『男女比 1:30 』 世界の黒一点アイドル   作:ヒラガナ

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親しみと言う名の兵器

需要に(こた)える萌え。

かみ砕くなら『女性たちが俺に求めることを実践する』と言ったところか。

 

これから南無瀬組のみんなの意見を聞き、要望を目の前でやってみよう。

スリル・ショック・サスペンスな方法ではあるが、南無瀬組の理性を信じようじゃないか。

 

せっかくだからドラマの役柄に捕らわれず、幅広い意見を吸収し、俺なりの萌えへと昇華してやるぜ――そう心に決め、自室を出ると。

 

「おや三池氏、こんな夜中にお出かけ?」

 

薄赤色のカーペットが敷かれ、落ち着いた空気が漂うホテルの廊下。そこに一人立っていた椿さんに出くわす。

 

「ええ、ちょっと用事がありまして」

 

椿さんは俺の部屋を警備してくれている。

このフロアは南無瀬組員しか出入り出来ないので、わざわざ厳重に守らなくても……という感情が顔に出たようで。

 

「三池氏がこのホテルにいると知られれば、ミッションインポッシブルする者が続出するのは目に見えている。警護を疎かに出来ない。特に排気ダクトやダンボールは要注意」

 

「ヒエッ。お仕事、お疲れさまです」

 

相変わらずの観察眼と察しの良さを誇るダンゴに頭を下げる。

 

「むふふ、護衛対象からの感謝は何よりの糧」椿さんが顔をニマニマしながら尋ねてきた。「それで用事とは?」

 

「組員さんたちに訊きたいことがあるんです」

 

「すでにほとんどの者が夕食を取って、自室で休んでいる。まあ、三池氏の訪問に対してドアを閉ざす輩は絶無」

 

「音無さんの姿も見えませんけど、部屋で休んでいるんですか?」

 

「凛子ちゃんは今晩夜通しで警備をするので、現在就寝中」

 

「そうなんですか。重ね重ね、お仕事お疲れさまです」

 

肉食行動が目立つダンゴたちだが、職務はしっかりやってくれている。本当に有り難い。

何かお返しをしなくてはいけないな、二人のモロい理性が崩れない形で。

 

「俺は組員さんたちの部屋を回りますから、椿さんはそれまでゆっくりしていてください」

 

今から組員さんたちから萌えについて尋ねて回るのだ、インタビューの席に椿さんを同行させるのは避けたい。

「なかなかの着眼点。その萌えはさらに掘り下げるべき」「己の欲望で三池氏の長所を殺している。再考の余地あり」とか批評でもしたら面倒くさい事この上なし。

 

「じゃ、失礼します」

椿さんに背を向けて歩きだそうとすると。

 

「待ってほしい。萌え探求の旅への同行は我慢するが、まず私を練習台にすべき」

 

「な、なぜそれをっ!?」

 

「天道咲奈が帰宅してからの三池氏は、光明が差した顔つきをしている。かのブラコン少女から萌え演技に対する有益な情報を得た、そう推測するのは容易なこと。過去の三池氏の行動を振り返れば、次には行うのはアイディアを固めるための実践練習。そこで、私を練習台にすることをオススメする。激しく推奨!」

 

矢継ぎ早に喋り倒した後、「さあっ」と椿さんは両手を広げた。何でもこいやっ! という気概をビンビンに感じてしまう。

 

「……う、う~ん」

 

『需要に応える萌え』を訊いて回るリストから椿さんは除外していた。理由は言わずもがな。頼りになるダンゴが強漢容疑で逮捕されるのは忍びなかったのである。

 

「大丈夫ですか? 耐えられます?」

 

「見くびらないでほしい。私の自制心は日々強化されている。池上氏から受けている地獄の特別訓練は伊達ではない」

 

椿さんがささやかな胸を張った。

 

年末の一件以来、俺の仕事がオフの日に音無さんと椿さんはダンゴ訓練校に通っている。男性身辺護衛局の池上さん自らが作った特別訓練プログラムをひぃひぃ言いながらこなしているらしいが……その成果はいまいち分からない。

 

「そこまでおっしゃるのなら、やってみましょう」

 

俺は『需要に応える萌え』について説明した。

 

「神イベきた。これほど美味しい……ごほごほ、重要なミッションに関われないのは一生の不覚になりかねない。凛子ちゃんに抜け駆けするようで申し訳ないが、友情とは出し抜くものだから仕方ない」

 

「それで、椿さんが俺に求めることは何ですか?」

 

「ふむ。まず、服を脱ぎ」

「この話はなかったことに」

「じょ、ジョーク。三池氏の肩の力を抜くためのジョーク」

 

踵を返した俺を慌てて呼び止める椿さん。

 

俺の裸が一番需要はあるのは間違いないだろう。だが、肌を迂闊に露わにすれば、肉食女性たちが興奮のあまりどんな行動に出るか分からん。最悪、国が崩壊するかもしれんし、絶対NGだ。

 

「私が三池氏に求めるのは『呼び方を変えること』」

 

「呼び方を……」

 

「三池氏はいつも私を『椿さん』と呼ぶ。私だけではない。近しい人間だろうと『さん付け』が基本。礼儀正しく好感を持てるが、同時に距離を感じてしまい少し悲しい」

 

「な、なるほど」

 

意外とタメになる意見だな。

俺としては、世話になっている方々になれなれしい態度は出来ないと言葉遣いに気を付けていたが。それに不満を覚える人もいるのか……

 

「なら『静流さん』とか?」

 

「まだ固し」

 

「『静流ちゃん』?」

 

「まだイケる」

 

「『しずちゃん』?」

 

「どこぞのキャラと被りそうなのは止めるべき。それに『しず』より『る』を採用するのが私の好み」

 

「注文が細かいですね。『る』、かぁ」

 

「………………『ルンルン』」

 

「えっ?」

 

「『ルンルン』を所望する」

 

るんるん? 椿さんのイメージにはまったく合わないのだけど。

 

()にも(かく)にも実践あるのみ。親しみを込めた発音を希望」

 

「分かりましたよ」

 

俺は一度息を吸って、新しき呼び名を今か今かと涎一線で待つ椿さんにぶつけた。

 

「ルンルン」

 

「はぁい、ルンルンでぇ~す。花の子のように愛らしく、いつも朗らか! 三池Cの頼れるダンゴ、ルンルンだよ~」

 

椿さんがぶっ壊れた。

 

半眼だった瞳を全開きにして、昔の少女漫画並のキラキラを瞳孔にバラまいている。

軽やかにステップを踏み、ターンをして、決めポーズ。

まるでミュージカルスターだ。

痛々しさを通り越して感動すら覚えてしまう。

 

「ささ、三池Cぃ~。どこかでひっそり咲いている幸せをもたらす花を私と探しに行こっ」

 

「勝手にストーリーを作って、俺を巻き込まないでください」

 

呼び方を改善する。

ドラマの脚本において、俺は主人公チームを全員『さん付け』していた。しかし、呼び方を一工夫するだけで、自分をより魅力的なキャラに仕上げることが出来るかもしれない。

 

そんなことを頭の片隅に置きながら、俺は『ルンルン』化した椿さんの処理に頭を悩ますのであった。

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

「いきなり酷い目にあった」

 

幸先悪く始まった萌え紀行。次なる目的地は――

 

「こんな夜更けにどないしたん?」

 

南無瀬組アイドル事業部の良心こと真矢さんである。

 

風呂上りなのか、ミディアムヘアーを湿らせ、ホテルに備え付けられたワンピースタイプのパジャマを着ている。

すごく、色っぽいです。

 

突然の訪問者である俺を、きょとんとした顔で迎え入れる真矢さんに――

 

「こんばんはっ。マーヤとお話がしたくて会いに来たんだ」

 

先ほどの椿さんのアドバイスを早速実践してみる。

呼び方と声の調子と表情で、これまでの俺にはない親しみを演出したところ。

 

「…………」

 

真矢さんがフリーズした。唖然とした顔で、口が半開きになっている。

 

「マーヤ?」

「………………」

 

返事がない、脳が思考停止したようだ。

 

「マーヤ、俺がわかる?」

「……………………」

 

まずいな、刺激が強すぎたか。

 

再起動する方法は……と困っていると、真矢さんがおもむろに動き出し、その辺の壁に向かって――「っ!」無言の頭突きをかました。

ゴン、という重苦しい音が響く。

 

「ま、真矢さんっ!?」

 

「い、痛い? じゃ、これは私が過労の果てに見た幻じゃないのね。地道な好感度上げがついに実を結んだのね!」

 

「頭は大丈夫ですか!? あ、これは変な意味じゃなくて、純粋に頭を心配しているわけで」

 

「大丈夫、私の頭は純粋なまでに拓馬君一色よ。来て、新しい段階に突入した二人の今後について語り合いましょう」

 

どうやら大丈夫ではないらしい。

俺がデレた、と勘違いして歓喜している真矢さんに、『需要に応える萌え』のための訓練という残酷な事実を告げる。

 

その結果。

 

「……ちゃうねん」

真矢さんは後ろを向いて、顔を隠してしまった。その肩は震えている。

 

「真矢さん」

 

「……ちゃうねん。ちょい疲れが溜まっていて、アホやってしまってん。今のは、忘れてくれると助かるわ」

 

「了解です」ただいまの醜態は、俺の胸の中に仕舞うとして本題に移る。

「そういうことで、真矢さんが俺に求めることはありませんか?」

 

「うちが拓馬はんに……んなもんはない。拓馬はんは、いつもうちらに優しくてほんま素敵な男性や。これ以上、何か望んだら罰が当たるわ」

 

奥ゆかしい真矢さんらしい回答だ。だが、その言葉を鵜呑(うの)みには出来ない。

独身女性なら誰だって俺に要望の一つや二つはあるはず。それを口にしないと言うなら、こちらから『需要』を汲み取ってみよう。

 

……そうだ、先ほどの会話で真矢さんは「過労の果てに見た幻」とか「疲れが溜まっていて」と言っていた。

 

真矢さんは疲れている。

中御門に進出した俺を護るために、気苦労が絶えないのだろう。

 

ならば、彼女に必要なのは『癒し』である。それも間接的ではなく、直接的な……

 

未だ俺に背中を向ける真矢さん。風呂から出たばかりの、火照った後ろ姿を見ていると、自ずと浮かんでくる言葉があった。

 

それは――マッサージ。


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