「性欲を持て余す」
「突然なにを言い出すのかね、三池君?」
あと、休養を取るにしても住み慣れた南無瀬邸の方がゆっくり出来る。
今回、南無瀬邸に帰宅した俺はおっさんの部屋を訪ねて、困窮する下半身事情をカミングアウトした。
「最近、ムラムラとすることが多くて、悩みの種になっているんです」
デリケート過ぎる性の話。普段頼りにしている真矢さんや組員さんたちにも、こんなこと言えるわけがない。身近な同性であるおっさんしか、相談する相手はいなかった。
音無さんと椿さん? 相談の候補にも上がらなかったよ。
「三池君は若い。性欲に支配されて、ままならなくなることもあるか」
俺の力になれるなら、とおっさんは非常に協力的だ。真剣に考えてくれているし有り難い。
「ここだけの話、女性を抱きしめたい衝動に駆られたこともあるんです」
この前の由良様とのダンスを思い出す。あの時は本当に危なかった、本能に任せて彼女を全力で抱擁するところだった。由良様の美貌が規格外なこともあるが、俺自身がジョニーを制御出来なくなっている。
「そこまでかね。三池君は一般の男性より精力的であるし、アイドル活動で身体が高揚してしまうのかもしれないね」
「高揚するのは気分だけで十分です、身体は困ります。挨拶ついでに股間チェックを欠かさない勤勉な人たちに、俺は囲まれています。大きくなった股間を見られでもしたら、どんなリアクションをされるか……想像するだけでも、うううう」
「ならば、適切に
おっさんが棚の引き出しを開けて数冊の雑誌を取り出し、俺に差し出した。
やたらガタイの良い半裸の女性が、セクシーなポーズを取るグラビア本である。
男性が少ない世界において人工授精は当たり前に行われており、不知火群島国の男性には精子提供の義務があった。
そのせいか、男性を興奮させる媒体は下手すれば日本より充実している。
ちなみに「男性のオカズになれるなんて興奮する!」と思う女性は結構な数いて、グラビアモデルは人気職業らしい。
俺はグラビア本を受け取らず、ジッと表紙を見つめた。
「どうしたのかね? 僕のおさがりですまないが、気兼ねなく使いたまえ」
「いつも助かっていますけど、あの……もっと違う系統のグラビア本はないんですか?」
外国人と言うことで精子提供の義務がない俺だが、性欲は溜まる。定期的におっさんから本を借りてジョニーの暴走を抑えていた。
しかし、毎回マッチョな女性をネタにするのはどうも……彼女らを悪く言う気はないが、たまには標準体型の女性が載る本を読みたい。とんこつラーメンは好きだけど、味噌ラーメンを食べたくなる時もある。
「僕が読む本は妙子が購入しているからね。こういった本しか、手に出来ないのだよ」
「あっ、そうでしたね。すみません、酷いことを言ってしまって」
妙子さんは、自分と似た体型の女性しか旦那のオカズとして認めないのだ。ちょっとしたことにも独占欲や嫉妬心が見え隠れしていて、不知火群島国の女性の恐ろしさを痛感する。
「気にしないでくれたまえ。筋肉隆々の女性でないと興奮出来ない僕には最高のラインナップなのだがね。はっはっはっ」
悲しい目で笑っていらっしゃる。きっと元々は幅広い趣味を持っていたのだろう。妻に性癖矯正を施されたおっさんに掛ける言葉を、俺は見つけられなかった。
「しかし、三池君までニッチなジャンルに浸ることはない。君はまだ引き返せる。真矢君に頼んで、別ジャンルの本や映像ディスクを買ってもらってはどうかね?」
「それはちょっと……」
親しい女性にエログッズを買って来てもらう。どんなプレイだよ、それ?
「なぜ、恥ずかしがるのかね? みんなやっていることだよ」
「この国の常識ではそうでしょうけど、どうも気が進まなくて」
「なるほど、ニホン出身の三池君では勝手が違うかね。では、電子書籍はどうだい、あれなら自分で買うことが出来るだろう?」
電子書籍か。それならコッソリ楽しめるが……購入しようにも俺の口座って真矢さんに管理しているんだよな。異世界で大金を扱うのは面倒なんで、任せっきりにしていた。
「真矢さん、俺の口座の番号を教えてください……って、そもそも日本とシステムが異なるかな? どうやったら口座のお金を使えるか、そこから教えてください」
「ほーん、ええよ。拓馬はんが稼いだ金やさかい、じゃんじゃん使わんと損や。で、そないなこと言い出すなら、何か買いたいもんがあるんか?」
「そ、それは電子書籍を少々……」
「あっ(察し」
こんなやり取りをしなくてはいけないのかな。気が乗らねぇ。それに毎月俺が何を買っているのか、南無瀬組に筒抜けになるのは嫌だ。
「電子書籍については、ちょっと検討してみます」
「そうかね? 何にしても、性欲処理は君のアイドル活動に大きな意味を持つ。恥ずかしがらず、より効果的な処理方法を見つけるべきだ」
「おっしゃる通りです」
ぐうの音も出ない正論に、俺は頭を垂れた。
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「どうしたもんか」
南無瀬邸は南無瀬市を見渡す丘の上に建っている。市内を望める場所が渡り廊下の一角にあり、俺はそこに立ってボーッと夜景を眺めていた。
暗闇に浮かぶ生活の明かり。あの中の幾つかは既婚者の家庭で、そこでは夫婦の営み(ナイトバージョン)が行われているのだろう。
この世界の男性は性活に消極的なものの、古くより一夫多妻だったため精力はあるそうだ。
と、いうことは――
「ふっ、口では嫌がっても身体は正直なようね」
「悔しいっ! でも、そびえ
そんな夫婦間の会話が、至る所でなされているわけか……羨ましい。
うぐっ、やばい。欲求不満が高まっているせいか、思考がおかしくなっている。
俺は南無瀬邸の奥にある、専用個室に向かった。
ここは、
男性がストレスなく過ごせるよう狭いながらも快適に作られている。寝転がれるスペースや、座り心地のよい椅子。高画質のテレビに、片手でめくれるブックスタンドもある。
極めつきは、ティッシュ。こいつはトイレに流しても大丈夫な特別製だ。
通常の『処理部屋』には、精子回収キットもあるらしいが、俺の個室にはない。
ダンゴたちでさえ、ここに近付くことが厳禁とされている。
完全なるプライベートスペースだ。
俺は人目を忍んでこの部屋に通い、処理後は消臭剤を振りまいてきちんと清掃するようにしていた。
「問題は、中御門の拠点だよな」
由良様の邸宅は、領主の住まいだけあって何でも揃っている――ジョニー部屋以外は。
中御門にいる間は処理が出来ず、俺は性欲の発散先を失っている。近頃は南無瀬より中御門にいることの方が多いので、由々しき問題だ。
由良様のことだ、「ジョニーが伸び伸び出来る部屋を作ってください」と言えば、快く用意してくれるかもしれない。が、俺の心が『恥ずか死』するので絶対にやりたくない。
「だったら中御門に行く前に、処理できるだけ処理しておくか」
ジョニーをギブアップするまで酷使しておけば、中御門で変な気分になることはないだろう。
だが、マッチョな女性のグラビアだけでは「あっしグルメなんで、違うオカズが食べたいヤンス」と、ジョニーは生意気にも言うに違いない。
オカズを自分で買おうとすれば、絶対にバレてしまう。それを回避する方法でもあれば良いのだが……
「オカズ……オカズ……はっ!?」
その時、俺の脳裏に一つの禁忌的発想が浮かんだ。
『知り合いをネタにすればいいじゃん』
人間が他の生物より秀でているのは、想像力である。
想像とは創造、オカズを買えないなら、自分で作ればいい。
幸いと言うべきか、不幸と言うべきか、俺の周りには性格はアレなものの容姿端麗で魅力に溢れる人々が揃っている。
彼女らの痴態を想像しつつ、処理してはどうだろう?
「わ、我ながら悪魔的な策を思いついちまったぜ」
ど、どうする? やってみるか、試しにやっちゃうか!
禁忌は犯し難いからこそ、破りたくなるもの。
それに常時「バッチ来いッ!」の彼女たちをオカズにするのに、あまり抵抗はなかった。
俺はゴクリと生唾を呑み込むと、想像の翼を広げた――
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「あっ、おかえりなさぁい! お仕事お疲れ様です!」
家のドアを開けると、音無さんがトタトタと玄関まで駆けてきた。
エプロン姿に、片手にオタマを持っているのがポイント高い。
「ただいま。今日の夕食は何かな?」
「三池さんの好物をたくさん作っています。お楽しみに!」
音無さんは料理上手だ。彼女が腕によりを掛けて作った美味の数々、考えるだけで涎が出そうになるな。
「それでどうします? 先にお風呂にします(乱入あり)? ごはんにします(デザートはあたし)? それとも、あ・た・し(捻りのない剛速球)?」
「どれも同じに聞こえますけど?」
「いやぁんやん! どれも同じだから同時にヤリたいんですか?」
「いえ、そんなことは一言も口にしては」
「さあさあ、つべこべ言わず入った入った! 今晩はフェスティバルですよ!」
「ちょ! 待って、せめて背広を脱いでからっ」
「背広はそのままでお願いします! 脱がす過程があたしを
「あ~れ~」
強引な手つきの音無さんに引っ張られ、俺は家の中へと入っていった……
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「次の問題は……三池氏、答えてみて」
「わ、分かりません」
放課後の教室。俺はツヴァキペディアこと椿先生の補習を受けていた。二人だけのマンツーマン授業だ。
「授業を聞いていれば、解けるはず。先ほどから私の話に集中していなかったが、なぜ?」
「そ、それは先生の格好に、目が行ってしまって」
椿先生はバリッとしたスーツを着ている……上半身だけ。下半身はどうしてかレオタードだ。生足がモロに見えている。
「胸の違いが戦力の決定的差ではないと言うことを教える。私はこの足で勝負する」
「な、何を喋っているんですか? ちょ、足を椅子の上に乗せて、強調しないでください」
「それよりたって。劣等生の三池氏は、たったまま授業を受けるのが似合い」
「くっ」仕方なく、俺は起立した。
「違う、そうじゃない。早くたって」
「はっ? 立っているじゃないですか」
「たってない」椿さんは艶めかしい足取りで俺に近付き、指示棒で俺の股間を指して言った。
「早く勃って」
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「どないしたんや、拓馬はん?」
ドアが開いて、真矢さんが顔を出す。深夜に訪ねてきた俺に対して、警戒の色はまったくない。不用心な。
「アイドル活動で悩んでいることがありまして……よければ、話を聞いてくれませんか?」
「もちろんええよ! うちは拓馬はんのマネージャーやもん。何でも話してな」
真矢さんは俺を部屋に入れて、「せや、ちょうどええ茶葉をもらったとこやねん。今、沸かすから待ってな」
と、俺に背を向けた。
その隙を見逃さない。俺は一気に接近して後ろから真矢さんを抱きしめた。
「ひゃ!? ひゃ、た、た、たくまくぅん!? にゃにをぉ?」
「真矢さんがいけないんですよ! 毎度毎度あざとい仕草で俺を誘惑して! もう辛抱たまりません! 今夜は徹底的に襲わせてもらいます!」
「ら、らめぇええ!!」
「何がらめぇですか! また、そんなあざとい反応で俺を惑わす!」
「で、でぇも、わたしはたくまくぅんより、ずっと年上で、不釣り合いだからぁ」
「知ったこっちゃない! 年の差なんて関係ないです! それをこれから証明します!」
「きゃああああ(歓喜)」
俺は真矢さんをベッドに横たえ、覆い被さった。
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「はぁはぁはぁ……」
気付けば、俺の周りは丸まったティッシュで一杯になっていた。
知り合いをオカズにする。なんて効果だ、こいつは強力過ぎる。
そして、性欲を発散した後にやって来るのは、圧倒的な罪悪感と後悔。
ムラムラしていたとは言え、俺はなんてことをしてしまったんだ。
お世話になっている人たちをネタにして、興奮して……これじゃあ、野獣と一緒だ。
手のひらを見つめながら呟く。
「最低だ、俺って……」