廊下にある防女シャッターの作動音が響く。
終わりを告げる鐘のように粛々と、それでいて冷酷な音色だ。
同時に複数の足音が、セミナー室へと近付く。
シャッターの開く音で突入のタイミングがバレバレのためか、足音は慎重さより速さを優先して荒々しい――と、喧噪はセミナー室を目前にして止まった。
「っ!?」
女子たちの驚きを発する声が聞こえてくる。
彼女たちは男子の行動に関して様々なシチュエーションを予測し、作戦を練っていたことだろう。でも、この事態は想定外だったらしい。
俺たちは逃げも隠れも防衛もしない。
セミナー室のドアは鍵をかけるどころか全開にして、どなた様もいらっしゃいの門構えにしていた。
偵察の任を帯びたらしき女子の一人が、入口の影から室内を
「そうコソコソせずに、中に入ってください」
俺が優しく声を掛けると、彼女は慌てて顔を引っ込め、仲間たちの下へ戻っていった。
それから一分ほど経って――
「いったい何を企んでいるのですか、ミスターさん?」
罠を警戒したのか、東山院メアリさんだけがセミナー室に入ってきた。フルフェイスヘルメットをしているので声がこもっている。
「君たちを待っていました。見ての通り、男子の準備は整っていますよ。後は女子の皆さんが着席すれば始めることが出来ます」
アゴに付け髭、瞳をシャープなグラサンで隠した俺は、四十代半ばを意識した渋い声で言う。
メアリさんの言動を見るにミスターの正体は知らされていないようだ。
都合が良い。今から行うことは青二才のタクマより、人生の清濁を味わってきた(設定の)ミスターの方がやりやすい。
「質問に答えてください! 無視するのなら、今すぐ男子たちを拘束し結婚しますっ!」
「結婚」のフレーズに椅子に座るトム君たちがビクつく。
俺は余裕を持った大人の姿勢を崩さないよう努めて悠然と答えた。
「ここはセミナー室、勉強する所です。そして、君たちはまだ学生。で、あるならやる事は一つでしょう……
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二回目の交流センター訪問時、俺はトム君とスネ川君とで何気ない会話を交わした。
「そ、そういえば……みんなは普段どうやって授業しているのかな? 先生は?」
「この施設は基本的に女性の立ち入りが制限されているので、授業は映像を使って行われます。男性教師はいるにはいますが人数が少なくて、ボクらのようなはみ出し者の所までは来てくれないんですよ」
「ああ~、タクマさんが先生だったら退屈な授業も面白くなるんだけどなぁ」
先生か……今も昔も学園ドラマで先生役をするアイドルは多い。一度はやってみたい役柄だな。
この時の俺は、『いつか』叶えてみたい夢として、先生役を捉えていた。
まさか、その『いつか』がすぐ先の未来で待っているとも知らずに……
「じゅぎょう? この
メアリさんは俺から身体を背け、教壇の前で着座していたトム君へと接近した。
「ひぃ!?」
と、怯えるトム君の手を取って、
「やっと捕まえた。これで斗武は私のもの……もう絶対離さない、ずっと一緒よ。ねえ、斗武」
ひたすら重い発言で病みっぷりを披露するメアリさん。
領主の家系は、意中の男性に対して独占欲が強くヤベェ……と耳にしていたが、ここまでとは。
いつもならヒエッする場面だが、今の俺はミスターだ。
頼れるナイスダンディのミスターなら、
「いけませんなぁ、まったくなっちゃいませんね」
わざとらしいほど盛大にため息をつき、俺は失望を宿した目でメアリさんを見る。
「何ですか……私と斗武の恋路に意見があるんですか!?」
「これでも私は多くの妻と子どもを持つ身です。少なくとも結婚前の若人たちよりは恋路について詳しい自負があります。その私の観点から言って、メアリさん……このままでは、あなた、幸せにはなれませんよ」
「はぁ!? 」
こ、こえぇ……目で人を殺せそうだよメアリさん。
ジョニーがチョロっと漏らしかけたが、そんな素振りを頑張って隠し、俺は諭すように言う。
「こんな強引なやり方で男性をモノにして、良好な関係が築けると思っているのですか?」
「ふん、時間をかけて仲を深めていけば!」
「二十年前にも結婚を賭けた男女対抗戦があったそうですね。それで結ばれた男女は今、幸せなのでしょうか?」
「……っ」
暗にメアリさんの母であるザマスおばさんと、その旦那さんを指した言葉である。
妙子さんからザマスおばさん夫婦が二十年前のボーイズハントで結婚したという情報はもらっていたが、その後の夫婦仲を俺は知らない。
おそらく良い関係ではないだろうと考え、カマ掛けのように出した発言だったが、上手いことメアリさんの危機感をくすぐったらしい。
「この『鬼ごっこ』、すでに女子側の勝利は揺るぎません。男子はあなたたちに完敗しました。私は男子を応援していたので残念でなりませんが、結果は素直に受け入れましょう……ただですね、このままでは男子にとっても女子にとっても不幸な未来しか待っていないのですよ。それがあまりに不憫なので、老婆心ながら教壇に立ったわけです」
俺とトム君たちは、本当のところ一つしか歳は変わらない。だが、そう感じさせないダンディな演技を必死で行う。
「若い方には年寄りの小言に聞こえるかもしれませんが、どうでしょう? 『鬼ごっこ』終了まで一時間以上あります。少しの間で良いので私の授業を受けてみませんか? そうすればあなたの人生、変わりますよ」
「大きく出ますね……けれど、授業をするにしても無理に『鬼ごっこ』中にしなくても良いでしょう? そうまで話したいと言うなら後で聞きます」
それじゃあ困るんだよ。今、この時じゃないと勝機はない。
競技終了後に改めてトム君やメアリさんたちを集め授業をするなんて、仲人組織が許可すると思えない。
また、『鬼ごっこ』が終われば俺の身はどうなる? 男子を煽って籠城事件を起こした、その罪がどう扱われるかハッキリしない。
警察に捕まることがなくても、東山院には居づらくなるだろう……
何より『鬼ごっこ』が終われば、男子の貞操は女子のもので確定してしまう。念願の男子を手に入れた女子がどう動くかは想像に難くない。
おそらく今晩辺りベッドの上でファイナルフュージョンだ。男子の承認なしにガガガと女子は攻めるだろう。
事が起きてしまった後に授業をしたところで、効果は薄いと思われる。
そういうわけで、今を逃すと非常にまずい。
俺は『鬼ごっこ』をするのは今でなければならない理由を、ファイナルフュージョンの件を除いてやんわりと説明した。
最後に「『鬼ごっこ』が終わった後では、私の言葉は負け犬の遠吠えに思われかねませんしね」と若干の自虐を入れて、メアリさんを持ち上げてもみた。
「なるほど……ミスターさんが焦って授業をしたがるワケは分かりました。それで、どんな授業をするつもりなのですか?」
ようやくメアリさんが俺の話に興味を持ってくれる。
「『男女の愛の育み方』についてですよ。若い人たちは愛に極端で性急過ぎます。積極的なのは結構なことですが、前のめり一辺倒ではいけません。私が経験に基づいた正しい愛の育み方をお教えしましょう」
「……むぅ」
「授業を受けると受けないとでは、その後の結婚生活が大きく異なるでしょう。無論、受けた方があなたの人生にプラスになることは言うまでもありません」
「……」
メアリさんは返答せず、迷った仕草を見せる。
そりゃそうだ、コンテストをぶち壊した前科持ちのミスターから出た怪しげな話、胡散臭い事この上ない。
メアリさんの
「授業はそれぞれの男女が隣り合って座り受けてもらいます。授業中に男子が逃げないよう、女子の方々は腕を組むなり手錠で繋ぐなり好きにやってかまいません。さらに授業が気に入らないのなら、どうぞ男子を連れて途中退出してください」
譲歩できる所はとことん譲歩する。
そこまでしてようやく――
「一度、他のメンバーと話し合ってみます。それまで大人しくしてください。コンテストの時のように、歌をうたったりおかしな動きをしたら……分かってますね?」
メアリさんとの交渉が前進した。
「ええ、もちろんです……っと、そうでした。もし、この提案を受け入れていただけるのなら、一つお願いがあるのですが――」
「あら、こちらが態度を軟化すれば、すかさず要求ですか?」
やりにくいな、まだ若いのに交渉事に慣れた感がある。さすがは次期東山院領主様か。
「いえいえ、要求ではありませんよ。お願いです、女子の方々にも悪い話ではありません」
俺は