サンタクマース大作戦の肝であるプレゼントの配り方。
それについては真矢さんが主導となって決めることになった。
「拓馬はんが教えてくれた、サンタクロースを
と、言っていた真矢さんだが――出来上がった案を聞いて俺は震えた。
「こ、これ強盗じゃないですか!?」
「なに言っとん? うちらは物を与える方、盗むのとは真逆やで」
「……そりゃそうですけど……強盗っぽい服装は変えられませんか? サンタのおじいさんって赤い服が特徴ですから俺も」
「あ゛っ?」
「ヒエッ」
「赤い服とか目立つもん着せるわけないやろ。サンタクロースとかいうレイプ願望総受けじいさんのことはどうでもええねん。配布方法は一にも二にも拓馬はんの安全優先! そのためなら未婚女性を手荒く扱ってもかまへん」
当初、サンタクマース大作戦の危険性を説き、大反対していた真矢さん。賛成派に回った今でも、いや回ったからこそ、その危険性を潰すのに躍起になっているようだ。
俺のことを思って……ありがとう、真矢さん。
でも――
「せめて、子どもには優しい対応を」
「はっ(威圧)?」
「ヒィ、何でもないです」
ドスが利き過ぎて怖いっす。
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真っ暗な室内――では身動きを取るのが難しいので、常夜灯だけ点けられた空間。
僅かな明かりで照らされたのは、強与集団と化す南無瀬組に拘束された母娘。
「メリークリスマァス♪」
少しでも犯罪臭を換気するべく、俺は頑張って陽気に振る舞ってみた。俗に言う無駄な努力というやつだ。
「むーーーうううう!!」
「ぐぐぬううううう!!」
俺の登場に、怯えていたお母さんと女の子が一転、猿ぐつわで口を塞がれながらも叫び出す。
組員さん二人で押え付けなければほどの暴れっぷりを見せるお母さん。
悪霊が乗り移ったかのようにヘッドバンキングする女の子。
どちらも俺の腰を引かせるのに十分な動きだ。
「コーホーコーホー、警告ヲ無視シタ敵対行為ヲ確認」
「やっぱこうなったか。ほんなら計画通りに」
「コーホーコーホー、了解デス。ソレジャ、ビリビリシマスヨー」
「お注射しますよー」のノリでスタンガンを押し付けようとする音無さんを「ちょ、ま、待ってください」と、止める。
「なんや拓馬はん。対象が敵対行為をした場合はこうする手筈やろ。ファンクラブサイトに掲示した注意文にも書いとるし」
たしかに『タクマ活動再開イベントの注意事項』には、『タクマを襲おうとした場合は、南無瀬組にヤキを入れられても止む無し』という意味の文章が載っていた。
「そうですけど、善良な一般人に――」
「ふもっふうぅうう!!」「みやむうううう!!」
「――善良じゃないかもしれませんが、なるべく穏便にやりましょうよ」
ファンのお宅を訪問して、スタンガンをお見舞いしていくアイドルなんて認められない。
真矢さんの計画を聞いてから、俺は対象を無力化する別の手段を用意していた。本当なら使いたくはなかったが――
サンタクマースとして持っていた黒い大袋の中から、取り出したるはクッキー。
男子料理教室が作った配布予定のクッキーではない、俺の拙い一品だ。
「そ、それ、封印指定したクッキーやんか!」
「いつの世も封印は破るためにあるんですね。ファンに電気ショックを与えるくらいなら、俺はこいつを頼りますよ」
かつてファンクラブ運営を一晩中音信不通にさせた、いわくつきのブツである。
組員さんらによってうつ伏せに押え付けらた母娘に近付く。
「ちっ」「うらやまっ」「マジ万死」
物欲しそうな組員さんらの視線に気付かないフリをして、俺は一瞬だけ猿ぐつわを外された母娘の口にクッキーを投入した。
「むっふ…………」
「みびゅ…………」
反応は激烈だ。あれほど騒々しかったのが嘘のように、お母さんも女の子も卒倒した。顔面を床に付けピクリとも動かない。
「悲しい」
ファンのお宅を訪問して、劇物をお見舞いしていくアイドルがいるらしい。
「なあ、拓馬はん」真矢さんが無表情で尋ねてきた。
「用意しとるお手製クッキーってどんくらいあるん?」
「え、このくらいは」と、手にしたクッキーの袋を見せる。
「へぇ」と口にしたのは真矢さんだけではなかった。組員さんらも同様に呟き、俺が持つ袋を凝視している。
「っしゃ、みんなやるで。拓馬はんに最終兵器を使わせる前に、うちらの手で事を終わらせるんや」
「「「はいっ」」」
「穏便にお願いしますからね!」
それから俺たちは次々とファンの宅をおそっ……訪問した。
ファンが敵対意志を見せる前に、背後から仕掛ける組員さん。猿ぐつわを噛ませ、ロープでグルグル巻きにする彼女らの手腕はどんどん磨かれていく。
あれ、これ過剰防衛じゃね?
朝までには
サンタクマースとは、かくも恐ろしい存在よ。
そうして、小島から小島を渡り終えた俺たちは、いよいよ南無瀬領本島にやってきた。
時刻はちょうど日を跨いだところだ。ここからが本番と言える。
「コーホー、ネットデハ、ミイケシノ所在ヲ掴メテイナイ模様。情報ガ錯綜シテイル」
「他も上手くやっとるみたいやな。ファンクラブ運営が偽情報を撒いとるのもでかいで」
妙子さんが別動隊の指揮を執る一方、委員長のお姉さんたちがネットで『タクマ君が西南無瀬市に住む私の家に来たわ!』などとデマを流布しているのだ。
自宅から出られない未婚者たちは、情報の精査をすることも出来ず、混乱に陥っている。この機を逃さず、進撃を続けなければ。
「次ノ獲物ハ、大物デスネ」
音無さんが計画書を見ながら顎に手を当てる。
防毒マスクに黒づくめの衣装。怪しげな風貌の彼女だが、作戦が始まってから非常に真面目だ。俺へのセクハラは一切なく、ダンゴの見本のように働いている。
これはこれで頼もしいのだが、なんだか調子が狂うな。
サンタクマース大作戦には一つの問題点があった。
プレゼントが欲しければ自宅に居ろ、と作戦は強要しているのだが、自宅に居られない未婚者もいる。
コンビニや工場、それに病院などで夜勤をしなければならない人たちだ。
彼女らを無視して作戦を決行すれば、職務放棄をする未婚者が続出するだろう。
医師や看護師が仕事をバックレたら洒落にならない。
また、入院患者など自宅に帰れない人もいる。その人たちのことも考慮する必要があった。
そこで、事前に『夜間に働く人や入院中の方にもプレゼントをもらえるチャンスあり』との告知をしている。
その告知を実現する時が来たのだ。
ターゲットの二百メートル手前で車を降り、俺たちは夜道を早歩きで進んだ。すっかり闇に溶け込むことに慣れた黒の戦闘服集団を見咎める者はいない。
五十人は暮らしているであろう施設が見えてきた。これまでで一番の強敵である。
窓明かりが点いている部屋と、準備しておいた施設内地図を見比べて、中の様子を推察。
おおよその見当を付け、各自ジェスチャーだけで意思を伝え合ってから……
俺たちは『特別養護老人ホーム やすらぎの海』への侵入を開始した。
子どもに情け容赦のなかったサンタクマース。当然、ご高齢の方々にも情け容赦はしないのである。