『男女比 1:30 』 世界の黒一点アイドル   作:ヒラガナ

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穏やかな少女

 

「三池氏、今から言うことを聞いて欲しい」

「あれを言うの、静流ちゃん」

「交流センターに私たちは入れない。今を逃すとまずい」

 

真矢さんと陽南子さんが、警備室で交流センターへの入場許可をもらっている。それを熱をもった頭でボーと見ていると、両脇のダンゴたちが深刻そうに密談を始めた。

 

「何の話ですか?」

「これは私と凛子ちゃんの推察、もしかしたら考え過ぎなのかもしれない。しかし、頭の片隅に置いて欲しい」

 

そう前置きして、椿さんが俺の耳元で囁いた。

 

「陽南子氏に気をつけて欲しい。三池氏に危害を加える可能性がある」

 

「――――――――はっ?」

 

「南無瀬邸で初めて会った時から、彼女は常に演技をしている。本心を隠して」

 

椿さんは他人の演技に敏感だったな。コンテストの時に杏さんの怒った演技を看破したし。

 

「あの良い子そうな陽南子さんが……演技?」

 

俺の呟きに対し、音無さんが唇を尖らせて、

「そう、その良い子ってのが気に喰わないんですよ! 三池さんと直接お会いしたってのに、あの子ったら全然発情しないじゃないですか! 美青年ですよ、フィクション物の美青年なんですよ三池さんはっ! それを見たら、とりあえず襲っちゃおうかなぁ~と思うのが女の礼儀ってもんでしょ。それをやらない時点で怪しさプンプンですよ!」

 

俺の前で平常心を保つからダウト。

これほど酷い疑い方があるだろうか。

 

「三池氏に欲情しない女性は二パターンに分けられる。一つは、すでに夫や恋人がいて三池氏に性的関心を抱かない場合」

 

……あっ、前にホテルで椿さんが質問していたな。

陽南子さんに「意中の相手は?」って。

こういう意図があって尋ねていたのか。

 

「陽南子氏に恋人がいないことは確認済み。と、いうことはもう一つのパターン。『実は欲情しているが、それをひた隠しにして狙っている場合』が陽南子氏に当てはまる」

 

熱のせいで熱い身体に悪寒が走った。

 

「あたしの泥棒猫センサーがビンビン反応しています。あの子は狡猾タイプの泥棒猫です、一番危険なタイプですよ」

 

「だから、私と凛子ちゃんの手の届かない場所で何か仕掛けてくるかもしれない。もしかしたら、杏氏の手先とも考えられる」

 

椿さんの観察眼と音無さんの本能が、陽南子さんを敵だと判断した。

陽南子さんはおっさんと妙子さんの娘なんだぞ、それなのに敵だなんて……感情では否定したい。

しかし俺は、陽南子さん以上に音無さんと椿さんを信頼している。そんな二人が真剣に口にしたことなら――

 

「信じられないかもしれない。無理に受け入れなくて良い。だが、少しだけ気にしていて欲しい」

 

「……分かりました」

 

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

 

ダンゴたちの助言を念頭に、俺は陽南子さんを警戒した。

 

籠城事件の発生後。

南無瀬組への電話は陽南子さんがいない場所で行うようにしたり、出来るだけ陽南子さんと距離を置くようにした。

 

ギターと楽譜がなくなった時、真っ先に疑ったのが陽南子さんだ。

この攻撃を何とかカウンター出来ないものか、と一晩考え罠を仕掛けた――それが上手く行き、

 

「手を挙げて後ろを向いて! 変な動きを見せたら撃ちます」

 

こうやって追いつめることが出来たのである。

 

俺の態度の急変に、困惑を浮かべる陽南子さん。

 

「……はぁ、参ったでござる……ほんと参ったなぁ。もう少しだったのに」

 

肩をすくめ諦めの表情を作る――が、手を挙げず後ろも向かない。

 

「早く、こちらの指示に従ってください!」

 

「ダンゴたちからアドバイスがあったんですね? 身内の南無瀬組と違って、あの二人からは警戒されているなって思っていました。それで、詰めを誤っちゃうなんて裏切り者らしい末路です……でも、修正が利く範囲かな」

 

陽南子さんは俺と同等の高身長で、鍛えられた体躯をしている。

そんな彼女が「ござる」というひょうきんな口調を止めると、並々ならぬ脅威だけが残ってしまう。

確かに陽南子さんは諦めた、俺を騙すという行為を。だが、俺を襲おうという行為は諦めていない。

 

さすがは南無瀬組で生まれ育った子。

銃を向けられたくらいでは取り乱さないのか、くそったれ!

 

「本当に撃ちますよ!」

もっと力強い脅し文句が吐ければ良いのだが、女性に銃を向けて言うカッコいい台詞が思い浮かばない。そんな余裕もない。

 

「良いですよ。この近距離なら引き金を引くタイミングが分かります。銃弾を避けるのは難しくはないです」

 

さらりと人外発言やめろぉ!

 

……くっ、やはり次の策だ。

元よりゴム弾とは言え、女性を撃つのは抵抗があった。

あくまで銃を向けたのは彼女の真意を確かめ、動きを一時的に封じるため。

 

本命は――

俺は、突きつけていた防犯銃を手放した。床に落ちた銃が大きな音を立てる。

 

「っ?」

再び困惑して硬直する陽南子さん。

 

その隙にまた段ボールへ手を突っ込み、

 

「おらぁぁぁ!!」

「げふぅ!?」

 

隠していたタオルを陽南子さんの顔面にぶつけた。

 

陽南子さんほどの運動能力と反射神経があれば回避される恐れはあった――投げたのが、ただのタオルならば。

 

「……うぐぅぐぐぐ」

 

しかし、あれはギターと楽譜の捜索で一晩中歩き回った、俺の汗を吸ったタオルだ。

避けようと思っても本能的に受け止めたくなるタオルなのだ。

 

コンテストの練習中、ダンゴの二人へ同じようなタオルを投げた時は、

 

「キャンキャン!!」

「バウバウ!!」

 

と、タオルをむさぼるだけの獣になった。

 

信頼と実績のある秘密兵器。

その高威力で陽南子さんは、

 

「すーはーすーはー……はむはむ」

 

ターゲットを目の前にしているのに、自分の顔を覆うタオルを()がそうとしない。

嗅いだりアマガミするのに忙しいようだ。

 

隙だらけ、まさに絶好の機会!

トドメとばかりに俺は腹に力を入れて、

 

「夜になったら、布団に入って、目をとじましょう~♪」

歌い出した。

 

かつて『みんなのナッセー』のスタジオで披露し、子どもたちと一部スタッフを強制的に眠らせた『夢を見よう』という曲を。

 

「はむはむ……はむっ!? む、むぅぅ」

 

効いている。

性欲に翻弄されて無防備なところに睡眠欲の打撃、これはたまらないだろう。

 

何とか眠ってくれ。

俺を狙う敵だとしても、おっさんや妙子さんの娘。出来るだけ傷つけたくない。

 

「今日はどんな夢をみようかなぁ~♪ 空をとぶ夢? スポーツ選手になる夢? いや、なにはなくても男アサリかなぁ~?」

 

「むむぅぅ……こ、こんなもので……ぐうううぅぅ!!」

 

順調に眠りの世界へ引きずり込まれていた陽南子さん、すでに膝が折れ倒れる寸前だったのに……意地の成せるワザか、そこから踏み止まった。

 

「ふざけないで……私の怒りが、私の復讐が、こ、こんなものでぇぇぇぇ!!」

 

陽南子さんは絶叫と共に顔からタオルを剥ぎ取り――捨てずにしっかり自分のポケットに入れてから、

 

「覚悟ぉぉっ!!」

俺に目掛けて突撃してきた。

 

狭い室内、逃げる場所はない。

ええいっ!

伸びる陽南子さんの両腕、その手首を掴んで止める。

 

ちぃっ! 凄まじい力だ。

少しでも手の力を抜けば、一気に押し倒される。

 

「やっと光が手に入りそうなのに! 眠ってなんかいられるかぁ!」

 

ござるの時の親切そうな顔が嘘のように、顔を赤くして獰猛になる陽南子さん。

これが本当の彼女なのか……!

 

「ひ、ひかり? な、なんのことだ」

 

「あなたよ! タクマさん! 私を放って南無瀬組を照らしていた光! もう十分照らしたでしょ、今度は私の光になってよ!」

 

なんだよ、それ。

言葉足らずな言葉だが、その必死さが陽南子さんの内面をありありと伝えてくる。

 

「つ、つまりアレか……ぐぅぅ、みんなが楽しんでいる時に、一人だけのけ者。そ、それが嫌だったのかよ」

 

「なによ、悪いのっ! お父さんやお母さんが幸せになって、子どもの私が不幸だなんておかしい! 今度は私が幸せになるの! タクマさんという光を手にして!」

 

「ず、ずいぶん自分勝手だな。のけ者になっているなら、こっちに来れば良かったじゃないか! 寂しいから自分も入れてってよ……」

 

時間を掛ければ陽南子さんの力が弱まるかと思ったが、未だその兆候はなし。

それどころか押し止めている俺の手の方が痺れてきた、彼女の腕が俺の肩に届きそうになる。

 

「言えるわけないでしょ! 私は南無瀬組の次期当主なのよ! そんな弱気なところをお母さんや組員さんに見せるなんて」

 

「じぃ、じき当主が何だよっ! おっさんも妙子さんもあんたの事が心から大切なんだよっ! 心から愛しているんだよ! 俺が保証する! 娘に頼られたら、きっと二人とも喜んで手を貸す! な、なあ、今からでも遅くない。謝ろうぜ、俺もフォローするからさ」

 

「……っ」一瞬だけ陽南子さんの力が弱まった。

説得出来たのか、という俺の期待は、

 

「今更! もう後戻りは出来ない! ここまでの騒動を起こしてどの(つら)下げて会えばいいのよ!!」

 

一層強まった力で打ち砕かれた。

 

やべぇ、押し負ける……だったらイチかバチかだ!

 

最後の力を振り絞って、一瞬だけ陽南子さんの腕を押し返した俺は――後ろに跳んだ。

 

「なっ!?」

突然抵抗がなくなって陽南子さんが前のめりに倒れかかる。

俺の方も無事とは行かない。無理な動きがたたり、着地が決まらず床に倒れてしまった。

 

とっさに後頭部を腕で守ったが、背中を強く打ちつけてしまう。い、いてぇ……

で、でもすぐに立たないと。陽南子さんにマウントポジションを取られてしまう……ん?

 

な、なんだ……ジョニー近辺に不穏な感触が……?

 

仰向けに倒れたまま頭だけを上げて、自分の下半身を確認すると。

 

「……ひっ!」

 

俺の股間に顔面から突っ込んだ陽南子さんがいた。

なんてことだ、不知火群島国に来てからこれまで(かたく)なに守り続けている最終防衛ライン(パンツ)。その一歩手前まで接敵を許してしまうなんて!

 

「…………」

陽南子さんは微動だにしない。ずっと俺の股間に顔を埋めている。

 

ど、どうしよう。動くに動けない。

沈黙する陽南子さんが恐ろしくて仕方ない。

 

ちょっとでも刺激を加えたら、いきなり再起動して俺の下半身を蹂躙(じゅうりん)するのではないか……そんな心配が俺の身体を凍らせる。

 

刻々と時間だけが過ぎていく。

トム君たちが人生を賭けて『鬼ごっこ』をしているのに、陽南子さんを股間に載せて床に倒れる俺。

何をやっているのだろう、俺は……?

いろんな意味で無力感を抱いてしまう。

 

 

それにしても陽南子さん、本当に無反応だな。

声くらい掛けてみるか、そっとな。

 

「……あ、あの、ひな」ビクンビクン!! 「ひぃぃ!?」

 

陽南子さんの身体が二度大きく跳ねた。その奇妙な動きにビビり、俺は高速ハイハイで部屋の隅まで逃げた。

俺と言う枕がなくなり、ゴンと顔面を床にぶつける陽南子さん……それでもまた無反応に戻っている。

 

と、とりあえず動かないみたいだし、拘束するか。

 

あらかじめ用意しておいたロープを取り出し、おっかなびっくり陽南子さんの足首や腕を縛っていく。

ファンクラブの特典・音声ドラマを作る際に真矢さんを拘束したことがある、その経験が()きた。

女性の縛り方が上手くなるなんて、喜べることじゃないよな……そう嘆息しつつ、うつ伏せの陽南子さんをひっくり返すと。

 

「こ、これはっ!?」

 

とても穏やかな顔をなさっていらっしゃる。

先ほどの狂犬めいた顔が悪い幻だったかのように、日本晴れにも劣らない穏やかなお顔だ。

淑女モード? いや、聖女モードと言っても過言じゃないぞ。

 

理由はよく分からないが、陽南子さんが落ち着いたようで何よりである。

よし、今のうちにパパッと縛りつくすか……と。

 

チャリン。

 

陽南子さんの服から鍵が落ちた。

何の鍵だろう? と拾ってみる。普通の鍵じゃなさそうだな、表面の溝や穴の数が多く、加工が複雑だ。

コピーガードやピッキング対策がなされた特注の鍵なのかもしれない。

 

それを見ていると、何か良くない予感が湧きだした。

最近、鍵が必要な何かを見た気がする……何だったかな?

 

そんなことを考えていると、

 

「……う、ううん……」

陽南子さんが目を覚ました。拘束は大部分終わっている、もう抵抗は出来ないだろう。

とは思うが、自然と距離を取ってしまう俺である。

 

「あ、あの大丈夫ですか? 顔を強く打ったみたいですけど」

「タクマさん……」床に縛られ倒れたまま俺を見上げる陽南子さん。

「何でしょう。今、わたし、とても晴れやかな気分です。ずっと心に巣くっていた闇が消え去ったような」

「はぁ、そうなんですか」

 

確かに彼女からは敵意が感じられない。憑き物が落ちたくらいの変わりぶりである。

 

「そう……きっと私の闇は、タクマさんの光によって綺麗に洗われたのです」

愛おしいように俺――の股間を見る陽南子さん。もちろん俺は部屋の壁まで後退した。

 

「今わかりました。宇宙の心はタクマさんだったんですね」

 

まずいぞ、陽南子さんが先ほどとは別のベクトルでヤバい人になってしまった。

どうしよう……


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