俺がダンジョンでミノタウロスに襲われるなんてまちがっている。   作:ねこps

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早起きして、ふたりで一緒に戦闘訓練をする。

そして、ミアお母さんが作ってくれる美味しい朝ごはんを皆で食べて、彼を送り出す。

そんな日が何日も何日も続いた。

――誰も傷つかない世界の完成。

馬鹿みたいな独り言をドア越しに聞いた時、思わず嘲笑してしまったことを思い出す。

あの子にとっては黒歴史当然の過去だろうが、私にとっては、彼に興味を持つ切っ掛けとなった、大切な大切な思い出なのだ。


1-2.黒拳と少年

あの後、ダンジョンの入口前でリヴェリアさんと別れると、私は一直線に酒場へと戻った。血まみれ男の子を背負っていたこともあり、かなり目立ってしまったが、まぁ仕方ない。なにせ、緊急事態だったのだ。

 

「全く......いきなり男を連れ込んでくるから、何事かと思ったじゃないかい。」

「ごめんなさい......。」

 

腕組みのポーズを取りながら苦笑いを浮かべるのは、ミア・グランド女史。豊穣の女主人で働いている私達にとっては母親のような人だ。過去にはフレイアファミリアで副団長を務めていたらしく、もう何年前のことかもわからないが、現役時代のレベルは6で、つけられた二つ名は小巨人(デミ・ユミル)。......恐ろしいことこの上ない。

 

さて、男の子を酒場の一室に運び込んだ後、現在進行形でミアお母さんへの説明を続けている。ちなみに先程までは、シル達も興味津々と言った様子でこの部屋に居たが、仕事しろ!ということでミアお母さんが追い払った。

 

「まぁいいさ。坊やの目が覚めたら、何か美味いもんでも食わしてやりな。見るに、ろくなモン食ってないんだろ。ガリガリじゃないかい。」

「うん、そうする。ここまで背負ってきたんだけど、軽すぎてビックリしたくらいだったし。」

 

私の返事に、ミアお母さんは"うんうん"と頷く。

 

「まぁ、流石にうちで引き取るわけにはいかないが、数日間なら面倒をみてやっても構わない。」

「本当に?」

 

これは予想外だが助かった。彼としても殺されかけたショックも多少はあるだろうし、私としても乗りかかった船だ。殺されかけた子を目の前にして、意識が戻ったから"はいさよなら"では余りにも酷い。

 

「ただ、坊やの世話は拾ってきたアンタが何とかするんだよ?」

「拾ってきたって、そんな犬や猫みたいな......」

 

ミアお母さんはこの子のことを何だと思っているのだろうか。まぁ、そういう私もこの子のことは全然知らないんだけどね。

 

情報1.仲間と見られる男達に殺されかけてた

情報2.自分からミノタウロスに突っ込んで自爆した(私を庇ってくれた)

情報3.目つきがすこぶる悪い。

情報4.顔はそれなりに整っている。

情報5.多分私よりも年下

 

うーん。ロクな情報がない。これだけだと色々と残念な男の子としか思えない。やっぱり、目が覚めたらしっかりと話をしてみないとだよね。

 

「ま、ぶっ倒れてたんだから、犬猫みたいなもんだろう。さ、仕事だ。今日も気合入れておくれよ!」

「はーい......」

 

いずれにしても、この子と話が出来るのは夜遅い時間になってからだ。......あぁ、働きたくない。

 

 

 

✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞

 

 

 

店が閉店した後ではあるが、私はこうして厨房に立っている。

 

特定の誰かのために料理するなんて、いつぶりだろう。......いや、そんなことしたことがないな。そもそも、こうして気の置けない同僚達が出来たことだけでも奇跡的なのだ。

 

先程、あの子――ハチマン君は目覚めた。予想通りというか、大分混乱していたけど。ただ、理解力はある子のようで、順序立てて説明したところ、今の状況をちゃんと理解してくれた。まぁ、終始怯えていたけど、ミアお母さんに。

 

「ん、こんなもんかな。」

 

白身魚のお粥とサラダだけだが、急に食べすぎるのも良くないし、何より時間が時間だ。遅い時間に沢山食べるのは身体に良くない。自身の料理が無難に出来上がっていることを確認してから、トレイにドリンクを乗せて、あの子の元へと向かう。

 

部屋の前で三度ノックすると、起きてます。との返事が返ってきたので、私はドアを開けて中に入る。

 

「......」

「ん?」

 

無言、である。

 

「どしたの?」

「いや、雰囲気が大分違うんだなと......。」

「あぁ。仕事着だからねぇ。ま、取り敢えず召し上がれ。」

 

変な顔をしていたけど、服装のことか。そりゃあ、ダンジョンに潜る時とは違うよね。納得した私は、素早くハチマン君の前にテーブルを用意し、用意してきた食事を差し出す。

 

「いや、そこまで世話になるわけには......」

 

首を横に振る。いやいや、私としては食べてもらわないと困る。というか、食え。悪いことは言わないから。

 

「折角作ったんだから食べなさい。というか、キミが食べないとゴミになる。」

「りょ、了解です。」

 

私から発せられるプレッシャーを感じ取ったのか、ハチマン君は慌ててお粥を口に運ぶ。ふむ。素直で宜しい。因みに、お姉さん的な好き嫌いを言うと、反抗的な男の子はダメなんだよ。私自身が短気なせいもあって、多分だけの喧嘩が絶えなくなる。

 

「美味い......」

「そ。良かった。」

 

彼は心からそう言っているようだった。そして、この時の私は笑顔だったと思う。手料理が褒められて嬉しい女はいない。例え、お粥でも、だ。

 

パクパクとお粥を口に運んだ後、サラダとドリンクも胃の中に流し込み、彼はあっという間に目の前の食事を平らげてみせた。

 

「......ご馳走様でした。」

「お粗末様でした。やっぱりお腹空いてたんだ。」

「......かなり。昨日の昼からほとんど食ってなくて。」

「やっぱり。って昨日の昼から?体調でも悪かったの?」

「色々と考えることがあったんで......」

 

ハチマン君はどうにも歯切れが悪い。まぁ、何かしらあったんだろうけど、生憎人のプライベートに土足で侵入する気はない。ここは、スルーしておくことにした。

 

「あの、ありがとうございました......。」

「ん、いいよ別に。それにしても、災難だったわね。何なの?あいつら。」

 

ハチマン君は頭を下げる。それに対して、私は特に感じることはない。取り敢えずは五体満足で良かったということだけだ。ただ、この子を嵌めた奴らについては聞いておきたいが。

 

「なか......同じファミリアの知り合いですね。」

「君のファミリアは仲間にあんなことをするのか。なるほどね、大したファミリアだ。女神の顔が見てみたい。」

 

思わず口調が鋭くなってしまった。でも仕方ないよね。どんな理由があろうとも、姑息な手を使って人を嵌めた挙句、命までかすめ取ろうとするような卑怯な奴らには、反吐が出る。

 

私個人は、命のやり取りというのは基本的には高潔なものであるべきだと思うのだ。こんな世界だから、生死に対して全くの無関係でいることの方が難しい。

 

だが、だからこそ、"それ"は相応の覚悟を持って行われるべきだし、複数人で一人の仲間を罠に陥れて殺すなど、以ての外だ。

 

「......。」

「どうする?動けるなら、明日の朝にでも送り届けてもいいけど......って戻れるわけないか。」

 

自分で言っておいて、それだけはないと思った。屑共がいる場所に帰る理由など、これっぽっちもないだろう。そもそも、主神は何をしている?他の仲間達は?恐らく、この子とは最低でも丸一日連絡がついていないんだろうから、捜索のクエストでも発注してもいいようなものだ。

 

だが、今のところ、そのようなクエストは確認できていない。わざわざシルが確認しに行ってくれたのだから、間違いない。

 

「戻るのは無理ですね。一応、殺されかけたわけですし。」

「そりゃそうだ。聞いといてなんだけど、やめといたほうがいいね。というか、悪いこと言わないから辞めときなさい。」

 

この子も戻る気はないようだ。少しだけ、安心した。

 

「因みに、行く宛はあるの?」

「まぁ、幾つか候補は考えてるんですが......」

「ん、参考までに言ってみ。」

 

この子はオラリオの出身ではないと言っていた。ハチマン君のファミリア自体も本拠地は東方であり、恐らくは土地勘すらない筈。そんな子が考えつく行先......まぁ、禄なものじゃないのは何となくわかった。

 

「ダンジョンの安全地帯に潜りながら日銭を稼ぐとか。」

 

私は思わず、目を見開いてしまった。

 

「はぁ!?却下!というか、中層で死にかけたばっかでしょ!?他は!?」

 

この子は馬鹿なのだろうか。それとも、自殺願望でもあるのか。はたまた、こんなことになってしまい、自暴自棄になっているのか。

 

「...それなら、賭博場にでも流れて、用心棒でもしますかね。あそこ、オラリオの治外法権とか言われてましたよね?もしくは、賞金稼ぎとか。」

 

論外だ。このアホ毛がついた頭を、思い切りひっぱたきたくなった。

 

「......却下。アホかアンタは。大体、そういう仕事は絶対向いてない。」

「そんなことやってみないと......」

 

わかるね。やってみるだけ、命の無駄だ。

 

「断言するよ。君に"裏稼業"は無理。状況判断も出来ずに、私を助けに来た位の甘ちゃんだもん。わかってる?言っとくけど、あの時下した君の判断は完全なミステイクだからね。そんな君が賞金稼ぎなんて、一瞬で死んじゃうのがオチだから、やめときなさい。」

「......」

 

まくし立てるように言い切った私だった。傷ついたような苛立ったような顔してるけど、今言ったのは本当のことだからね。大体、裏稼業なんてのは心底下衆じゃなきゃ務まらない。私みたいな。決して、堅気の人間が足を踏み入れていい領域じゃない。

 

「別に責めてるわけじゃないんだけどな。取り敢えずまとめると、ファミリアにも帰りたくないけど、いくあてもないってことでおっけー?」

「......その通りです。」

 

改めて口に出してみると、中々にめんどくさい要望だが、まぁ仕方ない。私がこの子でもそう思うだろう。心の中で納得してから、どうしたものかと考えを巡らせる。

 

「ま、何かの縁だし、私も当たれるツテは当たってあげるわよ。......キミ、農業って出来たりする?」

「いや、無理です。」 

「だよねぇ。まぁ、別にそれはいいんだけど。どうしたもんかなぁ。」

 

頭に浮かんだのは、私が以前誘われていたファミリアにそのまま突っ込んでしまうことだった。ただ、あのファミリアは素直で真面目な人が多いからなぁ。そこは主神の人柄......神柄?によるところだとは思うが。ハチマン君に合っているかと言われると、非常に微妙だと思う。

 

「はぁ......。」

「私の顔を見てため息をつくな。とりあえず、後のことは私に任せて、今日は寝な。」

 

私に任せて、なんて良く言えたことだとは思うが、別に格好つけたわけでもなく、自然と喉の奥から出てきたのだ。

 

本当、私らしくもない。

 

 

 

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「......何のつもりだ?」

「はっ。見ての通りだよ。とっとと、金とアイテムを出せ。」

「勿論、全財産な。」

「くくく......間抜けな顔しやがって。」

 

場所は、中層へと続く階段まであと数歩というところ。進めど進めど、ユキノやユイの姿は見つからず、ガラの悪い男達の姿もまた同様に、確認できなかった。

 

そして、現在進行形で俺の背中には、仲間の一人であるヤマトからナイフを突きつけられている。両手を上にあげて無抵抗のポーズを取ってはいるが、これで許してもらえるとも思えない。

 

元々、こいつらとは折り合いが良いとは言えなかった。加えて、昨日の嘘告白騒動である。

 

こいつらが仲良くしているトベは、告白を邪魔されて随分落ち込んでいたようだし、トベの友人であるヤマト達の立場からすれば、俺に仕返ししたくなるのもわかる。

 

やり方は悪質で、仕返しの範囲を超えているが。こんなもん、明らかに仇討ちのレベルだ。

 

「......さっきの話は嘘だったのか。」

 

ユキノとユイが連れていかれたという話。こいつらが一時間ほど前に言っていた話。

 

「お前、馬鹿なの?そんなもん嘘に決まってんだろ。ほら、キリキリ歩け!」

「ぐっ......」

 

後頭部に大きな衝撃が走り、思わずよろめいてしまう。ヤマトが思い切り、俺の頭に拳を叩きつけたのだ。

 

「ぶっ......お前、どんだけコイツに恨みあるんだよ。」

「マジうけるわ。Lv.2っていっても、頭を使って戦えばこんなもんだよな。」

 

オオオカとハギヤは、笑いを堪えられないと言った様子で、ヤマトと俺の後ろを着いてきている。俺はさながら、死刑台に連れていかれる犯罪者、といったところか。

 

「......ハヤトさんもお前のこと見限ったみたいだし、ユイやユキノさんと怒り心頭って感じだったぜ?だからもう、お前を助けてくれる奴は誰もいない。」

 

確かに、あの二人は確かに怒ってたな。昨日の夜はかなり厳しい言葉が飛んできたし。一方で、ハヤトはよくわからんかったが、当然ながらいい気分でなかったことは確かだろう。

 

ただ、そもそも俺からすれば、ファミリア内で恋愛沙汰の騒ぎを起こすこと自体、どうなのかと思っている。一方はなんとしても告白の成就を望み、一方は異性と恋人関係になること自体を拒否している。

 

両想いならともかく、こんな面倒くさい案件については、当人同士で何とかして欲しかった。まぁ、そんなつまらんことに付き合った、俺も俺だが。

 

――不意に、ヤマトから"止まれ"と命令される。あぁ......ここが上層の最奥か。

 

「あぁそうだ、そういえば今朝聞いたんだが、ハヤトさんとユキノさん達はようやく和解するらしいな。ま、お前にはもう関係ないだろうが。」

 

は?今こいつ、なんて言った?あいつらが和解?

アシュタルテファミリアに入団してこの方、派閥争いを続けてきたあいつらが?

 

思わず、目を見開いてしまった。

 

"今回"も結局、俺が一人で全部泥を被り、あいつらは手を組むってのか?

 

「......じゃあな。ハチマン・ヒキガヤ。二度と俺達のファミリアに近づくんじゃねえぞ。」 

「ま、その前にここから出られるかどうかも怪しいけどな。」

「ハハハ、違いねぇ。」

 

ドン、という鈍い音とともに、俺の身体は階段から転がり落ちた。

 

全身に痛みが走り、視界がぐるぐる回り、俺は前のめりに地面へと叩きつけられた。

 

身体に与えられたショックにより、思わず瞑ってしまった目を開くと、周りは深い霧に包まれている。そして、倒れ込んでいる俺のすぐ目の前では、獰猛な猛牛が、涎を垂らしながら鼻息を鳴らしていた。

 

 

 

✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞

 

 

 

うっすらと目を開けると、知らない天井が広がっていた。あぁ、そういえば、昨日は"色々"あってここに担ぎ込まれたんだっけか。

 

それで、食事を出してもらって腹が膨れたら、すぐにまた眠くなってしまったんだった。

 

「......それにしても、嫌な夢みちまったな。」

 

窓から外を見ると、漸く太陽が登ってきた頃で、まだ朝は早いようだ。

 

一晩が過ぎて、少しだけ冷静さを取り戻したのはいい。だが、襲ってくるのは、帰る場所を失ってしまった喪失感と、これからどうすれば良いのかという不安。

 

そして、そこから目を背けるように湧き上がってくるのは――歪んだ達成感、高揚感。

 

ユキノ派とハヤマ派が和解出来たのなら、アシュタルテファミリアは安泰だ。二つに別れていた派閥が仲良く力を合わせて頑張っていく。

 

このような展開は、きっと物語の王道であり、一般的に好まれること間違いないだろう。

 

 

「ほら見ろ、誰も傷つかない世界の完成だ。俺は間違ってなかったろ?ユキノ、ユイ。」

 

 

自分でも気持ち悪いくらいに、爽やかな声が出た。この後、視界が少しだけ歪んだのは、きっとまだまだ寝足りなかったからなのだろう。

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