俺がダンジョンでミノタウロスに襲われるなんてまちがっている。 作:ねこps
深夜のダンジョンに人影が二つ。
一つは用心棒ハチマン・ヒキガヤ、もう一つは食い逃げの冒険者、ベル・クラネルであった。
「ったく......俺としては大迷惑をかけられてるんだが。」
「......すみませんでした。」
ハチマンがベルを追いかけ始めてから、既に数時間が経過していた。あの後、急いでベルの後を追ったハチマンだったが、案の定というか途中で見失ってしまい、彼は暫くの間バベル付近をさ迷う羽目になった。
それにしても、まさかと思いダンジョンに潜ってみたら、本当に一人で突っ込んでいるとは......。駆け出しのくせに、いくら何でも無謀すぎる。というのがハチマンの感想だった。それと同時に、ベルの無謀さに腹立ちもした。
話をよくよく聞いてみると、昨日ミノタウロスに襲われたもう一人の冒険者というのは、現在進行形でハチマンの目の前に居る、白兎を思わせる白髪が特徴的な少年......ベル・クラネルのことだったらしい。
因みに、助けたのは"剣姫"アイズ・ヴァレンタイン。オラリオでも指折りの冒険者であり、ハチマン自身は先程の酒場の中で、初めてその姿を目にしたばかりである。
綺麗な女性で、恐らくベルは一目惚れしたのだろう。確かに、あんなに美しい女性に命を救われたら、そうなってしまうのもわからいでもない。
そのような経緯により、ベルは剣姫への憧れを募らせていったようだ。だが、そんな折、ロキファミリアの団員である狼男の馬鹿にしたような物言いに、腹が立つやら悔しいやら、情けないやらでパニックになり、半泣き状態で店を飛び出したらしい。
挙句の果てには、居てもたってもいられず、とにかく戦って強くならないといけないと思い、ダンジョンに飛び込んだらしい。言っちゃ悪いが、ベルが取った行動は、身の程知らずな危険な行為であり、馬鹿の極みだとハチマンは思う。
何事もなかったから良かったようなもので、根拠の無い暴走だ。次も上手くいくとは限らない。
そして、このような考えなしの行動を取った少年は、ハチマンがこの世界で一番嫌悪する、"愚か者"でもあった。
「本当にすみませんでした......。お金は、今ここで払います。」
そう言って頭を下げるベル。だが、ハチマンは冷たい目で目の前の少年を睨みつける。
「......おいクソガキ。何か勘違いしてるようだが、別にお前のことを心配して追いかけてきたわけじゃねえ。」
「......」
目の前の男から発せられる"圧"に、思わず、ベルは後ずさる。
「金を払えばそれで終わりにしようと思ってたが、気が変わったわ。」
「......っ!?」
ベルは思わず後ろへ飛び退いた。
突如襲ってきた上段蹴り。そして、次に迫ってくるのは、疾風のような恐るべき早さの拳と、"脚"を使った連続攻撃。
ベルは二重三重のステップでかわしてみせるが、突然襲われた動揺もあり、反撃までは至らない。
「くっ......」
ベルの重心が大きく傾く。先程まで自らが暴れていたせいで、乱れに乱れていた地面に足をとられたのだ。そして、先日はミノタウロス相手に不覚を取ったとはいえ、目の前で子兎が見せた隙を、格上であるLv.2の冒険者が見逃す筈はなかった。
黒い影はベルの懐に素早く入り込む。そして、蹴りあげた爪先で、咄嗟に構えられた"短刀"ごと、ハチマンはベルの身体を弾きとばしながら、怒声を飛ばす。
冒険者同士の激しい攻防。いや、はたからみれば、一方的な
腰に携えた剣を、彼は敢えて使わなかった。苛立ちに身を任せて、この剣を人に向けたくないと、無意識のうちに感じたからである。
ハチマンが取った手法は、拳と足技、そして、無数のステップによる
「どうした!剣姫ならこれくらい、涼しい顔して流してみせるだろうよ。それに、あの狼野郎だって余裕で凌ぎきる。要するに、お前は雑魚だ!」
「......なっ!?」
対するベルは、持ち前の俊敏を活かしてハチマンの死角に入るが、彼の暴力的な回し蹴りにより、反撃をさせてもらえない。
回避、回避、回避――いつの間にか、ベルはそれだけに集中しているようにも見えた。
「ちっ!見た目通りのビビりかよお前は......。一発くらい、入れてみろってんだ!」
迫り来る拳を、回避。繰り出される蹴りを、回避。
勿論ら回避も立派な戦術だ。だが、"才能に恵まれなかった"とはいえ、それなりの修羅場を経験しているハチマンからすれば、自分の動きは"素直"すぎることに、ベル自身は気づいていない。まんまと誘導されていることも。
「くっ!?」
背中に何かが当たった。固くそびえ立っているダンジョンの"壁"だ。致命的なミスである。
普段は温厚で、比較的冷静な判断が出来るベルだったが、格上の相手からの猛攻への対処でいっぱいいっぱいだったうえ、剣姫と狼男を引き合いに出されて"煽られた"ことにより、多少なりとも頭に血が昇っていたのだろう。
「ふざ、......けろっ!」
追い詰められたベルが選んだのは、力勝負の正面衝突。ナイフを握りしめて、目を真っ赤にしながら特攻を仕掛けてきた子兎に、ハチマンは思わずため息をついた。
回避だけに専念出来ていれば、まだ良かった。大ダメージ覚悟で防御に転じても、まだ良かった。だが、中途半端に反撃に転じたことで、力比べの格好になってしまった。
やけっぱちによる格上の敵との純粋な力比べなど、ただただ無謀なだけである。
案の定、ハチマンの拳はベルの懐に、"まとも"に入り。そのまま、先程までベル自身が背中合わせだった"壁"に打ち付けられる。
「剣姫も無駄なことをしたもんだ。こんな身の程知らずなバカタレを助けたって、結局結果は同じだろうに。」
「......何が、言いたいんですか。」
「お前みたいな阿呆はそのうち呆気なく死んじまうって言ってんだ。そうなれば、剣姫のやったことも全部"無駄"だ。......残念だったな。お前、
壁に背中を預けて崩れ落ちているベルに背を向け、ハチマンは出口に向かって歩みを進める。
ハチマンは苛立っていた。身の程知らずな"夢"を持つ彼に対して。
戦いに向いていない奴が、弱い奴が、身の程知らずな行動を取ることに。
いずれ、壁にぶち当たり、死ぬほど辛い思いをすることになるだろう。冗談抜きで死んでしまうかもしれない。そして、いずれ出来るであろう仲間を危険にさらすかもしれない。
その時になって、初めて後悔するのだ。
自分の愚かさ、無力さ、そして、取り返しのつかない現実を目の当たりにして、死ぬほど自分のことを嫌悪するハメになるのだ。
そんなことになるなら、取り返しのつかない事が起こる前に、折れてしまった方がいい。
ここで諦めてしまった方が、ベル自身にとっても、ベルを助けたという剣姫にとっても、幸せだ。
「......だ。」
「おいおい......いい加減、あきらめ......」
背後にベルの気配を感じ、ハチマンは拳を握りしめる。
また突っ込んで来るとは、本当に何も学習していない。つくづく、こいつは向いていない。そう思った。
次の瞬間、ハチマンは目を見開いた。目の前の少年の予想外の行動に、出会ってから初めて見せた、"本気"の闘志に。
「アンタ......みたいな奴に、負けるかっっっっ!」
考えて行ったわけではないだろう。ベルが咄嗟に選んだのは、右手一本での"防御"。同時に、豪快な足払いでハチマンの体勢を崩す。
僅かながらに生まれた隙。そこに、手負いの子兎は、死にものぐるいで噛み付いた。
ベルは苦痛に顔を歪めながらも、素早く左手に持ち替えられた安っぽいナイフは、ハチマンの身体を一閃した。
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「その......」
今しがた目覚めた子兎は、心底申し訳なさそうな表情を浮かべている。その姿を目の当たりにして、根本的には根がいい奴なんだろうなと、ハチマンは思った。
ハチマンに一撃を見舞った後、盛大に拳骨を喰らったベルは、呆気なく撃沈した。ハチマンとしては気絶させるつもりはなかったのだが、予想外の強烈な一撃を受けて、思わず全力で殴ってしまったのだ。
「ハチマン・ヒキガヤだ。今更だが、ミアさんから言われてお前を追いかけてきた。食い逃げはまずいだろ。抹殺されるぞ、主にミアさんに。」
殺されるというよりは、潰されると言った方が適切だろうか。とりあえず、一刻も早く金を払って謝れというのが率直な気持ちである。
ちなみに、取り逃がしたなんてことになったらハチマン自身が殺されそうなので、ベルのことは何としても連行するつもりでいた。とはいえ、時刻は既に丑三つ時なので、謝りにいくのは夜が明けてからになってしまうのだが。
「......ベル・クラネルです。先程はすみませんでした......そして、ご迷惑をおかけてしてすみませんでした......。つい、カッとなってしまって......」
「喧嘩を売ったのは俺だから別に構わん。ただ、カッとなってと支払いは忘れるんじゃねーよ......。マジで二度としないでくれ、俺が困る。」
ハチマンは呆れたように苦笑いを浮かべる。既に、先程の苛立ちはどこかに消えていた。
「......何も、言い返せませんでした。僕には、その権利もないから......。」
ベルが言っているのは、狼男のことであるのは明白だった。数時間前の記憶を辿れば、直接罵倒したわけではないとはいえ、中々豪快にベルのことをこけ下ろしていた。まぁ、悔しくなるのもわかる。ただ、あいつが言っていたことは事実だが。
「まぁ、そうだな。......センスはないとは言わんし、敏捷は大したもんだが、それでもお前は冒険者としては駆け出しだ。そんでもって、臆病だ。戦い方の節々にそれがでてる。」
ハチマンとしては、最後の一撃には驚かされた。まさかベルが、あのように攻撃的な動きも出来るとは思っていなかったからだ。そして、防御もそうである。終始、"痛み"に怯えるような様子を見せていたベルが、まさか"左手一本"で自分の拳を受け止めるとは思わなかった。
「......」
「ま、今の気持ちを大切にするこった。」
「え?」
ベルは、ハッとしたように顔を上げる。
「剣姫に憧れる気持ち。馬鹿にされて悔しい気持ち。モンスターを恐れる気持ち、痛みを恐れる気持ち。きっと全部、人間として大事なもんだ。」
「でも......」
ひとつひとつを言葉に出しながら、ハチマンは天井を見上げる。
そして、先程の苛立ちは、かつての自分への怒りと、目の前の少年への嫉妬から来るところが多分にあったのだと、内心反省する。
「まぁ、これは俺の知り合いの知り合いの話がなんだがな......」
「......」
ベルは言葉を発することなく、ハチマンの話に耳を傾ける。
紛争地域に生まれた少年の話だ。場所が場所なだけあって、周りの環境は悪かったが、両親と可愛い妹に囲まれてそれなりに幸せな毎日を過ごしていたらしい。だが、その日常はある日、一変するんだ。
両親が失踪したんだよ。人伝に聞いた話じゃ、戦闘中に重症を負って、二人共倒れたらしい。この話だけじゃ、死んだとは断定できないが、今になっても姿を見せないあたり、まぁほぼ間違いなく死んでるわな。
さて、残されたのは少年と妹だ。
少年は日銭を稼ぐため、死にものぐるいで戦いの中に身を置いた。何度も何度も死にかけた。それでも、奴はなかなか強くなれなかった。ま、戦闘の才能が絶望的になかったんだな。
ただ、悪知恵だけは働いた。相手を嵌めて、心理戦に持ち込んで、ブラフを最大限に使い、最弱の手札しかなくても、それを最強に見せるような、そんな戦い方を身につけた。
戦いに明け暮れる日々。そんなある日、はじめて俺に"仲間"ってやつができた。
だけど、それも長くは保たなかった。
その後、何かの縁で新しい仲間が出来たが、そいつらには裏切られ、殺されかけて、それでも悪運が強い少年は一命を取り留めて、よくもわからない迷宮都市に取り残された。
そりゃあショックだったさ。
でも、それ以上に、ミノタウロスに殺されかけた時にさほど恐怖を感じなかった自分自身が、仲間だった奴らに殺されかけても、すぐに気持ちを切り替えることが出来てしまった自分自身が。何より、そんな風になってしまった他ならぬ自分の姿に、そいつは一番堪えた......らしい。
「......血を流しても特に恐怖を感じることもなく、仲間に殺されかけてもすぐに立ち直る。そんな奴、人間として欠陥品だと思うだろ?」
ベルは悲しそうな表情で俯く。
「ベル。お前はそいつみたいにはなんな。痛みとか恐怖、悲しみを感じなくなったら、そんなのはもう人間じゃねえ。化け物と一緒だ。」
ハチマンは、心の中で神様に問いかける。
なんで、欠陥品と完成品を区別したのかと。これも、お前らの暇つぶしなのかと。
「......そんなことはありません。」
ハチマンは警告したつもりだった。自分みたいな人間になる、なってしまう可能性と十分あると。そして、自分を反面教師にしてくれればいい、そんな事も思った。
そんなことを考えていたハチマンにとって、ベルの反応はあまりにも予想外だった。
「だって、貴方の手はこんなに暖かいじゃないですか。」
「え......?」
ハチマンの手を握り、何かを訴えかけるような、そんな鋭い目線を、ベルは目の前の男に向けていた。
「貴方が話しているのが誰のことなのかは知らない。でも、見ず知らずの僕にお節介を焼いてくれる優しい人のことを、僕は化け物だなんて思わない!」
「お前な、さっきの話聞いてたか?俺は......」
「ハチマンさんはいい人です!化け物でもありません!自分を乏しめるのは、やめてください!」
恐らく、ベルは本気で言っているのだろう。
本当に、人は見かけじゃわからない。ハチマンは、そう思うと同時に、少しだけ心が満たされたような、そんな錯覚じみた感覚を覚えた。
大人しそうに見えてその実、中身はかなりの激情家。
それが、ベル・クラネルという少年だということに、ハチマンは気付かされたのだった。
「お前......」
「す、すみません!生意気言ってしまって!」
先程の剣幕とは一転して、ベルは平謝りを始める。全く、忙しい少年である。
そんなベルの姿を眺めながら、ハチマンは思わず頬が緩んでいた。
「......その通りだ天然タラシが。そんな偉そうなことを言うのは、十年はええよ。」
「て、天然タラシ!?」
不名誉な呼び名に、激しくベルが抗議をする。
贅沢を言うなら、ベルのように、融通の効かない馬鹿に、眩しいほど真っ直ぐな馬鹿に、もっと早く出逢えていれば、自分の人生も少しは違ったものになっていたかもしれないと、ハチマンは思った。まぁ、今更そんなことを言っても詮無きことではあるのだが。
ただ、それでも、この出会いが"彼"の中の何かを変えたことは、紛れもない真実だった。
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「行かないのか?」
「......うん。なんか、大丈夫そうだし帰ろっか。」
私......リュー・リオンとその同僚であるルノア・ファウストは、物陰で息を潜めていた。
時間が経っても一向に帰ってこないハチマンを心配して、様子を見に来たのだ。自分達が到着する前に何やら一悶着あったようだが、取り敢えずは丸く収まった様子を見て、私は胸を撫で下ろした。
それはそうと、先程の話は間違いなくハチマン自身のことだろう。
私は相手の"目"を見れば、その目の持ち主がどんな人生を送ってきたか位は想像がつく。悪人も善人も、哀れな人達も、色んな人々を見てきた自分だからこそ、わかることだろうが。
「全く......何を落ち込んでいるんだ。」
ルノアは見るからに表情が暗い。他人に......特に異性には余り干渉しない彼女が、ハチマンには珍しく世話を焼いていたから、あんな話を聞かされてショックなのもあるだろう。
勿論、私自身も思うところはある。先程のベルへの対応を見ても、捻くれてはいても、その先には相手のことを想いやる暖かさが感じられる。なぜ二人がボロボロなのかは、この際詮索はしないでおく。
......何より、彼はまだ若い。そんな子が、苦難の人生を歩んでいるのだ。何も思わないなどということはない。かつての私ならいざ知らず、今の私はそこまで感情を枯れさせてはいない。
「落ち込んでない。さ、見つかる前に行くよ。」
ルノアは立ち上がり、二人に見つからないように出口に向かう。
後ろを向いているから見えないが、恐らく冴えない表情を浮かべているのだろう。
もの哀しげな同僚と哀れな少年の姿を見ながら、言葉で表現するのが難しい、モヤモヤした気持ちを、心の中に感じたのだった。