『男女比 1:30 』 世界の黒一点アイドル   作:ヒラガナ

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ストーリーが殺伐としてきたので、後半部分をメルヘンチックな語り方にしてみました。ほんわかしてくだされば幸いです。


未婚女性に素敵な夜を

「始まったで」

 

真矢さんが手にしたタブレットを見つめ、報告してくる。

 

たった今、南無瀬テレビの夕方ニュースで『タクマ活動再開イベント』の告知がなされた。

 

『南無瀬組からの発表によると……な、なんと! 今夜タクマさんが未婚者の家を回って、恵まれない私たちにプレゼントを配るそうです。なによこれ、ヘブン過ぎるでしょ! あ、し、失礼しました。えー、ただし配る家庭はランダムですのであしからず。細かい注意事項は、タクマファンクラブのホームページに記載しているので必ず目を通すこと。ファンは天に祈って、自宅でタクマさんが来るのを待つべし――とのことです』

 

ニュースキャスターは興奮気味に原稿を読み終わると、いきなり頭を押さえてふらつき出した。

 

『う、ううう~~ん。なんだか体調が悪くなってきました。すみませんプロデューサー。番組の途中ですが、私、家に帰っても……はっ? ふざけるな? ……そ、そこを何とかお願いしますよ……えっ? 絶対に許さん? ……う、うるさい! タクマさんが訪問してくれるかもしれないのに、こんな紙切れ読んでられるかぁ! 私は家に帰るぞおおお!! 邪魔だぁぁどけけけええ!!』

 

 

ニュースキャスターがご乱心したところで花畑の写真に画面が切り替わり、『しばらくお待ちください』とのテロップが流れる。

 

 

「コーホーコーホー、ファンクラブホームページノ更新ヲ確認」

 

「コーホーコーホー、ヨシヨシ計画通リデス。ワクワクシテキマスネ、三池サン!」

 

「そ、そうっすね」

 

両サイドで控える音無さんと椿さんの呼吸音が気になる。

 

 

二人は防毒マスクなる物を口に装着している。風の谷の人が付けているような物騒なやつだ。町中で見かけたら初手・通報は定石となるだろう。

 

 

「後ハ、町カラ人ガ、イナクナルマデ待機」

 

「ヨーシ、腕ガ鳴リマスヨ!」

 

「ふ、二人とも気合が入っててええやん」

 

真矢さんも半分引いて会話をしている。

 

どうしてこんなことになってしまったのだろう……

 

 

今朝の南無瀬邸。男性身辺護衛局の池上さんが、目を俺たちに合わせないようにして、防毒マスクをしたダンゴたちを連れてきた。

 

 

「調きょ、げふんげふん、教育が終わりました……六割くらい」

 

「コーホーコーホー。ドーモ。ミイケ=サン。リンコデス」

 

「コーホーコーホー。オヒサ、ミイケシ」

 

「何ですか、これ?」

 

「音無と椿の性欲がこちらの想定を大きく上回っていたので強硬策を採りました。ご安心ください、見た目や言動はアレですが、精神の安定調整は完璧です。セクハラなどという人道から外れた真似はもうしませんよ」

 

「いやいや、人道から外れてなくても、人から外れてますよ」

 

音無さんと椿さんの異様ポイントはマスクだけではない。

 

目はマネキンのように光がなく、瞬き一つしない。言葉は機械音声の如く感情がない。佇まいは不動で気配がない。

 

ないない尽くしだ。二人に夜中ばったり会ったら、俺は悲鳴を上げてしまう自信があるぞ。

 

 

「コーホーコーホー」

 

「コーホーコーホー」

 

「言いたいことは一杯ありますけど、『サンタクマース大作戦』は隠密性が大事なんです。めっちゃコーホーが響いてますよ!」

 

「未婚者宅に侵入したら、二人に極力呼吸しないよう指示を出せば、大丈夫です」

 

池上さんは苦笑いの太鼓判を押して、最後にこっそりと――「たぶん」と付け加えた。

 

 

ダンゴたちを置いて行く、という選択肢もあったが当人たちはやる気満々のため引き離すことは出来なかった。

 

まあ、実際にセクハラはしなくなったから、やりやすくなった面もある。

 

 

だが――

 

 

「まだ肉食抑制施術が両名の身体に馴染んでいない状況です。マスクが外れてタクマさん成分を吸収すると、再び肉食化するかもしれません。それに、不用意な身体的接触もいけません。両名の体細胞が活性化する恐れがあります。いいですか、絶対にやらないでくださいね! 絶対ですよ!」

 

池上さんの忠告によれば、二人の枷は簡単に壊れそうだ。扱いには注意だな。

 

「潜伏員から連絡。町から人っ子一人いなくなったそうです」

 

「現時間は二十時。頃合いやな」

 

組員さんからの報告を受けて、真矢さんが腕時計を確認する。

 

 

俺たちのパーティーには、組員さんも幾人か随行し、連絡役やこれから進入する町の先行調査役を行ってくれている。

 

記念すべき一番目の襲撃、もといプレゼントの配り先は、南無瀬領の最南にある小島。その港町の一軒家だ。

 

最初に小島を選んだのは、移動時間の短縮を狙ったためである。

 

南無瀬本島からスタートし、途中で小島を巡っていては移動に時間がかかり過ぎる。ならば、と夜になる前に小島に潜入して、行きの時間をカットしたのだ。

 

また、最南端の島から始めれば、後は北進するのみ。行ったり来たりで無駄な時間を使うこともない。

 

「妙子姉さんへの連絡は済んだで。うちらと同時に南無瀬領の各ポイントでプレゼントの配布開始や」

 

かく乱作戦の手筈はオーケー。本隊である俺たちがヘマをしなければ、タクマの所在が知られることはないだろう。

 

「それぞれターゲット宅へのルート、侵入する際の段取りは覚えとるか?」

 

真矢さんの質問に、この場の全員が首肯する。

 

「ほな、拓馬はん。号令を頼むで」

 

「はいっ! 皆さん、俺の作戦をサポートしてくださりありがとうございます! すべてが終わって朝日が昇った時に、改めてお礼をします!」

 

「「「お礼……」」」

 

組員さんたちが何を想像したのか「じゅるり」と唾を呑み込んでいるが、そんなものはスルーだ。

 

「ですから今宵一晩。俺と一緒に夜を駆けてください。よろしくお願いします!」

 

全員を見回して、深く礼をする。

 

「三池サンノ期待ニ応エルノガ、ダンゴノ務メ!」

 

「ヤライデカ」

 

「っしゃ! みんな行くで!」

 

「「「おおっ!!」」

 

俺たちは町はずれの空き倉庫から外に出て、小走りに移動し始めた。

 

車を使えば、音で気付かれるので町中の行動は基本足である。

 

無論、万が一のためにバックアップ要員が車で待機し、俺たちの危機には早急に駆けつけるようになっている。

 

こうしてサンタクマース隊の『黒い迷彩服の集団』は、闇に紛れて、静まり返っている港町に侵入したのであった。

 

 

 

 

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

 

 

 

 

ここは、とある港町の平和な家庭。

 

お母さんと六歳になる一人娘が仲睦まじく暮らしていました。

 

「ごちそうさまでした~」

 

「はい、おそまつさま」

 

お母さんが作った夕食を取り、娘は上機嫌です。

 

美味しい夕食もそうですが、「今日は遅くなるから先に寝ていてね。心配しないで、お母さんは捕まらずに帰って来るから」と怖い顔をしていたお母さんが予定を止めて、家に居てくれて嬉しいのです。

 

「ねえねえ、おかあーさん。タクマおにぃちゃん、きてくれるかなぁ?」

 

「そうねぇ。あなたが良い子にしていたら、きっと来るわよ」

 

 

母娘の話題はタクマ一色です。突然発表された『タクマ活動再開イベント』、もしかしたら我が家にタクマが来てくれるのでは? そんな淡い期待が二人の顔をほころばせています。

 

 

「タクマさんはプレゼントを持ってきてくれるらしいけど、あなたは何が欲しいの?」

 

「んー、んーとね。タクマおにぃちゃんがほしい!」

 

「あらあら、強欲ね。ダメよぉ、もっと小さなものにしなさい」

 

「えー! じゃあ、おかあーさんは、なにがほしいの?」

 

「わたし? そうねぇ、私はタクマさんの子種でいいわ。小さいけど、とても素敵な物よ」

 

「こだね? こだね……よくわかんないけど、あたちもほしいー」

 

「あらあら、あなたには十年早いわ。おとといきやがれよ」

 

 

こんな風に母娘の間に温かい会話がなされている時でした。

 

不意に――

 

 

「あらっ?」

 

お母さんの身体を冬の冷気が抜けて行ったのです。

 

 

冷気は玄関から吹いてきました。玄関と言えば……お母さんは思い出します。

 

タクマファンクラブからの通達で『タクマが訪れるので、玄関のドアは開けておくこと。施錠している家にはプレゼントを持って行かない』とありました。

 

お母さんは防犯意識を放棄して、玄関に鍵をかけませんでした。

 

玄関が開いた? えっ、まさかタクマさんが私の家に?

 

お母さんが様子を見ようと、玄関へ向かおうとした時でした。

 

 

ふっ――と、家中の電気が消えたのです。

 

 

「きゃあああああ!!」

 

驚いた娘がお母さんに抱き着きます。

 

「お、落ち着いて! 大丈夫、お母さんが付いているから」

 

お母さんは娘を抱きしめかえすと、暗闇の中を壁伝いに進み、電灯のスイッチを見つけました。

 

 

すぐに押してみるのですが、パチパチと音がするだけで電気は点きません。どうやらブレーカーをやられたようです。

 

 

「な、なんなの……いったいどうして……?」

 

 

パニックになりかけるお母さんですが、自分を頼りにする娘の存在が気を強く持たせてくれました。

 

居間の戸棚に懐中電灯があるはず、あれを取りに行こう、とお母さんが娘の手を強く握って進みだそうとした時です。

 

「コーホーコーホー」

 

「コーホーコーホー」

 

突然、背後から奇怪な吐息がしました。

 

これには娘だけでなくお母さんも絶叫を禁じえません――が。

 

「むぐぐぅ」

 

「ん~~~」

 

二人の口は何者かに塞がれてしまったのです。さらに、いつの間にか周りには複数の気配。

 

よくよく目をこらしてみますと、黒い迷彩服を纏った集団がいるではありませんか。

 

 

一つの人影が「大人しくするんや」と言いました。

 

 

お母さんと娘は、突如訪れた死の予感に震えずにはいられませんでした。

 

 

めでたし、めでたし。

 

 


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