俺がダンジョンでミノタウロスに襲われるなんてまちがっている。 作:ねこps
1-1.悪意と少年
「はっ、はっ、はっ、はっ――」
ハチマン・ヒキガヤは地面を駆けていた。とは言え、疾風のごとく......などと到底格好良いものではなく、足はもつれ、息は上がっている。少しでも気を抜けば、次の瞬間には恐るべき攻撃が襲ってくる。かわして、逃げて、かわしてかわして、逃げて。先程から、この繰り返しだ。
あいつらは一体どこに行った?そして、今俺は一体どこにいるのだろう?
所属しているファミリアの旅行で訪れていたオラリオにて、厄介な相談事を受けた挙句、嘘告白により仲間同士の問題を"解消"したのが1日前のこと。そして、数人の仲間に呼び出されたのが、数時間前のことだ。
ユキノとユイが柄の悪そうな男達にダンジョンへ連れていかれた。自分たちは止めようとしたが、歯が立たなかった。そう聞いた俺は、あいつらに案内してもらい、ダンジョンへと潜り込んだ。
ファミリアの中でも俺のレベルは高いほうだ。尚且つ戦闘経験もそれなりにある。上層程度であれば恐れるに足らず――そう思っていた自分を殴ってやりたい。
「っ!......かはっ......」
不意に、背中に大きな衝撃が走り、視界が反転する。――投げ飛ばされた。そう気づくのに、そこまで時間はかからなかった。
「畜生......飛ばしすぎたか......」
他の奴らがロクに戦えなかったため、ここに来るまでの戦闘は殆ど俺が請け負っていた。気持ちが焦っていたこともあって、魔法も出し惜しみなく発動している。上層の最下層にたどり着いた時点で、バテが来ていたのはわかっちゃいたが、それでも充分に対応可能な筈だった。――上層の敵であれば。
仲間からの突然の暴行を受け、所持品を剥ぎ取られた俺は、更に下の層――中層へと連れ込まれた。
嵌められた――そう気付いたのは、その時になってからだ。さらに、タイミング良く俺の目の前に現れたのは、"ミノタウロス"。中層で最強と言われるモンスターを目の当たりにした俺が取った行動は、立ち向かうことだった。スピードなら引けは取らない。そう思っていた俺だったが、直ぐに現実を突きつけられることになった。
なにせ、現れるモンスターは"コイツ"だけではないのである。しかも、中層においてはモンスターの出現頻度は上層とは比べ物にならない。
一対一ならそれなりに戦えていた俺だったが、ヘルハウンドの群れが出現してからというもの、戦況は完全に傾いた。
ヘルバウンドから放たれる火炎攻撃の集中砲火を浴びせられ、次に襲ってくるのはミノタウロスの無慈悲とも言えるほどの暴力的な攻撃。
ヘルバウンド達は何とか撃退したものの、利き腕に大火傷を負った俺は、既に逃げ惑うことしか出来なくなっていた。
「っ......がはっ......」
全身に痛みが走り、呼吸することすら覚束無い。歪む視界の中に捉えたのは、弱っていく獲物を眺めながら、醜く顔を歪める猛牛だった。
ミノタウロスはけたたましい雄叫びをあげた後、その2本の角をこちらへ向けて、一直線に突撃してくる。
あ、死んだ。そう思った俺の思考は、決して間違って居なかっただろう。
――だが、その凶角が俺に届くことはなかった。
「いやいや、帰りにミノタウロスに遭遇するとか最悪かよ......。ってかキミ、生きてる?」
尻餅をつきながら上を見上げると、目に入ってきたのは、冒険者らしき女性の姿だった。顔は美人だが、その表情はだらしなく、気だるげな表情を浮かべている。
平時であれば、間違っても見惚れることなど有り得ないような、激しく怠そうな顔。さらに、首に巻かれたマフラーは使い古されており、髪の毛は乱れ気味だ。だが、この時の俺には、この人がまるで救世主のように、俺を救ってくれる女神のように、そんな風に見えたのだ。
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「......ったく。あたしらしくもない。」
ミノタウロスに襲われているのは年若い男の子ヒューマンだった。
獰猛に襲いかかる猛牛から、かわして、逃げて逃げて、かわして、また逃げる。だが、反撃はできない。
よくよく見ると、右腕は焼けただれていて、とてもじゃないが武器が持てるような状態ではない。あのままでは、遅かれ早かれあの子の息の根が止まるのは明白だ。
案の定、逃げようとしたところを後ろから掴まれ、盛大に投げ飛ばされて、彼は地面に叩きつけられた。恐らく、身体中が悲鳴をあげていることだろう。骨も何本か逝っているかもしれない。
「ちっ!仕方ないわね......」
両の拳をぶつけ、臨戦態勢に移る『黒拳』に。躊躇なく、少年とミノタウロスの間に割って入る。ミノタウロスの角を受け止めると同時に、耳に入ってくるのは猛獣のおぞましい怒声。
狩りを邪魔されて怒り心頭というところだろうか。もしかすると新たな獲物の出現で、喜びに震えているのかもしれない。まぁ、獲物になってあげるつもりは毛頭ないが。
「砕けろ!」
左手でミノタウロスを押し返し、右拳での剛撃。私の一番の強みであり、一級冒険者にも引けは取らないであろう、地の
案の定、ミノタウロスの片方の角はへし折れ、猛牛は怯んだように後ずさる。が、それも一瞬のこと。奴はすぐに、雄叫びを上げながら突っ込んでくる。
もう一度、同じことの繰り返しだ。そう思って、私はカウンターまでの流れを、頭の中に描く。全く問題なく、撃退できる筈だった。
――そう、この少年が余計なことさえしなければ。
「うおおおおおぉ!」
「は?」
その少年は、何を思ったか私とミノタウロスの間に割り込んできたのだ。だが、右手は相変わらず機能していないようで、左手に握りしめた片手剣でミノタウロスの身体を押し戻そうとしている。
「ぐっ......、コイツはやばい!俺のことはいいから早く逃げろ!」
い、いや、いやいや。助けに来てあげたのに逃げろはないっしょ。案の定吹っ飛ばされたし。って、こらこらこら!盛大に血を吹き出しながらこっちに飛んでくるな!
呆気なく吹き飛ばされたこの子を、不可抗力で抱き抱える形となり、私は盛大に尻餅をつく。その間に勢いをつけて迫ってくるのは、片方の角をへし折られたことで、更なる怒りに震える猛獣。
「やばっ!」
「オラアっ!」
不意打ちで側面から蹴りを入れられたミノタウロスは、よろめき、そして転倒する。
「......ったく。雑魚が出しゃばるからだ。」
狼族の男は、私の腕の中の少年を睨みつける。
「ロキファミリア......なんでここに。」
剣姫や勇者など、人気と実力を兼ね揃えた冒険者が多く在籍している、オラリオ屈指の探索系ファミリア......ロキファミリア。そして、目の前の4人も例外ではなく、第一級冒険者達。
「探索の帰りでね。アイズ達はまだやってるけど。ってか、その子大丈夫なの?盛大に気絶してるけど......」
心配そうに男の子の顔を覗き込むのは、
「雑魚が身の程も知らずに出しゃばるからだ!おい、ティオネ!」
「はいはい、仕方ないわね......。ティオナ、やるわよ。」
「りょーかい!あ!誰が一番早く倒せるか勝負しよーよ!」
「おぉ!珍しくいいこと言うじゃねえか。まぁ、勝つのは俺だがな!」
狼族のベート・ローガとティオネ・ヒリュテの双子の妹、ティオナ・ヒリュテ。こちらもそれぞれLv.5の第一級冒険者だ。まぁ、助かったとでも言っておこうか。少なくとも、ミノタウロス討伐の手間が省けたのは間違いない。あの体勢からだと結構苦労しただろうし。何より、そうこうしてる間にこの子が死んでしまったら、流石に寝覚めが悪い。
「全く、揃いも揃って血の気の多い......私はいいんだな?」
「えぇ。ベートに加えて私とティオナが居ればお釣りがくるでしょ。」
「ふふ、確かに。では、任せたぞ。」
我先にとミノタウロスに向かうパーティメンバー達を見送り、私と男の子の方を振り返るのは、――
「それなら、私達は先に行くとしよう。黒拳だったか?彼を頼む。道中は私が何とかしよう。」
因みに、私とリヴェリアさんは初対面だ。まぁ、ロキファミリアの重鎮となれば私のことなど、当然知っているのだろう。ただ、昔の二つ名で呼ばれた私は、思わず顔をしかめる。
「......その呼び方はやめて下さい。ったく、何で私が。あの下衆共、今度見かけたら全員血祭りにあげてやる。」
「......やけに物騒だな。何かあったのか?」
「まぁ、狡いことをする連中を見つけましてですね。」
こんなことになっている発端は、100%あのガキ共だ。奴らがこの子を中層に突き落とす様子を、私は遠目ながらしっかりと見ていた。軽く締め上げたら、明確な殺意があったってこともわかったし、次会ったらボコボコにとっちめてから、ギルドに突き出してやる。
「うん?まぁいい。取り敢えず、行くとしよう。」
リヴェリアさんは不思議そうな表情を浮かべながらも、私に対して出発を促す。
「りょーかいです。よっと。」
「......馬鹿力だな。」
軽々と少年を背中に乗せると、リヴェリアさんが驚愕の表情を浮かべた。失礼な。
「馬鹿力言わないで下さい。......ん?」
「どうした?」
「......いえ、何でもない。それじゃ行きましょっか。」
リヴェリアさんが先導する形で、私はそれに続く。背後からはけたたましい戦闘音と......楽しそうな声というか奇声が聞こえてくる。
「次はどこを斬り落とされたい!?足か?首か?それとも
「うるせえ!放送禁止用語を叫ぶんじゃねえ!ティオナ!あの戦闘狂を少し黙らせろ!」
「あはは!楽しいからいいじゃん!!それじゃ私は足もらうねー!」
......狂人じゃん。特にティオネ・ヒリュテ。人格変わりすぎだし怖すぎるわ。返り血を浴びながら高笑いしてるし。あんなギャップは誰も求めてねーよ。ロキファミリア大丈夫かよ。
リヴェリアさんの顔を恐る恐る覗くと、額に手を当てていた。あぁ、この人も苦労してるんだな。
道中はとても楽だった。
所詮は上層レベルのモンスターだし、そんな奴らに
それにしても......
「軽すぎ......。」
この子を担いだ時から思っていたが、いくら何でも軽すぎる。身長自体はそこそこあるのに、体重は男の子とは思えないほどに軽い。まさか、食事を与えられてないとかじゃないよね?
色々とこの子の私生活が心配になってしまったが......まぁ、そこら辺もこの子が目覚めれば、明らかになることだ。幸い、私がこれから向かうのは、美味しい料理が沢山ある"酒場"。目を覚ましたら小言と恨み言を言いつつ、精のつくものでも食べさせてやろう。
今思えば、本当に私らしくもなかった。
他人に余り干渉しない。というか興味がない私が、知らない男の子の世話をするなど、本当に珍しいことをしたものだ、と思う。
だが、この時の私は、なぜだかこの子のことを放ってはおけなかったのだ。