俺がダンジョンでミノタウロスに襲われるなんてまちがっている。   作:ねこps

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ウチは親を知らない。

帝国本国に働きに出ていた両親が殉死したのは、まだ私が物心つかない頃だった。

だから、ウチの中にお父さんとお母さんの記憶はない。

それでも、おじいちゃんとおばあちゃんがいたから、特に不自由なく生活できていた。


そう、あの日までは。


2-2.束の間の仲間達

ミナミ・サガミと運命的(?)な再会を果たしたのは先程のこと。現在、俺とサガミは向かい合うように座っており、その隣では、ヘスティア様とベルが正面になるように腰掛けている。

 

「そっかぁ......本当に大変だったんだね。」

「まぁな。というか、お前もオラリオに来てたのかよ。」

 

ヘスティア様とベルに自己紹介をした後、サガミは俺の正面に座り、しばしの談笑タイムが始まった。その際に掻い摘んでだが、俺の事情を説明したのだが、やはりというか、サガミの表情は冴えない。まぁ、殺されかけたとか聞いて笑い出すほど、こいつは性格悪くないとは思ってはいるが。ただ、良くも悪くも素直すぎるってだけで。

 

「いやいや、来てたってアンタね......。色々あって二年前には帰ってきてたよ。ファミリアで送別会もやってもらったじゃん。ヒキガヤは居なかったけど。」

「うぐ......あ、あれは、あれがあれであれでだな。」

 

思わず言葉に詰まってしまった。あの時はたしか、とっとと帰って寝たかったから参加しなかったのだ。流石に、眠かったから行きませんでした。とは言えない。

 

「もういいよ......。確かに、あの時はそんな感じじゃなかったしね、うちら。」

「どんな感じだよ......」

 

言葉ではそういいつつも、サガミの言っている言葉の真意はわかる。

 

遡ること2年程前。こいつ......ミナミ・サガミはやらかしたのだ。具体的には、格上のモンスターに襲われ、パーティがボロボロになった際、こいつは逃げ出してしまったのである。

 

ただ、そもそもそんな状況に陥ったのが、当時のこいつが属していたパーティのリーダーが、基本的な準備を怠ったせいなのだが。

 

後から駆けつけた俺やハヤマにより、幸いにも死者は出なかった。だが、それでめでたしめでたし、とはならなかった。

 

ファミリアのホームに戻った後、俺はサガミとパーティのリーダーをボロクソに断罪したのだ。

 

なぜそんなことをしたかは伏せておくが、結果的にリーダーが悪いという流れになり、パーティメンバーとサガミは被害者、俺は可哀想な女子に対してボロクソに暴言を吐いた糞野郎として認識されることとなった。まぁ、結果的に丸く収まったし、何の問題もなかった。

 

ただ、その時からサガミとは気まずい関係が続いていて、ついには、いつの間にか彼女は、アシュタルテファミリアの本拠地であった帝国領ヴァルドリンドから、居なくなっていた。

 

たしか、祖母が亡くなったことを切っ掛けに、祖父の生まれ故郷であるオラリオに帰ることになった。という話だったが、その後のこいつはどんな生活を送っていたのだろう。見るに、食うに困っているというわけではないようだが。

 

「そういえば、ベル君がヒキガヤのパートナーなの?」

「いや、パートナーじゃない。そんな奴はいない。」

「即答ですか!?」

 

チラリとベルの方に目線をやりつつ、そう答えると、ベルが抗議の声を挙げた。実際パートナーではないだろ。どっちかというと、教える人と教えられる人の図だぞ。今の俺とお前は。ま、別に言われて嫌な気分ではないが。

 

「はは。振られちゃったねベル君。まぁ、ハチマン君には綺麗なお姉さんがついてるから、そこに割って入るには中々難しいかな?そう!ボクとベル君の間に割って入るのが難しいようにねっ!」

 

ビシィッ!!という効果音がつきそうな勢いで、ヘスティア様は俺の後ろの方を指さした。

 

「お待たせしました。というか、ヘスティア様、指を指さないでください。顔真っ赤ですよ。女神がそんなに酔っ払っていいんですか。」

 

そこには、ドリンクを両手に持ったルノアさんの姿が。先程からだる絡みをされてたし、この表情から読み取るに、若干めんどくさくなってるな、これは。というか、別にルノアさんと俺の間に何かあるわけではないのだが。あるとすれば、助けられた"恩"と、それを返さなければならない"義務"である。ま、綺麗なお姉さんってとこには同意するが。

 

「まぁ、ルノアさんは命の恩人だし、ベルには一時的に稽古をつけてるだけだ。」

「あー、助けられたんだよね。いいなぁ、私も綺麗な人に助けられたい。というか、ベル君にアンタが教えてるの!?ぷっ、なんかウケる。」

 

ルノアさんに羨望の眼差しを送った後、俺とベルを見て笑い出しやがった。表情がコロコロ変わって忙しいやつだな。そして、久しぶりに再会して早々に失礼なことを言うな。

 

「おい、それやめろ。誰かさんとキャラ被ってんぞ。」

「あはは。でも、それにしちゃ男二人ってのもあれじゃない?せめてサポーターでも連れてけばいいじゃん。」

「いや、金かかるし。」

 

サガミは俺のツッコミを華麗にスルーし、今度は痛いところをついてきた。......まぁ、俺だって考えなかったわけじゃないんだよ。

 

というか、今後、中層から下に潜るとなると、サポーターや回復役の存在は必須になる。

 

中層以上はモンスターの強さも出現頻度も段違いだから、間違っても、攻撃バカの俺とベル二人で潜るなんてことがあってはならないし、それこそ自殺行為だ。

 

ただ、今のところは俺がついていれば問題ない。ということで、サポーターは雇っていない。そして、中層に行けるレベルになる頃には、こいつも自分のパーティを見つけているだろうから、そこで何とかしてくれ。というのが俺の考えであった。

 

「いやいや、そういう問題かよ。」

 

サガミは呆れている。いや、俺はこれでも、今やLv.3だからね。一週間前みたく、体力と精神力(マインド)を著しく消耗しなければ、上層レベルで遅れを取ることは、まずない。

 

だが、そんな俺の心の内に反して、サガミはこちらに身を乗り出して、"提案"を持ちかけてきた。

 

「ね、それならウチのこと連れてってみない?回復も攻撃も、どちらも役に立つよ!」

 

というか、何でコイツはこんなに目を輝かせてんだよ。まぁ実際、回復と攻撃......後衛と前衛どちらも出来る奴が居てくれるのはありがたい。だが、今のところ必要ないし、もしかしたら酔っ払って言ってるだけで、いざパーティを組んだら険悪な関係に逆戻りする可能性だってゼロではない。いずれにしろ、俺の取るべき行動は一つである。

 

「あー、ベル、ヘスティア様、そろそろお開きにしよう。」

 

俺は立ち上がった。

 

「って、おい!話聞いてよぉ!」

「......聞いてるけど。あの時の事忘れたわけじゃねーだろ。お前は嫌なんじゃねーのか。」

 

慌ててサガミが俺の腰のあたりにしがみついてきた。ええい!鬱陶しいわ!というか、ほんとに俺とお前はこんな気軽な仲じゃなかっただろうに。一体全体、どういう心境の変化なのん?

 

「別に。今更だし。それに、居ないんでしょ?回復役。その子も駆け出しみたいだし、ウチみたいなのがいた方がいい気がするんだけど。」

 

俺の腰から手を離し、サガミは流れるように自分の必要性を説いてみせる。たしかに、そりゃそうなんだが......。こいつが嫌じゃないなら、確かに助かるんだが。

 

「というか、お前はパーティ組んでないのかよ?」 「組んでるんだけど、あの人たち週に数回しかダンジョンには出ないんだよ。」

 

丸め込まれそうになったところで、話題を切り替えるも、すぐさま反論されてしまった。

 

「えらくのんびりしてんだな......」

「あはは。なんか、カジノ?だっけ?そこに入り浸ってるみたいで。」

「えぇ......大丈夫かお前のパーティ......。」

 

頭を抱えそうになった。まさか、金のほとんどを賭事につぎ込んでるんじゃなかろうか、こいつの仲間達は。

 

「ただ、もう少ししたら本格的に探索を始めるって言ってたし、ヒキガヤ達と組めるのもいいとこ二週間位かな。ね、期間限定ならお気軽でしょ?だから、ダメかな......?」

「うぐ......」

 

上目遣いをするな。つーか、キャラ変わりすぎだから。そういうのはハヤマみたいな奴だけにやっとけよ。

 

「......まぁ、ボクはあれこれ言うつもりはないよ。ただ、ベル君を危険にさらすようなことがあれば別だけど。」

「僕も大丈夫です。宜しく御願いします!サガミさん!」

 

悶々と考えを巡らせていたら、ベルとヘスティア様がオーケー(?)を出してしまった。おいおい、何で勝手に決めちゃうのん?

 

「ミナミでいいよ。宜しくね、ベル君。ヘスティア様も、それは心配ありませんので。」

 

サガミはベルに握手を求める。ベルにボディタッチをするな、サガミ。ヘスティア様の笑顔が一転、嫉妬深い表情に変化してるから。

 

「俺の意見はまるで無視なんですね。まぁいいけどさ。」

 

少しだけ悲しくなったが、まぁ仕方ない。......実際問題、サガミがどこまで出来るやつなのかは知らんが、回復役が居てくれるのはそれだけでありがたいのだ。

 

こうして、俺とベルの不定期パーティに、期間限定でサガミが加わることになったのだった。

 

 

 

✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞

 

 

 

「すみません!遅くなりました!」

「おう。俺も今来たところだ。」

 

ベルが小走りで駆け寄ってくる。サガミと再会した翌日の早朝。俺は摩天楼(バベル)の入口付近で、ベルが来るのを待っていた。ちなみに、隣にはジト目のサガミが陣取っている。

 

「アンタねぇ......なんで私の時と態度が違うのよ。」

「愚問だな。それはお前とベルだからだ。」

「意味がわかんない。でも、貶されてるってことはわかるよ。」

 

酷いなぁ!なんて言ってるが、無視する。なんでコイツはこんなにウザい性格になったんだ。

 

「ま、とりあえず出発しよっか。」

 

サガミはベルに向かって、万遍の笑みを作る。やたら楽しそうだな。もしかしてあれか?普段パーティ内でぼっちだから、はしゃいじゃってるとか?いや、ないか。こいつ、コミュ力は高いはずだし。

 

出会ってから終始テンションの高いサガミに、何か違和感のようなものを感じた俺だったが、この時点では、特段気にはしなかった。

 

 

さて、ダンジョンである。

 

1〜4階層については、いつも以上にスイスイと進むことができた。何せ、攻撃役が三人いる上に、ある程度ダメージを受けたらサガミが回復してくれる。そのお陰で、進むスピードは格段に上がった。

 

流石に訓練にならないので、3階層からはベル一人で戦わせた程だ。

 

 

「それにしても、ベル君も駆け出しとは思えないけど、そのナイフも凄いね?」

「えへへ。少し、頼りすぎちゃってるかなとは思うんですけど、神様からのプレゼントだから嬉しくて。」

 

4階層奥の下り階段まで進んだところで、サガミがベルのナイフに目をやりながら、賞賛する。

 

ま、ベルの言う通り、確かにいささか頼りすぎなところはあるな。それに、あの刀身だと、戦う相手によっては不利になる。たまには、もっと刀身が長い武器を使ってもいいとは思う。今度何か用意しておくか。

 

それにしても、武器の進化か。このままベルが順調に成長していったと仮定すると、その性能の限界は末恐ろしいと言っていいかもしれない。

 

ベルの持つ 、【女神のナイフ(ヘスティアナイフ)】。これをもって、ベルは先日の怪物祭(モンスターフィリア)で暴走した、シルバーバックを撃破してみせた。

 

ほんと、あの時は大変だった。俺とルノアさんも駆り出されて、何匹もモンスターを撃退した。

 

まぁ、一番驚いたのは、途中で血相を変えた剣姫と鉢合わせたことだ。ベルのことを探していたようで、少しだけだったが一緒に行動もした。

 

結局、俺達の心配はどこへやら。ベルは自力でシルバーバックを倒してみせたのだが。

 

その時の剣姫の驚いたようなホッとしたような表情に、俺はまた驚かされた。確か、二人は話したことないってことだったが、間違いなく剣姫はベルのことを気にしていた。まぁ、恋愛的な意味ではなさそうだったが。今のところは。

 

さて、話を戻すと、ベルの持つ漆黒のナイフは、装備者が獲得した【 経験値(エクセリア)】を糧にすることで、武器自体も進化していく、らしい。ヘファイストスが材料のミスリルを鍛える横で、ヘスティア様が 【ステイタス】の加工を施したことにより、そのような特殊効果が付与されている。

 

ぶっちゃけ、使い方自体はかなり難しいと言わざるを得ない。使い手が弱いままであれば、このナイフもずっと弱いままなのだから。

 

まぁ、そんな理由から、明らかに下級冒険者向きではないのだが、ベルが使いこなせているのは、ベル自身の成長速度が異常に早いお陰だろうな。通常の人間(ヒューマン)であれば、こう上手くはいかないはずである。

 

そんなこんなで、5階層に突入しても、俺の出番はほぼなかった。ベルが戦い、疲れてきたところでサガミが助けに入りつつ、回復も行う。この繰り返しだった。

 

それにしても、サガミの細剣の扱いは中々に見事だ。回復のタイミングも良いし、助けに入るにしても、ベルの呼吸がよく読めている。

 

ここら辺が下手くそな奴だと、よくわからないタイミングでモンスターを追撃したり味方を庇ったりして、ぶっちゃけ仲間の邪魔になっている、ということが多々ある。

 

「お前......すげーな。」

 

思わず、前を歩くサガミに声をかけてしまった。普段の俺なら絶対に自分からこいつに話しかけたりしないだろうが、この時はただただ、サガミの技量に関心していたのだ。

 

「ん?」

 

サガミは不思議そうな顔で俺の方を振り返る。

 

「前衛のフォローと後衛に下がるタイミングが絶妙だ。初パーティでよくここまで合わせられるな。」

「ん......凄いの、かな。モンスターの特性と、ベル君とヒキガヤのおおよそのステイタスを想像しながら、どう動くかがベストなのか考えてはいるけど。」

「いや。それはすげーだろ。というか、大体の下級冒険者はそれが出来なくて苦しんでる。」

 

単純なパワーで押し切れる下層はともかく、連携が必要な中層以上は、正に、今しがたサガミが言ったようなことが必要になる。回復と攻撃どちらもいけて臨機応変に動ける、所謂、オールラウンダーと言われる人種には、特に、だ。

 

後衛と前衛どちらもいけると言えば聞こえはいいが、パーティ一人一人の適性を把握出来ないまま、流れを読まない動きをしてしまうと、かえって仲間を危険に晒すことになるのだ。

 

「す、凄いですよ!期間限定なんて言わずに、ずっと一緒に居てほしい位です。」

「あはは......。私も自分のパーティがあるからさ。それに、ベル君ならきっと、いい人達と出逢えるよ。」

 

熱弁するベルに、サガミは苦笑いを浮かべる。ほんと、丸くなったなこいつ......。年下相手だからかもしれんが、なんというか、人が変わったみたいだ。

 

それそうと、今日が三人の初パーティということを考えれば、中々に連携が出来ている方だと言える。

 

まぁ、自分はほとんど動いていないから微妙なところではある。それに、無闇に危険は犯したくない。だが、もう少し先に進んで、三人の全力ならどの程度戦えるのかか試してみたい、という気持ちが芽生えつつあるのも事実だった。

 

 

 

✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞

 

 

 

「あ、ヒキガヤ、血でてるよ。ちょっと、じっとしててね。......【小さな癒し(ペーラピオ)】。」

 

サガミに言われて頬を触ると、確かに少しだけ出血している。が、治癒魔法ですぐにその傷は口を閉じた。

 

どうやら、先程、暇を持て余して、一匹だけモンスターを倒した時に、攻撃が掠ったらしい。別に、回復する程じゃないんだけどな。

 

 

なにはともあれ、俺達一行は、あっという間に9階層に突入していた。

 

 

「小さな傷でも致命傷になる事があるから、余裕がある時は出来るだけ傷は塞いでおいた方がいいよ。」

 

心の中を覗いたように、サガミは俺に忠告じみた言葉を述べる。まぁ、その通りっちゃその通りだが、こいつがこんな冷静なことを言うと、違和感がある。......以前の印象に引き摺られるのは良くないとはわかってるんだが、どうもな......。

 

「剣も回復魔法も使えるってカッコいいなぁ。僕もいつかミナミさんみたいになれたら......」

 

モンスター退治を終えたベルが、サガミに尊敬の眼差しを送っている。どうせ調子よく答えるのだろうと思ったが、サガミの反応は俺の予想とは大きく違うものだった。

 

「......ならない方がいいよ。」

「え?」

 

素っ気ない返答に、ベルは思わずたじろいてしまう。

 

「ごめんごめん。なんでもないんだ。......ん、ヒキガヤ、今日はここまでかな?」

 

サガミはすぐに笑顔を作ると、下り階段を見ながら、こちらに視線を移すことなく、俺に確認を求める。

 

「だな。俺とお前はともかく、ベルに10階層はまだ早い。」 

「だね。それじゃ、戻ろっか。」 

 

俺とサガミの意見が一致したところで、俺達は来た道を戻り始める。ベルは少し残念そうだったが、デビューして一週間程度のこいつを10層に連れていくのは、流石にまだ早い。 

 

まぁ、そんなに残念そうな顔をしなくとも、ベルの吸収力と成長速度を考えれば、今月中には10層を乗り越えるのも可能な気がする。

 

いや、いやいやいや、だが、ちょっと待て。冒険者としてデビューしたその月に10層に到達できたとしたら......。中々にえげつないスピードだ。もしかしたら、"あの"剣姫といい勝負をしてるのではないだろうか。

 

......一時的とはいえ、俺はもしかしたらとんでもない奴を教えているのかもしれない。

 

 

 

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高い城壁に囲まれた城の一室。この城の城主であり、アシュタルテファミリアの主神。そして、今や帝国全体を掌握しつつある、妖艶な女神は、悦び、昂っていた。

 

「あぁ......素敵。あの子達はこれから、どんな感情を見せてくれるのかしら。」

 

ダンジョンの中は神の"恩恵"が届き辛い。基本的にダンジョンの中は、神々に閉じ込められたモンスター達の憎悪の念と、邪悪な意志が漂っているからだ。

 

だが、アシュタルテの"恩恵"についてはその限りではない。いや、彼女のそれは"恩恵"というよりは、むしろ"呪い"と言った方が正しいのかもしれない。

 

彼女の与える恩恵は、一見すれば他の神々と何ら変わりはない。だが、それは確実に、人の心を徐々に徐々に、真綿で首を締めるように、腐らせていく。そして、ダンジョンにおいては、先の理由から、それは加速する。

 

歪んでしまった女神は、いつしか自らの"恩恵"を"呪い"に変えた。

 

下界の愚か者達は単純だ。優しくしてやれば、恩恵に見せかけた"モノ"を与えてやれば、すぐに懐柔される。

 

そして、愚か者達が絶望した時の感情に触れることが、彼女が 【絶頂(エクスタシー)】に至るための、唯一無二の手段だった。

 

「可愛い可愛い子供達よ。踊りなさい。狂ってしまいなさい。抗う術など無いことに気付いて、嘆き苦しみ、堕ちてしまいなさい。」

 

名前は忘れてしまったが、全てを諦めたような目をした少年。彼の顔は忘れられない。

 

上手く逃げられた。いや、"誰か"が逃がした。

 

腹は立たない。むしろ、一度逃がした魚ほど、捕まえた時の快感はひときわだろう。

 

既に手は打ってある。あの子はもう、詰んでいる。魅力的で仕方の無い"オラリオ"を手に入れる前に、あの少年を、私の子供達を、思う存分味わってやろう。

 

騎士様(ナイト)】を思わせる彼は、どんな顔で苦しみ喘ぐだろうか。雪の妖精のような彼女は、慈愛の化身のような彼女は、真っ直ぐな彼は、子供達は、どんな"醜いモノ"を見せてくれるだろうか。

 

女神は、これから起こることを想像して、歓喜に震える。

 

そんな時、不意に部屋のドアがノックされ、女神は現実に引き戻された。

 

 

そういえば、本国から要人が来ると言っていた。

 

 

名前は覚えていないが、記憶を辿れば、彼も例に漏れず、只の愚か者だった筈。

 

今日はどうやって遊んでやろうか。まぁ、本国の要人相手では、過激なことが出来ないのは少々退屈だが。

 

嗚呼。それにしても、愚か者を転がし、欺き、骨の髄までしゃぶりつくすのは、本当に、本当に気持ちが良い。

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