俺がダンジョンでミノタウロスに襲われるなんてまちがっている。 作:ねこps
だからこそ、ただひたすらに真っ直ぐに、"高み"を目指している奴を見た時、腹が立つと同時に、そのままのあいつが、どこまで行ってくれるのか、見てみたくなった。
早く俺のことなど追い越して、顧みることなく進んでいけ。本気でそう思い込んでいた。そう、あの日までは。
――剣を交えてみて確信したよ。君の戦い方が、僕はとても嫌いみたいだ。
隠すことのない侮蔑の眼差し。暴力的なまでの力の差。そして、抗うことすらできない程の、一方的な蹂躙。
小さな身体をした勇者は、遥かなる高みから、俺の事を見下ろしていた。
無事にダンジョン探索を終えた後、ベルは用事があるとかで、急いでどこかへ行ってしまった。
どうやら、ギルドの担当アドバイザーであるエイナさんと装備の買出しに行くらしい。正直、武器以外の装備が心もとないのは気になっていたし、いい機会だから買い換えて来ればいいと思う。
さて、俺とサガミの二人きりである。まぁ、俺とこいつで色っぽい展開などあるわけもないが。
とりあえず二人共腹が減っていたため、
「ん、美味し。」
「あぁ。美味いな。」
珍しくこいつと気があった。以前はお世辞にも仲が良かったとは言えないし、こうして二人で昼飯を食べているなんて、数年前の俺に言っても信じないだろうな。ま、サガミも同じだろうが。
それにしても、炒め物の味付けが絶妙だ。目立つ店ではないし、来たことはなかったが、今後通ってみてもいいかもしれない。
「そういえば、この後って暇?」
食べ終わったサガミが、おもむろにサガミが口を開く。
「アレがアレだから駄目だ。」
「うんわかった。それなら、少しお店を見に行こう。買いたいものがあるんだ。」
こいつは本当に人の話を聞かねーな。そこら辺は、会った頃から変わってないわ。
「人の話聞けよ......。それで、何買うつもりなんだよ?」
「ん、レイピアが刃こぼれしてきたから、そろそろ買い換えようかなって。」
そう言って、サガミは腰にぶら下げたレイピアを抜いてみせる。なるほど。言われてみれば、かなり年期を感じさせられる。
「そういえばかなり使い込んでるな。何だか意外だわ。新しいもの好きなイメージがあったが。」
「あはは、確かに。あの後、色々あって節約するようになったからね。だけど、流石に武器と防具を蔑ろにするのは不味いし。」
深くは突っ込まなかったが、こいつも色々あったということだろうか?確かに、雰囲気はかなり丸くなった気がするし、見た目も大人びた。なんというか、時の流れを感じさせられる。
「......それなら、あそこ行ってみるか。」
「あそこ?」
完全な気まぐれだったと思うが、俺はサガミを"あの店"に連れってやることにした。1週間前、ルノアさんに連れられて訪れた、あの店に。
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甘ったるいコーヒーを飲み干した後、会計を済ませた後、俺はサガミを連れて店を出る。
「あぁ。バベルの上か。ヒキガヤにしちゃわかってるじゃん。」
「おい。帰ってもいいんだぞ。」
「うそうそ!ごめんって!」
屈託のない笑顔。こんなに笑う奴だったろうか?少しだけ違和感を感じながらも、悪い気分はしなかった俺は、隣を歩く少女に歩幅を合わせつつ、歩みを進める。
メインストリートが集結する
蓋、と表現したように、バベルの役割はダンジョンの監視と管理。俺はまだオラリオで日が浅いからピンとこないが、ギルドが保有するこの施設は、冒険者達にとってはとても馴染み深い建物なのだそうだ。
「ふふっ。誰かと買い物とか久しぶりだなぁ......。」
それにしても、隣の少女のはしゃぎっぷりに思わず戸惑ってしまう。イメージが違いすぎて。
俺とサガミは、他愛もない話をしながら、バベルの門の前に到着した。門といっても、いくつもの台形の穴が塔の一階部分にぐるりと張り巡らされている。ルノアさんいわく、冒険者達が何人でも、どこからでも入れるように配慮された形なんだそうだ。
門をくぐると白と薄い青色を基調にした大広間が現れる。ここを下っていくと、先程俺達が探索していたダンジョンに潜ることができる。
「戻ってきちゃったね。さて、ここからは......」
「当然、上だな。ちなみに、バベルが場所を提供してるのは四階からだからな。」
バベルの一階は言わば玄関口、主要な公共施設は二階からである。三階まで昇って、換金所を壁際に見つけつつ、俺とサガミは三階広間の中心へと歩いていき、幾つも存在している円形の台座、その一つに乗る。
「っ......」
ずくにサガミが備え付けの装置を操作すると、台座は地面から離れて、ゆっくりと宙に浮かび始めた。思わず、俺は身震いをしてしまう。二回目だが、この浮遊感はやっぱり慣れない。
「あはは、私も最初はそんな反応したなぁ。」
「心臓に悪いんだよ......これ。」
本当に、よく笑う。そして、なんというか、以前は気になっていた鼻につくような態度、そして、嫌味もなくなったような気がする。
――ほどなくして、バベルの四階に到着する。
「時間もあるし、せっかくだから見てこっか。」
「ま、構わんが。」
ざっと見ただけても武器・防具がそこらじゅうを埋め尽くしている。ここから、八階までのテナントは全て"ヘファイストス・ファミリア"のものである。凄すぎて想像もつかないが、一体どれだけ儲かっているのだろうか。
「うーん、3,000万ヴァリス......やっぱり1級品は凄いねぇ!」
美しいレイピアをガラス越しに眺めながら、サガミは目を輝かせる。あ、やっぱり高級品は好きなのな。
そんなサガミの姿を後ろから眺めていたのだが、次の瞬間、俺は思わず目を見開いてしまった。
「いらっしゃいませお客様ー!今日は何の御用でしょうか!?」
店員さんに明るく声をかけられた。身長は低いが、容貌は整っており、巨乳ツインテールの少女。本来ならば、こんな美少女に話しかけられたら、俺はキョドってしまって仕方なかっただろう。
だが、この時ばかりは、口をあんぐりと開けるほかなかった。
「......へ、ヘスティア様?」
「や、やぁ、ハチマン君。ミナミちゃんも一緒なんだね。はは......」
「え、えぇぇ......ベル君の、神様......?」
ひくっ、とロリ神様の店員スマイルが引き攣る。
いやいや、たしか、じゃが丸君の販売員もやってたよな。まさか、バイトの掛け持ち......!?何をやってるんだこの神様は。
「い、いいかい、ハチマン君達。ここで見たことは忘れて、早く!早く帰るんだ!」
「......。」
「え、えっと。」
何も言えねぇ......。この時の俺とサガミの気持ちを、実に上手く表した言葉だったと思う。
「こらぁー!新入り!遊んでばっかだとクビにすんぞーー!!」
「げっ!は、はぁーい!」
店員らしき男の怒鳴り声に、ロリ神様は血相を変えると、凄まじいスピードで店の奥へと走っていってしまった。取り残された俺とサガミは、何だか残念なものを見る目で、ロリ神様の後ろ姿を見つめる。
「わ、忘れよっか。色々あるんだよ、きっと......」
「あ、あぁ。そうだな。」
何だか見てはいけないものを見てしまった気がするが、幸いにも、俺とサガミの意見は一致したようだ。
俺達は、今しがたの出来事を、頭の中から抹消することにした。
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静止した昇降機のドアに手をかけると、先程の四階と同じような景色が俺達を迎えた。
剣、槍、斧、槌、弓矢、盾、鎧、その他防具......様々な種類の武具の専門店が、広いフロアに展開されている。
思わぬハプニングはあったが、俺とサガミは、無事に目的地へと辿り着いていた。
「それじゃ、俺は適当に見て回るから、終わったら声かけてくれ。」
「素っ気なさすぎでしょ......ま、了解したわ。」
サガミは少々不満そうだったが、直ぐにお目当ての武器を求めて、フラフラと店内を物色し始めた。
一方の俺はというと、先週と同じ辺りをうろうろしながら、現在は武器のコーナーをぼんやりと眺めている。
手持ち無沙汰になり、腰の辺りに手をやり、ルノアさんから贈られた片手剣を触ってみる。
拾ってもらってから住む場所まで融通してもらって、その上デメテル様まで紹介してもらって、俺はあの人に、何から何まで世話になりっぱなしだ。
何か、返せるものがあればいいんだが。
そう思った俺の目に、控えめに光を放つ"ネックレス"が目に入った。シンプルなリングを細身のチェーンに通しただけのもので、見た目に派手さはない。ただ、碧と銀が混ざりあった鮮やかな色合い。何となく、あの人に似合う。そんな気がした。
「終わったよー。って、ヒキガヤ?」
「......はえーな。んじゃ、帰るか。」
サガミはどうやら、お目当てのものを見つけたようだ。見ると、右手には新たなレイピアが握られている。......刀身は赤か、こいつらしいな。
「ネックレスなんか手に取ってどうしたの?」
「ちょっとな。別に気にしなくていい。」
サガミは一瞬だけぽかんとした表情を浮かべたが、すぐに何かを悟ったように、生暖かい笑顔を浮かべる。
「あはは。らしくないけど、まぁいいんじゃない?意外と可愛いとこあるじゃん。」
つんつんと脇腹をつつかれて、思わず身震いしてしまった。
だから、キャラ崩壊してんぞお前。
そんなサガミに戸惑いつつも、不思議と心穏やかな自分がいた。
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「おー!用心棒君じゃん!ってあれ?女の子が増えてる!」
アマゾネスの少女がぴょこぴょこと駆け寄ってくる。それに続いて、オラリオの大物達が続々と歩み寄ってくる。
何でこんなことになっているかというと、先程、
ちなみに、新しいレイピアを少しだけ試してみたい。というサガミに付き合っていたらこうなった。マジで早く帰ればよかったわ。全員高レベルのチート軍団とは出来るだけ関わりたくない。
「その節は、お世話になりました。」
一歩前に出て、改めて頭を下げる。酒場でも礼はしたが、一応こうしておくのが礼儀だろう。
「はは、あの夜以来かな。久しぶりだね。」
「どうも。フィン......団長。」
ロキ・ファミリアの団長であり、オラリオでも最高峰の実力者であるLv.6の第一級冒険者。二つ名は
彼は恐らく、ベルが食い逃げした夜のことを言っているのだろう。
「そんなに畏まらないでくれよ。それにしても......なるほど、面白い目をしてる。僕が聞いていた通りみたいだ。」
「え?」
思わず変な声が出てしまった。何を聞いていたって?悪意は感じないが、こうも思わせぶりな言い方をされては、こちらも色々と考えてしまう。
「はは。こっちの話さ。ん?アイズ?」
笑って流された。というか、そもそも面白い目ってなんだよ。そして、本当に誰から何を聞いていたんだ。複雑な想いを抱いている俺に、つかつかと金髪の剣士が歩み寄ってくる。
いや、いやいやいや。近い。そして、無表情で怖いんだけど。まさか、いきなり切り捨てられたりしないよな?......しないよね?
「......あの子。」
「へ?」
「あの子のこと、教えてるんですよね。」
剣姫はどうやらベルのことを言っているようだった。......ほんと、マジで斬られなくて良かった。普通に話しかけるだけなら、そんなに勢いよく歩いてこなくてもよくね?
「まぁ、そんな大層なもんじゃないが。」
「ん、そんなことはないと思います。」
......会話が広がらない。俺もそうだが、剣姫も結構コミュ障なんじゃなかろうか。
そして、サガミは一歩、二歩と後ろに下がっていった。おい、逃げんなよ。
と、そんなくだらないことを考えつつ、俺の脳裏には、白兎のような少年の姿がよぎった。
「......ま、今度会ったら声くらいかけてやってやれよ。まだアンタの足元にも及ばないかもしれんが......」
一応、ベルなりに努力はしてる。成長もかなり早い。剣姫と比べるのは酷な話だから、もしかしたら、奇跡が起これば、隣に立てるようになる日が来るかもしれない。
全く、あいつも、つくづく厄介な相手に慕情を募らせたもんだ。
「逃げるんです......。」
「......は?」
「え?」
剣姫の要領を得ない発言に、俺とサガミは戸惑ってしまう。
「何回か街で見かけて声かけたんだけど、毎回"ごめんなさい"って叫びながら逃げちゃって......。」
――しばしの沈黙。
「......な、何してんのあの子。」
「......」
サガミは呆れて額に手をやり、俺は絶句してしまった。一体何をやってんだあのアホは。
「ま、まぁ、照れてるだけだろ。きっと......」
そう言うのが精一杯だった。
「そう、ですか......」
徐々に小さくなる剣姫。やめて!シュンとしないで!てか、怪物祭の時も思ったが、剣姫って意外に普通のやつなのか?
「それはそうと、そっちは何でここに?これからダンジョン探索の帰りか?」
慌てて俺は話題を変える。
「お金がなくて......。」
「......はい?」
またしても困惑。話がなかなか噛み合わない。え、お金?金欠だったからダンジョンに潜ってたの?
「アイズが貸し出してもらってたレイピアをぶっ壊しちゃったんだー。ちなみに、お値段は4000万ヴァリス。ヤバイよね。」
てへへ。と笑うのは、こちらもロキ・ファミリアの一員である、ティオナ・ヒリュテ。大剣を装備して暴れ回るその姿から、つけられた二つ名は
そして、後方には
本当にこのメンバーで金稼ぎにいってたらしい。なんというか、コメントに困る。
「......」
「そ、それはヤバイですね......。」
俺はまたしても言葉を失い、サガミは目を泳がせている。本当に、一体全体何をやってんだ、この人達は。
バツが悪そうに頬を赤らめる剣姫。なんというか、アイズ・ヴァレンシュタインの意外な一面を垣間見た気がした。
しばし、和やかな空気が流れる中、フィン団長は剣姫を下がらせると、再び俺の前に立った。
飛んできた鋭い殺気に、思わず俺は顔をしかめる。
「人も少なくなってきたことだし、少し付き合わないか?」
長槍を構えて、俺に向ける。手合わせ願おうか。つまりはそういう意味だろう。だが、オラリオ随一の冒険者が、たかだかLv.3の俺に戦いを挑む理由など、到底見つからなかった。
「団長!?」
ティオナの姉であるティオネが慌てて止めに入り、剣姫達も駆け寄ってこようとするも、フィン団長はそれらを手で制する。
「......何のつもりです?」
真意を図るように、俺は冷静に、ゆっくりとフィン団長に問いかける。
「なに。今日は少し暴れ足りないと思っていたんだ。そんな時、噂の"帝国の三銃士"。その一人が目の前に現れた。これは、手合わせ願うしかないだろう?」
ひくり、と俺の頬が引き攣った。ロキ・ファミリアの団長ともなれば、他国の情報に精通していてもおかしくない。だが、長らく呼ばれていなかった二つ名を耳にした俺は、ただただ不快な気持ちにさせられた。
「アンタ......」
「そんな目をしないでくれ。別に喧嘩をふっかけてるわけじゃない。それに、君が可愛がってる少年と僕達の差を確かめる、いい機会なんじゃないかな?」
色々と思わせぶりな人だ。爽やかな雰囲気に、一瞬だけハヤマを思い出したが、あいつはここまで食えない奴じゃなかったと思う。そして何より、この凶悪な
「今日は少し暴れ足りなかったんだ。少しだけ楽しませてもらうよ。」
――初めの一撃は見えなかった。
殺気の矛先を感じ取り、反射的に横に飛んだのは覚えている。
そして、逃げ惑うように地面に転がった俺の姿を、フィン団長は無表情で見下ろしていた。