか握った拳を一度私に突き出す。鋭い目尻の瞳に、力を込めながら。

 

「……ダリアは大門さんと一緒にいて楽しそうに見えた。嬉しそうだった」

 

嘘を付いているようには見えない。だがそれでも、ダリアは私と違って大門とのコミュニケーションは多く、頭を撫でられたり、肩に手を回されたり。少なくとも、恐れられていないならそんなことはしないはずだ。

そう思いながら尋ねるも、ダリアは静かに首を左右に振る。

 

「頭を撫でられて、肩を叩かれて嬉しいが、その眼には僕が、ダリアが映っていない。それがどれだけ不安かお前にはわかるか?! 時折ダリアを見る時は、顔も名前も姿も知らない娘とか言う存在と比べられる時だ! だが、大和さんの期待を裏切るわけにもいかない。美味しくもない卵料理だっていくらでも食べるつもりだ……」

 

ダリアはあの時、大門にオムレツを食べるかと聞かれた時に見せた、外で見かけた子供と同じような顔をする。額にシワを寄せて、口元を歪ませて、まるで嫌なものを見るような。

大門がダリアに対する期待。私にはそれが何かはわからないが、それだけダリアは大門のことを考えていて、行動していたと言うことか。それだけ、ダリアはダリアなりの悩み事を持っていたと言うことか。

 

「――知りたくなかった」

 

「……なんだと?」

 

「それが本当だとしたら、結局クロユリが言ったことは……」

 

結局、クロユリの言っていた通りと言うことだろうか。襖さんのことも、ダリアのことも、クロユリは全て知っていて私だけわからずに騒いでいる。

ふとクロユリを見ると、何時の間にか私とダリアの元を離れ廊下の壁に寄りかかっている。まるで話しを聞かないように離れて、変わらない表情に赤黒い瞳をこちらに向けていた。無関係な自分には聞く権利はないと言いたげに、終わるのを静かに待っているようだった。

私はその視線をダリアに戻し、正面からダリアと向き合い、互いの眼を見る。そして少し考えた後、私はダリアに近付き声を潜ませる。

 

「ならダリアも、自分の担当に認めてもらいたい……そう思ってる?」

 

そんな私にダリアは思わず自分を護るように腕を組むも、回答は聞くまでもなく、その眼で分かった。だが、私もそれを投げ捨てられるわけでも、どうでも良いわけでもない。彼女のように、譲れないものだって……

私は声を一層小さくして、耳打ちするように口を開いた。

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